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宇田道隆 昭和20年 (1945年)
日記 広島市宇品の陸軍船舶練習部、敗戦後は広島管区気象台勤務 (39-40歳) 1月1日(月) 6時起床。上田老夫婦と雑煮6片祝い、酒1合。9時隊で式、盃あげ、山 中技少佐。仙頭大佐殿(船司高級参謀に栄転)宅にて馳走あり。夜9時発、神戸へ。 2日(火) 神戸へ朝5時着。東平も来ておる。皆揃って喜び、正月を祝う。子供連れて、 午後ニュース映画見る。 3日(水) 朝寝。11時宅を出て、広島へ。途中空襲警報出る。 4日(木) 軍人勅諭捧読式。凛凛と朝霧に勅諭捧読す。仙頭大佐殿記念撮影。敵艦載機500 またまた台湾沖縄空襲。隣室に高波曹長来る。 5日(金) 山万に 独りものくふ 五日かな 7日(日) 凍雲の 重きひびきす 敵機来 10日(水) 出張。朝発、夜神戸着。冬季強風高浪予察資料収集。 11日(木) 朝神戸発、会社重役や、軍需監督官と話す。夜東京着。芝大門前、大門閣泊。 一夜に空襲3回。 12日(金) 陸軍省、陸軍気象部。 13日(土) 海洋開発委員会。中央気象台海洋課。燃油、海流による放流輸送、予報課。世 田谷、兄の宅で一泊。 14日(日) 気象台(予報・調査課)。海軍気象部渡辺技師。日高[孝次]さんの家で一泊。 15日(月) 陸軍気象部で海洋気象連絡会。海軍気象部、水路部。芝、水交社にて秋吉少将 ら招宴。 16日(火) 水路部、気象台。切符求め、夜発。一夜寒気凛烈、眠れず。 17日(水) 朝神戸着。寒風。□な寒風。吾家楽し。午後、海洋気象台へ。 18日(木) 大阪管区気象台、肥沼[寛一]。神戸海洋。 19日(金) 神戸海洋気象台。空襲B29 80機、阪神来。明石へ30機、爆弾に地鳴り轟く。 飛行機1機撃墜を見る。夜、安井[善一]君と語る。 20日(土) 朝発。明石まで省電、それから姫路まで山陽電車、姫路より汽車。夜広島着。 すぐまた警報あり。 21日(日) 出隊申告。 22日(月) 軍装品購入100円。冬軍服出来。 23日(火) 教育隊へ。 24日(水) 内海中尉と山万へ。 26日(金) パレンバン戦友奮戦。英艦爆110機を落とす。ルソン敵いよいよ侵掠、火の 如し。欧州独またソ連に攻めこまる。体格検査、身長164cm,
体囲91.7cm, 体重69.5kg, AB型。 27日(土) 戦況非、天譴なり。全軍体当たり。二宮中尉に髪つんで貰う。小宮先生次男金 吾軍曹来談。 2月5日(月) 神戸に100機爆撃のラジオ聞く。「冬期強風高浪予察の参考」(本文)原稿渡 す。帆走中波浪測定につき尾□少尉、小阪見士[見習士官]と会談。夜10時20分発東上。 夜寒身にしむ。 6日(火) 朝7時過ぎ神戸着。疎開打合せ。朝より空襲。午後、別刷整理。佐野、安井[善一]、石川氏と会談。切符買い、手荷物出す。一泊に決す。夜中に二度敵機来。山中・海中に投弾。 7日(水) 朝8時半発、広島に帰る。雪降りしきる。風と潮のまにまに漂流物資輸送、南 の油、満州大豆、木材。 8日(木) 大詔奉戴日。 9日(金) 大西風、風船の爆弾、アメリカに落ちしという。 10日(土) 磁気機雷、音響機雷、永き春の潮のまま。 