宇田道隆 昭和18(1943) 日記 [99日まで]

神戸海洋気象台長 37-38

 

11() 曇り 寒風

大人なれ、思ひやりあれ、慎重なれ、勉学一図、公務精励なれ、寛容なれ、大勇あれ。

午前6時か気象、国民服に儀礼章付けて、東平を連れて近くの熊野神社に初もうで、神酒頂く。

一同揃ひて屠蘇を祝ひ、雑煮。初謡。

出庁、ラジオ体操。9時奉祝式。聖寿万歳を奉唱。風寒し。

            巨き船 もやひて静かや 明けの春

白鹿にて盃を挙げ、決意を堅うす。

午後、岡田、松平、平尾氏来。夜まで祝酒に酔ふ。歌うたひ、センチな事に岡田群司氏へこた

れ帰る。家へ送り、ブランデー一杯で帰る。

絵葉書28枚書き、出征軍人への慰問とす。

今年のカルタは愛国百人一首。

 

12() 晴れ 暖

 燥狂なる勿れ。    元日や 日の丸に満つ 港町

 午前9時集合。岡田群司さん先達で初登り。初詣に再度山へ。(毘沙門天) 清水、平尾、子供たち。山ふところ暖か、陰は薄氷。渓流光紋十字に走る。漣のレンズの作用をなせるもの。山津波の話を聞きつつ登る。中ノ茶屋でミルクコーヒー、みかん。塩ケ原池畔から巡って蛇ケ谷 (和気清麻呂公、道鏡の刺客に会い、観世音蛇になって救ひ給ふ伝説あり) を経て善太郎茶屋に出る。ミルクコーヒー、蒸しパン。お詣りをして下り道、肥沼、松平氏に会う。13時帰着。

13() 晴れ 北風強く寒い

       決戦の 誓ひを胸に 春の庭

漂譚 漁場学 海洋気象学 海流の消長 日本海洋学 海洋誌

 午後、人なき書庫の三日かな。ひとり楽しく文読みてあり。貧しき餉も戦のには。

14() 雪 寒冷を覚ゆ。襟巻す。

       初雪や 豊年願ふ 硝子窓

           決戦の 太平洋や 初の雪

ソロモン、ガダルカナル関ヶ原、天王山となり。

 御用始訓示。戦場精神で仕事に励み、難局を突破せよ。己を空ふして、縁の下の力持ちに安んぜよ。陣風、寒気激し。お昼頃黒雲、初雪。雪片大なり。

 午後5時苅藻島へ田中新三郎大尉殿を訪問。隊賓の礼遇にて新年賀酒。猛訓練、戦況、高射砲戦犯の話。中部軍司令官訓示。グーダラ連隊長、ドシドシ腹切って死ね。遠慮いらぬ。当らねば腹切るつもりでやれと言っている。チーズのお土産頂き、自動車で気象台まで送って頂く。酒に酔ふ。早寝。

15()晴れ 寒し

 一日籠居、炬燵にて読書、地球物理文献抄など。

1月6()晴れ 寒い

 寒の入りなり。夕方、藤範晃雄(京大、地球物理中期)と純二(海兵3)と来る。モチ、肉、ミカン持参にて。10円ずつ年玉に。スキヤキ夕食し、 純二君、臨時指定列車にて江田島へ。やはり三年生と一年生とは徽章もなくてもハッキリその風采で見分けがつくことを知った。

17()晴れ やや暖か

       七草は 野にもとめ難し 御代の春

 松平と海洋課を論ず。

貧しき食に戦ひの初春餅焼きて思ふ遥かなる海

 海洋気象学の建設に心うばわれ、漁場学お留守となる。

18() 晴れ  やや寒し

 大詔奉戴日、9時捧読式。陸軍始観兵式。勇壮豪華に行わる。

 神戸新聞が、垂水へ投身した死体が小豆島へ着いたといふが、事実かと問ひ来る。

 松平、技術院の空へ上る。10万円出そうか、引っ込めやうか思案中を語る。

 「海洋気象20年報」原稿出来につき、佐野、吉川両氏とこれよりの研究調査事項話し合う。

114() 

 日高孝次、中野猿人、来台、歓談。5時半―7時、家へ呼び盃をあげて語る。

1月15() 晴れ

 多言恐るべし。真の力、真の価値を磨くべし。

 午後、日高孝次来る。

 夜、子供連れて床屋へ、元町歩き、「フィリピンの自然と民族」6.5円求め、帰る。

116() 晴れ  暖か

 どっしり構えよ。大きな研究を完成せよ。

 卑屈なるべからず。威自然に備るべし。徳行あるべし、物云ひ沈毅なれ。

 たやすく軽々しく返事すべからず。一言万金重し。

 太平洋の講演草稿。

117()

