東京水産大学 文化祭講演

宇田道隆 「海と文化」

昭和26年(1951年)6月8日 横須賀市民会館にて

本日、東京水大の文化祭に旧軍港だった横須賀市で海洋文化の講演を致すことは、私にとってまことに意義あることと幸いに存じます。

今度の大戦争で日本は丸ハダカになった。8千万の国民がわずか四つの島でひしめいて、赤だ、黒だ、金へんだ、単独だ、全面だとテンヤワンヤやっている。開発するといっても陸上では北海道ぐらいしかない。パルプが来ない、建設材だと乱伐で山はますます禿げてゆく。海岸海底漁場の荒廃となる。しかし吾々にはまだ海があることを忘れてはならない。あれほど前には海々と言っていた国民が、戦争後は海のあることをうっかり忘れていなかったか? 海に目を向けよう。吾々の目の前には世界最大の海、太平洋が広がっている。かつて1520年に大航海者マゼランがEl mar Pacifico = Pacific Ocean 太平洋と名付けた平和な海。平均の深さ4,000m、最深10,800m、長蛇の如く日本列島に沿い南北に走る6,000m以上の深さの日本海溝中に10,650mの海淵がある。地球の大きさからみると皮一重の水だが、広さが陸地の3倍もある海から人類は非常な恩恵を受けている。海がなければ気候はもっと酷烈になり、人類は住み難く、砂漠が増え、農作物は出来にくい。その海の中にどんな宝があるか。人類はそれをどれくらい知っておるか。どのような努力をして来たか。海の文化の将来はどうか。海水一杯汲んで見よ。魚の餌プランクトン、バクテリアあり。大は100フィート、100トンの南氷洋のクジラ。腹一杯食っているオキアミ。50フィート以上のジンベイザメから1万種の魚、日本近海で1,500種、吾々の食卓には普通数百種。漁獲高は世界で1,000万トン以上。現在でも日本が世界第一で、400万トンもある。日本人は世界で一番の魚食。それでも農山村は経済事情と輸送で、まだ行き渡らぬ。Eat more Fish ! 魚から動物タンパク83%を供給、主食の米が少なくてよくなる。農山村に働く人は十杯も大飯食っても、おかずは漬物ぐらいで、タンパク栄養の補給に欠けがちだという。獲れ過ぎて処理に困り、去年も随分腐らした。イカやイワシ、サンマなど、クジラと大衆魚を塩にしてでも安く廻せば、10杯の飯が5杯で良くなり、5杯の米を漁村へ廻せば、外米なんか輸入しなくても済むだろう。海水からは人生に欠くことのできぬ塩も採れる。海の中には全く色々なたくさんの生物がいる。カツオ、マグロは十数ノットの快速、トビウオは飛行、イカは忍術をつかう。ヒラメ、カレイは保護色、ハリセンボンはつつくと膨らむ。マンボーは海の哲学者、昼寝の大家でプカプカ流れる。人食いザメは貪食物突太郎、海蛇。漁場も200m以浅の陸棚と沖合表層から1,000mくらいの海底の深海漁場まで開発。深海サメは相模湾にも。ビタミンA, Dが豊富。スクワレンとか貴重有用資源。科学の力で続々新しい資源が発見されている。創意工夫すれば海にはいくらでも新発見の材料あり。大海の底にはまだどんな宝庫が隠されているか。私達は針の穴ぐらいの所から覗いているだけ。深海は全く静寂で、真っ暗、0〜2℃。何分良くわからぬ。前世期以来の大海蛇シーサーペントがいるなどという伝説で満ちている。海坊主、海幽霊、人魚、…。何しろ、潜水しても10mで1気圧、1,000mで100気圧もの巨大水圧がかかるので、そこらまで現在やっとである。

新聞にも出たように、デンマークの深海探検船Galathea号(1,300トン)は1950年10月コペンハーゲンを出港、アフリカのケープタウン沖で大しけにあって遅れ、今インド洋の調査中で、6月23日横浜へ来る予定が中止になり、マニラから豪州、ジャワに向かう。2か年の調査計画で、コペンハーゲン大学教授Anton F. Bruunを隊長に、科学者11人、1万メートルの深海底まで生物、泥、流れ、磁気などを調べる。この探検費用は街頭募金で国民の零細な金を集め、海外のデンマーク人の寄付金を併せたのである。その目的は徹底的な海洋科学的研究の他に、平和の国デンマークを原子物理学者の父Bohr博士を生んだ学術文化の国デンマークを世界に紹介しようというのである。この探検は1904〜1930年のウナギ探検で有名なDr. Johannes SchmidtをリーダーとするKarlsberg財団によるDana Expeditionの続きで、殆ど全く同じコースを踏んでいる。欧州、アメリカウナギの故郷を探索して、北大西洋中央のSargasso Seaに発見した。土用の丑の日にウナギを随分食うが、日本のウナギの生まれたところがまだはっきりしていない始末。ウナギどころか、イワシなどやっとこの頃分かってきた有様。イカなど、まだ分かってない。デンマークは北海道の半分、人口350万人で東京の半分。10年もならない昔はドイツ、オーストリアと戦って、ペシャンコに惨敗し、疲弊困窮のどん底に落ちた。それを国の半分を占める砂漠に溝を作り、水を引き、アルプスのモミの木を移植して、気候を温和に変え、霜もなく、洪水も出ぬようになって、酪農の沃野に一変、一人当たりの富が世界でも一二を争う金持ちの国になった。そして一切の争い、戦争への努力を切り替えて、平和な学術文化への貢献に切り替えた。国際海洋研究会議の中央事務局がデンマークのコペンハーゲンにある。

