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高の島実験場日誌
1p
30th April
(明治四十二年)
當実験所開所式ヲ挙行セラル。朝来ノ降雨
ニ係ラズ来賓壹百八十名ヲ算ス。東京ヨリハ道家
水産局長 松原所長殊ニ臨席セラル。地方ノ主ナル
来客ハ萬里小路伯、千葉縣知事代理、千葉縣
水産試験場長、千葉縣水産講習所長、安房郡長代理、
縣會議員等ナリ。
此日快晴ナラバ模擬店ニ於テ大園遊會ヲ開会
スベキ豫定ナリシモ不幸ニシテ天候不良ナリシヲ以テ寄宿
舎食堂間ニ於テ一同 だんご、おすし、田楽等ヲ饗セ
ラル。殊ニ斡旋ノ労ヲトラレタルハ館山町長木村茂
豊津村漁業組合長鈴木近蔵ノ二君トナス。茲ニ記シ
テ両君ノ労ヲ謝ス。

2p
14th May
Rainy
Messrs Seno, Mezaki, Kuragami,
Takeda, Fujimori, Kato and Sugamata
arrived the station at 3 o’clock P. M..
They are the 1st visiters to the
Laboratory as the investigator.
15th May
Calm, very fine weather.
This morning Mr. Aoki arrived here.
Messrs Seno, Kuragami & Takeda
went to Toyotsumura, & examined the
artificial hatching of Hirame (Pleuro-
necthys olivaceus T. & S.) at 10 o’clock
A.
M.. Result was very good.
The students observed the develop-
ment of the egg during day time.
16th May (Sunday)
The development of the egg very well succeeded
& all students observed the formation of Head
rudiment.
At afternoon, we discovered the parastic Isopoda
(Cymothoa?) & polystomum from the buccal cavity
of Madai (Pagrus major)
3p
17th May
今日は新聞記者の歓迎會を館山 北條等の有志が開くについて
我等の寄宿舎の一部を借す。實験室の机の上にプランクトンネット
其他海洋観測に要する器具を並列す。十時頃より新聞記者及
館山有志等来る。それらの人々に一一實習の有様、プランクトン、
器具の説明等をなす。午后一時 五十一時間目にてひらめの卵孵化
せり。此日のPlankton, Salpa, Doliolum 非常に多し。
[目崎]
18th May
正午ひらめ卵全部孵化す。午后一時吉岡教官汽船にて
館山へ着、東海漁業のボートを借用し汽船舷側に横
附し同氏を便乗す。午前地曳漁獲物中よりあかだい
幼魚十九尾を籞に放流す。日没西ノ濱砂田活洲
より人工授精に要する黒鯛を求む。雌魚一尾雄魚
三尾を得たり。活籠に入れて持ち
帰り濱にて人工授精をなす。時に午后八時なり。
十二時迄発生の経過を観る。
午前八時プランクトン採集。 □□キートセラスを以充
満し全体黄色を呈し透光を以て見る時は無数ノ魚
卵の浮態せるを見る。コップ中に□表す。
[青木]
19th May
午後二時黒鯛ノdevelopmentヲ見シニhead
rudimentヲ生
ジタリ。午前吉岡、妹尾ニ教官ハ那古ヘ到ル。生徒一同ハボートニテ
沖島へ到リ海藻及ウツボ、ウミウシ等ヲ採集ス。
黒鯛卵ヲ硝子鉢ヨリ「タンク」ニ移ス。ひらめハヨク発達シテ
Yorkヲ減ズ。
午後六時及午後三時半Plankton採集、diatom
Coppepoda等多し。夜午後八時くろだひノdevelopment
ヲ見シニlye-capsuleノ生ジタルヲ見ル。
[武田]
4p
20th day
吉岡先生が一番にて帰京せられると云ふので
朝飯を食べてからボートで舟迄お送りをする。
入れかはりとして崎田先生が十二時着の汽船で
お出でになる筈なので再びボートでお迎え
に行く。職工成田□□衛門、□□の二氏も先生と共に来る。
帰途 雨沛然として至り西風激しく舟行聊か
難、両洋服を通しシャツに至り思はざる濡れ衣
を着て帰る。
黒鯛今朝既に
ひらめは午后二時頃見たるに眼は色素を生し、口開
きて消化管と連なれり。今朝沖の島西方十数町の辺
にてplanktonを引く。
夜一室に会しゴロゴロをまわし各人隠し藝の店おろし
をなす。妹尾先生の□□御殿、崎田先生の謡い井筒
青木君の壺坂。事は当夜の呼物なりき。内は般々
轟々たるゴロゴロの響き 実に鳴り渡り外は□々
たる波の音に和する豪雨の音のまびすして両音相
呼應して高の島の天地に轟く。散会せしは十一時
頃なりき。
先日、朝、活洲のひらめ二尾を料理せし外殆ど豆と筍の
精進料理なりき。因に今夕より食堂にて飯を食ふ
事となす。
[藤森]
21th day
午前六時目崎倉上ノ両氏netを牽キテプランクトンヲ採集ス此プランク
トン種類甚ダ豊饒ナルガ故ニ一同午前ハ之レノ研究ニ從事セリ。
午後ヨリshore collectionヲ沖ノ島ニ行ハント欲シ舟ヲ出ス
時ニ西風漸ク其勢ヲ強メ小舟浪ヲ排シテ進ムニカナリ徒ラニ
舟道ヲ回ラシテ鷹島ニ帰ル。是レヨリ又プランクトンノ研究ニ全
日ヲ□此日プランクトン中ヨリ見出シタル種類ハ次ノ如シ。
Lephamudusa. Sagitta. Nauplius of Balanus
Evadne. Larva of polycheata. Larva of fish. Gaea.
5p
Oyster larva, Fishegg. Ceratium. Copepoda.
Appendicularia. Salpa. Larva of Echinus.
Monaphis. Pteropoda. Amphipoda. Mysis
[菅俣]
22nd
晴妹尾先生及生徒総体[プランクトン]採集の目的にて沖島より
以北に趣き水平垂直両様のnetを引く。採集区
域にはこませ漁盛なり。遥に沖合にはひらめ釣の
舟點在す。水平のものは量少くして種類に充み
Macroplanktonとしては“ミズクラゲ”“ク
シクラゲ”を見
る。MicroplanctonにはCopepoda うにノ稚
仔等主なるものにして、水直のものは之に反し量多け
れども種類ハ多からず。Decapodaのlarvae
amphipoda Gastropodaノlarvae等あり。
垂直のnetを用いたる水深は6.5fathomにして
透明度は5.5f。又水平の[プランクトン]中には多量の卵
あり。其中主なるものは二種類あり。一は黒鯛ノtype
にして一は之より数少く鏡検して直ちに
“いはし”卵なるを□□決定するを得たり。
採集後沖の島に上陸し胎内くぐりを経て島を
一周し舟に帰り直ちに帰航。
午后綾部氏と共に小瀬氏来場せらる。之に次て西
岬小學職員諸氏来観。
午后五時地曳を引く。漁獲物は悉くいはしにして最
大七寸内外、餌料を検したるに殆全部其
消火器の内容はSalpaを以て充実したり。
黄昏庄田に趣き明朝人工授精に要する黒鯛及
鮃を買入れんとしたるが日没にて活洲より取出すに
不便なればとの主人の言に従ひ明朝を約して分
れ豊津に上り買物をなし九時ボートに帰る。
[青木]
6p
[23-24日のページ欠落、このページ保存状態悪し、破損あり]
25th
快晴 朝島の東ヨリ西へ廻り沖の島まで□・・・
を牽く。漕手は岡村先生を初として青木目崎の二氏□・・・
櫂を□なしたることとて船の権利を□□□よりは寧ろ□・・・
先生は大汗にて手に豆を押出す□□□は□・・・
力にてやっとsurfaceを終りたり、寄宿□・・・
一同漕げば何の造作もないとはあきれて□・・・
誰やらの・・・
先生が採集したいかplanktonは□・・・
別物□□しきものもよし。孵化室の方は崎田□・・・
MagDnardのautomatic
tidal boxの□・・・
女人夫は二人にてポンプを押せども押せども□・・・
tankに半分と思う頃、計って見れば何□・・・
一尺・・・
獨り恐悦なのは妹尾先生許り、此食用□・・・
れば大きな口をあいてパクリパクリと喰□・・・
の外から見て□□□先生までが□□□口□・・・
黒鯛の人工孵化は第一回として此孵化□・・・
氏孵化室開けて初めて鯛を入る。云ふなかれ□・・・
□ってさへ鯛しるを、黒鯛とて鯛の中、□□□・・・
は海の筆頭、初筆に黒鯛、我邦で此物□・・・
魁として海の王を見る。豈に目出度からざらんや□・・・
此御目出度を兼ね、岡村先生の来所を□・・・
否を申すべき、下地は好きなり。御意は嘉し、□・・・
□陸へ買出しに出懸け、運ぶ荷物は何の□・・・
□□に□□の揚げ物で篭に結めたる□・・・
呂敷包の吸物膳、袋の中は誰でも知れし甘□・・・
夜はまだ暮にもならぬ間に早や食堂を□・・・
のこととて三号室に配膳したり。ランプは□・・・
所にでもありさうな角形のもの朱塗で火の用□・・・
7p
けが来たしものこと。御馳走は鮨に□豆と馬鈴薯と筍と蓮との煮メ□
色の眞黒な所が御馳走なるべし。各自の膳の上に一本づつサイダの
壜を並べ此處は打見た目にはビールの小壜の様で如何にも大
宴會。やがて現はれた美形一名、ハテ面妖な境内は歌舞音曲禁止と
あるに誰の指金で此始末、ハハア漁業組合長の鈴木近蔵氏も
居るから定めし氏のサワリの相手なるべし。夫にしても丸髷の所が少し
可笑しい様じゃが之は鈴木氏の妻君でもあろうとは誰やらの
胸の中、知る人ぞ知る之こそは館山の佳人錦織の御ばさ
んとは、知らぬ人にはさっぱりわからぬも道理なるべし、此丈
の御馳走で跡の御馳走は御膳も出ますと幹事の挨拶、高の島では
御膳までが御馳走の中、成る程島には米の木はないからナジャアー
但し黒鯛の吸物と塩焼きは振ったもの。然しうらむらくは
量の多からざることを。
やがて膳は撤せられ跡に残ったはイチゴの皿盛、之は
錦織のおばさん所のを寄付して貰ったものとは体の能い話、其
実 無理押付て皆摘んで来たものだとのこと。此日風和き
波静にて連波さへ見ぬ穏かさ。夕方より少し□□ドンヨリとし
て曇模様、果せるかな霹靂一声雷雨家屋を震動し
梢木の葉もバラバラバラ恐ろしかりける次第にてガラガラピシャ
リと三号室の眞只中へ雷こそは落ちけり。サア落ちたぞ ドッ
コイ逃がしてなるか落ちたら最後 いやでも應でも御国なまりの
在郷謡、馬追節でも木曾節でもサッサドーデモ□いは
いな、やらしゃんせ。唄はんせ おいとこ そーだよ こなたの
番だよ。鈴木がやったなら青木の壷坂、はだかではだしで逃げ
なきゃなるまい。今度落ちたら何でもやりましょ、いばらもしょいましょ、
牛なべもさげましょー、ドッコイドッコイ、エッサッサアー、坂は
照る照る鈴鹿は曇る、あいの土山雨が降るー、ホイホイ、
要するに養殖の士は皆諸藝に勘能、綽々として餘裕あるは英
雄の卵、盤上玉をころがす目崎氏の咽、異人も満足の
鈴木氏の壷坂は青木氏のに比して善し、豈に三つ違ひの兄さんならんや
8p
崎田氏の船弁慶はたしかなもの頓で許しを得ると云ふなども萬更陰弁慶で
もないらし、岡村先生の追分は敬意を表して兎角の評を試みず、
妹尾先生の多能多藝なる其多方面の達者なるは驚かざらんと□□
すると得んやと云ふ次第で、天文二十三年も出れば、謡も出、追分節
やラッパ節、義太夫もうなれば、都都逸も語り、花のあぢさい
七色かはり、かはる度毎色を増す。其達者には、一座皆嘆称の
外なし。是が酒気一滴なきしらふの藝とは島の弁天さまも夫こそはだしで逃げ
出すだんべい、オイトコ ソーダヨ。
興感なでイツ止むべしと見えざりしが
早や九時も半をすぎたれば何ぼ人里離れし島じゃとて住めば都の義理もあり七時に宿る鳥の夢を被り、穴の貉の
睡を妨げんも大人気なしと惜しき分れを告げて各々室に帰り
たるに頓でポツポツと眞物の雨、天も感應ましましたらん。我等の眞
心に感じて此雨を降すものなるべしと息を殺して桑原々々・・・、オイ
君モウ雷は落ちはせないよ。
此日下の歌を披露す
東京湾口館山は 其名も高き鷹の島 此處養殖の実験場
見渡す海は鏡浦 雲に聳ゆる富士ヶ峯 三原の烟高くとも
我等の気焔やまさるなん。
此處に学びの若う人は 数の玉藻やいろくづの 深くもかくす秘事を
啓きて民の利を図り 富を増す穂の夕なぎに 焼くや藻しほの煙より
胸に焚く火の絶え間なき
抑も養殖の学術は 人工孵化や稚魚飼育 有用藻類の蓄殖や
水族保護の途を立て 漁業の基本製造の もととなるべき生物の
学術をこそ主とすなれ
されど此学進みなば 水産業も何のその 皆養殖の賜物ぞ
世界に先だち水産の 覇権を握る日はいつぞ 思へば奥し我前途
ああ愉快なる我前途
Okam.
