西洋古地図

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8.North Pacific Ocean / by E. & G.W. Blunt, New York, 1849(1849年英国海軍水路部が作成した北太平洋の海図(1856年に追補))

書誌事項

  • TR: North Pacific Ocean / by E. & G.W. Blunt, New York, 1849
  • ED: Additions to 1856
  • PUB: New York : E. & G.W. Blunt , 1856
  • PHYS: 1 map ; 96 x 120 cm
  • NOTE: "Entered according to act of congress, in the year 1849, by E. & G.W. Blunt in the Clerks office of the District Court of the Southern District of New York."
  • AL: *E. & G.W. Blunt

所蔵

  • 東京海洋大学附属図書館越中島分館
  • 請求記号: 558.7/B59
  • 資料番号: 2010523253

解説

英国海軍軍人で探検家の※ベルチャー卿 が作成した海図を、時の英国海軍水路部長※ボーホート卿が権威づけたと記載されている。発行元はアメリカの海図専門業者であるブラント(E.G.Blunt)である。

18世紀にキャプテン・クックが発見し、サンドウィッチ諸島と命名した現在のハワイ、さらにカナダのバンクーバ、 及びアメリカ東海岸からベーリング海に至る海域での英国による測量結果に加え、クルセンスターン(Krusenstern)の海図によるKuril Island(千島)諸島から日本北部にかけての測量結果等を参考にし、ベルチャー卿自身が香港遠征(1841-1842)やサラマング号での探検航海のときに行なった測量結果を反映して作成された地図。なおクルセンスターン(1770-1846)は、ロシア帝国に仕えたのち、英国海軍に仕えたエストニア出身の海軍軍人であり、日本の北方海域の地図を正確に作成したので名高い。 地図では、東京はYedoと、小笠原諸島は無人島が訛ったBonin Islandと記されているのが興味深い。

米国、ペリー提督が浦賀に来航(1853)後数年して、英国海軍は大規模な日本近海の測量を行なう計画を立てたが、伊能忠敬の地図を見てその正確さに驚き、それ以降は、海軍水路部の日本海図には伊能図が採用されている(織田武雄『地図の歴史』より)。しかし、このブラントの海図は、ペリー来航以前に、ベルチャー卿も含めて、外国人がかなり正確に日本近海を測量していたことを示している。とくに太平洋側は捕鯨が盛んで、海図には利用価値があった。江戸幕府の打ち払い令をよそに、外国船がこの海域では活躍していたわけである。

この海図は実際に使われていたものらしく、サンドウィッチ島付近には航路の線が記入されている。

※ベルチャー卿 Sir Edward Belcher(1799-1877)英国海軍軍人。海軍提督。地図学者。彼は、1843年にサマラング号に乗り込み、天保改革直後の日本近海に姿を現わし、八重山列島、宮古島の人類学調査(宮古島キッズネットHP 参照)を行なったことで知られている(『サマラング号航海誌(1843-1846)』より)。

※ボーホート卿 Sir Francis Beaufort(1774-1857) 英国海軍軍人。海軍提督。水路学者。海洋気象で使うボーホート風力階級を定めた。日本の気象庁が採用している気象庁風力階級はこのボーホート風力階級を翻訳したもので「風力1、2等」で表現されている。

(文:大津眞作)