北風に しぶきかぶれど まじろかず 春なほ早し 瀬戸の渦潮 濃緑の 葉かげに照れる うるわしき こがねのみかん 段なす島山 12日(月) 帆大発に乗り広島湾へ。宇品より屋代島久賀に。旅館泊。夜風強し。 13日(火) 久賀―中島大浦、野忽那島、ミカン島なり。日当たり良く、赤きザラザラのが 甘い。肥料やる由。農家、宮内徳三郎家に□□□□と□□□歓待至らざるなし。 14日(水) 大浦―音戸。日うらら、浅春の内海のよき気分。 15日(木) 昼宇品に帰る。好風。 16日(金) 「冬期強風高浪予察の参考」出来上がる。 17日(土) 山万へ。内海、二宮中尉と。 18日(日) 天野氏訪。ミカン25土産。夕食スシ、かき汁賜る。 19日(月) 団体長会議伝達。十研会議。 20日(火) 昼会食。南西航路誌渡し。 24日(土) 神戸へ。 25日(日) 大雪。姫路、十研へ。名古屋空襲あり。 26日(月) 東京へ、夜着。 27日(火) 浜松町、大門閣へ泊。市ヶ谷需品本廠支庁にて布刷取止め打合せ。 28日(水) 朝発。坂上見習士官来談。中央気象台火災。夜神戸着。 3月1日(木) 大西部隊北村大尉の荷造りお世話になる。清原、中村伴さんの労力絶大に 謝す。 2日(金) 東平迎えに和歌山へ。急で驚く。深夜出発、連れて帰る。 3日(土) 夜広島に帰る。 7日(水) 東平連れ、千田小学校へ。家、宇品警察に行き、借りる。 10日(土) 東京大空襲。週番一日とまる。 11日(日) 運輸部に神戸から出した荷物67梱着。トラック借り、兵5、園田軍曹応援。 南千田の家に運ぶ。夜泊る。 3月12日(月) 名古屋大空襲。荷物番に夜東平と千田泊り。上田の婆さんと米問答。 13日(火) 神戸へ。 14日(水) 大阪大空襲ありて灰燼。農耕。 15日(木) 汽車神戸発、広島着。二等空いて楽々。南千田町1062の24に入る。荷物多 く、ヘトヘトに皆疲れたり。 17日(土) 深夜、早暁、神戸大空襲ありて灰燼。海洋気象台盲爆に被害を蒙り、佐野[提 二]台長外2名殉職。 19日(月) 硫黄島失陥。敵機動部隊、四国九州に艦上機来襲。 21日(水) 当直警備、消火演習。 22日(木) グラマン100機、広島、岩国、徳山に来襲。 24日(土) 週番士官。司令牟田少佐張り切られ、老□□を走らせ、疲労せしむ。悲哀を 感ず。B29の警報に夜も眠れず。 25日(日) 週番。沖縄ケラマ[慶良間]、トカシキ[渡嘉敷]に上陸さる。月夜に巡察。 26日(月) 7時30分、帆走法研究演習に出る。ベタ凪にて弱る。午前、小島見習士官指 導。午後津島丸移乗。夜、右眼悪きに気付く。室津泊。 27日(火) 朝、眼治らず、大畠に上げて貰い、汽車にて広島に帰る。陸軍病院にて井街さ んに診察受く。再発なり。静養を勧めらる。 28日(水) 「四国兵要地誌」調査の打合せあり。楠本少尉服務のこと。飛松少佐来る。他 に将校1 (見習士官1) 29日(木) 気教[気象教育隊]より兵3借り、荷物、炊事荷車にて2回運ぶ。「日本海の海 霧」出来上がり、配布す。 30日(金) 気教[気象教育隊]より兵5、炊事トラック借り、皆実町3丁目903の5に移る。 陸病[陸軍病院]に入院のこと決定。 31日(土) 沖縄島に上陸し出す。