9p
26th
崎田先生の帰京せらるるを送る。風強く雨さへまぢりてボートの進み
はかどらず 漸くにして恵比壽丸に漕ぎつけたり。先生の一行乗船
すると直に出発したり。島の西を廻りてネットを引き プランクトン
を採集して帰る。タンク内の黒鯛の卵を孵化室へ移す。
後一時頃より孵化を始む。しかし残念ながら水無したりけむ。夜に至
りて見れば殆んど死卵のみとなれり。
27th
妹尾先生愈帰京と定まり生徒一同例に依り□船迄送り届け
る。先生出掛けに靴下が見附からず、かたちんばにはいて行きし
□さえあるに分れを告ぐる瞬時船側より頭を出し□□ば、あは
れや山高帽はへこみにけり。今度は風稍強く艀の客も数少
し、舟には強いと自慢の先生が顔にも机憂の色ほの見えた
り。武田君此時クラッチを落す三尋もある海底に潜って取
って来むと裸とならんとしたる勇気は愛すべし。
錦織へ行く、裏の畑へこそこそ、眞先にいちごを失敬し
たるは眼の丸い人と覚ゆ。帰りにプランクトンを引く。
多大なる望を嘱したる孵化室の卵は一つ余さず全滅す。
余等の失望夫何にか譬へまし。水管孵化槽の新なる為
めに此失態を演じたるならむとは一般の断定なり。
夜顔会はせをなす。木に竹をつぎたるが如きもののみ多く
余り振はず。やや見るべきものは海の匂なり。
鷹の島通ふ千鳥の鳴く声は来世経るともかはらじ□の□
夜具を引くとて布団蒸しの悪戯をやる。頭をたたかれしもの多
し。
28th
晴、今日は海藻採取の為め布良へ行く。陸へ上る□武田を
乗せ恵比壽丸に乗せる。夫は徴兵検査にて郷里仙台に帰省
するなり。得意気に甲板の上を例の調子にて闊歩す。聞けば
デッキは三等客の上、得ざる所なりと。
10p
ボートは舎社下に揚げ直ちに布良を指してテクテク歩み出す。
服装と云へば白足袋黒足袋靴草鞋 中に振ったものは菅俣
が洋服の下駄ばきにて背中にわらぢを負ひたるにて驚く
べし此わらぢを帰る迄かつぎ居たりとは。弥次北の子孫とは
□十目の指す所なるぞかし。道は単調なる小山の背をうねり行
くのみなり。田植時にてむくつけ女房□婦が泥まびれとなり
田の中をはいまはるさまは牛と撰ぶ所なし。安房神社ノニ
来訪す。天富命を祀る。一礼して境内に腰を休め一息にて
布良へ着く。海岸に出しが夏に珍らしき海藻なし。□くの先生
も失望気味なり。我等も又張合なし。汐は引かず風は強し。
採取には最便益少し。之より瀧口迄行く。白濱の燈台を
目前に見ながら足と相談すれば引き返せとの事にて一同
マハレ右! トンネル一つくぐる。此岩層は人類の祖先が住
みし頃に出きたるものとの先生の話なり。□くして金でこにて
破壊するを何よりの道くさとす。三年の春秋を同じ室に
住み同じ教室に講義を聞きし吾同窓がかく正服
の姿にて実習の遠足をなする今日ぞ限りと思へば何とは
なしに悲しくもあり。島に帰れば千葉縣試験場の河
名氏既に来場あり。夜はいとさびしく明日の荷造するもあり。
糧食委員は決算に心を痛む。多くは今日の疲れにいつに
なく早寝したり。今日でいよいよ実習が終る。
29th day
朝から日本晴れで風は静か浪は穏やかそう近来にない
いい天気であった。朝七時頃菅俣と倉上の二君が
陸続鋸山に木更津に出て帰京せられる計畫
で行脚の途に上る。午前中顕微鏡、台其他本所
へ送り返すべき荷物を出しらつる。岡村先生が実地につき
親しく荷物學の講義をせられる。之で実習も終結したの
かと思へば氣□、のんびりとして何となく愉快に堪えな
11p
い。午后は何も用事がないので、いざ之から汐見の
臥龍松を見に行こうではないかと云ふ緊急
動議が呈出せられ、 満場一致之を賛成す。
満場と云った所で僅に四人である。岡村先生
及川名氏はお留守番をなさる。ボートを豊津
の湊へつけて陸路を行く。名物にうまいもの
なしと云ふのが一般の相場であるそうだが
此松ばかりは聞きしに優る趣、寫真で見た
以上の面白味がある様に思ふた。そばに
澤山墓がある。人の□や□を吸ふた為なのか
うねうねとして恰もたこが八方へ腕をのばし
た如く廣がって居る。頗る発展主義の松である。
帰途 西岬で地曳を見た。高島あたりでやってい
るよりは規模が廣大で勇壮である。赤銅の
様な色をした男に同じ色の女がまぢって曳く
のである。体格の上に於ける房州の男が実
に男性美のmodelである。女に至っては
殊に驚くべきものがある。都あたりの優さ男など
はひねりつぶされそうである。都の濁った空
氣を吸って青白い頬をして居るお嬢さん達は
こんな女を見て何と思ふだろう。上野
の動物園には「うしうま」と云ふのが居る。
世の中には女の様な男も居る。房州の女は
実に「をとこをんな」と称すべきものである。
それから錦織のおばさんの所へお
別れに行く。あしたはいよいよ此地とお分れを
するのだ。おばさんともお分れをするのである。
あの深切なおばさん。面白いおばさんとも
分れて行くのである。さんざん我儘を云ふて
非常な御厄介をかけた、其お礼はつくされぬ程
12p
ある。僕等が勝手な我儘を云ふのをおばさんは
却て面白く思ふのだろう。殆ど自分の子供の如く
思うて世話をやいて下さる。其世話が何よりも面白
いとおばさんは思っているのであらう。我子よかれ
と思ふ慈母のそれにも優さるおばさんの心。
はじめて来た時小芝から貸りた枕が木枕であった
為痛かったと其翌日はなしたらば、おばさんは
それはいけないと直にうち中のものをみんな出し、
足りない分は近所をかけまわって見付けて下さる。
まだ足りない分二つばかりは新しくこしらへ
て下さる。万事こう云ふ調子であるのだ。其眞心
からの親切に対してハ実に感謝にたえないでは
ないか。今や世之中は益々浮華軽薄に流
れて来て人は各々□□を経とし □□を
緯とし人を出まかし□□を瞞着し、うまく
ぼろを出さずにごまかし通そうと云ふを
理想とする者のみ好くなり、従って道徳な
ぞは当座の儀式となり高潔なる人格を
保持し阿諛便妄を退けて進まんとす
るには世と隔絶してかなければならぬ
様になって来た所の此濁世に於て自分は
眞心を以てつくして下さるおばさんに対して
哀心の感謝と敬ケンの情を捧げたいのである。
おばさんは三十年以来講習所の生徒の
世話をなさって居られるそうだ。講習所の生徒と
おばさんとの関係は実にうるはしいもの
があるのである。今やおばさんとお分れ
するに際して切に御健康を祈るのである。
綾部さんの所へも御礼に行く。吾々が無事に実習
を終へる事が出来たのは一は綾部さんから拝借
13p
したボートの為にあるのである。其他半紙新聞紙等の□置
など御頼致し種々御便宜を与へられたる御□□に
□□□□□深く感謝するのである。
夕方島へ帰る。夜清水屋より贈られたる□□を食ひ
菓子を喫し茶を飲みいよいよ高の島最后の分水の
栓を開く。本場が新築せられて吾々が其第一回実習生
として□に首尾よく終を告げたのは大□賀すべく又
記念すべき事ではなかろうか。ああ高ノ島よ吾今、汝
に分れを告ぐ。「吾等不肖と云え共□□自ら為さん
と□するの念あり」 此一語を
残して・・・
さらば高の島よ。未来ある高の島よ
未来ある吾等より。
松の葉ごしの今宵の月、とこしえに吾等が頭脳
にあらん。
藤森
30th
晴 目崎藤森加藤の一行朝一番の恵比寿丸にて出発す。
岡村教官及川名氏□白濱へ向け□ 車にて臨船場を南に
走る。後に残るは青木一名となる。午后一時雲鷹丸ハ英姿
堂々館山に入る。同船便乗の所長、田島先生水産課長来訪あり。
黄昏岡村先生の一行来着、川名氏のみ宿泊せらる。
古閑□□二名来訪、何れもハイカラとなれり。
青木
31th
快晴静穏、午前六時ネットを引く。Eteuaplcsrci多量
なり。卵又甚□□なり。雲鷹丸を観る。奥村三浦説
明す。大工来り棚を作る。所長、田島教官外に新聞記者
等来遊せらる。□方での馳走になる。□所長より実験
研究の心得を聞く。一行は午后沖の島に遊ぶ。
14p
所長当場掛札を揮毫せらる。岡村先生と沖の島附近に
ネットを引く (午后二時)。quality 一変し copepoda最
も多し、いわし卵なし。三時頃所長及岡村氏の一行島を
去って木村屋へ行く。一同に分れを告ぐ。川名氏午
后九時帰らる。峯岸氏設計製図の為来る。
午后三時奥村飯尾□□□鈴木氏我等にすしを送
らる。但し岡村氏への送物なかりしが既に島を去られ
幸にして余等の口に入るの運命を開拓したるなり。
漁村養殖含質なるものを攻撃す。奥村等を本船迄
送り届く。月清く波全く静なり。九助に至り人夫を
命ず。廣き実験場は今夜より余(青木)と小使夫
妻の三人の占有する所たり。此の度島には三人
□住まさるなり。
青木
June
1st 晴静穏、人夫二人□のポンプヲ揚げ、午前七時鯛ニ投
餌ス。島□□□地曳アリ。漁撈生徒木下辻来る。三浦を乗
せて雲鷹丸に上る。船にて夕食し三浦余儀を乗せて帰る。
鈴木近蔵氏□□□鮨を送る。三浦実験場ノ湯に入り大
に喜ぶ。船にては塩湯のみなればなり。九時余儀を船
に送る。三浦一泊す。
青木
2nd 晴 三浦と蛎を採集し□□□□□。三浦を船に
送
る。田島先生を乗せて沖ノ島に行く。□□の地表あり。
小いわし多ク入る。帰りにネットを引く。
かけはぎをため人工授精をなす。午后人夫ハ孵化槽の
15p
掃除をなす。田島先生の通知にある雲鷹丸を送らんと□□と帆に
て走る途上漁撈生徒其他黒田先生と□沢氏等実験場新造の
和船を回航する所に会ひ乗り移る。一同力を合はせ濱へ
上げる。漁撈連大に館山の寄宿に比し羨望の聲を洩ら
す。
午后三時雲鷹丸出帆す。帆を用ひず。
3rd 晴□□磯魚を釣る。午前六時例により餌を與ふ。
那古水産講習所教授前川亀鯉太郎来訪。佐瀬氏器具
調整に就きて質問に来る。錦織氏 ―其の生徒同伴来訪。
マダイにSiphonを仕掛け、イワシ黒鯛はLarvaeにplank-
tonを與へたり。三□許りネットを曳き大に疲労を感
ず。
十六夜の月相合の松を照らす。又暮の景色素敵にして
□に富士は夢の如く波のうねる音微かなり。
4th 晴□□投餌、引汐にごんずいを刺す。Plankton
eggハ不明卵のみ。洲の崎より古馴みの□□問ひ来る。
尾道式孵化装置を考案せしが完成せず。夜方□釣に
出づ。月影清く松黒くうねり群に金波は砕け、げに之
天國を彷彿したるもの! 夜壮年蚊軍すさまじく五尺
の男児顔色なし。
5th cloud □ 川合教官午前館山着、明日来訪の筈。
本日午前のplanktonは甚多く黄色を呈し種類甚多し。
主□ものはChaetocerusとDytilium之に次ぐは
Copepodaなり。武田通夫丙種の報あり。
16p
6th Rain 午后雨□る。加納屋用事あって陸へ
行きプランクトン
を採集したきボートなし。平時使用せざる壊れてんまを引下ろ
し三町許り漕ぎ行けばあか多く入り之は叶はでと逃げ帰り
つ。プランクトンを引き終り岸に着きし頃は舟は殆ど水
面下にあり。プランクトンのBassハ正に之planktonとして
舟の中を浮游するは□□に類す。今朝乾きし許りの実
習服は腰から下ズブ濡となる。引きたる区□は短か
りしど労力に報ゆべき満足を得たり。即プランクトンは□
□□なりし事なり。本日ハ昨日の如クCopepoda Chaeto-
cerus多く著しき事実として注目に價するはfish egg
の□無なりし事と一種のfish larvaeが無□に入
りし事なり。雨上りの海上の眺めは得云ふべか
らず。我□油繪を画くの腕あらば天晴千古不滅の
傑作を作りしならむに。
午后漁撈のAuthority河合先生来訪あり。隈なく
案内す。
本日より黒鯛の餌附試験の準備に取りかかる。
7th Fine. the cover of new ship and complatly
made, I fought various □・・・□ to be
wanted
to □・・・□ the plankton-net. Three girls daughters
from Tokyo visited. I give them □・・・□ □・・・□ □・・・□
□・・・□ their great content.
a □・・・□ seemed to entered in to oue “chanoma” and
5”sho” of rice miss □・・・□
Photo posted arrived which □・・・□
Printed photos of the Takanoshima.
17p
8th Fine. Angler fish ヲ解剖
ス。Stomachノ大ナルニ一驚
セザラントスルモ能ハズ。一高生又娘子ヲ連レテ来ル。此度ハ
気ヲ利カシ、カレはもちヲウント持テ来ル。
正午ニ引キシplanktonも来訪者、夫ヨリ大□□□□為午后五時
ニ見タリ。正ニ之ヨリ改革ヲ要ス。□・・・□甚多シ。
昨日ハ地曳、沖ノ方ニテハうるめ、島ハ少シノ烏賊ノ入リシノミナ
リ。此夕ノ地曳ニハ、鯛多ク入ル。活洲ニ十九尾ヲ放流ス。
□□だいノ男1ニ□□□、このしろ入リ居タリ。
五分刈ノ頭ヲ二百三高地ト心得突貫スル蚊勢タマラズ。
9th 暴風雨 planktonを見たる後、終
日部屋にて仕事をな
す。蚊帳の中に一日暮らす。
夜に入りて西風益々強く島を□□ むんとするの勢なり。
波の音、松の響□轟々と絶間なし。こんな日に於て始め
て島の寂寥を感じたり。
10th 晴 朝ハ昨夜のシケの名残にて山の如きうね
りあり。
Plankton中には□・・・□最も多く魚卵全くな
し。
余は始めて余の考案になるnetを曳き試む。成蹟甚よろし。
抵抗少く稚魚□□死する事少し。天□丸の□□来訪す。
午后枇杷山へ上り夫□思ふ様枇杷を食ふ。
夜しずかとなる。
11th 曇 后雨 午后[プランクトン]を引きに出掛く。ボートをかり
しに
□□□□屋の天満を下さんとせしに昼休をなし居たる。
地曳の連中男女姫子供十人許りも手傳ひ僕を乗せた
まま海へ押し出す。之より艪を押しながら沖の島迄
18p
行く。雨益滋く風□頻りなり。此時□□□島の寂
