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元山丸 Genzan Maru

写真集には元山丸乗組員の集合写真があるが元山丸の写真がない。写真を調査したが発見できなかった。所蔵者・絵画制作者の了解を得て元山丸の絵画の電子版を公開しました。

  • 主要目
    総トン数2,198GT 長さ99.7m、幅10.26m、深さ3.22m、主機140馬力、速力9ノット
  • 主機関 二連成
  • 明治元年(1868年) 英国ニューキャッスルでA. Leslie & Co.により建造された。
    鉄製スクリュー船、船名 Diomed (ダイオメッド)。
  • 明治27年(1894年) 6月15日、日本郵船が購入して元山丸と改名。
  • 明治27年(1894年) 8月2日、日清戦争勃発と同時に日本海軍が徴用し、工作船として艦隊に随行させた。
  • 明治28年(1895年) 8月2日、日清戦争終結、元山丸の徴用解除。
  • 明治29年(1896年) 5月25日、日本郵船は元山丸を大阪の山本藤助に売却。
  • 明治36年(1903年) 根室で遭難・破船した。

注記1 元山丸の船名の読み
「日本船名録 明治30年」に元山丸が初めて記載された。「Genzan Maru」と表記されている。
「七つに海で一世紀:日本郵船創業100周年記念船舶写真集」(日本郵船, 1985) p.287に「Gensan Maru」と記載があり、日本郵船歴史博物館に照会したところ「Gensan Maru」が正しいとのことだった。
ここでは「日本船名録 明治30年」に従い「Genzan Maru」と表記することとした。
なお、「日本船名録 明治30年」の元山丸関係ページを公開しました。

注記2 工作船について
日清戦争の頃の工作船とはスパイ船ではなく、艦艇に附随して戦闘後、船體水線以下の修理で入渠を要する艦艇以外の船を迅速に応急修理をする船のことを言う。 日清戦争では元山丸、品川丸の二隻が工作船として徴用された。

A,元山丸 長澤文雄絵・木津重俊提供 B,元山丸 長澤文雄絵・木津重俊提供

注記3
元山丸の電子版は作成方法の相違により、コントラストに強弱があります。 A,Bの作成方法に以下のとおりです。 Aは一度フィルムカメラで複写した電子版 Bは原画を直接スキャンした電子版

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