敵艦船100隻以上屠る。家中片付き、安眠。夜、蚊の 声聞く。 4月1日(日) 暖甚だしく、汗ばむほどなり。天地春霞。東南風、白老梅、盛りの桃、白 桃。桜初々しく咲き初め。柳芽吹きて既に緑。菜の花盛りなり。正午、広島陸軍病院本院 に入院す。16号室なり。室広く、明るく、窓の桜よし。沈丁花、椿の花活けたり。 2日(月) 入院第2日、心平らなり。聖諭奉誦。硫黄島より栄養失調にて帰りし老少尉の 息子見習士官、木蓮の白き花と桜活けて、薄暗き病室。肺の岡本明修中尉を見舞う。せき 苦しそう。 3日(火) ウドン1杯。16号窓外の桜花盛り。好暖。 4日(水) 詔書奉読式。パン、ドングリ餅2。夜来の嵐、不連続線通過。急に寒し。 肺患の 屍白布に札す 花曇 5日(木) 7号病棟に移る。午後外出。古本が姿を現したこと。カシヤ札の見えることが 街で拾った目立った現象である。吾家に帰り、児らと遊ぶ。赤めし。小磯内閣総辞職。 6日(金) 午前、青芝生のベンチに日光浴。早寝早起きのこと。 4月7日(土) 対価を脱了し、大価となる。愛を昇華して、慈となる。 8日(日) 善悪愛憎は表裏のみ。高き彼岸に求めよ。 9日(月) 眼注に有難き生の身覚える。 10日(火) 雨しげき桜満開。井街軍医少尉に任官祝い。吉田中尉、肺にて遂に逝去。南無 阿弥陀仏を唱え回向。外出、帰宅。東平に算術教う。 11日(水) 眼注の針待つ心。日射しうらら。池面に浮かぶ落椿。白衣日向に牡丹桜が一輪。 12日(木) 病友今井明氏の南西句集読みて。 13日(金) ルーズベルト頓死す。センベ、煙草、パン、モチ配給。外出、美術全集買う。 帰宅。内海中尉、楠本少尉来。松平[康男]、中村氏より神戸惨害詳報。 14日(土) 院長回診。 15日(日) 大慈悲を 浴びてうららの 白衣かな 16日(月) 診察なし。観音経講話を読む。日向でメシ干したるためか、また眼痛む。ぶり 返しか。 17日(火) 外出。呉に行き、純二中尉の遺品整理。川名こふ代未亡人に会い、それから海 軍人事部遺族□□を海兵団石上中尉、安藤中尉など夕方帰り、家に寄り、帰院。 18日(水) 山県さんを迎える。15時講話あり。種蒔けば何か残る。有縁の友今井氏と。 19日(木) 雨。山県さん三□を大野分院に出発。 20日(金) 楠本、福本少尉来、日本海漂流輸送の試験相談あり。診察、未だ少し腫れてい る。も少し養生しなさい。 21日(土) [小宮]豊隆先生より御句賜る。 鶯や 家の裏にも 表にも 外出、自宅へ。江□さん、妻の勤労奉仕に留守居さす。 霾るや 寂光虚空に 飛機頻り 22日(日) 体重63.8kg。四つ葉苜蓿[うまごやし、クローバー]を探す。 23日(月) 戦局利あらず。ビルマ急侵。本土死守。管区孤守。軽症患者退院。投薬制限。 伯林[ベルリン]市中に赤軍突入。中独にソ米軍握手成る。隊電、船司[船舶司令部]に転属の 気配あり。武運ある限り戦うべし。 24日(火) 轟沈の 火柱想へ 花椿 25日(水) 「太閤記」第一巻読み、第二巻に。忠実になりきれ、将器を信長に学び、忍耐 を家康に学ぶ。靖国神社大祭。午後、内海中尉来。 26日(木) B29毎朝6時定期便にて九州。楠若葉。新兵駈けて並びけり。初年兵整列終 わる。 