寥あり。動中静あり。風雨の音に和して之と全く反対
なる恐るべき寂哀我胸□に迫る。
12th 晴 天□の連中復来る。乗組の一員たる北海
道産の□□□又実験室に伺候す。
錦織の二階に上り見るに□□の風物是□の如く
飴色の□□□□牛は田植の牛□をなしつ□□て
田の中を歩きまはる。
島を一週して[プランクトン]を引く。
13th 曇 新造中の和船工事を視る。少しく大形な
る
に失望したり。加納屋大工とに論ず。
鈴木近造氏を訪ひ水産的の話をなす。二階より
の見晴し甚佳。地曳はギクト烏賊なり。
甘波鯛をつりに出かけしが□□□ のみにて
蚊にさされて帰り来る。加納屋おばさん河下り
と大□□を唄い□かす共に候敬服に價□
14th 曇暴風、今日ぞ眞正の島流しなり。新聞や郵
便
取りに陸へも行けねばplankton引く事も□□出来ず。
流網□□なければ食いたいものも食へず。□実に態の
よき牢獄に等し。□□□なければ一日中調べをなす。
蚊は無情にも此不運なる我を苦しむ。
Netはさも手持不沙汰に隣の部屋に下って居る。
19p
明治42(1909)年
七月三日に「今日ハ十二回目ノ卒業式挙行ノ日」とあり。
大日本水産会報 322号(明治42(1909)年7月14日発行)p.47-50によれば
第12回卒業證書授与式の挙行は明治42(1909)年7月3日なので、日誌のこの
部分は明治42年の記述となる。又、七月一日が木曜日は1909, 1915, 1920, 1926年である。
14回(明治44年卒)
□・・・・・□
二十九日(火曜日)
河村君ハ今日帰京ス。君ハ最モ良ク笑ヒ良ク語ル□・・・・・
キ此ノ島ノ生活ニハ欠クベカラザル人ナルモ早ク□・・・・・
八時一同、波止場ニ送ル。然ルニ午後二時頃三木君
不意ニ来島。河村君ノ代リニ此好青年ヲ得タルヲ喜ブ
君ノ土産ニハビスケットアリ。二十九日ノ新聞アッタ。学校ノ消
息アリ。都恋シト思フ。此ノ島ニ居テハ新聞ハ常ニ一日後
レヌ。又一二日□□。今日ノ新聞ヲ今日見レル。今日ガ初メテナリ。
夜鉢巻競争ヲヤル。決着ヲナス。明三十日迠ノ計算ニテ、一
人ノ食費一円四十銭ナリ。
三十日(水)曇
昨悗風雨甚シカレドモ既ニ□ク晴天ヲ見ル。三木、鈴木、松
野、村田沖ノ島ニ行ク。プランクトン ネットヲ引ク。甚ダ獲物
ナシ。
上陸当番ハ琵琶ト菓子ヲ買ヒ来リ悗茶話會ヲ開ク。
卵ハ□生キ居ルモ大ナル変化ナシ。
七[月]
一日(木)曇
連日ノ曇天、加フルニ冷気ナレバ一同□昂ラズ。数人上陸シ
テ魚問屋ニ行ケドモ何モ無シ。失望シテ船ヲ戻ス時、捕鯨船ニ
居タル漁夫、余等ヲ見テ魚欲シケリャ賣フテ遣ろウト云フ故
再ビ陸ニ従ヒ行キシガ小サナいなだ?一尾アリシノミ。コレモ
二十五□□ト云フ。腹ハ立テドモ詮方ナケレバ求メテ帰ル。
実験室ニ入ルモ□・・・・・・・・・・・・□。只滑稽ナリ
20p
□□三木、村田ノ二人初メテボートニ帆ヲ張リテ沖ノ島ニ向ヒシ
小使□・・・□心配ニナルトテ他ノ残リノ人ニ頼シシカバ二挺櫓押シテ
沖ノ島ニ行キシニボートハ見エズ。□□□人々ト実際稍心配シタ
□・・・□ボートハ悠々ト島ノ沖ヨリ帰リ来レル也。コレヲ□
馬ノ人ハ彼ノ時ノボートノ人ノ顔色青カリシト云フ。ボートノ二人
ハ君等ノ眞面目クサッテ心配面セシ可笑シサヨト云フ。何シガ是
何レガ誰ヤラ更ニワカラズ。帰スル處ハ当分ノ笑ヒ草ノ種ヲ作クラシム。
悗僅ニ月光ヲ見ル。「五月雨やある夜ひそかに松の影」ノ句
モ思ヒ出ス。実ニ寄宿舎ノ四辺ハ松風□韻ヲ生ズルヲ。
二日(金) 晴後雨
起床後直チニ上陸魚ヲ買ッテ食時直ニ帰リ来リシハ早坂
鈴木ノニ君也。ひらめ二、こち一 ニテ僅カ九□、七
人不足ナク食エタリ。毎日カカル幸運ノ降シヨカレト思
ヘドモ今是翌□頼ムベカラズ。
午後雨トナル。館山ヨリ菓子ヲ買ヒ来リシモノアリ。悗包ヲ開ク。甚
ダウマシ。
本日小林、川上二君ヨリ生徒ノ□ 表ノ通知アリ。二年ニテハ島村
一年ニテハ中山以下四人ノ失敗者アリシ由ニテ一同其多
数ナリシニ一驚ス。初メ小林君ヨリノ書簡ヲ開封スル迠一
同ノ眼光ハ□□□極ル様ニ又鷹カ鶴ヲ打タントスル
時□ク、一種異様ニ光リタルモ可笑シヤ。
三日(土) 晴
今日一先ヅ一日晴レタル方 □□□、佐田ニ魚買ヒニ行
ケバ鱸ガ一本七十□シタ。之ヲ刺身ト羹ニ料理シテ午後
一時帰京スル諸兄ニ進ム、其人々ハ早坂、中村、
松野、鈴木ノ四君也。汽船迠送ッテ帰レバ舎内
俄ニ寂々タルヲ覚ユ。今日ハ十二回目ノ卒業式挙行ノ日也。
午後三時頃、午睡ノ夢殊ニナラントスルトキ、千葉縣
21p
知事ノ一行六七人来島案内ヲ乞ワル。□□各室、各部分ニ付キ注意
□□取調ベタルニアラザレバ説明シテ満足シ与エ得ルヤ否ヤ不
明ナルモ、兎ニ角制服ニ改メテ出テ迎フ。実験室ニモ生憎何
等供覧スベキモノナク、知事等只好位置ニアルヲ□セルノミナリキ。
孵化室、孵化器ニ就テ簡単ニ説明ヲナシ、池中ノ鯛ニ
牡蛎ノ餌ヲ与エテ、浮キ出ズル様ヲ見サス。三十分計リニテ群
レ去レタリ。知事ハ島ニ雑木生ヒ茂レルヲ見テ大木ノ為メ
ニ却ッテ悪ルカルベシ。今少シ手入レスル方□□□シト云ヘリ。
四日(日) 雨
七時頃、三木、村田辨当腰ニシテ洲ノ崎ニ赴ク。えびノ
活洲ヲ見シガ為メ也。生憎雨降リ出ダシテ眺望□□ニナカ
リシガ、十一時頃着活洲ノ所有者裏田五平氏宅ヲ訪ヒテ、其
案内ヲ乞フ。五平氏ハ六十八才ノ体色銅ノ如キ頑強ナル老夫
ニシテ
快ク余等ヲ池ニ導キ説明ヲナシクレタリ。池ハ明治七年
自分ノ考案ニテ□□□蓄養セシガ為メニ岩ヲ穿リシモノナリ
シガ、不図一□えび多ク、入リ込メルヲ得テ利ヲ増サル
為、我えび池ヲ以テ附近ニ知ル処ニ至リシナリト云フ。
之ト並ビテ他ニモ多クノ池アルモ自然トえびノ入リ来ルモノナリト云フ。
池ハ深サ九尺、三間ニ二間計リノ面積ニシテ海ニ通ズル
ハ径五□□、隧道一ツアルノミ。ココニ入リ来ルえびハ殆ド
総テ脱皮セシトスルモノノミニテ□即筒ヲ以テ水ヲ排出シ、えび
ヲ捕フレバ総テ柔カク、□□池中ニ水積スト云フ。一才位ノ
小ナルモ入リ来ル由ナルモ小ナルハ直チニ海ニ帰ス由。
五時帰舎ス。山田一人病床ニ寂ビシゲニ待チ厭
キテ居タリ。今日ハ新聞モ手紙モ何モ欠ス□。
五日(雨)(月)
朝来雨声頻リ也。夙ク起キ上ル元気モナシ。各自調査報告
ヤ雑誌ヲ読ミ、或ハ窓ヲ閉メ切リテ蚊征伐ヲヤル
22p
瞬時ニシテ、蚊軍ノ死体累々タリ。午手紙新聞沢山来リ稍徒
然ヲ忘ル。横濱ハ開港五十年祭、大層ナ賑カサナリト云フモ
風ノ噂ニ傳エ聞クノミ。
山田午後□ク大ニ□熱シ寒ガリテ蒲団ヲ二枚引カブリテ
臥ス。又熱四十度近ク迠達セシ由ニテ困リ居ル。サテモ肋膜ノ□
□□ザル事確ナレバ稍安心スベシ。
23p
十四回
拾 弐 月
二十九日 晴後西風強シ。本日午前十時松野、小金丸、井田三人
高ノ島ヘ上陸ス。松野ヲ除ヒテ外二人ハ此島トハ初対面ノ事トテ今迠心
裡ニ畫イテ居タ高ノ島ト今目ノアタリ見ルコノ島ハ如何ナル感ガ浮ンダデアラ
ウカ思ヒ思ヒデハアロウガ少クモ僕ハ建築物ト風光ノ美ハ豫想以上デ正ニ
別天地ノ観ガアッタ。而シ沿岸ヲ一周スルニ當リテ生物ノ餘リニ少キヲ見テハコ
レ前ト反対ニ又豫想以上デアッタ。□ニワノ豫想以上ノコノ島ニ於テ古キ
年ヲ送リ又希望ニ富メル新年ヲ迎ヘントスルノデアル。
三十日 細雨後晴れ 午前七時起床、午前十時東海漁業会社ノ新造
船Navicula号ヲ受取ルベク柳教授、青木君及井田、小金丸松野三氏ト共ニ会社
□・・・□志ヲ達セズシテ空シク帰舎ス時一時、午後二時柳教授青木小金丸
三君沖ノ島ニ採集ニ向フ。井田松野ノニ名島ニ残リ海岸ニ於テ海草ヲ採集ス。然
ニ多クヲ探ル能ハズ。僅カニ青のり、はじのり□□□□其
他二三ノ褐藻及紅藻類ヲ得
タルノミ。午後四時沖ノ島ノ一行帰舎ス。
三十一日 曇 午前七時起床
Navicula号ノ進水式ヲ施行セシタメ小使同伴
和船ニ乗リテ漁業会
社ヘ上陸ス。艤装既ニ了レリ。十人餘ニテ館山湾頭ニ進水セシム。柳、青木
氏余ト乗船直チニSailヲ揚ゲ左ニ右ニ帆走ヲ試ム。Sailヨク風ヲハラ
マズ。Center board共ニ不完全、再ビ館山ヘ上陸、錦織氏ノ宅ヲ訪レ國
旗ヲ求メ十二時□□所ニ来ル。柳青木氏和船ニノリ、井田松野小金丸
Naviculaノ廻航員トナル。東風ニSailingシツツ高ノ嶋ニ
帰ル。晝食後ボートノ碇泊所ニ至レバNavicula号ノ影見エズ。大ニ驚
キテ探ス。小使君何時ノ間ニカNaviculaヲ引キ出シ對岸セリ来ルニ會ス。
帰リテ柳、青木氏ト余ト再ビ帆ノ修繕ニ赴キシモ当局者既ニ帰リテアラズ。
東風ニ帆ヲアゲ追手ノコトナレバ矢□□□如シ□数分間ニテ高ノ嶋ヘ帰ル。
晩食後井田ト碁ヲ戦ハス。松野席ヲ蹴ワテ何処ヘカ赴リ。碁ノ声ヲキク毎
ニ松野ノ顔色異ナルヲ見ル。井田、松野ニ回リ君ガ実習服ヲ着レバ余ハ小
金丸ト碁ヲ打タント。松野獨リ実習服ヲ携ヘ得意然タリ。晴夜ヲ□シ
24p
年越ノそばヲ豊津庵□□ニ食フ。共ニ三椀ヲ平グ。柳教授尤モ剛ナリ。
高ノ嶋内除夜ノ鐘ハ響カネド、只寄セテハ帰ス波濤ノ音ノミ。天ヲ仰
ゲバ雲間ニ星ノ輝クヲ見ル。元日ハ晴カ風カ□□雨カ。今日余等明治
四十二年ヲ□島ニ送リ明日明治四十三年ヲ□島ニ迎ヘントス。吁
明治四拾參年
正月
元日
希望ニ満チタル新年ヲ迎ヘンタメニ今日ハ早ク起キント昨日相談シタ通リ
今日ハ五時頃一同眼ヲ覚マシタラ強雨頻リニ屋根ヲタタキ風又戸ヲ動カシテ
凄ジイ天気イヤハヤ一同ハ□歓々々ト又床の中ヘモグリコン
デシマッタ。
今日ハ初日ノ出ヲ見ル事ガ出来ナカッタカラ昨日ト雨天順延々々!
朝飯ノ雑煮何レモ相応ニ平ゲテ先ヅオ目出トウトスマシ込ンダ。
雨ハ矢張止マナイ。コレガ元日デアルカト怪シマル位デアッタ。
十時頃カラ雨モ止ミ雲間を漏レタ日ノ影! 禧シク□□ンダ□シ海
ハ未ダ怒リテ静メズシテ騒イデ居ル。
午後ニ至レバ尽ク雲モ見エズ。三人デ舟ニ出様トシタガ柳、青木両氏
ニ先ゼラレテヤムナク二階デ雑談シタ。
夕方ハ海ガ全ク凪テ鏡ノ様トナリ右ヲ望メバ芙蓉峯突□トシ
テ雲
ヲシノギ□□ノ姿ヲアラハシテ居ル。
元朝の見るものにせん富士の山
ナル句モサコソト思ハレヌ。又左ニハ大島ヲ見エ、近ク沖ノ島ヲ眺ミタル
風光ハ筆ニダニ画ニモ及バジトモ云ヒタクナル。
夕飯後青木君ノ室ヘ新聞見ニ行タラ火鉢ノ側ニ美味相ナクシ柿ニコ
ニコシテ居ル。人木石ニ□ズ。何条黙過スル事ガ出来様、早速三人失敬シ
テ頬張リ顔ヲ見合シテニッコリ!!!
二日 晴レ、強烈ナル西風、浪頗ル高ク船航絶
ツ。
午前七時起床前日ニ定メタ予定通リニ行動スル積デアッタガ之1日ハ西風猛烈デ
25p
Planktonヲ引てないサワギデワナイ。其外ニ解剖デモヤリタイガ材料モナイノデ何モスル
事ガ出来ナイ。仕方ガナイカラ動物学雑誌ヲ□□□冩シ出シ
タガ余リ面白クモナイノ
デ□□タラザリシヲ得ナカッタ。十時頃風ハ稍東風トナッタガ未ダニ止マナ
イ。波ハ盛ンニ岸ニ向フテ突進シ恣ニ岩ヲ噛ンデ居ル。午後カラ風ガ止ムカト思ッタ
ガ益々猛烈トナルバカリ潮ノ泡沫ハ二階ノ窓迄飛ンデカル。建物震動スル。青木君
ガ丹青ヲコラシテ飾ッタシメ飾リモ、松飾リモ破砕サレ下駄ガ飛ブト云フ騒ギ
ダ。四時頃勇敢ナル郵便屋君死ヲ犯シテ島ニ郵便物ヲ持参セラル。僕等三
人ハ運動モ出来ズ、何モ出来ナイノデ再ビ午前中ノ仕事ヲ繰返シタ。今日ノ
風ハ明朝迄止マナイデ居ルダロート思ハレル。何ハトモアレ□□□□ノ事ダ。
鏡浦怒った面をうつしけり。
三日
今日モ雑煮ヲ祝フ。柳青木氏昨日来ノ風波ニテ帰ラレズ。食堂僅カ
三人ニテ物寂シ。富士西ト称スル風猛烈ニ吹キ海ハ一面ノ白波
ナリシモ八時頃ヨリ海神ノ怒リヤ解ケタリケン。風少シ柔ク、小金丸
小使ト共ニ買物ニ館山ヘ赴リ。Navicula少シク損害ヲ被ル。
柳青木ノ二氏和船ニ帰島、井田松野どれっぢヲ引キテ貝類
小烏賊ヲ漁獲シテ壜中ニ游泳セシム。午後ヨリハ悉ク館山海濱ニ
舟ヲツケ貝殻ヲ拾ヒ来リ。晩食後文ガ分類ヲ試ム。終リテ動物
學雑誌ノ筆記
26p
五月
十八日 晴 実習ノタメ豫定ノ三木、小林、早坂、山田等ノ
□□□
午后四時過到着シタ。妹尾先生ハ当日一番ノ□□デ□□□ノ
為ニ到着シテ居ラレタ。
本日ハ学生等ハ到着シタ□□□デアルカラ実習ハ何モシナイデオワッ
タ。夕食ハ柳先生鍋料理ノ鶏肉デ一同鍋ヲ囲デ舌鼓
ヲ打ッタ。
十九日 晴 朝八時頃和船ニ妹尾先生ヲ始メ柳、青木ノ両氏及ビ
三年級一同及ビ漁夫乗込ミ陸ニ行キテ実習材料タル黒鯛ヲ買ヒニ行ク。
都合□四、五才ノ黒鯛七八尾□船ニ活ケアケタノデ早速妹尾
先生指導ノ下ニ探卵、受精ヲサシタ。然シ□魚ノ精虫未熟デアッタ
カラシテ成績ハ大シテ良好デナカッタガ兎ニ角受精ナド□□□□
□□□□□直チニ検卵ヲシタ。受精シテカラ約一時間□モ経タノデ卵ノ
変化ハ四分裂又ハ八分裂ヲナシ居ッタノデpolar bodyモ何モ□
ノ方ハ見ルコトガ出来ナカッタノハ残念デアッタ。ソレカラ□□シテ検卵
シタ。午后九時頃ニハhypodermヲ生ジカケ十二
時頃ヨリ充分baudモ下リ始メ□□□近方ニ来タノヲ見タ。
夕方青木氏其他二三ノ人えび網ヲ弁天下附近ニカケテ十時頃
見ニ行ッタ處無一物デアッタノデ又カケ直シテ□行ッテ見タ處ガ
えびハカカラズ、べら其他□□□ 小魚ガ捕獲サレテ居タ。
廿日 晴 □□□黒鯛卵吸着検鏡、残念ナ事ニハ頭ガ□□□
ビテbaudハ下方ニ下リblast
poreモ出来テ居タノデ頭ノ出来
ル□□□□□ガ出来ナカッタ。
八時頃ひらめヲ買ヒニ出カケタガ駄目デアッタ。
午后モ検卵続行。夕方ひらめヲ買ヒニ行キシモ駄目デアッタ。
午后五時頃入港シタ軍艦□□ハ十時頃ニナッテ演習ヲ始メタノデ家ガ震
動シタ。
十一時頃検鏡シテ床ニ就イタ。
廿一日 朝五時半起床シタ。コノ頃ハ雨ガ降ッ
タガ七時頃ハ小降トナッタカラ陸
ヘひらめヲ買ヒニ漁夫ヲ連レテ三四人デ出掛カケタ。
27p
平目ハ生憎又無カッタ。仕方ガナイカラ今日ハ休ミト定メ込ンデ上陸散歩
シタ。帰途海岸迄来ルト大雨俄カニ降ッテタマラナイ。網ヲ干シタル下ニ
一寸休ミ船ヲ雇ッテ帰島シタノハ十二時少シ過ギダッタ。午后ハ黒
鯛ノ發生ヲ見ルモノアリ。手繰ニ出ルモノアリ。甚シキハ昼寝ヲスルモノアリ。