 海洋学会叢書の「霧の話」「気象予報」を読む。伊能忠敬先生「測量日記」を読む。老体險阻をわたり、北辺南海に一図に測量の御労苦に打たる。

 鴎(かもめ)にて上京。アワテテ特急券を忘れて家へタクシーで取りに戻ったり、折角買った切符(16)を落として買ひ直したり、ヘマの限りを尽くして乗車。

  富士山が実によく拝せた。白雪の□□條。霊峰富士の姿は冬こそよけれ。

118()

 午前気象台へ。農林省へも寄る。

 午後、学振第六(海洋地理地質)常置委員会。海洋開発特別委員会の立案引き受ける。

 岡本君と夕食。スエヒロですきやき。

 日高氏を夜訪問。ウィスキー飲み、雑談。

119()

 午前半日、家の登記関係で駆け回る。まず田園調布の耕地整理組合(高井事務所)で番地、旧1030改正、新353の証明貰った。それから世田谷税務署へ行くと、区役所へ行けと言はれ、ここで住所変更届、家屋の届とかやり、そして税務署へ来ると、戸籍謄本ないとか、やれ印税はついてないとかやられて、困り抜き、戸籍抄本後から送ることにして貰ひ、やっと放免。

 それから気象台へ来て、□会後に憩はれて居た岡田先生にお会ひし、そしてあと一寸外でメシ食って来て、田内人事課長、宮川会計、畠山企画に会い、話済み。

 農林省へ出掛けて建築組合へ家屋謄本を提出、登記を頼む。

 それより月島水試へ出掛け、木村、岡本君と会ふ。岡本君に転身勧める。

 水路部へ行き、秋吉少将に会ひ、大津中佐(スラバヤ)移動を知る。

 帰って、兄の宅で共に夕食。お土産、野菜など沢山貰った。

 午後945分発、神戸へ。

120()

 朝10時帰る。

 家で配給のスキヤキ。早寝。

121()

 航海課新設の願書出す。船長を待遇するためと、航海とか応用海洋学の発達を図るため。中央もこれに倣ひ、出来る様子なり。藤原台長の意□なり。岡田先生も賛成。航海気象課ではと言はれたり、「役人気分を一掃せよ」「論文一つ出ないやうな役所ではダメです」。

122()

 午前3時半、不意打ちの訓練警戒警報で役所へ。月明り。6時まで居て帰る。

 午後雨、やや寒くなる。海洋学会月次会、低調なり。5時半中座、失礼し、オリエンタルホテル東亜海運の招宴へ。支店長交代のためなり。大ビフテキあり、ご馳走なり。雨中を帰る。早寝。

127()

 雑誌会にカルツァース  Quat. J. Roy. Soc.「海洋と気象の相関」など講。

128()

 福岡管区気象台須田皖次さん来台。太郎坊にて岡田、安井、佐野、柳沢と小生にて歓迎。夜、駅に送る。自記海洋測器につき、ここで作ることを求められる。

129()

 「海の探究史」改訂初版三千。河出書房より印紙送り来るにつき、捺印押し疲れて寝る。速達出す。

130()

 稲垣隆道氏(海務官)来。海洋談話会の記事。

 毎日新聞犬飼氏来、一緒に大阪へ。大口氏連れて夕食。つる□といふ所で食ひ、午後645分より2時間、大毎講堂で講演「海洋学から見た太平洋」。聴衆150人位。百円礼金受く。

 寒風、寒く星凍る夜なり。

131()

 大雪、数cm、港都の銀世界燦然たり。J. Roy. Met.1941 「海洋気象学」読む。

 

21()

 夜、東亜ホテル、三菱重工業造船所長新任披露。不愉快であったのは自分自身の未熟な気持ちに対してである。挙措進退を慎むべし。卑賎なる勿れ。

25()

 日食。午前5時より起きて、5時半登庁、6時より気象観測始る。9時迄。

 雲に蔽われて空し。空中電位、地電流などの観測は進められた。

29()

 気象台、藤原先生、大阪出張留守。田内氏、畠山氏。

岡田先生にお目にかかる。「何でも真正直ではいけない。□が難しい水路部との関係。軍が気をつけねばならぬ。軍を立てて行かねば成り立たぬ。」海洋学会据え置きとなる。「海と空」出版文協へ。ムツかしいことなし。岡田先生に報告。

農林省、水路部。千葉の宮津のうちへ。暗くなる。刺身新鮮な野菜、真っ白の飯。ご馳走になった。落花生を炒って、夜話。

210()

