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宇田道隆 昭和28年(1953年) 日記 [久里浜校舎] 東京水産大学 教授 (47-48歳)
日記は心の鏡である。眞善美を思うしるべである。反省と向上の杖である。 志望は達成の第一歩である。牛歩の尊さを知るべきだ。
東京都教育庁よりのアンケートに答えて 1. あなたは現代青年に何を望みますか。 権利を主張するとき、義務を果たすことを忘れていてはならない。建設を考えぬ破壊と過去の良さを否定するものに創造の美はない。個人の平和をも与え得ない闘争を好む人間に社会の平和、国と国との間の平和を得ることができようか? 真の幸福、真の自由は自分の心の中に潜んでいる。利害打算と射倖に耽る者は眞善美の理想に遠い。自己の天職を愛し、天命に安んじ、しかもなお向上を図れ。 2. 20歳時代にあなたの望んでいたことは。 森羅万象の眞を探究する学徒となり、人類文化に小さき灯の一つでも加えたいと望んだ。人間を愛し、愛される者になりたいと望んだ。形式的な虚礼、煩雑な規則で縛られる世間から解放されて、自由人として生き得る世界を望んだ。富貴の傲慢と貧賎の悪徳を憎み悲しんだ。 3. その希望はいかに具体化されましたか。 不完全な希望の達成ながら学問を愛するものとして生きているのを幸せです。生活と自分の人間は失敗の連続で、余りに理想に遠く進歩したと言えない。できるだけ長生きして努めたい。牛歩でも日々好日となるようにしたい。自由に振舞っていて、のりを超えないようにしたい。
1月1日(木) 歳晩は入浴後眠くて9時過ぎに寝て、除夜の鐘も聞かずじまいだったせいで、今朝 は早く目覚め、早速朝日の「学界余滴」に「シケと漁」(2枚)を書いた。屠蘇雑煮を祝ってガラス戸の 日向縁で楽にして新聞16頁を朝日、読売と読む。ミカン食いつつ。賀状来る。50枚ぐらい夕暮 れまでかかって返礼書く。今度からも少し能率的に活版にしよう。とても時間手数がかかる。 2日(金) 曇り、寒冷。早く目覚めミカン啜り、川上肇「獄中の自叙伝」読む。「無所得」の境に移 るさま、教えられる所多し。新春にこの本読むこと無意義ならず。「海洋気象」原稿。 午前、気象台海洋の小泉政美、福岡二郎両君来る。 鮪縄を 揚げんとす頬に 初日影 目にまぶし 青氷山の 大初日 青雲の 海の極みを 行きゆかむ 小さき船に 初日影さす 見はるかす 青山なみの 霞むはて 行きゆかむわが いのちいとほし 3日(土) 「海洋気象」原稿に終日。深夜2時半に及ぶ。 4日(日) 午後3時、田内さんの家へ行く。年賀にミカン1箱。5時半頃までおる。 5日(月) 12時水大へ出掛けて鼻カゼ、気分良くないので駅で止める。 1月6日(火) 鼻カゼ昨日よりヒドい。暖し。晴れて椿の葉冬日を照り返す。野間宏「真空地帯」 読了。田園調布2の野村貫一氏急性肺炎3日逝去を弔問。正直な漁民を一途に思い勤めた立派な 官吏でもあり、人格者だったと思う。頭を垂れる。モーニング・外套往復小1時間歩き、大汗と なる。夜斎藤泰一君来り、スルメ、ウルメで一杯酒酌む。 7日(水) 10時水大へ。昼着く。登学の人少なし。少し居て帰る。帰りに新大津の松生学長宅へ 年賀。頭にコブ傷。高い崖から落ちて、木の枝にひっかかり、枝で頭にケガ、出血の由。疲れて 寝ていたと。 8日(木) 新雪樹々を粧い美観。子供らの騒ぐ声に目覚む。まだ休日。日本水産新聞へ蒼海漁人と して「水産科学の根本を培え」6枚を送信する。 (1月15日に掲載さる) 夜斎藤泰一君来る。洋菓子頂く。コタツ酒で語る。 9日(金) 午前気象台。それから水路部で日本海洋学会役員会。須田、三宅が会長・副会長の新陳 代謝を唱える。評議員選挙し、互選とのこと。学者も政党流の考えが抜けない。 10日(土) 離合社プランクトンネット未払いの件。上野で海洋資源開発委。帰りに科研佐々木忠 義博士訪問。 11日(日) 転倒寒暖計の渡部七郎氏来る。続いて南海区水研の山中一郎君来る。第二水講の高井 氏ら二名来る。15日発、俊鶻丸でハワイ南方、赤道反流漁場へ行く由。 13日(火) 夜、わが誕生日48歳を祝い、お頭付きタイとスダコ。「海洋気象」原稿出来上がる。 14日(水) 登学、漁業気象(観測、天気予報沿革)講義。漁4で卒論。サバ、イワシ、カツオ・マグ ロ、ブリ、指導希望者3名に与える。熊凝・新野らと2月6-20日調査航海打合せ。また行かねば ならぬ。忙しい。 15日(木) 成人の日。暖かし。日向で執筆「海洋気象」への追加。午前、長崎の辻田時美君、カス テラ土産持参して来る。雑談。「文春」2月号読む。 16日(金) 水大へ。好晴。卒論(マグロ、ブリ)2名与える。庵原、平野と語りつ帰る。 18日(日) 午前、田岡天然社主人来る。「海洋気象」原稿540枚、図70-80渡す。夏ごろ出来上が りとのこと。初校、再校みること。印税12%、初刷1200部、定価350円? 八丈島の調査。 19日(月) 水研へ海鷹丸積荷のことで打ち合わせに行く。帰りに水路部須田さんのところに寄る。 20日(火) 農学部に「海洋気象」講義に行ったが、学生単位済みとかで、今年は終わり。松江氏。 帰りに檜山、大島、末広と会い、地球物理の梶浦君のところに寄る。 21日(水) 「気象」―天気予報。帰りに気研三宅尋ね、海洋分科会2月4日打合せ。 22日(木) アイゼンハウワー元帥、アメリカ第34代大統領に就任す。「漁場」キハダ講義。夜雑 誌求め読む。 24日(土) 水大へ、俸給日。3時頃まで仕事する。 25日(日) 吉田耕造、斎藤泰一の両新博士祝意をこめて宴。 26日(月) 製図に暮らす。午後3時、NHKで早起鷄録音「シオメの話」(2,450円受け取る。) 帰りに恵比寿で映画立ち見。「ひめゆりの塔」 27日(火) 水大へ。石野君と打合せ。 28日(水) 気象講義「天気予報」。終わってから水路部へ寄って自動車借り、月島の水産学会・海 洋学会共催の生物環境シンポジウム準備会へ。水産学会役員会の空気、どうも変に冷たい感じ。 1月29日(木) 漁場講義(クロマグロ、ビンナガ)。クジラ漁場図の整理に苦心。 30日(金) 昼間、英文原稿「八丈近海黒潮流動と漁場」第1報。“Records of Oceanogr. Works” 再刊第1号を編集する委員会。石橋、檜山、三宅、中野、宇田に文部省長井課長らと学術会議藤 本、学振新居。11時過ぎ帰宅。 31日(土) 横浜測候所へ行き、水曜日見学につき打合せ。
2月3日(火) 気象(予報)講義 4日(水) 上野で海洋・陸水分科会 5日(木) 水大 漁場講義。15時久里浜発、リュックとボストン持って伊東へ18時着。名大森田 良美氏と駅で邂逅(かいこう)。駅前で夕食。温泉プールに入り、タクシーで船着場へ。海鷹丸今暁 は北東強風で悩みし由。明後日出帆というに当て外れ。夜書類整理、10時半消灯就寝。同行 斎 藤泰一、平野敏行、石野誠、宮城治夫、太田、茂木、森田 梅白し ぶり網眼下に 風下る 6日(金) 7時起床。冷たし。北東軟風。ウネリ東より入り来る。10時〜14時コーナーリフレク ターでレーダー測流。日向ぼっこ、雑談。午後3時上陸。伊東漁組の斎藤高一氏からサバ釣の話 聞く。水試へ。それから街を漫歩。 湯疲れの 足どり見せて 波止場ゆく 7日(土) 7時半起床。正午原田勝美船長、一航小沢敬次郎氏と上陸。漁組長飯島国衛門氏らの馳 走受く。寒ブリ、アジ。今朝北川760本揚がったものと。午後2時出帆、南下。風速20--25メー トルの烈風西より吹き、大波立つ。新島かげより、三宅のかげと縫航。午後6時新島かげに集魚 灯10いくつ。2時間沖表面観測続く。 8日(日) 大浪風、終日激し。とうとう胸悪く嘔吐、食べては吐き、食べては吐き。夜食のビスケ ット、リンゴでやっと胃に落ち着く。頭痛し。波浪3m、西風大ウネリ、日に輝く。夜レーダーに 明神礁通過を観る。 9日(月) 今朝、鳥島辺まで南下。急に茂木盲腸らしき腹痛とあり。止む無く引き返す。帰航につ れ季節風弱まり、波次第に小さくなる。夕方、高さ100m、幅260m、明神礁レーダーで見えた。 崇高、黙祷。 煙吐く 島おごそかや 黙祷す 10日(火) 寝疲れ。身体痛し。午後4時浦賀入港。水大へ。庵原らと打合せ。余日少なきため、 近海調査に決す。自由が丘でソバ、ビール、湯豆腐。自宅へ帰り休む。 11日(水) 朝食後水大へ。俸給2月(上半)受ける。浦賀でミルク、リンゴの茶店。後乗船。海鷹丸 午後2時出港。