夜ハ三四人上陸シタ。山田君三宅君小林君ハ□・・・・・・□
上陸隊ノ帰ッタハ十一時半頃床ニ着キシモ其ノ時□ダッタ。
黒鯛ハ今朝十時半頃ヨリ孵化シ始メタ。
廿二日
朝七時過ギヨリ平目ヲ□□□□ガナイ。上陸シテ十時頃帰ッタ。
午后□□□□見ル計リ廿日カラ来テ居ッタ軍艦ハのり□□之ヲ妄
□□□シタ。時々□砲スルノデ困ル。
廿三日、快晴
今日ノ朝飯ヲ□シ間モナク左傳ニ行キ平目ノ存否ヲ尋ネタリシガ又々ナキニ
失望シ昼食後ハ対岸ナル太治兵衛方ヲ訪ヒタリ。丁度三尾ヲ得タルモ
二尾共雄ニシテ一尾ハ死セシ□□ ヲ翌日再ビ来ルベキ旨ヲ述ベ活洲ニ預ケ
テ帰途ニ着イタ。其レヨリPlanktonヲ採集検鏡シ夜ハ上陸セント□セ
シ所ニ漁船一艘平目四拾余尾ヲ活ケテ高ノ島ニ寄リシヲ□□大ニ喜ビ勇
ンデ四十□尾中ヨリ採卵セリ。雄ノミ多ク雌魚ハ極メテ僅カニシテ□□中僅ニ
一尾ヲ得シノミ。九時迄ランプニテ検鏡シ後□僅ニ□□リテ就床。
廿四日、快晴
朝ノ間、一寸平目ノ発生ヲ見テ十時前ニ到リ山田君及ビ小林君ハ太治
兵衛方ヘ平目ノ有無ヲ正スベク赴イタ。其ノ後間モナク一同和船ニ乗ッ
テ来タカラ先発二人ノ効力ハナクナッタ。幸ニ平目ハ十二尾居タノデ早速受
精ニ着手シタガ雌魚ガイナイ。一尾宛二三人シテ調ベタガ全々居ナイ。
詮方ナク十二尾ヲ買ヒ取リ活洲ノ □持ッテ帰ル。山田君ト小林君
トハボートデ妹尾先生ヲ乗セ左傳ノ平目ヲ見ニ行ッタ。之レモ又
雄デアッタカラ直グ帰ッタ。昼飯後再ビ先ノ十二尾ヲ詳細ニ検セシ
所豈計ランヤ雌魚三尾ヲ見タリ。天佑ナリト直チニ受精セシ所成績
中々良好ナリ。先ニ雌魚ヲ雄魚ト誤リシハ雌魚ノ輸尿管ヲ輸精管
ト誤リシモノト思ハレル。兎ニ角馬鹿ラシイ事デアッタ。直チニ解剖シテ雌雄ノ
28p
生殖孔ヲ見タカラ□ニ記ス。
雄魚 肛門ト共ニ右側ニ開孔ス。
雌魚 輸尿管ト共ニ左側ニ開孔ス。
一時半ニ受精シテ晩迄検鏡シ十一時過ギ又Stageヲ見ニ行ッタ。
廿五日
午前中□□□ヲ検鏡シ午后一時過ギ オストー丸東京ニ向ッテ□
□スルノデ島ノ向フ迄見送り□乗込人員ハ柳青木両氏及□□士水夫
共五人追手ニ帆ヲ揚ゲ壮快ニ走ッタ。
午后ハ少シ暇ダッタノデ山田早坂小林ノ三氏ハ□□□出掛タ。
□殊ノ人ハPlankton採集ニ出掛六時ト共帰ッタ。
夜ハ五人打揃ッテ上陸シ十時過ギ帰ッテ平目ヲ見ル。
今夜上陸ノ際島ノ南方ニ向キ彗星明カニ光テ長ク尾ヲ曳キ□
タリ。
廿六日 始メ雨後晴
29p
「稚魚の図あり、腹中に(四十四年五月實習)と記入」
五月二十日 土、曇
午後一時□一同無事来着ス。今日ハ着イタ許リノ事トテ別ニ
コレゾト云フ仕事モ□□□□ニ終タ。
当日今実習中ノ毎日ノ當番ヲ定メタ。其順席ハ次ノ如シ。
(田中、井田)。(神谷、中村)。(塚越、小林)。
(鈴木、川上)。(松野、河村)。
二十壹日 日曜 曇、微風
島へ来てからの初めての朝に□□ とて一同床離れ
よく六時には食卓に付き申し候。海は申分なき凪ぎに候。
当番と云ふ有難き御役目とて各寝室の御掃除を致し候。
六十九疊を掃き出すには可也骨が折れ申し候。
七時一同和船とナビキュラーとに分乗致し実験
材料の仕入れに出掛け申し候。所謂「佐田」の
活簀船に漕ぎ付け申し候処、既に遅かりし藏の
助、あとには栄養不良な“クロダヒ”ばかり、午後の三
時頃になれば或は荷が入るかも知れないと云ふこと
に候。止むなく他の材料“ヒラメ”を仕入れに“サカナ”
の岸に船を繋ぎ申し候。ヒラメ船を待つ間の慰み
と濱辺傳ひに美しき貝殻など□□ 拾ひ歩るき申し候。
ヒラメ船は遂にヒラメを持たずに帰り来り候。之れを以て
吾々は午後三時迄は自由行動と云ふことに相成り申し候。
小林君の何處へか買物に行きし間を待ち切れず遂に
船を出し申し候。長大なる小林君の白きズボンが
濱辺を傳ひ歩るき初めたるは余程 □・・・・・□
あわれ“お父さん”は陸流しと相成り申し候。
30p
城山に近きあたりの海岸渡船場に船を繋ぎて一同上
陸仕り候。長大なる小林君の脚は案外早く皆と
相會し申し候。妹尾先生を頭に十一人の□□□は
薄汚き風態にて街を練り行き候。 □□□□をあちこちと
試し買物にあるき申し候。かくて十一時半島に帰り申し候。
食後も時半ば晝寝の□□あり。実験室に席
を定め終り候。島村君今朝の一番船にて来る筈な
れば有志四五名にて出迎ひに参り候も行き違ひに島村
君は渡船にて一時半着島致し候。之れにて全員相
揃ひ申し候わけに御座候。
三時半頃より又一同にて船を出し “佐田”の活簀船に
行き申し候。まだなかなか船は入らず候程に館山
ボッケの公園に登り候。ナビキュラー号は上陸する
□能はず遂に島へ帰り申し候。
来る船も来る船も“コチ”ばかりにはあきれ申し候。最早
夕方□に近く候。□□□候。
最後の船に二枚の黒鯛之れあり候 □。腹はへの字
に候。船頭が“カワハギ”で我慢 □しなさいと
云わがままに一尾づつ探り申し候。♀の方は何ふや
ら未熟卵の精子に御座候。これにて今日の実験は市
が栄えたるわけに候。明朝までは □□御座候。
海は蓋凪ぎに御座候。
特志家はカワハギの卵をしかつめらしくのぞき申し候。
物々しき実習心得なるものが美しく黒板にて発表致され
候。
皆よし今日は遊び申し候。島のお料理はおいしく候。
□日の曇天は時々少雨を見申し候。
□・・・・・・□大海原は□灰色に暮れ行き申し候。
余は又後便に申し述ぶべし候。 □□。
31p
廿二日 月曜 快晴
さきの日、あちら、こちらと奔走せしのみにて、何んの材料も得ねば
殆んど、無益に努力を費て、無意義に□の日を送りぬ。□日は床中
より意気ごみて、起れば昨夜の雨は打止みて、一天曇なき快晴の
心地よさに意義は一層に志の□を加えぬ。
5時半には皆起床、6時半に朝食を採る。ひらめの材
料等買□
には時刻早ければPlankton調査を仰付られ、高の島より沖の
□□にてSeafare netを引きて帰る。得たるものは□□に
て浮遊性なればこれはたしかに鯛と喜しも、鏡検すれば□・・・・・□のみ
て、あてはづれて□□しぬ。
9時より、ひらめ□□に出立。和船、ナビキュラーに吾々
十一人
分乗し、行く先はカサナの□、達して□□は僅かに四尾ありし
のみと、しばしが□猟船の帰へる待ちしも、はかばかしから
ず、待ち□ずして、遂に之の四尾につきて人工授精を試む。
雌は上等のものにて、体色 □・・・□僅かに圧すると卵は□流
しければ、妹尾先生は喜悦にたえず。□□□、されど雄魚を□しか
らざりし(午前十時)。
□□□□鏡検すもAbnormal、分離□□□skotohも
出来ず。一同勇気を □・・・・・・□に満つ。
されど、□□には子のひらめの □□□□。これはこれ本
日の□□□の一なり。
6時頃くろだひ買ひをし□に例の佐田に出かけた□も亦
要領を得ずして帰る。
廿三日 曇天 暖
連日の疲労が出て来たのだろう。一同の床ばらえは最初の日の朝食の卓を
立った時よりも遅かった。我らは島の□□に馴れた加減もあろう。
朝食を終って一時間もたった頃だったろう。ClassのAlbumに入れる写真を撮る為
めに写真師を迎えようとニ三の有志はBoatに乗じて北條の町へ去った。
此日□の波は高かったが□好な風の沖の方から吹いておったのでBoatは□帆を
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揚げて□□の如くに走り去った。先きに白波を立てて走って行く□□は島に残
った人々をして喜色の感に堪へざらしめた。
午前九時頃和船を仕立てて残りの島人をかり集めヒラメ卵人
工授精の目的を以て例の
カサナの浜辺に行った。先きにBoatの帆走を畳んだ連中と □□に来ては −実際に
船に乗ってはー 痛快と叫ぶものは殆んど無かった。やはりこんな事は傍観が一
番可いと見える。
ヒラメの親魚は雌二尾雄参尾で何れも成熟しておったから人工授精には、最も好都
合であった。昨日に失敗した一行は、各自に島の弁天様に願懸をして置いたから
だと急に勢が良く成った。
風向きの都合で帰途には半ば艪、半ば帆走であった。波に揺られる心地が□□悪い
上陸間も無く臥床した人さへあった。□・・・・□も頭がフラフラして厭やな心地だ。
□□実験室に入って椅子に寄りかかって頭をおさえた。
卵の受精してから但是れ一時間に成る。早速検鏡した。案のごとく今日の卵は成績
が可い。Normalに進行する。□□の間は変化が著しいので時間に成っても晝食とする
事が出来ない。室へ北條へ行った連中が吐息をついて入って来た。帰りには逆の風
で漸く来たとこぼしておった。
今日の晝食は手のすいた者から順に食べたから一同の終った頃は恐らく二時を過ぎておったろうと思ふ。
昨夜はどーせ徹夜だと観念して晝食後、ゆめの間に眠るが可いとは一同の説であった
が、さて未だ其時間でもないのに真晝間に寝るのも恥づかしいと見えて実行する人も無く
各自思ひ、おもひのままに時を過した。
実験室の前で地曳をやっておる。早速馳せつけて珍らしい魚があればとねだった。
先日から小さなAquariumを作ったから其中に□養しようと思うてである。
あまり珍らしいものも無い。貰い浮けたは、ヨウジウオ、フグ、ベラ、ゴンズイ、ハギ、タツノオトシゴ位のもので
あった。第二のAquariumを作って収容した。タツノオトシゴの游泳の様が可笑し
いので皆の者に興がられた。
少し鹹度が高い水を使っておるので入れたばかりには、フグ、ハギ等が驚いて狂奔して
おるのも□□であった。
約束の写真師が来た。実験室の有様を初め四五枚の撮影をなした。いざ写真に撮ると
なると、てんでに改まってしまふのも面白い。
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未だ闇くならない□から今□、検鏡する時の各自の位置を定めた。
実験室、教室、応接室等、 □・・・・□するのであった。□Lampが中心である。
自らは実験室の一角に席を占めた。やがて□□の下に□の検鏡が始められた。
時が過ぎて、あたりの寂□と成るにつれて岸の岩に寄せて砕くる波の音は高く、或いは
強風の木々を排ふかと疑はん。或は驟雨の来襲かと□□るるばかりであった。
Stageは漸次に進む。□應の□はざるにはあらざれど
も横はる事が出来るか。
たましに反射鏡に疲れたる眼を遠く、沖の方向に転ずれば□□しに眺めらるる
□の景色、水平線上に並べる漁火は□闇に□きて、閃々、□□、
水にうつり波に映じ、□・・・□ の水に浮べるが如き感があった。
廿四日 水 晴后雨夜曇
二十三日の日記の残りをついでに此所へ書いて置う。
思ひ思ひに陣取って一生懸命変り行くStageを見□・・□様に
殆んど顕微鏡から目をはなさなかったがStage中々進まぬ。
時間は進む。夜は更ける。腹は □□。睡氣は遠慮しない。正に十一時だ。
今日の徹夜の準備に買っておいた “お寿し”
が気にかかり始めた。誰れそれとなし“お寿し”征伐の声のあちら
からもこちらからも聞えて来たので遂に一決車座で包囲攻撃
十二本の腕六十本の指でつかまれては何んぞ残さるべきだ。
まして自称館山一の佐野屋のお寿しだ。またたく間に陥落□。
但し一人一緒に食はなかった人があったので其の人のだけは残され
てあったので□に心は残れどもだ。“のこしてならぬ□の□□だ”
しぶしぶながら□各席についてしぶく目で一の□□
段々Stageも進み時も進んで遂に二十四時となった。
高の島の眞夜中は別に変りもないが波がうるさいのみだ。
自分は応接室に居たが此の室は比較的に□□□ったらしい。
外の□のは□□Stageが進んで居たのにまだ変化しない。
たしかに外より遅れて居た。就中早かったのは宿直室に居た
人のだ。□は小さい。□□□はある。どんどん進んで二時半すぎ
頃からぼつぼつ寝る仕度に取りかかるらしい。いや少々□□て来た。
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遂に宿直室の人達ちは三時頃には皆な□だ。自分は四時頃となり
一先づStageが停まったので早速床にはいった。□□まだ起きて居た人が
随分あったらしかったが其ノ後は何にもしらない□。今日眼がさめたのは八時す
ぎだ。遂に食堂の人しんがりをつとめた次第。
今日は皆んなぼんやりだ。□れの目の縁も赤い。自分は眼がじかじか
して苦しかった。またまた午前中は近頃にない好天気なので尚更だ。
其れから実験室で其の次ぎのStageヲ待つ。
あまり変化ないので今日一日は暇であった。あちらにひょろり、こちら
にふらりの油を売って居た者も大分あったようだ。
午後二時半頃柳悦多氏が来訪シ妹尾先生と五時半頃まで
□談せられた。其の話の一席に岡氏□□の温室栽培の茄子
一個の十五□だとの事。茄子茄子と軽蔑して居たが馬鹿にはならな
い。茄子も金の内だと云ふ□□気がして来た。
□□其ノ茄子が先日東京吉原の大火のため?需用のなさ、價格
も底落したとの由。吉原の大火が何時まで関係影響するもの
だか。今夜は別にする仕事もない □□□不眠の者の早々
床中の人となった。
五月二十五日 晴 木曜日
午前五時 比目魚卵孵化
同十時材料蒐集ノ為、一同字歌佐奈ニ漕走シ十二
時空シク帰ル。恰好ノ材料ナキガ為也。
途中大賀崎ノ地曳網漁ヲ視ル。いか、たこ、いかなごヲ主ト
ス。房州女ノ好ンデ労働ニ服シ、筋骨ノ逞シキニ敬服ス。誰
ヤラノ評ニ「お産モ安カラウ」ト。養殖科ノ諸氏ハアクマデ
頭、脳、微密ニシテ観察周到ナリ。見聞悉ク機微ノ点
ニ達セサレバ止マサラントス。是皆諸先生平案薫陶ノ宜シキヲ得
タルニ其因スル所ニシテ、□□ 「まからん所」ノ如キ、遅鈍ナル者
ノ、其驥ニ附スル事ノ頗ル危険ニシテ諸氏ノ名聞ヲ汚ス所
多キヲ恐ル。願クハ益々勉励「□□、便通、排尿、放屁
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・・・」ノ□ニ的確ニシテ詳細ナル□□ツ多カラン事ヲ
松野、鈴木、中村ノ三君ハNavicula号ニ乗ジ北條町ニ向ケ