南瓜苗 植ゆる程なる あたたかさ 27日(金) 眼友にして法友杉野栄次大尉、和歌山に転送。外出。庭の松枝切り、つつじを 移し、畑にす。子らと遊戯す。天野孝元見舞い下さる。 28日(土) 火傷せる老機関長隣床に。列車事故、馬隊長准尉前床に。 春の夜を 頭重げの 牡丹かな 29日(日) 小豆飯。君が代唱う。眼科、昼治療室。新田少尉来。羊羹の見舞い有難し。 30日(月) 栗田晋雄を祝い一句。 圓やかや 肩を並べて 春の月 永き日やBさんの爆弾3発。 浅蜊汁 お代り欲しき 椀の底 川地見士[見習士官]、卵一箱見舞いくれる。 5月1日(火) 病窓下、豌豆の日々伸びて行く。藤の花、今を盛り、つつじ燃ゆ。 2日(水) 八十八夜の忘れ霜。伯林[ベルリン]陥落、ヒトラー戦死、独逸[ドイツ]降伏。ムッ ソリーニ梟首[きょうしゅ、曝し首]さる。 3日(木) 飛松少佐、主任参謀の意を体し退院、船司[船舶司令部]入りを求めらる。院長、 入院して外へ通ってはと言わる。研究部の気象班とるは高木少佐ら不同意。高級参謀は船 練[船舶練習部]にあるも同じと決[定]とりやめ。 4日(金) 会議、練習部へ。内海帆走。家に寄る。雨となる。 5日(土) 体重63.8kg。空襲警報、呉地区に。院内開墾始まる。弓の素引きに疲る。 7日(月) 外出。 9日(水) 外出。山万に寄る。魚料理。 10日(木) 退院。空襲、大竹か。事故、黒煙起こる。午後隊へ。飛松少佐に会う。一両日 に発令とのこと。 11日(金) どんより。朝、空襲警報。一日ブラブラ、文献整理。雨しきり。中尾大尉、教 連中隊長に。夜、のど痛し。 12日(土) 渡辺部長閣下離任式。通院、会食。見送り。北陸支部長に。左右両眼に注射。 右は良く見えだしたる□□□□あり。左少し浮腫。 13日(日) 内海君小松菜間引きくれる。半休。親子5人で裏の野中の散歩。船司気教[船 舶司令部気象教育隊]兼務発令。 15日(火) 木片下げて帰る。 16日(水) 眼注。 17日(木) 気教に。「沿岸海気象観測参考」作る。 18日(金) 雨。眼注。集会所へ内海、川地と行く。 19日(土) 雨。 20日(日) 雨。 21日(月) 眼注。 22日(火) 陰霖連日、やや雲薄らぐ。俸給日。白菜を雨中に蒔く。 23日(水) 久し振りに五月晴。眼注。薄暑を覚ゆ。気教[気象教育隊]、昼。海底、海岸地 形。キリンへ二宮君と。今夕も朋ちゃんと黄昏に馬糞拾いに。 25日(金) 朋之と3日続けて潮干狩。一家3椀浅蜊汁。隆三喜び甚し。 6月11日(月) 舟入病院、隆三、ジフテリア入院。神戸気象台焼け、官舎と地下室に置い た荷物も焼けた。岡本明修技中尉病死。南無仏。 13日(水) 特護[特別護衛]船舶、羽田別荘に壮行会。小山清中尉。川地博見習士官。 14日(木) 新部長芳村 義中将。完全準備、積極明朗を説かる。 15日(金) 沖縄まさに土俵際。敵機、中小都市爆撃。機雷夜に投下、悩まさる。 6月16日(土) アメリカ沖縄に死傷7万5千。大陸接岸か、本土上陸か。 17日(日) 麦秋。麦を打つ。 18日(月) 気教に気象班長会同あり。講話す。 19日(火) 長恨千載に尽きず。沖縄の最高指揮官牛島満、中島参謀長と割腹。 20日(水) 西村源六郎教授、金井清博士来。