館山へ向かうも、南西の大風波烈しく、引き返し、夜金田湾に仮泊。 12日(木) 早朝から沖ノ山へ向かい、第1点タテ縄、食わず。これより大島北点から湾央へ。1,000m 深まで特殊採水(名大森田氏が銅分析用)。江の島―大磯―小田原沖―宇佐美沖、植物プランクトン 著□、魚、ブリ群らしき魚群映像。夜間は宇佐美沖で午後8時仮泊。北東風吹く。強さ大。 13日(金) 朝発、初島北付近を観測南下。伊豆西岸富戸沖―稲取沖へ。下田午後3時入港。北東 風続いている。上陸。スコール。ボートに乗れず、タクシーで蓮台寺へ。 2月14日(土) 昼海鷹丸へ帰る。魚市場へ。午後6時出港す。慌ててサンパン加田万造漁組長を 下す。夜交代観測、駿河湾に入る。この夜、下田沖で愛知水試白鳥丸が外国船チャイナベア号と 衝突し沈没。錯誤か、過失か、不可抗力か。 15日(日) 朝沼津沖で崇高荘厳の霊峰富士山を拝す。湾央で特殊採水1,000mまで。11時清水入 港。その前に南西突風、シオメに遭う。夕食後上陸。映画を見て本3冊買う。帰船後、小沢一航 と話して寝る。 16日(月) 朝水試へ。安藤精治場長と11時まで。昼食に帰り、午後焼津へ。組合でトンボマグロ の統計写す。15富久丸船長の話聞く。 17日(火) 朝早く出て、駿河湾西部調査。大西風疾し。石花海波高し。湾口を瓢箪瀬に向かい、 新島陰に廻る頃夜になる。風凄し。毎秒20数メートル。吼え猛る。島蔭1-2海里にくっついたサ バ棒受漁船の漁火20-30揺らめく。大室出しから大島の東陰に廻るうち、風弱る。川奈沖に投錨。 18日(水) 午前湾内測流している。伊東上陸。 春の夜の 温泉流る 音わびし 19日(木) 夕方出港。大室出しを経て、勝浦沖へ。漁火点々。風が寒い。 20日(金) 房州沖で夜が明ける。浦賀へ昼入港。午後上陸、水大へ。4時過ぎ帰る。松生学長の 自動車に乗せてもらう。山中君インド洋チモールのマグロ持って尋ね来る。文献一つ(ノート)貸す。 21日(土) 気象の試験。朝から霙粉雪、シケ模様、風雨強くなる。帰る頃雪催いの空、なかなか 積もらぬ。リュックを駅まで石野君背負ってくれる。東横線窓外雪景色ことによし。九品仏駅で は雪しきり。積り出す。 雪の寺 大倉山の ふもとなる 22日(日) 今朝見ればすっかり大雪で、8寸位も積もっている。答案調べ。 23日(月) 朝から報告の原稿に努力する。午後4時から月島沖の海鷹丸でDSL会議。8時まで。 夕食ライスカレー食べる。松江、庵原、熊凝、渡辺、間庭、宇田、小沢、原田。刷物原稿作る。 24日(火) 文部省測地審議会、学士会館。12時ランチを共にして、2時半終わる。水路部へ。海 洋談話会。高橋龍太郎と目黒まで一緒。大岡山で映画見る。 25日(水) シケ気味、ブリ漁との関係は。水大へ。雨。学生の傘に入れて貰い、帰りは学校の自 動車で送って貰う。月給貰う。魚市場前でボートに乗り、海鷹丸へ。DSLプリント受領。謝金二 千円と先日会合の夕食代千円支払う。 26日(木) 雨で横に吹き降り、道春泥で悪い。寒い日。上野学術会議で農学総合研究報告会(70 部刷物提出)。低調。「超音波偽底像による漁場の研究(第一報)」を最後に午後6時頃報告。田内漁 網、新崎、相川カタクチの報告ありたり。大森からバスで帰る。東大農学部講師の辞令受ける。 (11月1日発令、一日300円、29年2月まで) 27日(金) 水研へ。源生、高山、中井、川名に会う。Deuts. Hydro. Zs. 1冊借用。海洋学会、水 産学会へ。年会講演2申込。要旨渡す。(DSLとブリ・ビンナガ)。自分で用を作って忙しくしている。 帰りに東劇で5―8時チャップリンの「ライムライト」を見る。評判の映画のロードショウなり。 老道化役者と若いバレリーナの愛情、どれも善意の人々である。人気の移ろい易い、頼み難なさ、 舞台の袖口のベッドで死ぬところ、チャップリンの自伝であり、心境小説である。 28日(土) 午後1時から上野学術会議の八丈島総合研究委員会の報告会あり。十何編。暖かく汗 ばむ位。戸外南西風狂吹(十数メートル?) ヒューヒュー唸る。春一番なるべし。ブリ漁に期待す。 5時過ぎ終わる。帰宅。「寺田寅彦評伝」を書く。これも小遣い稼ぎなり。
3月1日(日) 暖かい日和。庭に紅梅咲く。春めいて来た。「中学時代」に頼まれた評伝「独創の天 才学者 寺田寅彦」を書き上げる。生硬で意に満たず(18枚)。朝倉書店「地理学講座」の「海洋」 30頁の初校了。 2日(月) 乗り遅れ12時水大へ。右田正男より田内さん表彰文のデータ求め来るに返事。クジラ の記事抄出。吉田首相、「バカヤロー、生意気」と言ったばかりに懲罰決議さる。 3日(火) 田内さんの私に対することが、朝5時に起床して「潮境漁場と湧昇漁場」を書かした。水 大入試監督。午前数学、午後英語。熊沢氏、物理の高橋氏の件で話に来る。夜、山口生知さん電 話で群馬大25名、館山実習場宿泊依頼あり。庵原氏宛て手紙書き、川口さんの宅へ。 4日(水) 太平洋学術会議書記長クーリッジの招待。12時午餐会に招かる。帝国ホテル。ニュー シェール(地理調査課長)、フォスター女史、Dr. Dietz座にあり。来るマニラ会議準備。水路部へ 帰りに寄り、須田さんと話す。スクリップスのTrans Pacific Exp. が本年9〜10月頃、日本に寄 る由。教文館に寄り、「怒れる海(上下巻)」などを買う。 5日(木) 朝8時家を出て、伊東へ11時半着き、水試分場へタクシー。途中、梅花とブリ網見ゆ。 午後1時より水試内で静岡定置漁業者が集まり講演。終わって海楽荘に案内されて宴会。伊豆崎 網代にこの日1万本大漁。 6日(金) 伊東発、東海汽船で大島元村へ12時。北東風荒く、170トンの小船揺れ激しい。船酔 いの客多し。ベンチも臭い。上陸して1時バスで波浮へ。都水試大島分場の奥山場長、場員と話 し合う。5時見学して宿へ。夜、漁業者広田氏来られ、話聞く。 7日(土) 朝6時目覚め、7時発バスで元村へ。乗り換えて測候所へ8時半。見学。遠姻戚の池上 克己弟の横山知巳が所長で、案内。小黒という係長は宇品時代軍務だった由。石拾う。鶯鳴く。 バスで岡田へ。12時漁組で話聞く。皆今日出港、底魚キンメ釣、イセエビ。宿屋で昼食して、ま た漁業者に話聞く。午後3時半岡田発芙蓉丸、波静か。6時着。歩いて駅前で1個30円というニ ギリスシぼられ、あきれる。伊東から汽車。夜遅く帰宅。 8日(日) 家族と大倉山探梅。帰りに塩見さんの所から「明治大正水産史」返して貰う。夜、山中 一郎君来訪。夕食共にし、雑談。マグロ報告(部外秘)1冊貸す。 9日(月) 卒論採点す。 10日(火) 水大へ。俸給。電車で「怒りの海」読む。午後、卒論ゼミナール。 11日(水) 「漁場」答案採点。夜春雷、停電。北風→南西烈風。 12日(木) 西風強し。水大へ。電車で「文春」読む。捕鯨資料調べ。 13日(金) まぐろ船長と庵原氏と同車で談。教授会。例の温情主義で卒業のこと。優等生が「見 込み」の感情で決まること。 14日(土) 午後、太平洋学術連委。ボスどもの見えざる力の裁き行く。 15日(日) 「ユネスコ日本」に「海の開発」の原稿書く。神戸の市栄誉新博士、千代子新夫人連れ て来訪。妻計子と一緒に歓談。 16日(月) 水大教授会。入学の件。 3月17日(火) 捕鯨協会に寄る。海洋学会役員会(中央気象台)。定点部長三浦氏、長崎海洋建設を 感謝さる。 19日(木) 久里浜へ。のどかなる春霞、帰りは曇りて風冷たし。 21日(土) 太平洋連絡委総会、8常置委マニラ出席決定。 23日(月) 水大教授会、学内破防法の件。 24日(火) 丸善で“Proceeding Oceanographic Data”(3,150円)購求。日本橋→築地、タクシー90 円。海談[海洋学談話会]、水路部で。荒川秀俊とお茶・ケーキ。 25日(水) 卒業式。信念に徹せる人 松生和尚学長 弘済の演説。蛍の光斉唱。人情が薄れる。 生活の貧困化に原因する。経済闘争、政権争奪、政治家の堕落、目的のために手段を選ばぬ現代、 ファッショ軍閥と何ら変わりもない。 26日(木) 昼水大へ。蒲公英(たんぽぽ)咲く。磯の藻塩草の香。鯨漁場図書く。帰りに映画を自由 が丘ロマンス座で。「セールスマンの死」過去の名声に囚われるな。「第三の男」迫真力に満ちた 映画。人口が増え、自然が汚され、毀され、生活の困難は増大する。人間の混雑がこの頃ひどく なった。 27日(金) 午後3時前に海上保安庁から水路部へ。須田氏の用で行く。マニラへ船出す計画につ き、相談あり。車借り、品川へ。 28日(土) 緊急教授会につき久里浜へ。松生学長辞職とのこと。教授代表田内、棚橋、篠山、翻 意を促しに行く。翻意。署名し、請願と決意。上野へ。太平洋海洋資源連委在京委。 29日(日) 雨。熊凝氏訪。DSL研究始末打合せ。 30日(月) 朝、文部省大学局研究助成課へ熊凝氏と。同氏久里浜へ。それから上野学振で書類買 い、東大松江へ、不在。檜山に廊下で会う。丸ビル地下食堂で申請書類作る。午後4時再び熊さ んと文部省で落ち合い、申請20日付けで受け取り貰う。助かる。 31日(火) 水大へ。東京新聞「窓」三題原稿に7,600円。旺文社「中学時代」5,000円。