出帆セラル。一方歌佐奈ニ向ヒシト同刻ナリキ。三君ノ帆走術ノ巧
妙ニシテ自由自在ナル、瞬時ニシテ鏡ヶ浦ヲ一巡シテ大賀崎ニ向ヒ□ラ
レン手腕、ヨソノ見ル目モ羨シゲナリ。吾人ハ三君ノ斯道ノ堪能
ナルニ畏服シテ、日ナラズシテ、東京湾ヲ一周スルニアラザレバ、北條町ニ
到着スル事能ハザル底ノ帆走術ヲ完成セラルル事ヲ期待スル者
也。
午后二時歌佐奈ヨリ実験材料トシテ黒鯛□十尾ヲ舶送シ来ル。
受精、発育良好ニシテ、一同鏡検ニ忙シ。五時第五分裂了ル。
本日ヨリ自働孵化器ヲ仕様シ始ム。水族槽益々賑カ
トナリ日一日美観ヲ添フ。
本日天気晴朗、碧海蒼空ト相映ジ、沖ノ島、大賀崎ノ新
緑、滴ラン許リニ、波ノササヤキ、木立ノタタヅマヒ、「自然」ノSome-
thingハ詩意アル諸氏ヲ刺戟シタルニヤ、寸暇ヲ利用
シテ彩
管ヲ弄セラルル人多シ。出テデハ精密ナル科学的観察ニ飽
ク事ヲ知ラズ、入リテハ美神ノ懐ニ眠ルニ吝ナラサルノ諸氏、
前途夫レ望マシキ哉、勉メヨヤ。咄。
本日ノ献立
朝 馬鈴薯味噌汁。うづら豆甘煮。
昼 ちらし寿斗、豆腐汁。茄子浅漬。
夕 青鯵煮付。黒鯛吸物。
36p
五月二十六日 晴 金曜日
午前五時頃カラ黒鯛ノ卵、魚体ガ出来初メル筈ダッタカラ一同早ク起
キタケレドモ出来ナイ。漸ク七時頃カラ初マッテ十時頃ニヤヤ完成シタ。
午前九時頃カサナカラ比良目ヲ持ッテ来タ。雄三尾ト雌一尾
デアッタ。ヨッテ直ニ採卵シタ處ガ死卵ガ多クテ結果ハヨクナイ。
午後ハ黒鯛ノ方モ一段落トナッタノデ先生、川上、小林、中村ノ四名
ハ上陸シ、他ノ者ハ永谷君ノ他ハ皆沖ノ島ニ帆走シテ清遊シ五
時頃帰ッタ。此一行デ振ッタノハ河村君ダ。下駄ヲ枕ニ波打チ
際ノ岩ノ間デ昼寝シタ處ハあしか其ノ侭デアッタトヤラ。
上陸連ハ中村ノ理髪後直ニ帰島。他ノ三名ハ北條ノ木村屋ヘ
御輿ヲ□バレ六時半頃帰島シタ。
夜ハ今夜中ニ黒鯛ガ孵化スルト云フノデ各所ニ陣取ッテ仕
事ヲ初メタガ一向孵化スル様子ガナイ。トウトウ一時頃マデ
ニ
皆寝テシマッタ。
五月二十七日 晴 土曜日
新奇ナル生活モ慣ルレバ新奇ナル生活ナラズ。スデニ此ニ滞在シテヨリ一週間、初メ
変化アリシト思シ生活ハ今ハ單調ナル生活ト思ハル。即チ今日ハ無意味ナル日トシテ
過シ去リヌ。サレド、日中起リシ □・・・・・・□ヲ□ヘ来タレバ無意味ナル日ニ
アラズ。1) 昨夜孵化スベシト豫定セラレ、黒鯛ノ卵ハ温度ノ下降ニ□リテ、
□レヲ遅レテ7時頃トナリテ漸ク孵化ス。昨夜一時スギテ寝タリシ連中ハ勿論
ナルモ十時頃已ニ寝コロビタル連中サエモ、四時ニ□□孵化ノ□□時
ニ達セザルヲ時中デ、複グッスリ寝コンデ6時半頃起床ス。
2) 正午比良目ノ材料着、食後採取。本日モ未熟卵多
クシテ成績
面白カラズ。午後ハ卵ニツキテmicropyleヲ調ラブ。中々見当ラズシテ
勞シタル者多シ。3) 之レヲ□ルガ、鈴木、松野、田中、神谷ハ砂地ニテ
相撲、他ノ連中ハ漕艇ニ出テ行ク。
3) 夕食後湯□後、碁打連中、井田、島村、□□、先
生ヲ除キ他ノ
連中ハ一人寝、二人寝シテ終ニ九時頃迠ニハ、□□ノ塚越ト□□
□□ト残ルハ、他ハ皆楽ノシキ夢ヲヤ結ビ居ルラン。
37p
茲ニ本日ノ日記ヲ結ブニ当リテ特筆スベキハ本日ヲ以テ全ク
実習ガ終リシコトナリ。初メ材料トトノハズシテ憂慮セシ本実習モ豫定ノ運行
シナシテ得。今夏ノ成果ヲ収ムルヲ得タリ。ココニ謹ンデ天ニ謝シ、又本島
守護神辨財天ニ謝ス。
五月貮拾八日 半晴 日曜日
日本国旗を交差した図あり。国旗の横に「地久節」と表記あり。
(地久節(チキュウセツ) 天皇誕生日を天長節といったのに対す
る皇后誕生日の旧称)
遠ク都ヲ離レテ一孤島ニ学ヲ修メ體力ヲ練リ愉
快ニ一日一日ト日ヲ送リシ吾等ハ
今又地久節ヲ祝スルニ至ル。幸多キ吾等哉!!!
シカモ豫定ノ実習中其ノ重キヲナスひらめ、くろだいノ孵化。一先ヅ一段落ヲ告ゲ
初メ其ノ材料ヲ得ルニ苦心セシモ日ナラズシテ其ノ目的ヲ達スルヲ得タルニ誠ニ
喜バシキ次第ナリ。
□ニ於テ動物性プランクトンノ実習開始セラル。
□□妹尾先生□□□都合ヨク配合セラレタル当番ノ係ニヨッテ其ノ第一日ノ名誉ヲ
得タルモノ・・・川上、松野、神谷、鈴木ノ四名。
當番ノ或ル一人ガ眼ヲサマシタルニ午前四時半急ギ同僚ヲ誘ヒテ濱辺ニ□□
Naviculaニ乗ジテ遠ク沖ノ嶋ノ沖合ニ向フ。
沖ノ嶋ヲ離ルルヤ「プランクトンネット」ヲ海中ニ沈メラレ漕手ハ為メニ一層ノ重サヲ感ジタリ。
時ヲ経テnetハ挙ゲラレタリ。此ノ日波静カニシテ天薄ク曇リ其ノ目的物ハ稍
豊ノ様ニ見ウケタ□□ナルカナ。果シテ相当ノ獲物アリ。
カイスル事数回、船首ハ高ノ嶋ニ向ケラレタリ。
高ノ嶋ト沖ノ嶋トノ間ニ於テモ弐回程netヲ海中ニ入レラレ七時頃ニ
高ノ嶋ニ船ハ進行ヲ止メ一同空腹ヲ抱エテ上陸ス。
然ルニ□□ノ諸君ハ未ダ床□□□ イテ名残ヲオシム人モアリシトカ。
当番ノ来ルヲ恐ルルモ亦□ヤリケリ。
38p
朝食後例ノ如ク実習ニカカル。
Planktonヲ検鏡スル。其ノ間ニ前ニ孵化セシくろ
だい、ひらめノ発生ヲ見ル。
最初planktonヲ見ルト熱心ナリシ諸氏モ時刻ノ違イニツレテ漸ク□□時□
茫然ト海上遥カ眺メヤルアリ。参考書□・・□モアリ。中ニハ今日ノ日曜日
シカモ大潮日トテ高ノ嶋ニ船首向ケタ人々ノ様々ナル行動ニ注意ヲ怠タラヌ
人々見受ケタリ。
老イタルアリ。若キアリ。常々閑静以テ吾等ト接シタル高ノ嶋モ今日ハ中々ノ賑ヒ
定メテ辨財天モ満足ノ御思召サレタル事ト察シ奉ル。
昼飯後島村ガ写真師トナリテ卒業記念帖ニ入ルベキ写真二三葉ヲ撮影ス。
此ノ時前ヨリ海神ノ御機嫌麗ワシカラズ。時ノ進ムニツレテ風強ク浪高ク
ボートニ乗リテレンズノ人トナル諸氏ハ船ヲ操ツルニ非常ノ困難ヲ感ズ。
其ノ位置ヲ定ムルニ意ノ如クニナラザルガ為メナリ。
午后又planktonヲ見ル。
顕微鏡下ニ現ハレシ主ナルモノNoctilucaニシテCopepoda之ニ次グ。
昼飯時地久節祝賀會ニ付委員ヲ抽籤ニヨリテ定ム。
當籤者 川上、中村、島村ノ三君。
委員ノ人々ハ荒波ヲ犯シテ上陸シ夫々買物セント出デ行ケリ。
昼食ノ黒鯛塩焼ハ美味ナリシモ漸ク魚類ニアキタル吾等ノ口ニハ最初島生活ノ味セルモノナリ。
□□セラレザリシモ今日祝日ノ夕飯ニハ□めし御馳走ニテ一同□□ニ杯數ヲ重タ。
今一ツノ御馳走アリ。夫ハお八ツニ「ゆであづき」ト云ハレシモノナリ。此ハ田舎ぜんざいノ
如キモノニテ甘黨ノ先生ニシテ、豪傑ノ士ハ四五杯ヲ平ゲテ平気ノ体ナリキ。
□□九時前ヨリ一同寄宿舎二階ニ集合シ祝賀會ヲ開ク。
茶菓ノ饗應アリテ□時忽チ天候険悪風波強ク雷雨時々轟キ初メタリ。
一座静□桑原々々ト聲ニハ出サネド心ノ中ニハ念□スルモノ多カリキ。
電光□□□□ヨト見ルマニ轟然タル音響ト共ニ落雷アリ。
誰ガ災難ニ罹ラザルカト恐レ乍ラ顔ヲ上ゲテ見ルニ実習指導教官ナル妹尾先生ノ
顔色ナキ。正シク先生ノ處ニ落雷セリト一同ノ認ムル所ナリキ。
茲ニ於テ「ゴロゴロ」ノ定例ニヨリテ先生ノ隠シ藝アリ。
次ノ落雷ハ定夫眞塩ニ命中シ、カクシテ時ヲスゴス。□ニ落雷□□甚ダシク
時ノ長キアリ。□□□アリテ雷鳴ノ落雷ヲ知レル由ナリ。災難ヲ免ガレタルモノ一人モナシ。
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甚ダシキハ七八回ニ及ブモノサエアリ。
神谷君ノ「たこガ□ューたこガ □ュー」田中君ノ「なったなったなった柳に・・・」
先生ノ「天文十二年」ノ如キ中ヲ振ッタ□□□小林君ノ浪花節モ一座所望多カリキ。
歓湧キテ愉快此ノ上ナシ。時ノ移ルヲ知ラザリシガ時針ノ十二時ヲ示スト驚キ三役
横綱ノ出場アリテ閉會ス。
小結 神谷君
関脇 妹尾先生
大関 中村君
横綱 妹尾先生
カクテ最後ノ横綱妹尾先生ノ琵琶歌「川中嶋」ニテ千秋楽□・・・・・・・□
何ゾ夫レシキハ祝賀會ニ於ケル妹尾先生ノ幸多キ事ヲ!!!
五月廿九日 曇後雨
自分は五時半に目がさめた。室外は微風ともつかず強風ともつかない中ぶらりんのふん
わりとした風のふいて居る。温度も幾分か前日より暖かい。
自分は当番だから観測に実験室へ行って見ると藻汐先生机によってコツゝ眼鏡をのぞいて
居る。観測をすまして舎へかへると紫紅先生手拭首にまいて海辺へ出かけて行く。平
坂先生揚子を食へて□今御目醒と云ふスタイルで井戸端へ行く。其他の面々は床を
あげて居るものもある。未だ、床の中を見捨る事の出来ない未練ものもあった。
今朝二十七日に採卵した「ひらめ」が孵化して居った。
朝食後例により三三五々実験室へ出かけた。島村君はアルバムの寫眞を撮す
べく用意した。用意も出来たので実験室、孵化室を撮した。
八時頃プランクトン採集当番の塚越、島村、井田、小林の四氏は和船で沖
の島沖に採集に出かけた。此の時間は中ぶらりんの風が強風の種類と変じたの
で当番連中大に骨が折れたそーだ。十時頃セーリングで帰島したが聞け
ば沖の島から帰りはセーリングで岩の□を船かすった□が乗組員の一人塚越
先生ビックリ驚天膽玉をブっつぶしたそーだ。十一時頃島の全景を撮
す役に島村、塚越の二氏と自分は又ぞろ風浪を侵して和船を高の島沖に
こぎ出したが風は強し浪は高し、やっとの事で沖の岩につけた。岩の上から一枚撮し
40p
又沖に出して今度は海中から撮すと云ふので、こぎ出したが中々困難やっと浅瀬に、アンカー
をレゴーして船をとめ島村君は海中に腹迠入って撮影した。断って置くが
今日は大汐であったので此の位の □迠汐がひいたのだ。
他の連中は干汐狩としゃれこんで □をもって島廻りをやって中飯迠にあなご、磯巾
着、なまこ、種々のGastropoda、□□、ぎんぽ、はぜ、へらの仔魚等を得た。
先生は此の間に蓄養池かいぼりの指揮して居られた。
午後一時頃迠神谷、鈴木の二氏と自分は前の連中を眞似て海岸採集をやったが
大した獲物もなかった。
午後から実験室で今朝のプランクトンを検鏡したがあまり種類が多くない。又卵は
見つからなかった。是れは天候の工合でもあろー。今日のプランクトンは
Cirripedia, Appendicularia, Gastropodaのlarva,
Caplea, Peridinae
Copepoda, Mysis, Pteropoda等
であった。
三時頃蓄養池で寫眞を撮した。
午後大椿事が出来した。と云ふと大変だが塚越先生の御姿が見へない。
何処に雲隠れめされしかと探して見ると二階のすみで毛布を頭からスッポリ
冠ってグーグー二時間許り昼寝して居られたのだ。
夕食後は先生は大勉強。ランプを持って実験室へこもって黒鯛のスケッチを
なされて居られた。約一時間の後先生帰舎せられて、親の死目にも会は
ないと云ふ囲碁の連中と御勉強の様であった。河村氏は論文で大
勉強。
田中のまからん所の先生は直に入浴□□しずまり遊ばした。塚越先生は
川上□汐氏に義太夫の御稽古をして居られた。
今日夜七時半頃から雨がふり出したが風はややなぎた。今日岡村先生が
明日来られると云ふ電報が午後来た。こー南が強ク吹いたら明日先
生は船中で小間物屋と轉業せられやしないかと一同心配して居った。
今日の吾人の餌料は
朝、 海苔、葱の汁
昼、 めじの刺身、あんかけ豆腐
夜、 ひらめの煮物、黒鯛のうしほ
要するに今日はあまり変化がない日だ。陸へは誰も上らなかった。
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十四回
五月三十日 雨后曇
眼ヲ覚スト外ハ盛ナ雨ノ音デアル。[プランクトン]採集ニ行カレナイノデ一寸仕事ニ困ル。午前ハひらめ
ノ稚魚ヲスケッチスル位ガ上出来ノ方デ有タラシイ。
妹尾先生孵化室ノ黒鯛ノ稚魚ガ如何ニ発育セシカヲ検センモノト硝子鉢トビーカヲ持
テ行カレタ。孵化槽ノ中ヲイクラ掻キマワシテモ得ルモノハ死卵ノミ。其時先生ツブヤイテ曰ク
何ニモニヤニヤ、コレデハ少々的ガ違タ・・・ハ振テ居ル。
外デハ浪ハ盛ニ狂テ居ル。或人曰ク。此浪デハ岡村先生ハ小間屋ダロウ。皆異口同
音ニ賛成シタ。十一時半頃ニ汽船ガ館山湾ヘ入テ来タノデ真塩ト島村トガ岡村
先生ノ迎ヒニ行タ。
岡村先生ガ着島セラレタノデ一層賑カニナッタ。今晩ハ岡村先生ノ歓迎ヲ兼ネテ妹尾先生
ヲ送ルノ會ヲ開ク事ニ衆議一決シテ小林、鈴木、田中ノ三人ガ委員ニ当撰シタ。
午後七時半頃カラ開會ス。外デハ雨ガ盛ニ降テ居タノデ會ガ一層シンミリシタ。始メハ
四方山ノ話ニ興ヲ乗ジテ居タ。ヤガテ委員ノ考察ニナル□□足相撲ノ番付ケガ発表ニ
ナッタ。其成績ハ次ノ如シダ。
東 西
大関 島村 ○●● 大関 岡村先生 ●○○
関脇 河村 ○○ 関脇 真塩 ●●
小結 妹尾先生 ○○ 小結 川上 ●●
前頭 小林 ●○● 前頭 鈴木 ○●○
同 松野 ●○○ 同 中村 ○●●
同 田中 ●● 同 井田 ○○
同 神谷 ○○ 同 塚越 ●●
○ 勝 ● 負
評。皆ノ評ハ長クナルカラ三
役丈ノ評ニ止メテ置ウ。小結妹尾先生ト川上ハ格好
ノ取組ト大人気! トコロガ期待シタ程面影ナシ。川上ノ臀ノスワリ悪クコロリコロリ・・・
コレデハ小結ノ貫目ガアブナクナッタ。此次ノ場所ノ番附面デハ二三枚ハ辷リ落ル
事ダロウト西ノ面々ヤッキニナル。次ニ関脇河村ト真塩ハ始メノ勝負ハニツキ
シツキデ東ノ勝。次ノハ餘程活気ガ有タガ東ノ勝デ西軍ハ益々不利、
イヨイヨ大関ノ島村ト岡村先生ノ取組ハ割ン許リノ拍手ニ迎エラレテ土俵ニ上ル
一ツキ二ツキ互ニ自重スルトコロ大関ノ貫目タップリ、第一戦東ノ勝、第二戦ニ西ノ大関
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大ニ奮戦シテ西ノモノ、サテ第三戦ニ来リテモロクモ東ガ負ケシ。西ノモノ岡村先生大ニ
鼻ヲウゴメカシ西方ノタメニ気焔ヲ吐ク。
相撲ガ終テゴロゴロサンヲヤル。今日ノ皮切リハ岡村先生トハ、先生今日ハ大当リデ
アル。面々ノ隠シ藝ニ時ノ経ツノモ忘レ興ジタ。就中岡村先生ノ長唄ノ勧進帖、
義太夫、追分、サテハ博多節トナカナカ賑カシタ。妹尾先生ノ義太夫、追分、琵琶ナ
ドハ□□モノダ!