 朝発って、中央気象台へ。藤原先生客多く、埒あかず。

 それから昼、奥沢の兄の家へ帰る。夕方の汽車で発つ。

 岡田・藤原両先生編輯、気象学全集の中の「海洋気象学」(地人書館)引き受ける。この秋までに。

211()

 朝着く。紀元節奉祝式。海洋学会のこと報告。安井船長、船の機関長、一□辞めることにつき報告あり。

 横山隆一、稲垣隆と来る。家で配給牛肉、スキヤキ、酒、祝ふ。

214()

 漁場学20枚書く。游、回帰性。

215()

 夜、北海南溟12枚書く。

216()

 科学者と実際家、要求度が高い。地震の予知。「何だそれ位のことが判らんのか。」学者など屁の役にも立たん。科学者の優遇。科学者は実際に飛び込もうとしない。かくして進歩の道が閉ざされている。

217()

 科学 最初の道を拓く人の苦難。凡愚。モーリーの言に従へる一隻の船長。

 和田雄治先生… 瓶流し提案

 北原多作… 海洋調査し始め

 ヘルムホルツ エネルギー不滅論

 ガリレオ

 誰か犠牲なき偉業あらん。栄光の陰に涙あり。

218()

 海運に精神的のスヂガネを入れよ。

 海運界のユダヤ思想を一掃し、全権日本精神に則れる海運道を昂揚すべし。

 従来は欧米一色依存あり。神武天皇、神功皇后の者の御□、神より出発せよ。

219()

 「海の探究史」5部来。役所の図書へ1部寄贈、松平に1部寄贈。

220()

 海洋学会総会

 厚信会 ピンポンのことにつき、我慢ならず意見。昂奮すると必ず失敗する。

221()

 日本地政学協会誌へ40枚の長いもの書き送る。「太平洋地政学の基礎としての海洋学」

222()

 午後、海洋学会月次会

224()晴れ 西風強し 粉雪

 言葉少なきは貴人なり。

 出勤遅きものを調べ依頼。

 雑誌会 研究振興策

 平尾書記 勝手にやって、後で判を求める。工事営繕関係要注意。

 印刷工場 北太平洋天気図やめで刷れぬ。

 徴用船資料蒐集法

 山地四郎氏、一昨年より冷凍せる南極の鯨を子息(天文好)に持たし、賜る。鯨テキ、刺身にして夕食大いに賑ふ。

226()

 学振第六常置委員会、海洋開発第14小委員会、2万円 3か年、通過。

 神津委員長に礼を述べたるに、「三木学術部次長の努力による。礼はあちらに」と言はれる。

227()

 午前、中央気象台に。昼、竹内君と。

 午後、上野精養軒、学研会議。選挙打合せに夜8時迄。

228()

 午前、藤原先生のお宅へ。

 午後、岡田先生を布佐にお訪ねする。午後8時帰る。

 

31()

 斎藤君に注意する。台長は通俗ものを書く。論文は俗なもの。「海と空」へ台長だからと言って、毎月書かなくてもよい。

36()

人の好意を素直に受け入れること

 奈良の二月堂水汲み 今月15日迄、2週間。それが済むまでは寒いと、定夫の藤田老人が語った。

 午後、「大東亜戦下の海洋科学」

315()

       春星や ほつほつ見えてく 宇治野山

           青春の 煙滅してく 闇の星

 岡田克己君亡くなる。

316()

      春光や 歩々に高まる 槌の音      造船

       永き日や 鋲打つひびき 絶え間なく

 大鯛、公文適君より送らる。

       扇港に 古き友あり 春の魚

           海一望の 入江眼下や 鯛を賞づ

317()

 岡田克己君お葬式。芳春克明信士

       春の日に 鳳雛を野辺の 送りかな

 春山の焼ける空なり。山火事の裏山こがす。

夜、上京。

318()

朝、着京。水試へ。

イワシ不漁対策協議会。智恵を借りて予算を取る手段きまる。老猾なり。

芽柳や 銀座に続く 人の群れ。

        芽柳や 決戦下にも 陽の恵み

        梅白し 湘南兵の 征きし家

大谷東平君とリラで飲むビール、酒。久し振りに十二分に飲み、はしゃぎ、酔ひ。

帰りの電車、二子玉川で目覚め、また乗り直し、自由が丘で目覚め、やっと三べん目に九品仏へ着く。

319()

  イワシ会議第2日。

 中央気象台、藤原先生にお目にかかる。

ニュース映画。夜発、帰神。

320()

 朝着く。

 日高孝次兄に会ふ。ミカド食堂へ。

 神戸文化課、50円札持って来る。(たちまち日高氏との会合、科学局接待に消える。)

321()

永き日や 児の守をして 茣蓙の上

        児と蟻と 庭にあそびて 日の永き

陸軍航空戦記「ビルマ作戦」を三宮劇場で見る。真実ほど人の心を強く打つものはない。

322()