日本も敗戦によって真に更生して、デンマークのように活路を打開する国になり、海の沃野を開発すべきことを教えるものではなかろうか。北欧のバイキング海賊王ノルセンの血を受けた英国はCaptain Cookに発して、日没なき大海洋帝国を建設したが、その科学的な裏付けをしたのはRoyal Societyの1872〜'76年のChallenger Expeditionで、5か年に亘り七つの海に画期的探検を遂げた。リーダーのWyville Thomsonは帰港まもなく死んだが、志を継いだ隊員の海洋地質学の父John Murrayは50巻の大報告をその後20年かかってまとめあげた。Encyclopedia Britanicaが200年かかって成長した英国人の粘り強さに驚く。Murrayはインド洋のクリスマス島から貴重な燐鉱を発見し、この5か年の探検費用を償って余りあったのみか、ノルウェーのJohan Hjortを助けて、北大西洋にMichall Sars Expeditionをやり、"Depth of Ocean"の名著を出版し、自費でヨットを造り、海洋研究を楽しんだ。国際的歓楽境でバクチで有名なモナコ国の王様Albert I世は海洋学のパトロンで、豪華な調査船を造って地中海、大西洋をめぐり、腕長27フィートの深海大イカなど生物採集研究をお抱えの学者と楽しみ、立派な海洋博物館、海洋研究所を造った。国際水路局本部がここにある。

アメリカのM.F.Mauryは「大洋に河あり(Pathfinder of the Sea)とお墓に刻まれた。

だが、1853年ブラッセルに世界海上気象会議を起こし、世界の海員からlog bookに海洋気象報告を集める組織を作った。Alexander Agassizは鉱山技師だが、銅山廃鉱で作った財産を親父のLorris Agassiz譲りの海洋生物研究につぎこみ、Albatros Expeditionをやり、Harvard海洋博物館を造った。イタリア ナポリの有名な国際生物研究所もAnton Dohrnの寄付で出来、世界屈指のアメリカ スクリップス海洋研究所は富豪Scripps家の寄付により、同じくWoods Hole海洋研究所に肩を並べ、ワシントン大学海洋研究所はロックフェラーの寄付。従来海国を誇る日本には、残念だが一つとして綜合的海洋探検もない。世界的に立派な水族館、海洋博物館も海洋研究所も海洋図書館もない。海洋文化的な裏付けがない。公共文化のためのサービス、寄付などまことに乏しいのは、貧乏国というより頭の置き方が違っていたからで、切り替えなくてはいけない。一般日本人を言う前に、海の人、水産の人自体も学問文化の尊重が少なかった。

ドイツはさすが偉大な国民で、第一次大戦に敗れた直後、貧乏のどん底で、挙国一致の大西洋Meteor Expeditionを1925〜27年の2年4か月敢行した。

マッカーサー元帥はアメリカへ帰るや曰く「日本人は精神年齢12歳、英米独45歳、日本人は勝者にへつらい、敗者を蔑視する他の東洋人と同じ」と。占領下でもドイツ人はへつらわぬyes manでない。ソ連の兵器の最近の進歩の影にドイツ科学者ありと言われる。女性の海洋学者にドイツ ベルリン大学教授メラー博士があった。アメリカにもカリフォルニア水産研究所長F. Clark女史は三十何年イワシと取り組んで、第一人者。

日本はどうか? 漁業は世界一と言っても、水産学は第一を誇るわけにゆかぬ。魚を獲ることは上手だが、サケや底魚を乱獲する。捕鯨の国際協定に入らぬ。侵略的漁業と嫌われ、未だに祟(たた)っている。これでは魚族を獲りつくすと戦後アメリカから手厳しく言われ、大いに反省、水産資源の保護に力を尽くし、信用回復しつつある。産卵魚や稚魚の乱獲を防いで、資源の増殖を図ることが大切。これまで無尽蔵の宝庫と教えたのはウソ。加工製造や増殖や漁撈に創意工夫を凝らせば無尽蔵になる。魚の資源は有限。太平洋、日本海も大きな池と考えて、カツオもマグロもクジラもイワシ、サバ、イカも放し飼いしてある。年々増える分だけ獲る「永続する最大漁獲」を挙げていく。そして最大価値を利用加工面から見出していくのが新時代の水産人である。国内の他産業との調整による資源環境の維持も大切。講和後は漁区制限も解けて、公海自由の原則に立ち、各国と漁業協定して、海外に平和的に出て行き、他国に喜んで迎えられ、他国と提携して漁業・製造・増殖の経営を共にし、利益を分かち合うことになろう。東亜、南米、中米などにすでにその気運がある。これからの海洋進出は、水産に限らず海運も世界と手をつなぎ、海洋科学的研究をもとにして行かねばならぬ。

始めのうちはまだ日本人を恐れたり、疑ったり、中々信用せぬ者も一部にあろうが、今に日本の誠実と科学文化を尊重する行き方で分かって来るだろう。

世界の海に解放されて初めて、日本が世界人類の台所のタンパク食糧に、海運に、文化幸福に貢献できるし、日本の人口行き詰まりも打開できる。日本の将来の希望は海の上にある。日本人全体がもっともっと海に親しむこと、水泳を、船旅を、釣りを、ヨットを楽しむこと。

海の文学も、海と闘い生きる人の痛ましい生活、暗い面を強調しすぎて、海を恐ろしくしたのではないか。海をもっと明るく楽しいものに、陸の生活圏を海に延長してレクリエーションの場にしたい。海を恐れず、侮らず、魚を愛し、船を愛し、海を愛し、海に親しむ国民になりたい。8,600万日本人の自立経済的独立の達成に協力して進もうではありませんか。


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