4月1日(水) わが家の桜咲けり。午前クジラ講演準備。午後1時、新丸ビル6階、くじら漁場図 報告会。宇田、プランクトン中井氏。研究費3万円(4〜6月分)青木主事より受領。標識鯨調査 第 11関丸(6月19日〜7月9日、鮎川)行動打合せ。捕鯨協会坂氏預け 昭和26年度旬報漁場図、 明治43年〜昭和26年、21年間の年報漁場図、昭和26年クジラ発見報告、海区別21か年鯨報告 ノート4冊。 3日(金) 田内博士記念論文執筆。海(改訂版)原稿作る。三章書き加える。 4日(土) 文部省でユネスコ海洋物理原稿料受。直ちに神田の岩波へ、「海」改訂原稿渡す。学会講 演準備。 5日(日) 水産学会第1日、3会場。午後宇田講演(1)DSLと漁場、(2)ブリ、ビンナガ漁況と海況。 6日(月) 水産学会第2日。夜、懇親会。田内会長と渡辺函館水産部長の間にはさまり、ビール飲 み、語る。帰りに平野弘、酔い唄うにつかまる。野中順三九同行、一緒にオリンピックでショー トケーキ、コーヒー奢る。地下鉄で帰る。 7日(火) 午後、水産生物環境懇談会。宇田司会、生産力を主題に。松平、宝月、松江、花岡、猪 野、稲葉、宇田ら。中々実の入ったよい会であった。6時、プランクトン研究連絡会会食、元田 氏ら。 4月8日(水) 海洋学会第1日。11時過ぎ、地球物理科学研究費配分につき、呼び出され、震研 で審査、貧乏くじ。八丈島研究費は綜合へという今年ダメらしい。日高氏、綜合2年無理して来 たためダメという。しかしユネスコで100万出れば助かる。新谷氏と打合せ済み。天然社の美し い三武嬢製図の疑問で来る。午後6時、主婦の友横「ささ尾」という喫茶店で軽食。新評議委員 会。帰りに審査打合せ。混む電車で帰る。行楽の春となって、混雑一入。生活全般に豊かに余裕 を生じたらしい。 9日(木) 昨夜徹夜でDSL会計報告作り、本日提出す。海洋学会第2日。講演聞く。三武雅子(天 然社)に図稿に水路部(秘)海洋気象図貸す。昼からまた東大地球物理教室へ。YWCAで海洋学会懇 親会。午後6時―8時、気焔をあげて賑やかに。山口、菅原さんと帰る。暑い。疲れて寝る。比 島学術会議長より招請状来る。 10日(金) 海洋学会第3日。講演「八丈近海黒潮模型実験」。午後、Dietzの映画。文部省に寄る。 ユネスコへ。 11日(土) 雨、ゴム長で。東平の東大入学式に妻と共に赴く。超満員の人出。矢内原総長の告辞。 一人の入学の陰に6人の落ちた人を可哀想だなと責任の自覚を促し、傲慢となるな。世のため、 人のためになるよう学問せよ。高貴なる品性を望む。学部長挨拶。檜山の処へ廻る。妻と三越食 堂へ。大阪寿司食って別れ、日劇ニュースを見て丸ビルへ。金子武蔵と会い、岩波文庫25周年記 念カクテルパーティーへ。集う日本国の一流文化人、安部能成、小泉信三、小宮豊隆など。マイ クでも安部さんの声が通るぐらい。樟の木を植ゆる人の弟、金子武蔵、東大西洋哲学を担う人、「敗 戦だ」と語る哲学者。岩波茂雄のエスプリが今も文庫に伝えられている。宗教的な野人的な匂い も、リファインされたアカデミズムも、金子が僕を紹介、和辻哲郎、田中美知太郎、……。 天野貞祐さんの国民道徳実践委□の提灯を逆さに持って、提灯焼けてしまった。天野先生は提灯 を期待し、すっかりしょげ、ご機嫌悪い由。 12日(日) 今日は私の精神的生活にとって意義ある日である。少なくとも今日一日、あるいは私 の生を終える日までの革命の日となるかも知れない。風にそよぐ弱い葦に似た人間である。花が 散る、天花がまき散るように、屋根を越して庭へ降り来る。山吹の黄が目も覚めるよう。花蘇芳 も美しい。門の近くに小米桜、雪柳、花木瓜も咲いた。楓の若芽も赤椿も何もかも美しい。妻と 玉川平安教会へ。日野原老牧師、双頬を紅潮させてポーロの愛の言葉を説く。 13日(月) 水大へ。暖かし。午後6時、赤門学士会館でユネスコ海洋資源開発晩餐会。ユネスコ 協力局長ウロンスキー氏(ハンガリア人、遺伝学者)を囲んで、亀山学術会議会長、畑井博士太平洋 委員長、和達、須田、檜山、ユネスコ国内委員長など。海洋研究所設立、海洋研究□□のcoordination にすり換えている。結局、当事者でない人達がイジクリ廻している。日本という国は専門家を視 野が狭いとか、何とか言って、尊重しない国だ。 14日(火) 午前9時雅叙園へ。昼まで檜山、黒沼、藤永、須田、三宅らと集まり、海洋研究所の 協議。ウロンスキー博士、比国ヴィリヤードリッド、タイ、仏印、セイロン(ナトラン海洋研究所 長)。余、海洋調査探検を提案す。茶も何も出さぬ会。 15日(水) 水大入学式。松生学長訓示「学生日本人を、国民精神を持った日本水産人にすること。 ……」 4月16日(木) 家で八丈漁場DSL会計報告整理。雨で冷たし。 17日(金) NHKにお休み随筆「春飛魚」一篇送る。水大へ。採点表作る。 初鰹 刺身に一家 舌鼓 パリのユネスコパネル会議内報あり。 18日(土) 捕鯨協会へ「旬報鯨況(昭和26年)」原稿送る。漁場学原稿揃え、南海中間層水の調査を する。 19日(日) 岩波みのうら嬢来り、午前中「海」の原稿手入れす。午後1時半、上野学術会議 ユネ スコ海洋資源開発委。調査船―移動海洋研究所の具体案。 20日(月) 水大 漁場講義少し。学生「ワカラン、ワカラン」と言う。図少し書き始める。 Records 鯨2(1) の校正来る。初校。 21日(火) 日大、大西教務部長に会う。野村教授水産科中心倒れ、困難の趣聞く。来週より開始、 打ち合わす。文部省「27年度DSL研究経過報告書」2通提出。丸善へ。カーソン“The Sea Around Us”(690円)買う。ユネスコ科学実験展、上野松坂屋で見学。朝比奈博士パンフレットくれる。 22日(水) 水大、気象(気温、途中まで)。熊凝武晴氏、佐々木幸康氏、ユネスコ調査船資料につき 聞く。 23日(木) 家の光社「夏の海」6枚依頼さる。午前、家でゴソゴソ過ごす。極めて非能率的也。夜、 長崎海洋気象台75周年「長崎の思い出」を書き上げる。(5枚) 24日(金) 「夏の海」原稿書き、送る。製図。参議院選挙に行く。極めて低調也。 25日(土) 追試験(漁場、気象)、石野君に監督依頼。午後、上野学士院で海洋資源開発在京委。観 測船のこと、数億やろうとなる。海洋研究センター案。他国の思惑、日本野心ありと見らるとい うこと。文案直し、6時迄かかる。 26日(日) 小泉君、二子連れて来る。午後、仕事少し。高知県人社、三浦氏来る。6月「水産と土 佐」数枚頼まれる。岩波三□嬢、新書数冊寄贈さる。 27日(月) 水大、漁場講義。眼前を保安隊(予備隊)の訓練見える。山中一君、三崎よりマグロ船日 祥丸でバシー海域へ。午後3時半発、午後6時から青山学院Chapelで英語学校開校式あり。ミ セス・クマガイの会話、大変愛嬌あるよいオバサン。阿蘇火山爆発。 28日(火) 日大へ10時に行く。大西不在にて、且つ臨時休校に、止む無く帰る。月島水研へ。高 山重嶺、川田三郎に田内記念論文忘れたため、明後日届ける約束す。海洋の中井、平野、深井と 海洋資源談話会につき語り、帰り、日劇地下ニュース映画(30円)見る。夕方疲れて、食事後は早 寝。12時過ぎ目覚め、玄奘(げんじょう)法師の西域記についての新書を読み、3時終わる。その ひたぶるな一生に感奮興起す。 29日(水) 天皇誕生日。相模湾ホヤの研究著さる。多摩川堤河原へ。中洲に渡ると、レンゲ咲く 処あり。 30日(木) 家に籠る。北太平洋Smin分布製図、大変面白い。 [4月 補遺] 余は政治的手腕に欠ける。狸をかぶること、人を操縦することが出来ぬ。あまりに生 マジメ過ぎる。アラワである。露骨に過ぎる。言い過ぎる。愚鈍であり、執拗である。人にスカ レヌ。余は孤独な人間であり、社会性に乏しい天性をもつ。今更治らないだろうが、神に跪いて、 神の恵みにより、新たな太陽の光の恵みを受けるように。