 10時過、科学局長生悦住氏、□構□連れて来台。神港ビル、グリルにて昼食。

       海近し 霞の中に 銅鑼の音

           春雨や 松の梢に とどきけり

323()

 夜、上京。

       美しき 人と同車す 春の宵

324() 雨

 朝、藤原先生にお会ひす。

 昼まで会計事務協議会、神戸海洋気象台副支出官となる。

 午後、抜山氏キリのことで特質を□□す。

 一小人、抜山氏のイヂワル言語に絶す。海霧をやることを阻止し、手も足も出ないやうにしやうとし、罵言□ぬ。余、よく堪ゆ。

 夜、兄、西村源六郎と新橋で落ち合ひ。フグ鍋、ブリ刺身。

 西村案内、本郷、桂浜で山本祐徳らと飲む。

 防空演習にて暗がりを帰る。

325()

 徴用船観測なりし船舶日誌は極秘。(大谷、荒川)

 北太平洋天気図再刊行に困難ありと。

 中央気象台昼飯、三宅、菅原(化学)と。

       春うらら 切符を並んで 買ひにけり

           永き日や 行列買の ひとりなる

 千葉へ。牛肉屋へ上り、よい匂□だけかいで、コトワラレテ帰る。

 宮津の家へ。夕飯馳走になる。

 斎藤□氏、「獄中記」のぞき寝る。

326()

 朝、水路部へ。菱田君はよき人なり。渋谷清見氏に会ふ。土佐人。

 午後、海軍技研、海洋音響物理協議会に。長岡(半太郎)、八木(秀次)、野満(隆治)、藤原(咲平)諸兄と同席。

 夜、食事を頂いて、汽車の時間あるため、早く失礼し帰る。

327()

 朝、帰神。

 気象観測に理解乏しきやう測候の人がいふ由。意のあるところを説明す。

 午後、帰って昼寝。

松平君来、来年度海洋予□計画の協議。

328() 雨

落ち着いて、大腹大□なれ。あくまで男らしかれ。動ずる勿れ。屈する勿れ。必勝の信念を堅持して、敵を叩きのめせ。弱点をとらへよ。

 午前、毎日講演速記に手入れ。

 午後、2児連れ、新開地松竹座へ映画見。

 夜、霧を中心に気象の勉強。

329()

      筍が 市に出てゆく 雨のみち

 岡田先生、気象秘の「海と空」掲載せざらむことに戒慎のおハガキを下さる。御親切謝する外なし。

330()

 牡丹雪を窓外に見て、午前、会議。

 安部能成先生「巷塵抄」を賜る。早速拝見する。丈夫の気魄、ますらをぶり。孟子といふ人の風格を憶ふ。

331()

自重せよ。慎重なれ。軽率なる勿れ。

 連霖。日本海の高気圧、中部日本に張り出せり。梅雨型、低気圧谷を示す。花曇りの気圧配置?

 堀内学士来台、航海課に。

 談話会 □流湧水の気温影響を受けること。

 夜、電報にて高等官二等昇格の恩令下る。四級俸を賜る。

       湯上りの 快き夜や 春の雨

 

43()

 撃ちてしやまむ。

 今年は桜の咲くとき雪降るさむさ

45()

 大陸のH消えて、洋上にH現れんとするとき、低気圧谷生まる。続々□風□□

 警戒警報発令

46()

 昼発ち、上京。

47()冷雨 寒冷

 九段坂、航空技術協会 第三部会 第四分科会 及び部会総会日

 また田内人事課長のコウモリを間違える。粗忽者の代表となる。

48()

 岡田先生にお会す。昼、汽車で下神。

49() 

 篠田技師、函館へ去る。

 朝、藤原先生と入江総務、来台。説明案内。1120分発たる。

410() 春日暖かし。

 警報解除で、春風丸出港す。

411()

 宮川会計及びお付き、午後来台。夜、太郎坊へ案内。

       空母進水 巨体を浮ぶ 春の海

412()

 大脇弥六軍医少尉来る。家へ。夜泊。一緒に新開地―浪花節聞く。

梅の花桃の花散りはじむ

413()

 大脇君、昼去る。乗船のため也。

 学マナブとは何ぞや。

414()

 太田芳夫技師、記念撮影、札幌へ去る。

       春うらら 禿を曝して 老書生

       葉桜に まだはやしとて 春惜む

419()

 午後、学研第一部会、科会。

420()

 学研総会。岡田武松会長、林春雄副会長。精養軒

 午後、上野の山を散歩。ゴム展を覗き、部会へ。

 科学博物館で、関口さんの日蝕談。太田正雄さんの□の話聞く。

421()