閉会シタノハ十一時
五月三十一日 晴
朝食後今日プランクトン当番河村、中村、まからん所の所長、妹尾先生
ノ代リニ岡村先生等、眞塩ガ船頭トシテ和船デ出掛ケル。僕等ハ只ボンヤリ
待ツヨリハト思ッテボートニ帆掛ケテ川上、松野ト共ニネットヲ携ヘ
跡ヲ追フ。大武崎沖ノ島見通線ノ附近迠出テネットヲ引ク。
少シ沖合ヘ出タ丈ケ前日ニ比シ得物ハ多イ様ダッタ。
妹尾先生本日御帰京ノ筈ナリシモ例ニ由テ例ノ如ク蓄養池ノ仕事ガ片
仕カナイトカデ出□ハ一日延期トナル。先生ガ蓄養池ヘ放養セシト
ノ目的ヲ以テ数十尾ノ親魚カラ得タル数百万ノ卵ハ孵化室
ニ収容サレシモ哀シヤ悉ク死滅シ終リヌ。日々運轉サレシ大任□□
蒸気機関ハ僅カニ風呂ノ薪ノ代用ヲ勤メシノミ。岡村先生ハ孵化セ
ル稚魚ノ餌料トシテワザワザ一瓶ノ「くらみどもーなす」ヲ携ヘ来ラレシモ
是亦水ノ泡トナッタ。
夕食後僕ト塚越ハボートデ他ハ和船ニテ一同上陸シ各自思ヒ
思ヒノ散歩ヲナス。僕等ノボートハ和船ニ後レテ九時頃帰ル。
妹尾先生ト最後ノ勝負ヲ決セン為障子ヲ張ル(囲碁ノ事)一勝一敗
勝負決セズ十二時ニ至リテ終ニ中止ス。先生ハ明朝一番ノ汽船デ
御帰京トノ事。未ダ何ノ御仕度モナサレヌ御様子、悠々迫ラ
ザル□タシカニ豪傑ノ態度ダト思フ。
43p
六月一日 晴レ
妹尾先生本日午前八時出帆ノ鶴丸ニテイヨイヨ御帰京ナサル事トナル。
ソコデ吾々ハ例ニ依リ先生ヲ見送ル事トナッタ。但シ松野、鈴木、神谷、川上
ノ四人ハ当日ノPlanktonノ当番デアッタ為メ、朝食後直チニボートヲ下
シテ沖ヘ出カケル。他ノ連中ハ妹尾先生ヲ見送ッテ帰リPlanktonヲ
曳タガ帰ッテ検鏡シテ見タガCopepodaト夜光虫ガ大部分デアッタ。
他ニ珍ラシイモノモ見当ラナカッタ。十時頃ボート帰ッテ来タ。聞ケバ沖ノ
島ト大武岬見通し線以外ト以内ノ二検デnetヲ曳キシモ途中デ妹尾
先生ヲ見送リシタトノ事デアッタ。Planktonハ魚卵ガ大部分ヲ占メテ
clliatom
Copepoda, appendicularia Chaetacerus, beridinie等ノ極メテ
平凡ナモノバカリデ他ニ期待シタ程ノ珍物モ見当ラナカッタ。午後ニハ東京ノ
水産講習所出ノ堀江銀之助氏来タリテ二時間程岡村先生ト話シテ行カレタ。
□ノ材料ノ無イ為メ吾々ハ顕微鏡ヲノゾクノニ候々ツカレテ来タ。□□□アクビヲ
モラス先生モアル。又思ヒ思ヒニ魚卵ノ培養ヲヤッテ見ル篤志家モ居タ。
今日カラハ朝一回観測ヲヤッタ丈ケデ比良目モ皆死ダ為メ当番ノ仕事デ
アル観測モ止ダワケデアル。夕食後ハ川上、島村、河村、中村、松野ノ面々
素ッパダカデ前ノ濱辺デ相撲ノ御稽古ハ凄ジクモ御精ノ出タモノダ。中ニモ
松野君ナドハ斯道ノ熱心家ラシク威気頗ルアガッテ居ラレタ。ソレカアラヌカ夜ニ入
テカラ□体ガイタイイタイト仰セラレテ居ッタ。燈ガツイテカラハ下□ハ井田、島倉君ハ
例ニヨリ障子ヲ張リ初メタノデ一同ハ二階ヘコソコソ上ッテ来タ。小林君、鈴木君ハ
実験室ヘドヂコモッテ何ヤラ御勉強ノ様子デアッタガ之モ九時過ギニハ帰ッテ来タ。
十時過ギニハ一同夢ニ入タガ河村君ダケハ論文ヲマトメルニイソガシク十一時頃ニ
ナリ寝タ様子デアッタ。
44p
六月二日 雨
黒鯛、比良目ノ孵化試験モ終ハッタノデ當番ノ職務ハ居間ノ掃除ト日記
ヲ認メル位ノモノト成ッタ。
朝カラ霧雨□□ノ景色デ眼□狭リ島ノ唯一ノ慰安タル勝景ニ対スルト云フ事
モ出来ナイ。唯実験室ニ引キ蒙ルノミデアッタ。
近傍ノPlanktonハ面シロクナイトノ一般ノ評デアッタカラ、今日ハ漁夫ヲ雇ッテ
洲崎方面ノPlankton採集ヲシタ。
気候ガ□イ為メカ、汚水ガ混ジタ故カPlankton中ニハ珍ラシキモノモナク、依然
Copepodaガ勢力ヲ振ッテ居ッタ。
当実習場ノ場員長棟君ハ帰省中ノ處、今朝帰島セラレタ。
雨ニ閉ヂ込メラレテ□□ニカエッテ居ル時ニ人一人ヲ迎エタノダカラ何トナク、心
強ク感ジタ様ナ気ガシタ。
実験室ニアッテ面白イPlanktonモ出ナイノデ各自ガ色々ノ仕事替ヲシテオル。
昼食後ニ実験室ヘ行ッテ見ルト、小林君ノ机ノ上ニハ参考書タル和洋書
籍ヲ積ミ上ゲテ顕微鏡ノ□サヘモ見エナイ位デアッタ。フト□□上ゲテ見ルト
「古本高價買入、小林書店」ナル広告ガ出テ居ッタ。誰ノ悪戯ヤラ随分考ヘ
ノ凝ッタ仕事。常ノ行状ヲ見テ取ラレタル小林君コソ因果ナ話。後カラ
□□ヘ行ッテ見ル。眼ニモ気ノ毒ニ思ワレタ。
中デコンナ悪戯ヲシテオルトモ知ラズニ外ニハ塚本□□ガ頻リニ□□□イテオル。
岸辺ニ寄スル波ノ音モ常ヨリハ高ク響ク。
夕食ノ御□□□□ト云フ告ゲノ来ルト日時ニ実験室ノ仕事ハ片付ケラレタ。
時ハ未ダ早イ。五時ヲ少シ過ギタ位ノモノダ。□□□ノ窓カラ、天ヲ仰イデ雨ヲ
怨出モノハ一人二人デ無カッタ。
先キニ奈古水産講習所ノ教諭タリシ先輩前川氏来訪セラレ土産トシテ吾々ノ
為メニ□サレタ琵琶ハ食後ノ良イ腹コナシト成ッタ。天ヲ怨ンダ人々モ、共ニ
□・・・・・・・・□始タ。餘念ナク琵琶ニ親ンダ。
雨夜ノ淋シサニモ打克レシ□タル偉大ナル琵琶力、吾々ハ茲ニ改メテ
前川氏ニ感謝スルノデアル。
雨ハ猶オ止マナイ。其上ニ風モ加ハッタ。波ノ音ハ□高ク競イ響キ亘ル。
45p
六月三日 曇后雨
朝食後ハ一人去リ二人行キ各自ノ席デ顕微鏡ト□□引キ□□一向ニ
面白planktonモ居イ。又其ノquantityモ頗ル少ナイノデ今ハ四十二年八月採
集ノアルコール漬ノ物ヲ鏡検シタ所ガ存外Peridinae,
Buddalphia等ニ屬スル暖海性ノ珍種ガ少ナクナ
イノデ皆ンナ頗ル勉強
シタ。殊ニ今日デ高ノ島ノ実習終了事ダカラ尚更勉メタラシカッタ。
遂ニ午後六時頃マデ倦ムコトナク夕食ノ声スレドモ□名残ノツキザリシ皆ガ□□
ツタ。夕食後ハアチラニ三人此方ニ五人ト各□陣取ッテ雑談或ハ勉強
中ニモ□□室ヘ行ッタ人達二三人ハ十二時過ギマデ起キテ居タヨーダ。
今日ハ誠ニ平凡ナル日デ日記ニ特書スル□事ハナイ。
本日吾人ノ食膳ニ上ッタモノ。
朝 馬鈴薯味噌汁。うづら豆甘煮
昼 とこぶしト馬鈴薯ノ煮付ケ
夕 握寿シ
六月四日 日 晴
昨夜来ノ風尚止マズ。波高シ。
一同帰京準備ニ忙シ。
午後四五ノ同志上陸スルモノアリ。
夜賄方ヨリ煮小豆、岡村先生ヨリ御菓子ノ御馳走アリ。
名残多キ島ノ最後ノ一夜
風全ク凪ギ、月明カニ汝清シ。夢魂東京ニ飛ブ。
14回
六月五日 月曜日 快晴
昨夜来の風波全く収まりて、島は明け行く朝霧の
中に美しき影を浮ぶ。四時半に起き出てで松野
鈴木、神谷、抔□□半分にPlankton netを曳
きに出掛た。朝凪ぎの海に申分なく穏やかにして
須の崎、大武の岬は全く霧の中に隠れて大賀の崎
46p
□□□□浮ぶ。沖の島を廻りて三
回許りnet
を曳く。獲物はNoclilca 雨ふらし □・・・・□
六時島に帰り、夫々、帰京の準備を全てなす。
□の□も岡村先生は眞先きに御準備成る。
六時四十分食事を□□。
七時乗船。かくて最後□島に告ぐ。
さらば高ノ嶋よ。
(明治四十四年六月五日朝七時認む)
朝凪や□・・・・・ □水と空
47p
四十四年
16回
夏ノ実習
之レ迄夏期ノ実習ガ無カッタノダカ今學年ハ教官ノ欠席の為メニ
養殖科一年ノ解剖実習ガヤリキレ無カッタノデ有志ノモノノ高ノ島ニ
集リ実習不足ヲ補フ様所長カラ命 □ツタ。其開期ハ八月十一日
ヨリ二十日迠□□ツルガ八日ヨリドシ々々集マッテ来ル。ドシ々々ト云ウテ
モ八日ニ着イタハ僅カニ四名、其名、田中、松崎、荒野、岡田。
高ノ島実験場ニテ試験、調査ノ事項ガ澤山アッテ皆面白キ問題
バカリダ。兎ニ角講習所ガ三科ニ分レテ居ッテモ學術ヲ応用シテ水産
ノ発達ヲ計ルノハ養殖科ガ最タルモノダ。一方ニ於テ狭義
ノ養殖即チ人工ニテ魚ヲ養ヒ育テル事ヲ計ルト仝時ニ地方ニ於テ
産業ノ養殖ヲヤル。即チ天然ニ於ケル蕃殖ノ状ヲ研究シテ以テ一□漁獲
ノアル道リ、講ジテヤルノデアル。当実験場ニ於テハ之ノ二目的ガ達セラル
好都合ノ所ダ。
然シナガラ吾々ハ未ダ養殖一年ヲ終ッタ計リダ。其レニ今度来ルノハ□□
一年生デヤリ切レナカッタ解剖実習ヲスルツモリデアルカラ面白イ仕事
出来ナイノデアル。□□傍第一表面採集ヲシテ魚類ノ採集、蕃殖ト大関係アル
プランクトンヲ調ベ、第二日館山湾内ノ幼魚、稚魚ヲ研究及ビ之レ迠注
意シナカッタ、然モ魚ノ蕃殖ニ関係アル小甲殻類ヲ調ベルタメ当地コマセ網
ニテ漁セラル動物ト云ウ二ツノ問題ヲ□□セント欲ルノデアル。
八月十日 雨、夕刻ヨリ晴 気□ 水□
今日モ未ダ晴レヌ。仕事ヲシタクテタマラヌガ出来ナイ。止ムナク釣シテ取ッタ
べら Pseudolabrus sp.ノ査定ヲヤッタ。
又高ノ島東十間計ノ所ニテ漁シテ居ッタコマセ網漁ノ漁夫ヨリ採
集物ヲ少シ受ケ取ッテ調ベタ。驚ク可シ、其時ノ一網中ノ動物ノアミ
(Micromysis iijimai) (之レハ此
地、三崎、江ノ浦等ノ海岸ニ□産ス)
僅カニアッテ大部分ヲ占メテ居タノハしらす即チひしこ Engraulis
japonicusノlarvaeデアッタ。其大ガ6mm-10mm位ノ本
数ト25mm-30mm (30mmハ一寸)大サガ本数ニシテ
25mm以上ノ之レハ□・・・□ガ多ク、□□青ク先ツケ
色合ガ甚ダ親ニ似テ□□
□□又6mm-10mmノモノハ親ト著シク相違シテanus迠ノ長サガ其以下
48p
ニ比シテ甚ダ長イノデアル。一見、別物ノ□□□。之レハLarval
neodification
□□過グひしこノ仔、しらすニテ報告ハ水産調査報告ノ十巻第一冊中ノ
西川氏ノ報告ヲ参照セヨ。
八月十一日 (晴天)
昨夜、北條町に名高き秋月菓子店へ行った時、漁撈科の連中に会った。
話しに依れば今朝巾着網をやるとの事だから、朝早くから和船で出掛けた
時に未だ朝霧晴れやらず、□□漁船の点々たる実に心持が好い。
未だ朝飯が腹に入って居ないから櫓を漕ぐ力も出ない。唯空元気で漸く
漁船に近いだ。越中島の連中は赤 □に赤銅の様な体をして居る。実に
□□漁夫と云ふ可きだ。獲物は □□の鰯を採ったのみだそうだ。実に□□
家の精力は偉大なものだ。彼等に大猟をなさずには寧ろ□僕等の繁
殖保護にあるのだ。奴等が如何に威張っても僕等の妙技に服従しなければ
ならないと思へば実に憐むべきだ。帰って朝飯を食ったは食ったは三ばい
は実に楽なもの。余り空腹に包め込むだから反対に腹がいたみだした。過ぎたる
は及ばざる如しとは尤もだ。帰路プランクトンを引いたが塵芥が多くてヤマトシクラゲ、
クシクラゲが大部分で閉にした。然し鏡□に之を見えば実に面白いものが多い。
何しろPlanktonを実際採集して直ちに之を鏡□に見るのも生まれて始め
てだから実に趣味が多い。就中Radiolaria, Ubiusdea等の構造の
奇妙なるには驚く外ない。実に自然之神之力□□□にして且つ偉大なるも
のかな。其の他Lucifer、海でも其は面白い。Luciferの顔付は実に滑稽だ。普通
でさえこんな顔付だから怒ったり笑ったりしたら実に滑稽極るものだろうと思ふ。
午后黒鯛の解剖をやった。別に特殊なる□□もない。ベラも此の属だが
鼻口の数が異るとの事だ。又Pelvic finが□□に体の□□に附着して居るの
も特殊だ。
49p
八月十二日 晴
能勢君が始めて拝む高ノ島ノ朝景色、気持よさそうに海辺を歩いて御座った。房州の朝は
何處から見てもいいだろう。然も高ノ島から見るは一層の事□私は思ふ。だがね井の中の蛙
が垂れかかる柳越に青天井をぽかりと見据へて、はてよい景色ぢゃ□と賞める
のと□□□、婢女のハイカラが此の柳を□に見て、ちょいと此柳を其位して見ると四
区の景色が引立つのと愛め遊ばすのとはてはてどっちがどっちやら。
陸から高ノ島沖ノ島を二ツノどん栗眼の中に入れて見る朝景色は高ノ島から見る
夫れよりも勝れて居るかも知れない。所謂井の中の蛙ここから見るが一等い[い]訳で
ござんしゃろよ。
昨日の疲れが馬鹿に御出でなすった。誰も躰がだるいと云ふ。こうなるとコンパスの長い
