通機圖解 / 豫州松山法眼明逸著
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書誌事項
通機圖解 / 法眼明逸著
浪花 [大坂] : 譽田屋伊右衛門 , 明和4 [1767]
4, 43丁 ; 18.2×12.8cm
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刊本
題簽の書名: 通機圖解 : 全
序に「寶暦九年十月廿一日明月道人明一寓浪華願慶閣識」とあり
序末に「明和四年乙亥三月考訂上之梓浪花法橋高嶋秀芳出貲刻」とあり
所蔵
東京海洋大学百周年記念資料館寄託資料(東京海洋大学附属図書館越中島分館所蔵資料)
請求記号: Ai/1044/B
資料番号: 50000006064
解説
本書は雲を主題として取扱っている所が非常に珍しい。雲の形二十種にそれぞれ変体があり、総計四十図を記載している。
楠公所伝と序文にあるが、日、月、北斗の周辺の雲気を察する方法は中国起源と考えるべきであろう。
著者の法眼明逸は、名は義道、のち明逸、字は曇寧、明月のほか、解脱隠居、化物園主人などと戯号した。
享保12(1727)年、周防国(山口県)八代島に生まれた。15歳で伊予松山大谷派円光寺に来た。
延享3(1746)年京都に遊学、のち江戸に下向、服部南郭らと交わり、古文辞学を学んだ。また堺の食南山人に学び、書家としても著名となった。
34歳で円光寺に帰り、宇佐美淡斎らを教えた。52歳で円光寺を徳成に譲り退隠した。寛政9(1797)年7月23日、70歳で没した。