方向針筋廻船用心記 / 吉村海洲著
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書誌事項
方向針筋廻船用心記 / 吉村海洲著||ホウコウ シンキン カイセン ヨウジンキ
大阪 : 前川善兵衛 , 天保12 [1841] 序
25丁 ; 25.6×18.4cm
和漢古書につき記述対象資料毎に書誌レコード作成
題簽の書名: 方向針筋廻舩用心記 : 全
版心の書名: 廻船用心記
校者の標目のヨミは推定による
序に「天保辛丑春正月望 道齋三浦茂樹識」とあり
大意に「天保十一歳次庚子初春於于浪?立石軒書堂 紀伊国 吉村子康誌」とあり
挿絵あり
所蔵
東京海洋大学百周年記念資料館寄託資料 (東京海洋大学附属図書館越中島分館所蔵資料)
請求記号: 558/Y91/B
資料番号: 2014503907
解説
本書の大意は天保11(1840)年、三浦茂樹の序が天保12(1841)年であるが、刊行年不明である。
版は明治二十年代まで残っていたそうなので、明治期の後刷ではないかと推定される。
本書は、忌部美啓に勧められて、「海路安心録」の一部を増補して、星度器及び鍼用法に関する自己の蘊蓄を書記して之に加え、刊行したものである。
故に「海路安心録」と内容は同系統のものであるけれども、星度器の製作及び用法・船路記罫・行船法等、その所論甚だ精確であり、本書が久しく帆船の運用者に使用せられたのも当然である。
吉村海洲、名は正房、子康と称した。江戸時代後期の人で、生没年は未詳である。
紀伊和歌山藩士で和算・測量に長じた。大坂に寓居して、子弟を集めて測量算数の学を講じた。
参考文献
住田正一編 (1969) 海事史料叢書 復刻版 第6巻