大日本土佐國漁師漂流譚

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書誌事項
大日本土佐國漁師漂流譚



印記: 「漂譚樓」(石井研堂)

石井研堂漂流記コレクション


解説・漂流事情
中浜万次郎 ジョン万次郎とも称す。文政11(1828)年土佐国幡多郡中ノ浜の漁師悦助の次男に生まれる。

天保12(1841)年正月5日西浜の伝藏ら4人と近海の漁に出て暴風のため太 平洋を漂流、13日鳥島に漂着、

半年後、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に救われ、ハワイで4人と別れ、
船長ホイットフィールドと東海岸ニュー・ベッドフォードに上陸、フェアヘイブン で小学教育を終了した。

ハワイに戻り、伝藏親子と帰国準備をし、嘉永4(1851)年正月琉球摩文仁間 切に上陸、
8月鹿児島に送られ、9月長崎で尋問を受け、嘉永5(1852)年6月土佐藩に 引き渡され、10月中ノ浜に帰った。


大日本土佐国漁師漂流記と同じく中浜万次郎漂流記を扱った木版本。ただし、漂流 記にある彩色図がない。


裏表紙裏に「萬次郎の琉球上陸は嘉永四亥年正月三日 長崎着は同年九月晦日な り、
本書は、當時真先に出ている讀賣の稍進みつるものなり 石井研堂識」とあり。