5月1日(金) 水大へ。帰りに自動車勧められ、海老名、篠山、余を助手台に乗せ、自らは後部席 へ。 青大、英会話。フィッシャーに代わり熊谷氏。本日のメーデーについて。バイブルクラスに 出席。(ミセス・クマガイ) 2日(土) 古雑誌など片付け。Smin 図、赤道反流域湧昇の興味ある発見、 double Smin 南北両半球 中間層水交錯、中緯度 Smaxの赤道に向かい下降沈潜。小泉信三「読書論」 3日(日) 憲法記念日。室の戸棚書類片付け、サッパリする。相変わらずSmin 4日(月) 水大へ。漁場―魚探法講義。青山、英語ミセス・クマガイ。今朝の地震が話題。 5日(火) 端午、子供の日。日本の伝統を守り、アメリカの植民地と化すなかれ。 6日(水) 水大、気象―気温、日射、気圧、湿度。今日は青山をサボル。睡眠不足で頭疲れのため。 入浴、早寝。 7日(木) 雨。岩波、みつくり嬢来る。 8日(金) 家で製図、研究。 9日(土) 水大へ。俸給。帰りに白鳥座で映画。 10日(日) 卒業学生(漁)田原陽三君来る。まだ就職決まらぬ。福岡二郎君来る。海洋学会の用事で、 あと雑談。 11日(月) 水大「漁場」−魚群濃度、運動。図書館前を通る時、芝生に寝転がって強い南風を避け、 5月の陽光を楽しむ学生。背後で曰く、甲「確かに重役だなあ! 」、乙「何だ。重役ヅラしやがっ て」。青山英会話、討論会ゲームのこと。肯定・否定、否定を含む肯定へ。弁証法的対立。図書で 借りた新着「スクリップス海洋研究所報告1951」を読む。 12日(火) 日大、10時―12時半。海洋気象1時間、海洋2時間開講。終わってすぐ家へ帰る。 例により、大循環、第2図完成。昭和6-10、昭和10-13出来た。 13年(水) 霧雨の朝。水玉を貫いた蜘蛛の巣の美しい白い網が梅の実の木陰に、八つ手の陰に現 れる。忍術を顕わにした霧雨。水中の流し網など、漁網、空中の霞網が鳥を獲ることを連想、蜘 蛛の知恵に驚く。昆虫補食の工夫、張り方。水大へ行く。学制80周年で休講。午後2時半、大船 発急行「きりしま」で名古屋―三重津、午後9時。大学宿直室で泊。神崎氏(京医内科)と語り、寝 る。 14日(木) 出講、海洋第1日、午前2時間 海洋学史、午後2時間 海洋地形海底。夜、同宿の 田中和夫氏と談。吾が心の平安を保つこと。完全を望めば安らぎはない。最優者となろうとすれ ば闘いとらねばならぬ。自然のままに、わが心の分相応に、老荘の閑寂隠遁の心を忘れてはなら ぬ。好んで紛争場裡の渦中に入るべきでない。他人の悪罵に怒ってはならぬ。他人の名声に嫉妬 する思いは賤しいことである。神仏の高い深い宗教的境地に生きて行くことである。彼も吾も等 しく神の子である。 15日(金) 岡田弥一郎学部長と談。海洋第2日。海洋地形、海底、底質、4時間。川尻氏の室で熱 帯魚飼育を見る。石井氏タンク案内さる。夕方、散歩。「新潮」買って来て、劇「日本の気象」読む。 藤原先生を偲ぶ。 16日(土) 川本信之博士にお茶呼ばる。海洋学。水温の項途中まで。坂本市太郎氏に送られ駅へ。 蝉の声聞こえる。ビールジョッキ飲みて、手を振り別れけり。名古屋、兄の家へ5時頃着く。こ の日、海洋資源委員会、上野であるも行かざる旨返事す。 5月17日(日) 朝起きたとき、誤ってシャンデリア硝子を壊す。粗相なり。 18日(月) 水大、漁場(漁場価値)。帰り青山学院へ。英会話拙。“Finder of North Atlantic South Atlantic”2巻を180円で掘り出す。「海」30円で。 19日(火) 日大。気象(気温)、海洋(海底、形、水深)。午後1時30分、上野、海洋資源委。一転し て海洋研究所積極的支持となる。和達台長の車で東大地物の海談へ。中野猿人、波を講ず。 20日(水) 水大で気象(気温より海霧)。教壇に立ち、白墨に塗れいる日々を果たして甲斐ありとす るか。帰りに白楽座で映画見る。「静かなる男」美しきアイルランドの自然と激情の人。野競馬が 面白い。「死の谷」アメリカ開拓時代の一風景。 21日(木) 愛知水試 宗君に返事。川上太左英君、シオメと巾着網の関係を研究せんと言う。文 献送る。26日(火)中央魚類の講演準備。Smin(昭和13-16)開始。 22日(金) 子安正三氏逝去の報あり。告別式、家留守のため行けず。遠き日に鰹を君と議論せし を想う。 23日(土) 終日、太平洋Sminで暮らす。大雨の日、東京雨量79ミリ、高知130ミリ。 24日(日) 床の中で読書。午前10時離床。午後2時、東海区水研の田中氏夫妻、赤ちゃん連れて 来る。散歩に等々力バラ園へ。賑やかな人出。 25日(月) 水大 漁場(原理半ば)。俸給1.9万円。夜、山中一君来る。またソロモン水域へマグ ロ船黒潮丸で行く由。ビールで壮行。「アザラシ士官」の本貸す。 26日(火) 日大 気象(気圧、湿度、蒸発、霧)、海洋(水深、深さの測り方)。講師らの溜まりの室に語 りおる。話は何かじめじめせる。目黒でチャーハン(100円)食って、水路部へ寄る。須田さん、 Dietz不在。5時半、銀座4丁目、紙パルプ会館で、中央魚類会社の人々に2時間、「水産からみ た海洋学」の話する。(謝礼3千円受く)。 27日(水) 水大 気象(霧)。日本水産学会例会で、「北太平洋大循環と漁場」中間層水についての 調査を語る。松江さん、東大の手当3千円くれる。眠い。岩波「海」改訂初校。 28日(木) 朝、科学読売の富岡氏来る。ソーファのことで水路部に寄る。須田さん不在。ディエ ツ博士に会う。宅へお茶に招くこと諾。丸ビル捕鯨協会、計画。製図印刷進行中。岩波へ、「海」 初校見て渡す。神田古本屋。午後5時、学士会館で鯨類研究所大村博士ら招き、鯨研究懇談。鯨 の血液型調べる藤野氏、頭骨調べる小川博士、鯨のペニス調べる岸田氏、ヘリコプターで鯨類吊 り上げ標識檜山氏。 29日(金) 大雨、ひどく降る。 30日(土) 終日かかり科学読売依頼、海特集号の「北原多作伝」「海の物理学」書き上げ、速達発送 す。夜、小泉政美君、増沢譲太郎君呼び、ビールで夕食。 31日(日) 大洋、鯨の丸山勉氏ら来談。西村源六郎、源十郎父子と金井清君と蔵前国技館に花相 撲見物。酒飲みながら見る。小学生多く賑やか。照国の引退土俵入り。断髪式の力士あり。土俵 の哀愁。
6月1日(月) 水大 漁場(演習の説明、原理は途中まで)。午後突風。久里浜沖アシカ島南方で大洋 漁業カツオマグロ船第八東丸(143トン)沈没、10名死亡。青山でミセス・クマガイ英会話。戴冠 式、英国人感情。エベレスト最高峰8,840mを英人ヒラリー(ニュージーランド)登り極む。 6月2日(火) 英国女王エリザベスU戴冠式、正午過ぎ。日大 1時間、気象(霧まで)。海洋は休 講。午後1時半、久里浜、教授会。校舎一部移転。停年満63歳(その年度末)。暫定予算。クジラ 漁場図に午後5時までをる。 3日(水) 水大 気象(雲)。帰りに永田(物理)と一緒になる。横浜でビール一杯飲み、別る。白楽 で映画。「雨に唄えば」11時過ぎ帰る。 4日(木) DSL研究費補助、本年30万円通知あり。午前在宅、仕事。午後から妻と出掛け、渋谷 東横デパートで夏服注文。水路部須田部長、水路要報増刊報告No.10頂く。Dietzに会う。須田さ んの車で水研へ。平野に神鷹7月調査同行了解あり。器材準備、積み込み頼む。帰りに渋谷、自 由が丘の本屋冷やかし、遅くなる。 5日(金) 雨。Smaxデータ記入。理髪(120円)。 6日(土) 雨やむ。朝8時、熊凝訪、打合せ。捕鯨協会へ。訂正すべき発見記事稿持ち帰る。丸ビ ル食堂で朝食、ライスカレー。終わって、文部省へ出すべき書類作成に2時間かかる。DSL実施 計画、旅費少し多く取り過ぎたか? 質問受ける。30万円の半分を費やすの説明。須田さんとディ エツ博士、自動車で来る。ビールで快談。計子苦心のもてなし。新野、スクリプスへDietzの推 薦で近く行くと。自動車で等々力へ。不動さん、滝見、多摩川堤、等々力バラ園、九品仏、ここ で別れる。 7日(日) バートランドラッセルの英文「科学と社会」読み、感想多し。机に向かい、朝Smaxの線 引く。太平洋水塊を究め尽さん決意湧き、プログラム立てる。人来らず、夜、DSL関係文献集録 作る。 8日(月) 休講。海鷹丸出航で見送りに。 9日(火) 日大。凡々あせらず、何もかもあきらめた消極の気持ち。