短いを論ずる必要はないさ。十八畳の室に五人ごろりごろり誰一人床を上げる者もない。
萬年床にしようと云ふ会議も異議なく終了後、実習に出様ともせぬ。てんでに
葉書なんか書いて居た時、中沢先生御出であって、君達はずるい、朝だけ実習ノ
□□、そして床を上げぬとはひどいと朝ぱらから□□、眞向唐竹割を参られ頗る
□□附く。萬年床は其名に背いて撤回され、八時から実験室に赴く。
プランクトンさ、プランクトンは実に面倒臭い。併まあ書きよさそうなのが出、絵がかして□□
□□覗いたし、其後はあじの解剖・・・内臓だけで止めた。genital organ不明、
まだ発達しないんだろうでおしまいさ。午後になって大分陸から遊びに来る。
何となく懐かしい様だ。どなたも菓子の一個も呉れ□□心切らしい人様の様に見
える。三時頃、能勢君、松崎君と私とが上陸する事になった。岡田君、田中君は居
残り出、先生等は池洲で太公望を極めて居られた様子。岡田君、僕が出る時
御土産頼むって随分□たい奴だ。 □□を爺さんの所へあづけて上陸
□□に□□酒屋に飛び込んでteaとハガキを求め、帰りに水屋に入て
二杯やった。咽喉元過□れば熱さを忘るってな□□水屋で一杯□□□
つ時起ったかも知れんね。其の帰途餅菓子屋に三人の横□□を曝し、之か
あれかでトド□□□で四円七十九 □の銀貨を貰った。帰って食へるで
いそいそ渡場から□□に乗った。島についた。上って驚いた。私の命より
大切な財布がない。□□を探した。無い。二つの□を穴のあく程いぢくった。
やっぱりない。其内待構へて居た長棟君、田中、岡田両君と能勢君は同じ
□□でプランクトンネット□□に出掛けちまう。海辺に、はてどうしたもんぢゃろう
50p
で注目の私は取りつく島はあっても心は殊に向ふの濱也。もしやとばっかり其船戻せ
返せ□哀れ口の内。コノ後□の見得よろしくあって幕。引返しとなって私は是非なく
茶店の渡船に飛び込んで爺さんの渡場につけて貰った。渡場の婆さん先ず菓子屋
に行けと云ふ。行って見た。無かった。戻って来た。出入の魚屋が頻りと海中を探して居た。
銀貨許四円六十何□が見附かったと云ふ。□嬉しかった。子供が大勢来る。婆さんはまるで
親の様に「皮財布は、はあ、ひもでもつけておかっせなきあ」って散々のべつに説教され
たには大閉口一割の礼をして逃げて来た。潮は大分上げて来た。
来年、又来年ここに来て此ノDairy(辞書にないかも知れん)を開く人はブラッシの墓
と共に私の買立てのほやほやの鰐の皮が重い銀貨を投げ出して、おれを抱いて
すっと何處ぞ海のまにまに泳ぎ去った事を記憶して戴きませう。
もしもし或□して鰐皮財布を凸□ が□しました時海中でしたもんですかり鰐皮は得たり
□□□□中深くもぐり込み・・・なんて云ふ事。小性先生閣下も□□がつかぬお伽
噺が出来るだろう。アア今日は餅菓子とうまくなかった。
私等は寝たから分らなかったが十時―十二時の間に妹尾先生が当高ノ島に御着□
なさったのだった。
年越
二十六日 夕 川尻、松井、岩永、三名鷹ノ島着。良い塩梅に葉書が
今日の午后に着いていたので夜 □□□□もすんだ。
二十七日 表面採集。午后妹尾、堀両教官及神谷助手着島
此れ□迄も□切□□年賀状で皆忙しがっている。
二十八日 午后 オーストン 出航(灣に迄)
朝 吉田直道君来場、松野、井田両君来訪
午后 吉田教官気象台完成の為又来場
二十九日 午前沖ノ島ニ行キ途中ドレッヂ□□□得た処ウシウシ
した。本日モオーストン出航。囲碁、小説
三十日 和船ヲ出ス。午前中中山君来着。
飯島博士来場。□□ オーストン出航。
三十一日 夕食、ソバアリ。□君ハ沢山ニ喰フ? 四十五年ヲ実習場デ迎フ。
51p
明治四十五年一月
元日 晴 午后西風甚ダ強シ。
常ヨリ少シク早ク起床ス。辨財天ノ杜ノ所ヘ行キテ初日ノ出ヲ拝ス。常ニ変ラヌ
□□朝景色ナルモ今日ハ又格別ナリ。主観的ノ観□に由ルモノカナ。
朝ノ程霧立チ籠メテ誰ヤラガ「元日の見る者にせん富士が峯」トカ、ウラメシ
ト□□曇、何時モヨク見ヘル富士ノ英姿モ今日ハ見ヘズ。朝ノ食事ハ妹尾先
生ノ景氣ガヨクナイトかつお、悦デ食堂デ腰掛ハヤメテ当直室ヘ机ヲ並
ベテ座シテヤルコトニセラレタ。床ノ間ニハ芽出度イ萬歳ノ幅ガ掛ケテアリ、
前ニハ神酒、鏡餅ナド習ノ如シ。妹尾先生ヲハジメ、川上、神谷、中山、松井、
川尻、岩永、眞塩、山崎、石井 (二人ハオーストン丸ノ水夫)トイフ順序デ食卓ニ
ツク。アラタメテ新シイ木箸ガ鶴亀ノ画イテアル袋ニ入レテ名ガ弐行
書イテアル。赤イ三組ノ盃デ、三バイ□ニツイデ三パイ□ニ飲ムトイフ
お屠蘇ガ廻ル。子孫繁栄ノ数ノ子、年中健康ノ煮豆、勝栗、田作リハ
習シノ如シ。鏡ガ浦ノ離レ小島。お正月トハイヘナカナカ也。
お屠蘇ノお蔭デ川上君ガ眞紅ニナリ、岩永君トイフ順序デアル。
次ニお雑煮ヲ祝フ。昨夜飯島博士ガ置イテ行カレタ鳥ノ肉アル
アルノデお雑煮ガ甘イトテ随分各自ニ祝ッタヨウデアル。酒類厳
禁ノ事トイフハ当寄宿舎ノ掟デアルガ今日ハ特別トイフノデカライお酒
モ出タ。酔ガ廻ルニツレテ、先生ノ「高砂ヤ・・・」ガ出タ。
コレニツイデイロイロノ歌ガ出タ。オーストン丸ノ水夫先生達モ随分ススメラレタ
挙句ニ得意ノ房州節ガ出タ。妹尾先生ガコレニマネレラレタノハ滑稽
デアッタ。吉田君ガ此頃陸カラ帰ッテ来タ。朝ノ食卓ヲ辞シタノハ午前十一
時頃デアッタ。午后ハ西ノ風甚ダ激シク吹キ荒レ、怒涛ノ打寄スル様物凄イ
ヨウデアッタ。午后、先生、川上、神谷君ハ陸ヘ行ク。寄宿舎ニハ碁盤ト将棊盤ト
アルバカリデ、他ニ遊ブ道具ハ少シモナイ。コレシカナイ遊具ノ中デ将棊盤ハ駒ガナク
テ駄目ダ。吉田君ト中山君トハ碁バカリ打ッテ居ル。岩永君ハ風邪ノヨウダト
イッテ臥シテ元日モ随分淋シ。實ニ不景気ナお正月ダ。實ニ無惨ナお正月ダ。
外ハ風ガ荒吹キ荒ンデ喧シノ景氣ヲササウナリ。波ノ音モ高イ・・・
下弦ノ月ハ前ノ老松ノ枝越シニ皓々ト輝イテ居タ。時ニ午后十時。
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二日 曇 西ノ風強激
西風ノ音ニ暁ノ夢ヲ破ラル。起キ出セシ頃ハ雨ハヤミテ、イト佳キ雨後
ハ□景色ナリ。昨日ハ見ヘザリシ富士モ清ラカニ見ユ。
中山君ト吉岡君トハ相變ラズ朝カラ夕方マデ碁ヲ打ッテ居ル。
岩永君ハ朝カラ病床ニアリ。自分ハ何ニモスル(遊ブ)コトナク無惨ニ□□□□
シマギレニ面白クモナキ小説ヲ読ンダ。外ハ風ガ吹キ荒ンデ居ル。
晩、昨日来上陸中ノ妹尾先生等お三人帰リ来ラル。菓子御馳走ニナル。
後川尻君ガ手製ノトランプデ遊ブ。先生ガ一番勝チニテお鼻高シ。
十時半□□
53p
明治四十五年五月
明治四十五年五月十三日
颶風 風力一秒時24米 快晴
午前六時ニハ悉ク起床ス。劇浪狂フ。巌上ニ立チテ叱咆スルアリ。室ニハ
五六名北窓ニ向ヒ近頃流行スル静座法トヤラノ練習ニヨリ無念無想ノ境
ニ入ラセ給フ名人心ナリ。特ニ牧野君ノ如キハ静座シツツ煙草ヲ吸ヒ
テ遥カニ富嶽ヲ眺メラル。阿曽君病気ノタメ東京ニ臥床中ナレバ十六名
ニテ二人ヅツニテ一組トナシ都合八組ヲ作ル。
姉帯 村松 田中 河村 北村 吉田
中山 高橋 前田 小金丸 牧野 笠村
鬼塚 小林
春藤 中沢
七時半実習集リテPlanktonノ来ルヲ待ツ。
姉帯、中山、村松、高橋君等、布目君船見トナリPlankton採集ニ赴リ。
波浪高ク先ツ沖ノ島ニ向ヒテ姉帯君ヨリ漕グ。直チニ帆走、沖合ニ向ッテ進ム。
高橋君先ツ嘔吐スルコト頻リナリ。Sagitta號木葉ノ如ク沖合ニ驀進
スル事□二海里餘先ツnetヲ引キ上ゲ之ヲ見レバ先ニ吐キタル御
飯類ノミナラントハ。姉帯君モ続ヒテ噴出嘔吐ス。已□ニ吐キタルモノト
思ヒ直チニ壜ノモノヲ海ニ授ス。中山君ハ飯粒ヲ白キうじナリト診
断セシモ滑稽ナリ。無事着島セシハ十時頃、御土産ナカリシタメ
アルコール材料ノPlanktonニテ研究ヲナス。時々風浪益々猛烈ヲ
極メ、水禽モ島岸ニ漂ヒ汽船モ僅カ一番船ノミ入港セルヲ見ル。
岡村先生モ□生活ノ單純ト今日ノ大事ナ材料ナカリシタメ退屈セラル。
夜ハ「トランプ」囲碁ヲナシテ愉快ニ遊ブ。午後九時ヲ過グルモ風
ガ更ニ減ジタル模様ナシ。
54p
明治四十五年五月
五月十二日着
五月十三日、此日ヲシテ、本年館山実習ヲ開始ス。夜来ノ雨霽レシ朝日□紅更
ニ深ク快極リナシ。八時風稍加リ波頭漸ク白キヲ増ス。此日採集ノ
部員某々船ヲ艤シ装ヲ整ヘ意気衝天ノ慨アリ。布目之ガ船長タリ。舵手
タリ。更ニ漕手タリ。他ハ只員ヲ連ルノミ。船将ニ出ントス。衆戯レニ因リ、風
益々激シ。船無事ナルヲ得ムヤ否ヤ。好漢一タビ去シ復タ還ラン□
□ハ後會ス。何レノ處ヲカ知ラン。我ガ為ニ今朝一盃ヲ盡ストハ白居易ノ
別ニ□□□□我将ニ借テ以テ行テ送ラント。部員笑ッテ曰ク。□□□
□何ヲカ云フ。昔郡司大尉ハ一葦ノ小舟ニ棹シテ渺々復渺々タル千島ニ
渡レルニ非ズヤ。語テ曰ク、其不 □不業ヲ□□ンデ玉淵ヲ窺ハザル者ハ未ダ
□竜之□□所ゾ知ラザムナクト。
兄等聚リ復タ大ニ得物ヲ持チ還ラント意気甚ダ昂ル。既ニシテ
船岸ヲ離ルルヤ□□□□矢ヨリモ速ク悠ニシテ天ニ沖シ忽ニシテ奈落ニ沈シ、
唯□波ノウラニ沈ム。水鳥ノ如ク孤帆水ニ連ナリテ雲ト消ユルカト
怪シマル。須臾ニシテ一度ビ網ヲ投ズレバ中ニ何キモノアリ。船
衆其何ナルカヲ知ラズ、頗ル奇ナリトス。一人曰ク、恐ラクハ是レ一新種
ナラン□、其他ノ連中其形ノ俵状ナル。思フニ有孔虫類ノ殻ニハアラズ
ヤ。此類ノモノニシテ此ノ如キ大ナル、夫レ実ニ新種ナラズシテ何ゾヤ。
一人曰ク。之ヲ熟視スルニ頗ル米粒ニ似タリ。憶フニ飯□ノ卵ニハ
アラザルカ。唯疑フラクハ其日ノ少シク早ク失スル□。他ノ一人曰ク之正ニ
飯粒ナリ。飯粒海ニ泳グ。亦奇ナラズヤ。此景風ニシテ此珍獲
タリ。以テ大ニ衆ニ誇ルニ足ルト。忽々網ヲ収メテ帰ル。昔周ノ文王
出デテ獵ス。得ル所熊ニ非ズ、□ ニ非ズ、犀ニ非ズ、獅ニ非ズト。今
吾□ガ獲ル所、彼ニ非ズ、是ニ非ズ。実ニ古今未ダ曽テアラザルノ珍□・・・
昔蜀山狂歌ニ巧ナリ。一日食ニ中リ苦闘忽チ□□□出ス。□□□
思ヘラリ。此機免スベカラズト直ニ問フ。先生一句如何。蜀山声ニ應
ジテ曰ク。小間物ノ中ニ光アリ、月(ガツ)ト云ヒ月(ゲツ)ト云フト今之ニ倣フ
□言ハントス。採集ノ□中□ニ光アリ、月ト云ヒ月ト云フト、一座哄笑
・・・・・之ヲ以テ□光網ニ入ルノ成□トナス。矣
55p
[○の中に「メ」の字]此日朝大井区□□松ヶ朝日坂上ニ□□
表□高ノ島國有保安林
裏東□・・□所
左□□二町四畝二歩
右地番2番
五月十四日
天は晴れたれども風猶止まず、波浪高し。本日プランクトン採集当番は川村、
小金丸、田中、前田の諸氏にしてオーストン乗組水夫之れが漕手たりき。
帰る遅しと待ちに待って十時頃帰島するや初めて新材料を得てプランクトン
の研究に非常の趣味を出して従事せり。
晝飯を終るや岡村先生初め一同揃ふて妹尾先生の御渡島を千畳敷まで出迎
へした。来たらず。もしやと思ひ待ち居りし阿曽君も亦見えず。一同非常に□□したりき。
□□に妹尾先生よりは十七日に御渡島の旨の電報を手にしたり。
午后は同じく午前に引き続きプランクトンの研究をなし、五時業を絶つ。
夕飯を済し、渡島以来三日目にて初めて有志十二名許り上陸いたし館山北条
の両町を散歩し九時頃帰島床に就けり。 [散歩の下に○の中に「メ」の字]
五月十五日
今日はPlankton採集の當り番、 □□多き空□澄み晴れて、吹き来る風に心
地よし。やがて何よりの営みとせる朝飯の御馳走に元気いやまして、
休む隙もあらばこそ、布目の君を船長として北村、牧野、笠村、吉田の
□に水夫一人漕ぎ役として其名床しき“さぢった”□を打乗りにける。目指
すは、先づ緑濃かに生茂れる沖の嶋、□□松の数々見ゆるもいと奥
床し。風と帆との力は櫓や人の力には比す可くもあらで朝風に
稍波立てる海路をばいと安らかに走り行くも面白し。頃は宜しと先づ
Plankton netの入れ方用意。やがては比重