西村と家で配給のビール2本傾けて語る。 朋あり、遠く来る。今日の楽しみ極まれり。夜汽車にて高知へ立つ。 21日(木) あじさい色づき、夾竹桃咲きはじむ。 22日(金) 呉に敵機180。林□教授来談。月給貰う。昼の話、海水の特性。 29日(金) 岡山焼打さる。下関も焼かる。 30日(土) 太平洋沿岸の海象気象。防空壕に図書箱入れておく。 7月1日(日) 防空壕材料運び、苗を植える。姫路焼ける。下関、下松、高知、高松、徳 島、中小都市の焼爆日さかんなり。日々対策に全力を尽くす。 3日(火) 兄、家系鹿持雅□□□□学訓送り来る。 6日(金) 午前5時50分起きて支度。隆三[三男、4歳11か月]を見舞わんとするとき、 急報の使いありと。急ぎ行けば、ああ6時彼永眠と。永久の寝顔安らかに。病と戦い疲れ て、わずかに歯を露せる悲し。吉村ら来。近隣に頼み、隊へ。 昼、第二従軍、上陸戦闘、西日本気海を語る。 7日(土) 火葬に一家で行く。空襲、逃避の小車。 8日(日) 骨揚げ。白骨無常。隆三の遺骨を胸に。 9日(月) 眼注に陸軍病院へ。 10日(火) 井街軍医の好意に楽々園へ家内と荷物疎開。 11日(水) 岐阜、仙台、和歌山やらる。朝、楽々園荷運び。雨しげし、雷あり。 14日(土) 総軍、海象観測教育。夜会合。 15日(日) 同上。大矢参謀(中佐)、小原少佐、等。 17日(火) 帆船内海水路誌。集合教育。夜も質疑。 18日(日) 夕方、キリンで内海、二宮と。 27日(金) 船司[船舶司令部]にて小型船隊運航協議会あり。 28日(土) 午前、偕行社にて必勝講演聞く。高知(市原)焼爆罹災。 29日(日) 夜、たかすへ風呂敷包み運ぶ。 8月2日(木) 日本海兵地実査連絡出張者へ集合打合せ。 3日(金) 山崎老師、臨済録提唱。宇品、干暁寺、座禅す。 棒喝の 音青嵐に 響きけり 5日(日) 文理大、三村剛ミ教授講話。「特攻兵器の本質」を聞く。終りて昼会食に陪食 (部長、副官、高木少佐) 6日(月) 8時、目も眩む白熱光と共に、物凄き音響、戸も天井も崩れ来て、上厠中の額 を打つ。鮮血。一家内メチャメチャになる。米B29
(3)機、原子爆弾を広島に初投下。幸 い朋之の負傷以外に無事。直ちに手当受けに出隊。宗像少佐にお世話になる。被害甚大な るを知る。火災延焼の危険あり。地□に物収め、これに備う。 中心部上、積乱雲1万メートル以上に昇り、泥雨己斐方面に豪驟雨をなす。 終夜炎炎燃ゆ。西風、風向よく助かる。日ソ開戦。ソ連、満州里、虎□□に侵入。余燼 の熱き街を通りて高須へ。 8月9日(木) 長崎もまた原子爆弾の攻撃受く。 10日(金) 海象班長会議一日中あり。広島戦訓及び講話をなす。 11日(土) 会議引続きあり。船気教転属者発令申告あり。 12日(日) 朋之、午後己斐救護所にて受診。右鎖骨骨折とて手当受く。畑の草取り。 13日(月) 高須、飛松さん宅に引っ越し。 8月15日(水) 晴天の霹靂、停戦の詔勅降る。唖然、茫然、悲涙、古き日本は滅びた。 16日(木) 軽挙妄動を戒める。 19日(日) 飛松さん、井口の寺へ引っ越し。 31日(金) 米軍進駐。 9月7日(金) 江波[山、えばやま、注 : 広島測候所→広島地方気象台→広島管区気象台が あった]へ紙、図書渡しの打合せ。 