 気象台へ。会計等の事務打合せ。

 文部省へ。橋田邦彦文相、東條大臣へ。更に岡部長景氏へ。

 局課長留守。菅井科学官に会ひ、著をもらふ。

 水路部、伊藤予算掛長に会ひ、話す。

422()

 午前、気象台へ。日高氏、岡田先生お部屋へ。

 日本学術振興会第14特別委員会開かる。予算項目審議。

 帰りに日高さんの宅へ同行、御馳走になる。

423()

 学研、標準海水委員会。そのまま□□□。

 岡本武雄(ハルピン検察庁次長)満州チブスでやられ死んだので、竹早町まで行って弔問。

424()

 靖国神社例祭。藤原先生にお会いす。タケノコ1本ずつ、先生と田内□□氏宅へ届ける。

10時、日本海洋学会総会。岡田先生のエラサ。夕方、19:40発帰る。

425()

 朝、8時帰宅。

 役所で手紙など片付ける。

426()

 大阪へ。航技第四分科会。大阪烟霧協議会。桑塚大佐、藤本少佐、公文大尉など、海軍藤本技師、和達、須田、小平、肥沼、松平、佐野など。

 夕方帰る。

427()

 須田さんが来台。午後、雑談。海洋気候学文献を尋ねられる。

428()

 雑誌会は絶えず新しい啓発と刺激を与へてくれる。これが大きい獲物である。

 菱田耕造君が来台。□□町を歩いて雑談。ミカドホテル。水路部の特殊な立場が分かる。研究は本能である。金や待遇の問題ぢゃない。

429() 雨 晴れ 薄暑、汗ばむ

 式典、聖寿万歳を奉唱す。

 鶯が来て毎日好い声で啼く。

430()

 文化勲章、湯川秀樹氏、老大家に伍して賜る。湯川粒子(中間子)発見の功による。

 昼、蜃気楼を沖に見る。

       中茶屋に よき風入りて 楠若葉

           船あまた 淡路の沖に 海市かな

           春うらら 露場に転ぶ 娘かな

 

51()

 文献調べ。日高さん来、昼帰る。

 午後、2階本の始末。

52()

      大掃除 青きを踏める モンペかな

           たたみ打つ 音麓より 春うらら

53()

 庭のつつじ開く。

南方海洋気象による災害の研究(5千円)通過の報あり。

57() 薄暑

 三宅泰雄化学課長、中野健吾凌風丸船長、来台。観測法□□講演。

 夜、太郎坊にて歓迎会。

 酒悪く、頭に利く。もうこういふ会へ余り出ないことにしたい。後味がいつも良くない。少し我儘にしやう。

58()

 午前、海洋気象観測法打合せ。

 昼から三越へ服誂へに。

       ゲートルで デパート昇る 薄暑かな

           石だたみ 生ひ出る草も ありにけり

59()

 朋之、東平連れて大阪から京都へ。

 阪急デパートの海洋資源展覧会を見て、京都の銀閣寺のそばの藤範晃雄の家に行ったのはお昼。

 ニギリメシ食べる。少佐たち、真っ先にユデタマゴに□□。

 銀閣寺の裏山に清水を掬ふ。蛙なく。足利義政の茶の湯に用ひた水で、疏水の源流を辿り行く。山吹がほつほつ咲いている。禅林寺といふ寺内を通過。平安神宮参拝。アヤメのきれいに咲いた池。

       月待てる 僧形ありし 銀閣寺

           人かげの なき禅林の 翠かな

           涼しさや □殿に呼ぶ 鯉の群れ

           右近の橘の 香ひよろしき お宮かな

           涼しさや 疎水に垂れし 柳かげ

 6時着。酒うまし。8時疲れ寝る。

510() 気候不順で蒸れている

 今年はオホツク海に氷が大変多いといふ。ニシンが北海道で大漁。昭和10年以来の大漁。やはり輪廻する。イワシ昭和16年、17年大不漁に対して、イワシ期は過ぎ、ニシン期に交代したのかと思ふ。オットセイが鹿島灘に来たり、鯛、桜鯛大漁、打ち上がって掴める□、寒流が異常に強勢南下し、圧迫しているのだろう。(注 新聞記事)

511()

 朝鮮でサンマが大漁、毎日この頃食っている。中々味がよい。日本海でも寒流が強いと見える。今年の水温の変化はどうか。海潮流の変化はどうか。それが高気圧の発達に及ぼす影響はどうか。

512()

 夜、松平来談中、「海洋課長のつもり、台長とは思はなかった」。

 警報サイレン。

513()

 警報解けず。

ひとを叱るな。子供を叱るな。部下を愛せよ。高く持せよ。

514()