科学にのみ一途に没頭した吾 が半生の失敗だった自覚。(以下略) 10日(水) 50歳に近付いて、為すべき多くの仕事を抱え込んで、今更のように自己の半生を振り 返り、残った将来の生をいかに生くべきかを落ち着いて考える時機に到達した。私の過去の失敗 は、悉く功に焦り過ぎ、他に対する理解、寛容の余裕を欠いたことにある。私も牛歩ながら真の 学問を目指し、学問を楽しみ、生活を楽しみ、決して無理をしないことを信条に進みたい。自分 の力以上の色々なことを引き受け、色々なことを望み、それに拘泥し、ひとり責任を感じて、余 裕を失って行った過去の愚を繰り返したくない。私はもっと生活にユーモアを持ちたい。 15日(月) 水大 漁場30分講義。後はクラス会で取られる。鯨の資料整理。 16日(火) 日大 海洋(水温)、気象(雲)。捕鯨協会へ。発見報告。直した原稿渡し。東大松江室、 不在。地球物理で海談[海洋学談話会]出席。TellusのArxのガルフストリーム実験研究面白し。 小著引用されあり。 17日(水) 水大 気象講義(風、ビューフォート風級)。午後7時、急行「霧島」で名古屋へ。近鉄で 夜更けて津着。夜道、大汗でやっと大学へ。佐々木忠義氏と同宿。 18日(木) 津 講義第2回第1日、水温より始む。 19日(金) 津、三重大、第2日。佐々木氏帰る。坂本市太郎氏訪ねらる。同宿、高須氏(植物)と談。 この人の伯父が我々二高で三角習った高須教授。秀才で辛辣だったこの人は、京大より追い出され 東北大も停年まで居りきれず、今、横浜市立大理学部長で、(以下略) 6月20日(土) 執筆続く。旺文社「中学時代」16日依頼の「シオメ」のこと。13枚書き上がる。 海洋講義、海流測定まで。力学計算に入らず。午後3時、津発、名古屋へ。兄の宅へ。 21日(日) 名古屋、兄の宅で目覚め、「海探究史」、執筆少し。10時の急行「雲仙」、車中、原稿 点検。4時半、横浜着。午後6時帰宅。石川達三「青色革命」読む。 22日(月) 水大へ。学生デモ準備で講義にならず。漁場学演習の指導。石野誠君、豆相サバの研 究(明日発表)、英文を直す。3時より6時までかかる。川口、棚橋氏と帰る。 23日(火) 冷涼、微雨。日大、気象(雨終わり、風)、海洋(水温鉛直分布、塩分測る方法)。渋谷東横 デパートで計子と会い、地下鉄新橋へ。今日は東京にて水大学生「校舎を返せ」とデモ行進。同盟 休校に入る。帰りに自由が丘、武蔵館で映画。 24日(水) 本日も休講。緊急の相談会。スト対策打合せ。 25日(木) 家で仕事。横浜の浅野ドックへ行く。神鷹丸いないので帰る。噴火湾に大羽イワシ久 し振りに好漁と。 26日(金) 緊急教授会、9時半から。結局、臨時授業休み。昼から失礼し、捕鯨協会へ。 7-9月分3万円受領(年報の記事を送るべきこと)。上野でユネスコ(八丈の)外海班予算請求。 今年から七面倒、役人のズルらしい。済んで、タクシーで月島へ。神鷹丸へ行く。7月8日乗り 込み、積み込みのこと打合せ。斎藤泰一、東海水研平野敏行と会い、帰りに銀座ビヤホール。む せ暑い一日。 27日(土) 北九州大水害。何十年来ない大雨続き400ミリ超ゆ。梅雨前線のいたづら? 災害年と 見えたり。秋の台風はどうか? 午前9時、上野で海洋分科会、スクリプス探検の接待受入れの件。 減額旅費、松平氏らの意見で全額支払いになり、結局年一回になる。午後、陸水分科会。ユネス コ海洋資源会。内海班、海潮流利用の件。「海をひらく」でまた。中野猿人氏と帰る。大森よりバ ス、家まで。夜、雨声。「青色革命」読了。 28日(日) 比島モンテンルパ戦犯、内地送還、朗報。賠償と引き換え条件と思われるが。朝から 夜まで「海をひらく人々」の仕上げ。 30日(火) 午前2時まで原稿整理。日大へ、1時間目、気象忘れ、2時間目より海洋、塩分済み。 河出書房柳沢氏に「海をひらく人々」の原稿を渡す。750枚。日本海洋学会誌提出論文「相模湾の急 潮」執筆。
7月1日(水) 午後2時、書き上げた原稿、小泉氏に託し、日海学会誌へ論文提出。4時から水大 へ顔を出す。午後5時、駅へ駆けつけ、大船で浜松行きに乗り換え、午後11時半に着く。安宿で 泊。夜中に刑事に起こされる。夕方、近所の映画館に強盗入った由。 2日(木) 午前5時起床。6時発、名古屋9時着。朝飯食って、津へ11時。タクシーで大学へ。 午後、海洋講義。夜は早寝する。 3日(金) 午後講義。坂本市太郎氏と夕方ビール飲む。本3冊買う。小泉信三、林芙美子。南氷洋気 象の訳始め。 4日(土) 11時終講。午後1時50分、名古屋発つ。午後8時半、東京自宅。 5日(日) 一日、「北太平洋大循環」論文、英文作成に努力する。書き上がる。結局、6月10日提 出期限には図が間に合わぬので、諦める。 7月6日(月) 午前、河出書房柳沢氏ら来訪。「海をひらく人々」もう少し手を入れることになる。 100〜200枚書き加え、厚くする。午後、文部省へ。DSL総合研究、小切手20万円貰いに行く。 7日(火) 富士銀行尾山台支店に超音波偽底像研究会代表宇田、20万円預け。日大講義、気象― 風、サイクロン、海洋―塩分、栄養塩、ガス。久里浜へ。悪天、雨しげし。斎藤泰一君と一緒になる。 6時過ぎ遅く帰る。 8日(水) 日魯へ。本年北洋カニ豊漁(ズワイガニ始め、多くて困った)、クジラも300頭豊漁、サ ケマス漁も良い。午前10時、久里浜より神鷹丸(226トン、船長永山政行)に乗りこむ。出航。同 行、石野誠、平野敏行、漁撈今村豊。SW9-10m/s大風、波激し。表面水温23.6度、大室出しに て16:40-17:26、[ブイ流し]流程2.5海里で、流れはS53E, 3.3ノット。南下せんとするも、余り 海悪いので、新島の陰で仮泊。 9日(木) 新島より夜走って新黒瀬へ。この間流れ1.1ノット。第1点11時過ぎ、25度。鳥も漁 船もなく寂し。カツオエサイワシは元気。波高2〜2.5m。午後1時40分〜2時、カツオ鳥付群見 る。散水、魚群散る。第2点午後2時半。新黒瀬と八丈との間。25.8℃、エイ1尾泳ぐ。26.5℃。 午後5時、神湊沖1海里位、曳縄。カツオ4本(3本外れ)、キメジ1本。Sta.3 神湊沖、午後6時、 25.9℃、流れ西方へ。沖ほど東流速い。一寸上陸し、現業場へ。宿直の人と話し、帰る。深夜発。 夏潮の 黒瀬に鰹 鳥群るる 10日(金) 2時まで流し。北東へ1-1.3ノット流れる。夜明けて鳥賑やか。鳥付カツオ群。他船7 隻釣っている。黒瀬へ。水深120-160m。瀬の廻りにシオ波立つ。シオ目白く砕け波、級5、水色1。 撒水しぶく。エサイワシ撒くと、暫くしてカツオ浮き上がり、ともで釣れ出す。学生大騒ぎ、17 尾釣る。(最大1.2貫目、最小400匁、500-600匁、46-48cm)。小さいサメ付いていた。終わって 12時〜13:45ブイ追跡。NE 8m/sで、S50W, 2ノット。15:25小島水道、円形をなす湍潮(中は24.5℃)、 水温(25.1より24.2℃に)低くなる。湧昇? 17時より25時間測流。Ekman-Merz弱流計。八重根(18m 深で)。船首、他船まちまち。 11日(土) 夜、トビウオ灯火に来る。午後、測流中、当直済み上陸。東海区水研支所で入浴させ てもらう。スコールしきり。支庁へ出掛ける。途中、野原で白雨に濡れる。俳諧を感ず。洞穴で 凌ぐ。支庁、退庁後につき現業場に電話。東海支所で菅野場長と打合せ。午後5時帰船。 12日(日) 夜2時より八丈周辺の観測に一同海流封筒投入。表面観測14点。4点船を停め、obs. 波高2-3m。八丈―三宅間、No.1〜No.10 1時間ごと表面観測、採水。トビウオ多し。3本(大野原 南)黒潮に立つさま面白し。18時三宅島伊ケ谷(大船戸湾)着。上陸、漁業組合でテングサ景気の話 を聞き、山の上まで行き、マンジュウ食うて、坂道を下る。 13日(月) 4時発。トビウオ、鳥群。三宅と御蔵間でブイ追跡。3ノット、N57E, Sta.10 26.6℃、 100mは16.69℃、シオと風(E 13m/s)反対で、シオ波高く、逆巻く黒潮。午後1時、大島東方でブ イ追跡。N60E, 2.5ノット。Sta.11 0m 24.1℃, 100m 21.91℃。Sta.12 午後2時半、野島沖、23.3℃。 Sta.13 午後4時、洲崎24.0℃、館山午後5時入港。上陸、実習場泊。夜、鏡軒へ、平野敏行と飲 んで…。 14日(火) 朝、千葉水試へ。渡辺氏からサバなどの話聞く。午前10時半出港。浦賀へ午後1時過 ぎ着。