8日(土) 芋掘り。 9日(日) 復員式。わびしいことなり。 10日(月) 復員。雨。深夜、軍用列車にて東上。貨車中動、混雑甚だし、夜中小便にも苦 しむほど也。 12日(水) 早朝東京着。兄の家へ。不在。留守役。石川氏あり。好遇多謝。午後気象台へ (学士会館)。夜、藤原[咲平]先生宅にて和達[清夫]氏、長男健ちゃんと夕食。 13日(木) 気象台。午前、学研、原子爆弾会議に出席。午後打合せ(広野氏)。 14日(金) 気象台。大学、西村君と会う。 15日(土) 火薬の山本祐□教授と三人で金井清氏に会う。快談。西村の室に泊る。 16日(日) 兄と会う。朝食。□物等、兄の親切嬉し。午後の汽車に乗り、西下。超満員、 窓より小便。車中、悪感す。発熱。台風。蒸し暑し。 17日(月) 朝、大阪着。夕方、高野口の姉の宅へ。寝込む。台風通る。中国方面も風水害 大なり。 18日(火) 熱あり。38.5度。臥床。姉の介抱有難し。梨頂く。 19日(水) 熱少し下がる。科学者伝記「レントゲン」読む。 20日(木) 熱ようやく取れる。 21日(金) 熱なし。天気よし。朝出発、神戸海洋気象台へ。夜芦屋の孝彦叔父宅へ。 22日(土) 孝平君に送られ発。17日の台風にて汽車不通。尾道に一泊。雨。 23日(日) 連絡船にて尾道発。夕方、宇品着。途中、軍艦の沈没多し。広島駅車中泊。 24日(月) 朝、高須の我が家に帰る。潮干狩に。 27日(木) 江波[広島管区]気象台に、菅原[芳生]台長と打合せ。庄野さんと帰りに会う。 9月29日(土) 庄野さんと歩く。宇品―比 山―駅。 10月1日(月) 正野[重方]、桑名、岸保[勘三郎]、松本氏と宮島口―五日市―高須―巳斐。 2日(火) 正野[重方]さん、広野さんと爆心地付近を歩く。 4日(木) 宇品鉄道局へ。銀行。飛松さんと歩く。風強し。朋之と潮干狩。 10月5日(金) 江波[広島管区気象台]へ。途中調査。 6日(土) 畑。屋根瓦直し。午後、東平、朋之と潮干狩。 7日(日) 屋根瓦直し。理研の映画人来。午後、理研科学者来訪あるも。 9日(火) 台風通る。9月17-18日に匹敵する出水あり。 18日(木) 軍閥と財閥は人間性の尊貴を蹂躙せり。 11月1日(木) 大野から玖玻へ。風水害の山津波の跡を調べみる。 3日(土) 日本晴。朋ちゃんと茸狩りに。数えるほどしか取らぬ。ピカドンの紙片は取れ た。藪に迷い込み、ひどい目に会う。帰って裏山へ子供たち連れドングリ拾い。 4日(日) 裏山の巳□の山手を跋踄す。ピカドンの紙片探す。無し。 5日(月) 江波[広島管区]気象台へ。東京出張に決め、パスを広□に貰いに行く。夜出発、 乗り遅れ、重い荷を持ち帰る。ヘトヘトになる。 6日(火) 早朝発、やっと9時広島発、大阪行きに乗る。楽に座れる。夜大阪で乗り換え、 貨物列車で東京へ。 7日(水) 午後2時東京着。直ちに中央気象台海洋課の海洋会議へ。(日高[孝次]、中野[健 吾]船長、吉村、竹内[能忠]、肥沼[寛一]、松平[康男]、和達[清夫])。招宴を辞し、世田谷 の兄の家へ。夕食。夜更けて兄帰る。 8日(木) 藤原[咲平]先生に昼お宅でお目にかかり、昼食を共に頂く。