 独逸遂に北阿の一角チュニジヤを失ふ。

 日本木材会社の内山氏、来台談。海洋筏、編筏。田野―大阪、須崎―大阪(陸軍需品□□)、対馬―釜山、隠岐―境。台湾―本土はどうか。台風期と季節風期の試□を乗切れればよい。

 中央からの命。ビ氏風力階級の調べは□□。海面状態。

516() 冷雨

 一日ペンをとる。「港都と海洋研究」10枚。「海洋気象の話」10(「海」大阪商船)

       天災は忘れた頃に来る。(寺田寅彦)

       人を相手にせず、天を相手にせよ。(南洲)

       見る処花にあらずといふことなし。思ふ処月にあらずといふことなし。(芭蕉)

       御民吾生けるしるしあり。生死離会、人事□心□り。(海犬□宿禰岡麿)

       但だ、奪はれざるものは志、滅びざるものは業。(吉田松陰)

517()

 朝、西山健児。昼、柴田雄次、名大理学部長、菅原健教授来。神港ビルへ、食事に。(19)

 夜は大政翼賛会講演取り止め、急に電話で申し来り、西山と□□□道、松平、斎藤、柳沢と太郎坊で一杯。(30)

 かやうな交際は爾今思ひ切ってやめる事。ムダ使ひ甚し、時代逆行也。

518() 黒い煙霧終日

 16日夜、大阪商船鴨緑丸、来島海峡にて濃霧のため座礁。乗客無事。不連続線通過に伴ふ椿事。

 阪大産研雄山教授来た。音の問題、water cloud。余「波力をピエゾで測れぬか」。雄山「ロッシェルサルトよし」

 午後、科学局青戸施設課長来台、岡田群司さんと三人で春風園夕食。(25)

519()

 丹精の野菜、食膳。

       蝉鳴くや 松の茂みの 宇治野山   初鳴き也

 外海の荒磯に肘を張る松こそ逞しい。練り鍛へられて始めて強くなる。鉄火の中に闘ふ兵を想へ。何の苦労もない吾身だ。気象人、神戸人、色々の小ウルサイ波風に堪えて行くことこそ、真に強い海の人の姿だ。

 前線では必死の戦ひの日々に、内地では闇が横行し、内輪の争ひで日をへらしている。何といふことだ。

521()

 夜行で上京。小説□読。呂宋助左衛門、黒田如水

522()

 大東亜観象協議会、下打合会。

 午後、九段航技会館で烟霧協議会。

523()

 布佐の岡田先生のお宅へお訪ねする。

 物理学を知らぬ気象は□だといふこと。応用数学の御本を書かれてゐる事。

524()

 大東亜観象協議会幹事会。

 夜、一ツ橋旅館泊。

       向山の 五月闇行く 旅の人

525()

 観象協議会総会。ビューフォード風力階級改正につき、研究経過中間報告をなす。

 終って、晩、藤原台長主催祝宴あり。気焔上がり、中々楽しき一夕なりき。

散会。千葉宮津の宅へ赴く。

526()

 切符、駅で売りつけられて、帰神。

 夜中になる。腹空いて、煮豆を食ふ。

530()

 昼前、大房嘉幸中尉召集解除となり、帰郷の途中訪ねくれたり。満州よりのチョコレート1箱、暑さに溶けたり。

 アッツ島2,600余の守備隊(隊長山崎大佐)2万の米マリンと戦ひ、遂に百数十名の生残者は死の突撃に玉砕す。

 この報に一億騒然、先に山本五十六大将、南太平洋戦闘指揮中、飛行機上に倒れ、今日またこの報あり。吾等の血沸騰す。

 

61()

 気象記念日。午後1時より会議室で国民儀礼。アッツ島忠霊に祈念、黙祷。台長挨拶、乾杯。

 今昔座談会、小野、吉川、中野、中村、清水等諸氏。万歳三唱。台内見学。

64()

 末広恭雄君、pH低めて生けるまま毒貝を作る実験に成功。浜名湖、硫酸塩によるpH減の中毒貝、原因発見、新聞紙上喧伝さる。

65()

 若人の帰らず吾が胸痛むといひし提督、今ははや陣頭の空に散りていさぎよし。

アッツの雪を彩る血潮よ、二千有余、死の突撃に日の本武士こぞる。

山本五十六提督、国葬の日。遥拝式。

霊棺の 砲車軌るや 梅雨の空

 山本元帥に続け、アッツ島の忠魂に続け、巷の声にいつはりはあらじ

66()

 和達(清夫)さん、大阪台長辞めると。満州専門なりと。

68()  梅天 視程2km

 大詔奉戴日。詔書捧読。警戒、空襲警報サイレン試験あり。

 資材節約、供出、一切を戦ひに。

610()