上陸して、水大へ寄って俸給受けて、大洋クジラ発見報告原稿を見て、平野(化)と帰り、横 浜でビール。帰宅7時。 7月15日(水) 疲れて宅居。NHK原稿書く。 16日(木) 水路部へ。ディエツ博士にスクリップス研紹介依頼。丸善で洋書4千円買う。ラジオ 放送NHK、午後3時半「明るい茶の間」(斎藤)、「海の随想」録音(7月22日朝)。演芸課員にお休 み随筆「立つ秋の心」原稿3枚渡す。文部省ユネスコ国内委、長井課長、日高の手紙見る。ユネス コ1名、貴方になりそうと言う。グズグズいつまでも分からぬ。 17日(金) 英文アブストラクトを作る。 18日(土) 午後1時、東海区水研。稲作渡来史、海流との関係。安藤広太郎、柳田国男。帰り水 路部(須田)。気象台へ、和達、中野と日高立候補話す。 19日(日) 7:30家を出て、布佐着10時。岡田武松先生、随分歳取り、弱られた。雨終日しげし。 昼食頂く、恐縮。ユネスコ海洋研究所…ありゃ出来ないと見ている。それより海洋博物館。朝比 奈さん館長に適当か。海の観測は気象台にまとめるとよい。まだ軍の根が残っている(保安庁のこ とか?)。 20日(月) 水大 タイプライタ。 24日(金) 午後1時、ラジオ東京で、末広、中井、三宅と「海の座談会」。水産庁に寄る。大村氏 と談。クストー氏の“Silent World”借りる。 27日(月) 水大。久里浜へ家族の海水浴。 28日(火) 大洋漁業会議室、標識鯨報告会。文部省へ寄る。 30日(木) 栄枯盛衰、吉凶禍福。世上のことはまことに測り難い。塞翁が馬である。動顚するよ うなことが繰り返されている。水害に遭った人の寝耳に水も、広くは維新、敗戦や原子爆弾、大 震災やタイプは色々ある。人の一生には色々の経験をするものだ。 31日(金) 捕鯨協会→松江氏。水大へ。
8月1日(土) 台風5号それた。河出書房柳沢氏来。午後2時半まで居る。 2日(日) 暑い。最高37℃。多摩川へ。帰り夕立に会う。ソロモン海南緯15度へ観測に行った山 中一君来泊。大村氏、武富氏に本返す。 3日(月) 水大 現職講座第1日(9名)10:30-12:00 クジラ。中央気象台、海洋学会で日高学術会 議立候補後援会。 4日(火) 第2日 原理、DSL。文部省ユネスコ国内委。下働きさせようとする不都合な話。 5日(水) 第3日 クジラ、マグロ、カツオ。 6日(木) 現職第4日。終了。今日はレポートに対する評論。 7日(金) 物欲、名誉欲もかなりある。気か小さいー几帳面? 金のことうるさい。怒りっぽい。お しゃべりー秘密守れぬ。男らしくない。執念深い。疑い深い。こんな男が自分だとしたら、自己 嫌悪に陥らざるを得ないだろう。蛇に似た男―巳性の男、今年は雨年、巳年の凶作? どうやら十 二支に何か合理性があるような気がする。もしこれが真実なら12年単位の周期。人間の代表性格 の12種分析。その年々生起順の□□□の異義など…。 8日(土) 午後、岡田先生の80歳のお祝いの会、気象台であり、帰って一寝入り。今年は全く困 った災害年だ。天災と人災(戦災)。災害のひどい集中する年。災害年代記の綜合的研究。災害の 地域的分布とその移動性。日本では外寇を防ぐとともに、防災に全力を注ぐべきだ。著暖→著冷 →著暖 このような年に多く起こる。 8月13日(木) 自由が丘へ。丸山勉氏宅に鯨漁場、気象訳稿届ける。取り次に胡散臭い目で見られ る。ユカタ一枚で行ったので。菅原健さんに会い、立ち話。午前4時まで執筆。水産教育者のこ と書く。 14日(金) 午前中、書き足しと手入れと。午後、河出書房柳沢氏、カメラマン連れ来る。写真写 す。原稿200字、1,100枚(400字550枚)渡す。契約書につき注意。 15日(土) 久里浜へ行く。文芸春秋うつらうつら読んで。俸給受。発熱、気だるし、帰って測る と8度5分。臥床、日野医師、注射受く。 16日(日) 台風7号逸れて、沖縄よりシナ大陸へ。今日は下熱、7度1分。半日寝ころび、半日 読書。「宮部金吾」読了。 17日(月) 日大へ。7月分3,300円受。大西氏と談、学校将来、水産学部の件。有力な人を専任 にしたいこと。森高次郎教授等。 18日(火) 晴れ。暑気烈し。36.9℃、戦後二番目、昭和26年8月のNo.2に続く高温と。家族で 葉山行き。まだ土用波高し。御用邸、長者が崎向かう。ホンダワラ、アラメ流れ藻多し。磯波に まかれて、冠り物の手拭失う。ボート漕ぐ。4時過ぎ逗子駅へ。6時帰宅。雷雲西方立つ。夜稲妻 西に光る。停電。落雷か、何かあった。 19日(水) 久里浜行き。松生さん訪。水産単科大学で、東大水産学部に入らぬこと。中風の断食 療法。帰りに熊凝氏訪。海鷹丸プロペラ落失。 20日(木) 午後1:20― 総理府でベアード号歓迎に関する打合せ会。須田、和達、丸茂、畑井、 千秋事務局長、…。帰りに水路部のカーで東海水研へ寄り、源生に伝える。斎藤泰一宅へも寄る。 夜、小泉にディエツ論文持参、中野へ頼む。尾山台テレビ立ち見。 21日(金) 午後3時、38.4度という記録的高温を示す。朝は良かったが、10時半ごろから頭ボヤ けて。昼寝。Rapportの水産海洋読み続けあり。ビール飲んで、天ぷら食って、枝豆食って、歌唄 って、謡唸って、さて机に向かえど、眠し、暑し。 22日(土) 9時大雷雨のページェント。田園調布、鵜ノ木落雷。寒冷前線南下のいたずら。雷公 大いにあばれる。稲の虫落ち、空中窒素固定し、稲作に大変よい由。激しい雨声、洗車雨という 言葉思い出す。停電、早寝。大自然の威力を思い知る。白い目もくらむ火柱立つ。天地を浄化す る。 23日(日) 昨夜大雷雨後、甚だ涼し。榧場君、就職依頼に来る。 24日(月) 9時水大へ。俸給に現職講義手当1,600円くれた。 25日(火) 丸ビル、捕鯨協会に寄る。タクシーで総理府でのベァード号の件協議。水産庁へ寄る。 藤永、大村と談。映画「機動部隊」見る。ミドウェー、沖縄戦、特攻機のいたましき最後、戦争 の惨烈。今一つはアリゾナの西部劇。 26日(水) 上野、学術振興会、新谷氏よりユネスコ八丈外海班研究費精算2万3千円(立替払い分)、 概算8千円(預かり)受ける。本郷で古書1,300円購入。 27日(木) 冷雨、19℃、秋霖に似たり。文部省でDSL残金10万円受領し、富士銀行尾山台へ預け る。留守に石野君来た由。夜、小牧勇蔵君来談。 8月28日(金) 水大へ。石野と実験打合せ。帰り棚橋氏と話しつつ電車。海鷹丸帰るを出迎 えに芝浦へ。平野君と帰る。芹田歯科に寄る。 31日(月) 日大、川田助手来。馬堀の実習につき打合せ。
9月1日(火) 震災記念日。朝兄来る。原宿で山口大の村山氏に会い、省線を津田沼まで語り。木 材の材質に潜む虫の研究家。学究の熱烈な意気込みに敬服。館山に着くころ雨。午後4時、雨に 濡れて実習場へ。 2日(水) ヨット部合宿賑やか。海流模型実験開始。午後から礁堆、島棚、海谷、海峡…。夜石野と 散歩、鏡軒。 3日(木) 9時―5時模型実験。2日目は疲れる。午後大阪大一水産の三島氏、神田氏来。夜、井 上実、石野両君と寿司、ビール。夜涼、星空、水産を語る。 4日(金) 館山9時発、上野に12時着。午後1時半、ユネスコ海洋資源調査会第1回、尾高、石 橋、頭隠して尻隠さずで、マニラ行き。尾高「宇田さんが行くとよいが、私に行ってくれと決ま ったので」嘲弄、擯斥、陥穽、一高閥。学界も決してきれいな世界ではない。静かにひそやかに 暮らすことだ。人間が集まると、どうしてこんな世の中醜汚にするのか? 望まぬ人が美しい。神 の意に従うべきだ。自然に任すべきだ。早寝。神経衰弱気味だったが、この一週間で全快。 5日(土) クジラ漁場図書く。 6日(日) 馬堀 日大臨海実験所へ泊。 7日(月) 小さい船3トンばかりで、学生40人の海洋教育実習。設備不完全のため、思うに任せ ず。門田助手、出口助手。四竈安正氏、夜来談。 8日(火) 今日は走水漁業組合に観測に行かぬ学生十数名引率して行き、タコ漁、タイ延縄の話聞く。 夜四竈氏来談。魚病学の立派な研究に感服。 9日(水) 四竈氏、タクシーで観音崎自然博物館に案内さる。本年7月に開館。京浜急行と観音崎 観光会社タイアップして作ったと。南面の陽だまり、芝生に白き瀟洒なる建物、樹林に囲まれ、 蝉声降る如し。海磯も美しく、房州鋸山見ゆ。海洋漁業、船、磯の生物、海岸断面、考古学室な ど面白し。横穴(海蝕洞)見る。仏像、日輪の画がある。帰り、元火薬庫のホテルで蝉の声聞きつ つ、コーヒーすする。