後で、長崎兼務、 長崎海洋気象台設立に尽力すべきこと、初代台長たるべきことの命あり。 9日(金) 研究会で広島原子爆弾気象調査報告をなす。夜一同□□を持たれ、藤原[咲平] 先生、和達[清夫]さんより色々話あり、千葉の宮津へ行き泊。 10日(土) 宮津の宅でノーノーし、大学の畑の芋掘りを手伝い、日が暮れる。一家、イワ シと芋食い、盛んなり。 11日(日) 宮津を朝発つ。進駐軍運動会で切符制限。スキスキで楽に買える。世田谷で手 足を伸ばす。 12日(月) 初氷。午前気象台へ。駿河台生活社に寄り、小林忠雄氏に会い、執筆を約す。 (日本叢書「海と空」400字、50枚、年内) 林氏不在。地震の井上宇□、広野さんに会う。 午後上野発、布佐へ。岡田武松先生お宅でとうとう泊。ウナギや色々ご馳走になり、風呂 頂き、全く先生夫妻に感謝の外なし。 13日(火) 弁当おにぎりまで頂く。昼小見川へ来て、利根を渡り、息栖へ。とうとう柏尾 (荒井四郎)に泊。村役場原田氏に畑のもの頂戴す。 14日(水) 水郷の渡し舟で暇取り、汽車に乗り遅れ、小見川駅で空しく午後2時まで待つ。 世田谷に帰ったときは、もうとっぷり暮れていた。 11月15日(木) 朝8:30の急行で発って西下。賑やかに話し合いながら、夕方7時着。芦 屋の孝彦叔父の宅へ一泊。 16日(金) 午前、神戸海洋[気象台]へ。肥沼[寛一]、松平[康男]、柴田[淑次]氏らと談。 俸給概算千円受。9月分は計算面倒のため精算のこと。10, 11, 12の概算也。安田銀行よ り1,008円受(孝子の分)。道隆の分は判[印鑑]違いにて取れず。神戸発、夜高野口、 姉の宅へ泊。 17日(土) 疲れて右眼悪きため休む。柿、みかんの馳走。 18日(日) 就職の件、協議。 枝切りて 空のひろさよ 大銀杏 宮沢賢治の□□□の□□読む。 19日(月) 早朝発ち、大阪9時着。気象台へ。国富[信一]台長と談。爆撃に伴う降雨3例 写す。神戸銀行に寄り、芦屋へ手荷物出す。三宮闇市場の賑わいに驚く。葱土産とす。 20日(火) 暗いうちに起き、7時三宮発、西下。汽車も楽になり、平時色を取り返した。 あたたかく 色とりどりの 秋の山 21日(水) 江波[広島管区気象台]へ。菅原[芳生台長]、北技手。 23日(金) 休む。山へ子供達と出掛ける。 26日(月) 広島管区気象台内祝で酒も出、ニギリメシと肴も、レンコン、大根、山海珍味。 歌って、自祝い。川地博来り泊。すっかり大人びた。ジャコをくれた。 27日(火) 川地と早暁、江波[広島管区気象台]へ。菅原[芳生]さんと土地の木村直人氏の 小舟に乗って、カキ養殖場へ。ノリの子供を見たり、釣り。ハゼ3、ギラ1、フグ1。 28日(水) 広島原子爆弾調査結果を台員に午後講演す。 29日(木) 江波[広島管区気象台]。寺田先生10周年、東京に9日集う報せあり。 十年の 雲流れてか 寅日子忌 30日(金) 厳島へ風水害調査。留守へ大阪の矢野技師来訪。国富[信一]台長の書簡、10-11 日の近畿研究会に講演依頼なり。承諾。 12月1日(土) 田村氏に麦2升受。神戸より俸給。9−12月1,444円−1,000円=444円 送りしとの通知あり。 3日(月) 霜。俸給にては食えぬ世の中なり。職を辞めて、闇商になる者もありという。 