      蔓薔薇の 港の館 ひそまりぬ

           半歳を 越えて安居す 五月雨

611()

 夜、上京。

612()

 中央気象台にて燃油切符発送につき速達で出した書留を忘れて紛失。

 午後、学振、第14特委。研究費配分、宇田委員は1,200円、海洋筏、波。松平委員は1,600円、気象潮、湿度計、生物。

 夜、学士会館泊。

613()  晴れ

 朝、世田谷、兄の宅へ、留守。

 岡本五郎三君と昼飯、東洋軒。

 13:30急行にて帰神。夜、着神。

614()

 盗難頻発。不愉快千万。内部の者らし。午前集まり相談。お互いに気を付けること。反省さすこと。前大戦時代、相の険悪、崩壊前の独逸を思ひ惧る。

615()

 行く者は行かしめよ。すべてを自然に順へよ。利を逐ふ者は逐はしむべし。その報ひは彼自ら負ふべきものなり。

 17時、清水要、平尾益雄、大喜多□三、お三人の壮行会、楽しき集ひ。

616()

 探照灯空を射、爆音轟きて、明易き。

 昼間、神戸市教導課関係□□し、読書指導座談会へ。

 午後3時、雑誌会。Hacheyの論文「陸棚上の冷水塊」読む。

 一億一心 火の用心。米英撃滅 火の用心。

617()

      霧深き 未明の街の 暁に ラヂオ体操の 声こだませる

 家ダニ、蚊、南京虫、百足(むかで)等、昆虫に悩まされ、大小の蟻、安眠し難し。吾が五体、斑々と赤き毒虫の跡あり。

 午後、発熱38.6℃、臥床。正木医診乞ふ。「過労かカゼ」

618() 

 天の命ずる休養を時に取るべきなり。

 病を□ひて床に読む文は、鴎外、デカメロンのたぐひなり。

619()

 出勤。五十嵐播水氏、句集「埠頭」と雑誌「九□母」を賜る。美しき詩集なり。

       梅雨晴れて 句作の心や 神港楼

620() 好晴 涼

      乙鳥や 土佐の友来る 気象台

          十幾つ 船の泊てたり 白き南風

 午後、公文適君、兄の細川氏と家族共来台、案内。青風裡雑談。(以下略)

621()

 新調の国民服は絹布にて、ラヂオ体操するに布摺。

       到来の 枇杷あり 春風丸かへる

       幼な児と 入る風呂の窓 夕焼す

623()

      蝉時雨 海風耳に 馴れけり

           黙々と 待避壕掘る 蝉時雨

           男子らは 難きに堪へて 汗の鍬

           打ち貫かむ 苦難の岩や 淵青し

628()

 夜、上京。

629()

 午前、中央気象台へ。昼、渡辺信雄君と会談。

 午後、文部省教学局の日本諸学振興委員会へ出席。

630()

 第二日、午後講演、40分。「日本における海洋の研究 特に海洋と気象の相関」

 案外良かったらしい。帰りに水路部へ寄る。

 

71()

 中央気象台。昼の汽車で帰る。

74()

 護国神社参拝。須磨へポート漕ぎに。雨に会ひ、帰る。

76()

 日本農業学会誌へ「漁と低気圧の関係」を送る。

 松永神戸海務局長に会ひ、海員審判所員に会ふ。陸軍運輸部山田部隊長に会ふ。

       レンドバ島 戦果快く 青簾

           配給の 麦酒つくして 人送る

77()

      大いなる 松毛虫踏む 梅雨の坂

           夏祭 近くの宮に 夕詣で

           花火かふ 鳥居の前の 雑踏(ひとで)かな

           夕暮れの 宇治野山みち 月見草

78()

 人事で苦労す。大詔奉戴日。

 夕焼に積乱雲を東に林立見る。稲光しきりなり。空電ラヂオにガーガーその都度入る。

79()

 梅雨明け。雑草しきりに伸びる。スコール的大雨。

711()

 大地ひび割れす。氷水飲む。須磨に一家海水浴。

 土佐の桂浜のシオカラキ□みたる水にくらべ、何とキタナク、アマキ水ぞや。

713()

 梅雨明けて、海風陸風、こもごも来る。

714()

 夾竹桃、カボチャ、ナスビ、花盛り。菜園のインゲンよくとれる。

715()  露の朝

 午後、雷鳴。航路予報のことを協議す。

716()

      新涼や 大空に散る 刷毛の雲

           雲の峰 □々として ひるさがり

719()  雨繁し

 旧海員会館跡に海洋文化図書室出来る。海洋文化懇談会へ。

720()

