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斎藤浄元(さいとう じょうげん)氏略歴

1884年12月20日秋田県仙北郡大曲町(現大曲市)に斎藤忠吉の六男として生まれる
1902年10月商船学校(航海科)に入学
1908年3月商船学校(航海科)を卒業
1908年3月日本郵船会社に入社、外航航路運転士として活躍
1923年5月日本郵船会社船長を辞し、逓信局技師地方海員審判所審判官に任ぜられる
1932年3月地方海員審判所理事 兼 逓信局技師に任ぜられる
1941年2月逓信技師 兼 高等海員審判所審判官に任ぜられる
1945年12月高等海員審判所長に任ぜられる
1948年5月自著「海難論」を刊行
1948年12月自著「海難審判法」を刊行
1957年4月東京商船大学商船学部講師を委嘱せらる
1959年12月最高裁判所勤務(裁判所調査官)に併任せらる(原文ママ)
1964年7月日本海事財団理事に就任
1965年3月20日逝去(満80歳)

※参考文献
松隈邦健[編].斎藤浄元.海難審判協会,1968,263p.(斎藤浄元年譜:p.245-259)
(越中島分館所蔵 請求記号:289.1/S19.1)