昼帰り着き、午後講話後、帰宅7時頃。 10日(木) 水大へ。昨日定例教授会ありし由。俸給。5時帰る。日大杉浦氏(魚病研究のため、水 大保科氏室にあり)と語りつつ。 11日(金) 捕鯨協会へ昭和25年度の原稿渡し。河出書房へ図稿。日本海洋学会役員会(日高後援)。 須田、三宅とマニラ行き談。譲れと言うが、話し合い付かず。海洋分科会選挙に。帰り河出に寄 って、柳沢、松木と神保町すし屋でビール、寿司。 12日(土) 午後2時、東大で地球物理連委の文部省科学研究費増額120万円の配分協議。つまら ん1円、2円のことで長談義。雨、タクシー家まで(310円)。 13日(日) 頭重い。部屋掃除。日海学誌、「急潮」論文校正。小泉君に頼む。 14日(月) 漁場(水温)。日本、中産階級崩壊、赤化しつつあり。日本家族制度、倫理の瓦解、日 本の道徳的再建未だならず。 15日(火) 日大 気象、海洋。離合社へ行き、プランクトンネット(松江)6,500円支払えり。丸善。 9月16日(水) 水大 気象。午後2時、DSL協議会。熊凝案で9時26日〜28日。 17日(木) 捕鯨協会に寄って、午後3時上野ユネスコ海洋資源。研究テーマ。 18日(金) 書棚片付け。小宮先生より「夏目漱石」(一)頂く。 19日(土) 家居に飽き、午後映画観にロマンス座へ。「赤い風車」「リビアの四人の恋人」 20日(日) 岡本五郎三君久し振りで訪ね来り、蜃気楼という魚津名産の菓子(落雁)を土産にくれ た。東京へ出て来たいということで、就職頼まれる。 21日(月) 水大へ。午後、漁場(塩分)。帰りに鶴見精機へ電話かけ、寒暖計1、採水器1頼む。 疲れて入浴、早寝。 22日(火) 日大、気象 海洋(物性、熱)。前場長、春日信市翁訪、岡本五郎三君の就職のことで紹 介名刺貰い、水産庁漁船保険課長伊藤茂氏に会い、北原氏に会う。大村秀雄氏と話して帰り。本 屋で雑書数冊求める。 23日(水) 気の抜けたように、机に向かえど、低能率。 24日(木) ユネスコ研究テーマ会合。 25日(金) 水産庁、大村氏と話。捕鯨協会で鯨探機、鯨速計の話聞く。台風13号夜通過。 26日(土) 浜名湖養殖ウナギの流出。三重県英虞湾真珠貝類破壊。損害20億、2-3年ダメという。 早速市価3割騰貴。水大へ。DSL実験中止。 28日(月) 水大 漁場。 29日(火) 日大 講義。捕鯨協会3万円(12月までの分)と3万円(宇田に昭和27-28年謝金)受け 取る。 30日(水) 水大。
10月1日(木) 上野、ユネスコ。亀山会長渋る。畑井さん心配。 2日(金) 水産イワシ会議、月島 水研。 3日(土) 午後、太平洋学術会議打合せ準備会。 4日(日) 菅原健氏電話で話。スクリップスDr. Ra□□□と日高宅スキヤキパーテーに妻 と招 かれる。 5日(月) 漁場。 6日(火) 日大 答案。河出。気象台へ。 7日(水) 水大 気象。クストー博士、菅原、三宅案内、箱根温泉泊。小田原製塩会社案内。 8日(木) 10:30竹芝桟橋へ。米国探検船スペンサー・ベアード号、亀山、畑井、須田博士ら出迎 え。コックレーンさん案内、船に入り見学。午後、コックレーンを竹内能忠と案内。銀座風月堂 で和菓子喫茶後に、銀座ライオンビヤホールでビーヤ。銀座三越を見物。地下売り場の中にseafood □□□。別れて、クストーさん、菅原、三宅と日本光学へレンズ見物。 9日(金) 10時、上野 ユネスコ。 10日(土) 午後、海洋学会でスクリプス研究所のこと、講演して貰った。(菅原さん速記)。 11日(日) 現代科学の粋をこらしたクモの巣を張ったような電線、所狭しまでの器材、装置、最 高の性能、浮上海洋研究所。午後船へ。ベアード号船尾のA型フレーム、中層トロール、ドレッ ジ。ラクストロー、ウースター、フィシャー3名を渡部七郎(寒暖計)招き、銀座の「天一」へ。日 本人学者、菅原、須田、宇田懇談。土産のテンプラ折下げて帰る。 10月12日(月) 午前、東海区水研→東大→気象台→水路部、ベアード号乗員の見学に同行。夜、 カクテルパーティ(高輪光輪閣)、ウースター団長、ワイヤット船長。計子と出席。楽しい夕であ った。タクシーで菅原夫妻と帰る。 13日(火) 午前、生物御研究所、陛下、Emperor Sea Mounts ( 神武、綏靖、…、推古、雄略、聖武) の命名に大いに喜ばれた。午後、上野科学博物館で講演あり。終わって30分位シンポジウム。そ の後で清澄公園へ、カクテルパーティ。菅原さんと帰る。Aフレーム、中層トロール、生物ドレッ ジ、重力採泥器、1m口径プランクトンネット、70cm口径微小プランクトンネット、閉鎖プランク トンネット、ドレッジ用ウインチ、バクテリヤ採取用採水器、連続海水採集器。海洋学図書を実 験室及び各隊員個室書架。室内の照明はすべて蛍光灯。ミリポア微細濾過紙。プラスチック製転 倒採水器。壁にクジラの呼吸、浮上、潜り方で種類判別図。 14日(水) 午前船へ。水路部へ。日照計、音響測深機、GEK、C14マイクロフィルターによる生産 力測定槽、海中照度計、ガイガー計数器、比色測定による分光光度計、自動塩分検定装置、試薬 滴下装置、連続海水採集器、酸素滴定装置、船上分析用天秤、BT、採水器一度に16-18個を付け られる太いワイヤー。 15日(木) タクシーで計子と駆けつけ、午前8時ベアード号便乗、竹芝発。寒い北風強し。相模 湾水色青に変じ、トビウオ飛ぶ。ワレン、ウースター博士の同室に収まる。寝台高く、登るに一 苦労。セルフサービスの食事、廊下にアイス・ウォーターボックス、コーヒーいつも沸いており、 食べ物、飲み物、果物、食べ放題。食事は“Chow now !”(噛もうじゃないか! ) と怒鳴る。海軍 用語らしい。船酔薬ドラマミン飲み、爽快。数時間効果あり。音楽かけて観測船なごやか。夜、 伊豆南端へ。 16日(金) 風強く、波高し。コールマンひげ、逞しいギルギー君、safety rope, 3,500mまでを 25層に分けてobs. 黒潮最強3.5ノット。観測は船内電話でブリッジと連絡。隊長自ら箒で実験 室を掃除。ウースター隊長、テープレコーダーに調査報告を吹き込み。バーロー氏、新案測器改 良デザインの考えを吹き込む。仕事は速い。シケのため、ドラマミン売り切れ。シケの中を足元 を水で洗われつつ観測。顎ひげ生やした愛嬌物マクゴワン君、プランクトン採集のブリントン君。 17日(土) 今朝南点を通る。シケでひどく揺れる。寝台でスプリングはねて寝て起きる。 NE gale (>20m/s)続き、波高7m, カタンカタン、本が落ちる。ブリッジへ時々上り、気分よし。 18日(日) ひどいシケ、この朝まで続く。午後衰えた。13m/s, 「青北」BT, GEK開始。 夕方、紀伊水道に入り静かになる。ワイヤット船長、戦時中、大西洋貨物船船長。毎日のカメラ マンは寝続け、船に最も弱い。 19日(月) 午前8時神戸入港。海洋気象台へ。松平、市誉氏ら。公文適医院訪ねる。 20日(火) 朝発、帰京。新野弘、この夜「銀河」で発、神戸からベアードに乗ってアメリカ・ス クリプスへ半年〜1年。計子送る。 24日(土) 水大→浦賀、青G丸、7号艇乗船。DSL研究に館山へ向かう。間庭、小牧、宇田、熊 凝、渡辺、庵原、山口。 25日(日) 午前4時起床。快晴、凪。暁のobs. 午前11時半帰る。昼食、昼寝。午後3時発、サ バ漁場で大いにエモノあり。午後7時半帰る。夜懇談会(ビール)。 10月26日(月) 朝8時、船形に寄る。市場にサバ水揚げある。話聞き、船で浦賀へ向かう。 北風激し。アシカ島南方でobs. 午後3時入港。タクシー、学校帰る。 27日(火) 日大講義 海洋。