 海の記念日、式典に出る。時間つぶしがあったことを悔ひる。

 人間の□機、縄張的醜い根性がこの決戦時局にもなくならぬどころか、むしろ増大している。

729()

 第1回海運気象談話会、海運クラブにて昼□を振舞うけ、海務院船員部長の斡旋にて開かる。当台5人、大阪肥沼出席。航路気象予報、機帆船組合最熱心。港湾荷役気象、荷役組合熱心なり。

 

81()

      雲の峰 けふも翼の 決戦に

           土用浪 浅蜊を拾ふ 母子かな

82()

      一山を めぐる蝉やむ 夕べかな

           夢思ふ 人美しき 蚊帳かな

88()

 昼から舞子の浜に泳ぐ。水冷たし。明石海峡の急流にボート漕ぐ。

       松風の 涼しき浜を 通りけり

           西瓜くふ 浜の茶店や 子らの幸

           裸なる 人さまざまや 夏の浜

811()  驟雨

 「南海北溟」校正刷り来る。吾子にあふ思ひあり。楽しき校正の宵なり。

812(快晴

 漸くに軽き二椀の飯ぞ。これ二合二勺の配給に謝す。

       迅雷や 甍に飛沫き 洗はれぬ

           雷孕む 北山の空を 指し云ひぬ

           雷声の 轟きて海へ 出でにけり

           夕凪の 暑さににじむ 汗粘る

 合宿の11人と茶話する夏の宵。本3(郡司大尉、無人島に生きる16人。戦陣訓解説)を置く。

813()

 愈々、海洋気象要員育成開始。余、観測()心得を語る。

817()

 孟子、吉田松陰先生、偉大なる聖賢の語に、吾が学の如き実にみすぼらし。

 この夕、ベララベラ島大戦果、猛襲五たび。

818()  好晴 連日午後雷雨

 「南海北溟」校正刷り、書留小包発送す。

 ビール1本飲む。暑き夜なり。

825()

 ガダルカナルの怨はれず。飛行機が足らぬ。船が足らぬ。制空権、制海権は敵手にいつの間に移ったのか。アッツ玉砕。キスカ撤収。濃霧を利す。各要地爆撃受く。ニューギネア、ニュージョジア苦戦、撤退、一歩一歩押される現状に切歯せずにをられるか。

826()

 科学総動員、今頃何事ぞ。

 開庁記念日。ビール、枝豆、梨、ブドウ、豪勢なり。

 大阪駅頭の暑さ、たへがたきほど。夜9時上京。

827()

 朝、気象台に雑用果す。

 昼、偕行社へ。勲章伝達式。木村行政本部長中将のお見舞あり。

 午後1時、気象台へ。5時より兵器行政本部へ。

 夕食頂き、夜前祭6-9時、偕行社。帰って10時寝る。

828()

 昼、青山斎場へ。午後1時より式、2-3時告別式。遺骨、位牌、勲章(旭三)捧持し、帰る。

 夜、偕行社で酒のむ。

829()

 朝10時、遺骨の仙台へ帰るを上野駅に送る。

830()

 朝7時帰着。出勤。ねむし。

 松平君、満州より帰る。

 

96()

 岡田(武松)先生「松平(康男)に函館海洋気象台長になって移らぬか。中野猿人は中央へ(潮汐課長に)帰る。函館は生物、(神戸は物理気象潮やらす。)をやればよい。海洋をやるのだ。船は廻してやる。本は少し持って行ってもよい。

 松平(康男)「命令とあれば仕方がない。神戸にをりたい。まだ仕事が大阪、神戸、両方にある。行くなら単身、家族は東京に置く。」

97()

 三宅泰雄曰く「岡田、松平と去ると、海洋気象台の伝統がなくなる。後が立っていかん。皆いなくなる。ついて行くといふに決まってをる。」

98()

 台長学が足りない。皆の人に理解されてない。顔馴染みがない。自信が強過ぎる。鈍感。あまりやかましく、あまり細かい。のんびりと、のどかに、和ぎの心でやって欲しい。

99()

 ムッソリニー失脚。伊太利無条件降伏す。日独、世界の敵軍と闘ふ。

 

 

「昭和18年日記」はここで終わっている。

昭和18925日 臨時召集により、東部第73部隊に入隊。 

門司港から輸送船団に乗り、途中、ベトナムのカムラン湾で米軍潜水艦の魚雷攻撃を受けて、沈没した輸送船があった。

スマトラ派遣機関砲101大隊小隊長。スマトラのバレンバン付近のジャングルに入った。

 1126日シンガポールの南方軍総司令部気象班に移った。

随筆「海の歳時記」の「陸に上げられた河童」pp.212-214,法政大学出版局, 1956.


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