4日(火) マジメなる者は誉められつつ飢え死に□なり。 5日(水) 広島自由市場□盛。黒山の人出なり。高い高い、牛肉も魚も大根も、靴も、…。 麦を播く。 6日(木) 玖波へ。「海と空」原稿、夜12時まで書く。炬燵冬夜の楽しみなり。防空壕崩 して、マキ作り。畑作り。 7日(金) 江波[広島管区気象台]へ。ミカン2貫目、27円買って台内に振舞う。夜、旅行 準備。配給所の米十何俵、昨夜盗まれしと。 8日(土) 大詔奉戴日が反省、懺悔の日に変わり、満州事変、支那事変以来の内幕暴露の 記事がマ司[マッカーサー司令部]の提供で、デカデカ3頁にわたり新聞に出ている。4時 家を出て、広島7:30発、大阪へ。夜10時、[和歌山県]高野口。 12月9日(日) 姉の宅。 10日(月) 早朝発、天王寺。大阪管区へ。近畿気象協議会。夜、気象台に泊。 11日(火) 午前、原子爆弾特別講演。昼食、国富[信一]さんの馳走を受く。夜発、帰る。 12日(水) 朝4時広島着。ドブに落ちて、ドブネズミ。 13日(木) 朝9時発。夕方、門司。夜戸畑の柴橋君宅に泊。夫人は計子の学友、好遇謝す べし。 14日(金) 朝発、博多へ昼着く。[福岡管区]気象台小使室に泊。闇市場でイワシ買う。 15日(土) 朝10時発。長崎に4時着。測候所へ。野口[篤美]所長迎え下さる。日向平山 上、汗流して。夜、所内泊。野口所長宅にて中村勝次前所長と3人で酒飲みつ、芋くびつ、 海洋気象台の話、原子爆弾の話。 16日(日) 中村[勝次]、野口[篤美]さんと報時所、港内見て廻り、原子爆弾被害をも爆心 地へ行き、見る。驟雨、洞窟に雨宿りす。 17日(月) 野口夫人の朝食好意謝すべし。朝10時発、諫早にて3時間待ち(potato 2.5貫 目10円)、佐世保4時着。復員局小泉副官に話し、山田屋泊。雨激し。 ミカン100匁1.3円×10=13円。 18日(火) 一夜狂風15m/s窓に鳴る。雪降る。午後、須田[ユ次]福岡[管区気象]台長、阪 東中佐を迎え、復員局にて助川中佐らに会う。市役所終戦事務局吉野事務官、水谷少佐に 会う。 19日(水) 朝、須田[ユ次]、阪東氏と市役所内、終戦事務局に赴き、河原参事官に面接、 同氏案内にて海兵軍団シュミット司令部訪問、佐世保観測所接収の申込なす。これが促進 方及び拡張・配意の件、復員局の助川氏に打合せ。 理髪、入浴。台風発生、スコール。南太平洋の唄。山田屋。 20日(木) 朝7:40発、長崎に向かう。長崎港長斎藤隼一氏、市長、県知事永野氏、県管 理部、食糧部長、水産課。夜気象台泊。 21日(金) 朝発、夕方戸畑の柴橋君宅にて厄介になる。 焼土にも 菜の青見えて お正月 22日(土) 早朝発、門司9時発、急行。北支引揚民と一緒になる。午後3時家に帰る。 24日(月) 江波[広島管区気象台]へ。 25日(火) 休日。 歩々の道 寒月を踏む 親の恩 27日(木) バス、横川―江波間開通す。便よし。 28日(金) 江波[広島管区気象台]へ。 行年や 古往今来 無量仏 凍雲の 裂けて明るき 荒野かな 刑余にも 日溜りありて お正月 |
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