11月2日(月) 午後、ユネスコ自然部長Auger博士(宇宙線)、パリより来日。ユネスコ委で話す。 一緒に日活ビルのカクテルパーティへ。夜8時、日高宅へ。カナダより来朝のクレメンス夫妻を 招いてのスキヤキパーティ、檜山、中野、座にあり。帝国ホテルへ送り帰る。 3日(火) 文化の日。快晴。午前、熊凝さん宅へ。明日のクレメンス氏見学につき打合せ。 4日(水) 午前、帝国ホテルへ。斎藤泰一同行。クレメンスを魚市場→海鷹丸案内。上野へ。亀山 会長、オージェ博士との海洋研究所懇談会。昼前中座し、新橋へ。クレメンス、原田船長らに送 られ来る。久里浜へ案内、車中談。2時過ぎ着。水大見学。空手の猛練習。標本移転で破損に同情。 浦賀港、ペルリ記念碑、久里浜会館で夕食、ビール。送って新橋駅で別れる。9時。この学者はフ ィシャーマンを養成する所と喝破して、僕が東大水産と久里浜を一緒にすれば丁度良いと言った ら、松生さん違うと打ち消した。 5日(木) パスポート出た。サインする。ヴィザ頼む。座席13日入手。注射2回目終わる。ユネ スコ委へ。DSL追加研究費5万。水産庁へ、藤永調査部長、大村氏会う。 6日(金) 日大へ寄り、日高の歓迎講演会。スライド使用。NHKで海外国際放送「海に生きる日本」 10分録音、4千円。 7日(土) 中野猿人君宅へ。東京地学協会70周年記念号への「日本海洋学界の進歩の足あと」30枚 渡す。 8日(日) 読売阿部記者(文化)が来る。やっと出掛けたのは2時過ぎ、明治神宮へ。本殿の焼失を 見て名状し難い心持。献金箱に百円札一枚。渋谷で支那料理。トランク一つ買い換える。 9日(月) 東京銀行 外貨Traveler’s check $50 + cash $43, 飛行機PAL 17万円。 10日(火) 午前 日大で海氷、漁場の講義。 11日(水) 講演掛図の準備 12日(木) 荷造り、支度。 13日(金) 夜9:40羽田空港発。 14日(土) 6時マニラ。朝凪のマニラ湾海岸道路ひた走る。汗しきりふきふきホテルの玄関に。 ロックフェラーより130ドル受け取り。同室の相手は須田ユ次老。 11月15日(日) エクスカーション、マニラ市内見物。ルネタ公園、セント・トマス大学に、軍事 教練盛ん。 沈船の まだあちこちに 秋の海 雲の峰 氷菓をすくい 休む丘 16日(月) 総会。奏楽に始まり、国々の代表登壇す。扇子に風送る美婦人隣。 17日(火) 海洋学報告。モンスーン、出水と生産力の関係問題になる。 18日(水) 海洋生産開発と利用。夜、ブルウンのガラテア探検報告映画とハワイ火山噴出流映画。 19日(木) 海洋生物地理区。 20日(金) 海洋大循環。 11月21日(土) 海洋大循環。夕方、大学 Tea Party, Social Hall. 22日(日) エクスカーション、Marcell [でマニラ湾巡航。マリベレスへ、造船所。夕方帰る。 23日(月) 鹹水水産試験場、養魚池。池中養魚シンポジウム。午後、場員ダンス、ゲストも踊る。 アメリカのスタンフォード、ボーリン老も、岡田弥一郎博士も踊る。 潮満てば マングローブの 床下に 24日(火) 環礁シンポ。気象microseism and storm。夕方、気象台見学。 25日(水) 温帯熱帯水域生産力シンポジウム。 27日(金) 太平洋海洋学問題。買い物、イグロト土人の手織品。 28日(土) 総会。買い物に行く。ヴァルガス氏のtea party。帰って荷造りに夜更ける。 29日(日) 朝の飛行機。雲海をひたに北に飛ぶ。寒灯ともし9時半にして着陸す。 30日(月) 丸善でクストーの「サイレント・ワールド」受領。東大地質へ小林貞一氏依頼のアンモン介 を届ける。水産へ、松江氏帰って居らぬ。
12月1日(火) 日大で講。 2日(水) 久里浜へ、水大 気象講義(海陸風、季節風)。夜、羽田に須田、ブルーン博士迎える。 新富町のホテルへ。 3日(木) 朝、久里浜で、水大 漁場(シオザカイ漁場)。 4日(金) 東大 気象(歴史概論、大気、気圧、気温、湿度、蒸発)。ブルーン博士を阿部宗明氏、駿河 湾へ案内。 6日(日) 夜、菅原健夫妻を招く。この夜、T.G.タンプソン来る。ステーションホテルへ。 7日(月) 寒し。午後、中央気象台で海洋学会タンプソン講演、ブルウン「ガラテヤ号探検」映画。 その後、日高宅でパーティ。 8日(火) 日大 講義、海洋(海流)、漁場(魚群検出法)。午後、蒲田パレス、映画「シェーン」を 見る。 9日(水) 水大で1時間、気象(突風)。読売講堂でタンプソン、ブルーンの話聞く。それから宿へ 行き、空港へ(8時発)、須田と送る。9時帰る。 10日(木) 水大 漁場(湧昇漁場)。午後4:30吉原友吉母堂死去、お悔やみに。 11日(金) 羽田午後3時着、John P. Tullyカナダ・ナナイモPacific Oceanogr. Groupを迎え る。ステイションホテルへ。祝杯。タンプソン博士風邪快方。今夜深更発バンクーバーへ帰る。(見 送らず) 12日(土) 9時、タリー博士を連れ、魚市場、休日也。東海区水研見学、天鷹丸も。昼スシ。午 後、水路部、デパートへ廻る。丸ビルで「魚市場」「海」買い、贈る。夜、日高ダンスパーティへ。 酒飲み、日高夫人らと踊る。 13日(日) 朝発、伊東へ12時着く。昼飯。日本人の肉体小さくて、君は良く食う。カナダ人の自 分は大きいが、食えぬと言う。水試分場、稲葉、大須賀氏。初島丸で掛け声勇ましく夕網揚げる ところを見学。イカ、タイ、トビウオ、タチウオ、マンボー。川奈追込網イルカ200頭位揚がっ ていた。肉試食。夕方、イカ舟出漁のさま盛んなり。夕方帰ってカニヤ旅館へ。稲葉氏共に三人 で酒飲み、沖にイカの漁火。夜、タリーと枕並べて日本座敷。風呂が気にいって、帰ったら建て ると言っていた。日本へ来れば、日本の風呂に慣れるのが一番と言っていた。 12月14日(月) 早朝目覚む。快晴。午前8時40分発の列車。新橋―魚市場見てから水産庁へ挨 拶して、カナダ太平洋航空会社へ。デパート休日。テッキンホテルへ移る。夜5:30、大水藤田副 会長、日水鈴木社長らの招宴で丸の内精養軒。(宇田、日高、須田、藤永、大村、…)。帰って宿 で一杯飲み、帰る。 15日(火) 斎藤泰一君案内、東大―博物館―歌舞伎。小生、9-10時 日大、11時上野 測地審議 会出席。午後3時、太平洋幹事会のマニラ出席一行と畑井、本多、竹下ら呼んで、精養軒で夕食。 マニラ映画。須田のタクシーで目黒まで。熊凝訪、不在。 16日(水) 朝、テッキンホテルからタリーと海鷹丸へ。水路部へ寄って、新橋でランチ。横須賀 2時着、タクシーで三崎マグロ漁港。マグロ漁船見学。県水試訪。油壺臨海実験所へ。ペルリ記念 碑。水大、漁研、松生学長ら。久里浜会館、夕食。東京9時着。旅館でカナダ産ホットウィスキ ー手製のを三杯、酔って帰る。 17日(木) 渡辺に頼んで、気研―水路部。小生、水大へ漁場講義して、水路部へ4時着。タリー の講演、映画。終わって、須田水路部長招宴で目黒寮へ、スキヤキパーティ。大酔い。 18日(金) 東大、気象講義第3回、海陸風まで。地球自転偏向力説明。頭の良い学生いる。中央 気象台へーテッキンへ。タリーを日高の宅へ送る。 19日(土) 一日宅居。身辺整理。朝日「本年学界展望回顧 海洋研究」3枚書く。 20日(日) 午後タリーを訪ね、6時タリーと須田氏を連れてタクシーで小宅へ。三宅夫妻来り、 賑やかに夕食。孝子、喜久子と友達の飯沼光子、美也子、日本舞踊踊る。愛らし。師匠の花柳嬢 も老松、チャッキリ節踊る。9時半頃タクシーで送る。 21日(月) 朝、斎藤君に知らせる。昼カナダ大使、タリー招待で帝国ホテルへ。終わって見送り に羽田へ。午後3時半発。品川から帰る。 22日(火) 疲れて一日休む。 23日(水) 水大へ午後。鯨漁場図。 24日(木) 水大へ。俸給受。鯨漁場図。午後3時より室の石野、学生3名、行谷とクリスマスケ ーキ、みかんで、フィリピン土産話。 25日(金) 本郷、水産科で海洋気象講義。これで一応終了。古本屋で本買う。昭和25, 26年クジ ラ出漁報告、協会に返す。 26日(土) 丸善でドイツ語本3千円買う(海洋気象、デファントの潮汐)。□谷町の中村清二先生、 西ケ原の安藤広太郎先生に文化功労賞お祝い挨拶。この日ニュートン祭、ウッカリしていた。 27日(日) クジラの図に努む。夜、大村秀雄夫妻を招く。夜遅くクジラ図書き上げ。 28日(月) 捕鯨協会にクジラ図(昭和24年分)渡す。午前11:58の臨時博多行き急行。「海鷹丸周 航記」(日下記者)を読了。夕方6時名古屋着。兄の宅へ行き泊。 29日(火) 10時半、名古屋発。「運命の山下兵団」読む。 31日(木) 一日室内外掃除と整理に暮らす。
この一年 随分忙しかった。「海」増補出た。「海洋気象学」「海をひらく人々」を書いた。ベアード号、マニラ太平洋会議、ブルウン、タリー着、……。 精神的に進歩していないことが寂しい。来年は是非向上したい。怒るな。ムダ口はやめよ。親切なれ。 講義も水大、東大、三重大、日大とかなり忙しく、講義内容は一向改められていない。来年は大いに良くしたい。 (家族のこと 中略) 「漁場学」は来年きっとやるなり。
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