計、寒暖計なんど取り出
して、水温、比重を計る。讀みては笠村君
水温17℃ 比重1.026
と、さてもかろきよなと、北村の君、手を水の中へと差し入れてぞ嘗める。げに
□との□へし元氣。□□行くこと約二十分、少し船路の向きを転
せばやと右に廻はして引返へし、間広なるnetの上げ方と先
づ□を引寄せる。鉢なんと取りよせて今日のPlanktonのさち多か
れと祈りしもあだなれや、少なき様あるなめり。再び網を水の中へ
と□して、沖の嶋を目當てに眞一文字。
嶋も近くなりぬれば、海の屑捨ふ人、家も数見えて□用なる嶋に
56p
春景色、あわれ床□・・□と頭ひねくる人□□に吟□しは
□・・・・・・・・・・・・・□ する
岸辺の藻□・・・・・・・・□ (二行原文縦書き)
やがて網も取りとけて沖の嶋へと着きにける。先づ目にとまりしは海女
の雄々しき姿、浮びては沈み、沈みては浮ぶ。岸邊の巌根に憩
ひ乍ら、漁夫のかたまりに手近くの漁りの事なんど言問ひをする。
まの當り、漁り収穫の四つ五つ、錨卸して其中□□する。漁夫の一
人、左手にめがね□、□□□の一を持ち、右手には一尋五□あまり
なむ長き竿もて、覗いては取り上げる。てんぐさの得物また一しほ
の眺めなり。中に□きても海女の働き振り、□人ならぬ吾等
にもわけて珍らしき心地せられて何時とはなしに
みや人に見せばや海のそこ深く
沈みてうかぶ海女のすがたを (二行原文縦書き)
と出鱈目一首。
漁夫との□□□みて興□□、男にも劣らざる海女の働き、てんぐさ、
さてはあはび、とこぶし、と彼女等の潜りわざ、二月の寒空にも□
は休まずとかや。
さるにてもこの人々、□□□様は男と自慢するもの、其働き振りの
海女□□□るところ、有□□きか、吾はいささか心いたしとて
波と□□は人の□□□□と水の中
□□も心根あはれ高のしま
海女ひとの□・・・□と□人□
我も □・・・・・・・・・・□ (四行原文縦書き)
□・・□おく。二人の海女は腰なる網袋にてんぐさ多く取りこみ
て、岸の上にぞ上りける。海女の子にてもあるならん。五つばかりの娘
の子、母憩し濡れたる姿に取りすがり一寸一言も親子之情、さも
ありぬべし。濡れたる着物抜ぎ棄てて、げに逞しき肌の色鋼
の如き身体をばあらはして炊火をぞする。吾等□しき物をそと
見とれしはげに理りあれ。さるにても古代的の□□こそとやがて□・・□も湧
き□□又もや。
57p
くろ□・・・□は海女 □・・・□
□・・・・□心して □・□ (二行原文縦書き)
斯くてもあるべきにあらざれば、いざ船に打乗りて□□のつとを指さ
ばやと岸を離れて網は又もや海の中。稍肌寒き春風を帆に孕
んで走り行く。吾等の戀ひしき実験の室に□□□は九時を過ぐる少
し許り。今日のえものは如何にや。我こそ一番槍の切先をなさばやと意
気込もいとど荒く、我も人並に後は取るまじと力瘤入れて勉めて□□
しく□□てふ。□□も見付からで皆々夫々のえものに心盡しの
□□□。最早午の時も近まったらんと覺ほゆる頃、師の君の□□□
とを手にされて、各自の望みをぞと問はせらる。何れもふさはしき希望
の数々、十年を経くる後の互ひの境遇はさこそと忍ばれていとど床
しき心地こそしたりけれ。
晝飯の今回の心嬉しさ、□・・□ 魚のみならで何れも喜ばしき気□して互
に走り込む食堂の中、既に腹のこしらへも済みたれば心のままに汀に
出でて憩いがてらの物語り。やがて師の君も来らせ給ひて、今日は心
ゆく許りの好天気、今より磯辺の海の藻採り集めばやと何れも勇み
て用意立ちどころに、
師の君の水藝の□げに其時の情を寫したるものあれば□□に借りて下に、
朝から吹き荒んだノースの風が晝頃すっかり凪ぎて海は
青疊の様、薄浅・黄色の向は遠くインヂゴーを博くかけた
様な水□で伊豆や相模が薄く霞んで見える。寄宿舎の前
の砂の上には地曳の人夫が男女取混ぜて十四、五人、イルカの大
漁でもあった様に、ごろごろところがって晝寝の夢を貪って居
る。食事が済んで學生は三々五々、岩の上に甲良を干して何かむ
しりながら話して居る。島へ来てから始めての好天気で折角の晝
休をあたら室内で暮らすでもなかろうと、一同海藻採集を
すると云ふことになった。一同は室に往って實習服と着代へ手
に手に小笊や、米上げ笊や魚籠、ジョーロ、バケツ、などさげ白の大
分汚れた實習服を着て帽子の上からタオルで鉢巻したり、ヅ
ボンの膝まで捲くって跣足で手に長い棹を以て飛出した所
58p
などは能く言ってヨボヨボの百姓一揆宜シクト云ふ体裁、中に一際
目立ったは春藤君で白の長いオバー風の實習服の然も洗濯
した許りのを着て笊を持った所は床屋の晝休みに□を□ると云
ふ体裁。やがて舎の下から始めて海藻採集して行く内に中山
先生が何か□・・□のものを掴んでエークソは全く正真
伊なし。□業に従事する學生が採集の手始めに黄金を掴むな
どは好幸先と一同興に入り漸く弁天前から千畳敷に□て窟
の前を過ぎて上り場へ下りる坂の處で級の大兵前田君がズ
デンドーと大砲が投げられた□で地響打て仆れ顔をしかめ腰をさ
すりながら漸く起き来ると後から之も級中の一番小男牧野玉
椿先生が又ゾロ、ドタンとガチャン、ガチャンは手に持ったバケ
ツが投げおとされた音で揃ひも揃って組の大兵と小兵とが同時
に同じ所でコケタと云ふは好對照であった。
げにかくの通りにて興深き事ども多く、かけて師の君のいと懇なる實物に
就ての御教示、愚なる我も海藻學者にもなりたらん心地して威丈□にな
り。
数々の海の藻くさの名をしらね
きく□・・・□のいとどうれしき (二行原文縦書き)
中にも師の君のひじきを指して、こは何にとの問ひに、缶鐵□□、の
事にてはとの返し方に頤を解かれしは滑稽なりしか。
此日採り集めし海藻の品々は
ぱぢな いそだんつら かやものり
かごめのり あーれんしゃ はすじぐさ
おきつのり こめのり ふさのり
かばのり おご わかめ
しきんのり □らめ つのま□
いはひげ
など之等の主なるものにて、心ゆく許りの磯あるき、興□いと深し。
かくて採り集めも□□室に□れば標本作りに忙はしく、さればPlankton
59p
の検鏡にいと床しくも時を過して花あり実ある今日の一日をさても
心地よく、さても甲斐ある事に終りにければ
何くれとこころ□・・□學ひのくさ
今日のたのしさ我はわすれじ (二行原文縦書き)
となん・・・ 終
五月十六日
海洋観測をかねPlankton採集のため、オーストンにて湾口まで出
動す。正午予定の作業を終へて帰る。
甲板上の力試しに岡村先生が径一寸に余る鉄棒を捻ぢ切られた
るには一同舌を巻く。
夕影北条に上陸。
かしは餅發賣所の看板一寸注意を惹く。追ってはかしは餅の賣捌所、さ
てはかしは餅賣下所も出来るとか。
此日即□なる井田君の訪れあり。
五月十七日 晴天
例によってPlankton採集は田中君、小金丸君、河村君、前田君によって成功された。
十時頃てんぐさ蕃殖試験のために運ばれたる切石を見るや、力自慢の勇士の面
々、力試しは此時なりと鼡色なしたる實習服に身を固め、エッヤッの掛声諸共
石を目懸けて突進した。
中にも一際目立ちて見えしは勿驚身のたけ四尺九寸八分、遠州濱松の浪人牧
野小兵謙次君の武者振である。
小兵ながらも初陣の功名せんものと手頃の石を身より高くさし上げたりと思き
や石の重さやまさりけん、かいなく、いし死された。始終を眺めし岡本御大
将、“己れ猪口才な石の分際として我が股肱の臣を打ち取るとは奇怪至極なり
其処動くな“と例の蠻勇忽ち秘術を盡して組み伏せた。
“それ者共縄打て”と下知あれば □□なる哉。てんぐさ差したる棕梠縄もて高手
小手に縛り上げ、石牢ならぬ石造生洲にざんぶとばかりに投げ込んだ。
“斯くなる上は此処には用事なし、目差す敵は実験室にあり、回れ右、前へ・・・オイ”
60p
高橋、前田の部将を先頭に小金丸、春藤、鬼塚と足長き連中より、最後に河本、
牧野の足短かき順に隊伍堂々實験室に入った。
午後一時妹尾教官御着島の由兼てより通知あったから吾れ等十六
人は緑滴る青葉の影に小鳥の鳴く音聞きつつ千丈敷まで出迎へた。
待つ間程なく二百噸あまりの鶴丸は船脚いと緩やかに黒烟長く跡
引いて館山港に進んでいる。
“此度は先生来るだろうね”
“さあ、例の電車の停電で乗り後れたかも知れんね”と誰かが言ふと
“来るか来るかと濱へ出て見れば
濱の松風一寸音ばかり・・・じゃ気がきかないね“と相
槌を打つ人もある。
“だが君、そう停電も毎度あるまいよ・・・!
語る程もなく追手の風に眞帆あげて一隻の小船は矢よりも早く此方めざし
て来る。近づくにしたがって山高帽子の妹尾教官の姿は次第に明
らかに吾れ等の眼に影じた。
午後三時沖の島より時ならぬ花は四隻の小舟に満載され、高の島の天地に清
き香を放ちしも束の間であった。
吾れ等のPlanktonの研究は一先づ今日で終りを告げた。
夜の幕は用捨なく下界を鎖し磯の香送る女浪男浪の音一際高く聞ゆる頃急
ぎ楽しき夕餉をすまして妹尾教官と共に魚卵採取に船出した処で暮色
蒼然として採取すべくあまりに暗く遺憾ながら明朝を期し船首をめ
ぐらして船路を急いだ。
61p
十二日渡島してより何がな島の景色を文ようのものにせんとかう
案じたる末下の如き一節をつづりぬ。おのれあすのあさ東に
かへるなれば此ままにせんも口おしと認めぬ。元より人に見せん
とにはあらねど又来ん春の思出にとかくなん。
高の島
夏も過ぎ紅葉も散りて雲も消え、又此春もここもとに旅寝の
床の草枕。花に三春の約はあれど人年々に同じからず。かは
らぬものは磯の浪、松の葉越しの月の影、我庵は松原つ
づき海近く富士の高嶺をのきはにぞ朝な夕なに眺めつつ飽
かぬ景色もいつしかに馴れては目にも映らじな。雨の日風の
徒然に赤間硯の筆すさみ、茲にうつして徒な歌にはあらぬ
下手の長ふみ。
明治四十五子年の春五月十八日 漁翁
進み行く代々の光に色添えて、外つ国人も貢するめでたき御代
に安房の国の名も館山の里近く沖に離れて高砂の尉と姥とを其
ままに蓬莱山もよそならぬ島根は之ぞ名にしおふ沖の島山
高の島。浪静なる海のおもに浮くか沈むか立つ浪の蔭に映りて
見えつかくれつ面白や。来て見れば山は常磐の色深く木々の梢も
青葉して晝なほ暗き木下闇。袖にしたたる露の玉砕けて映す千
年の翠は古今の色を見ず。路中に路多くして路忽ち極り、
山外に山あって山輙ち盡くと理りや。玉梓の辻やがて汐見坂
下(オ)りゆく末は磯の辺(ヘ)に打つ浪の音も静にて緑樹影沈
んで
は魚樹に上る風情あり。面白の島の景色や。海のあなたを
眺むればを松と競ふなる家居もつづく柏嵜(サキ)民のかまどに
立のぼる煙にかすむ小松原。東にあたる北条につづく八幡の
濱いけば是や須磨かや、あらざらむ此世の外と詠みたりし
和泉式部のとどめたる那古りは此處よ、船形の観音堂もいや
高く、鏡が浦の朝凪にうつる姿のうつくしや。波もうららかに海のおも
(下から二行目、「和泉式部のとどめたる那古り」とあるのは館山
市の地名の「那古」と
「なごり」をかけたものと推定した)
62p
沖の鴎や千鳥さえ行くか帰るか戯れつ。空ものどけき春の晴、松のひま
行く海士小舟も誰に戀がれてうとふらん。風もおどろに雲騒ぎ、
嶺の松風諷々と吹く凩も音を立て岸打つ浪も荒磯に人影もなき
折しも一葉萬里の舟の道唯一帆の風に任して行く行く、いづくか
白浪に跡遠くかくれ行く。湾口の郵船は風静まって出で、波
頭の遠山は日晴れて看ゆるは雲か天城山、夫かあらぬか三原山
煙立ちくる船毎に都の便、松の月、葉越しに照らすさざ浪に
散るは錦か玉霰。おとなふものは賎の男が妻木断るてふ斧の音、のき
ばの雨か暮の鐘。聲も哀れにふくろふの月に叫ぶの外ぞなき。
東に寥々たる社殿あり。弁財天は之かとよ。西に巍々たる高楼あり。
教の庭の草蓆、窓は念む富嶽千秋の雪、門は繋ぐ鏡浦一葦の
舟に棹さして漁る葉のしるべとなり海士の刈るてふ藻汐草の数
のたえせぬたくみをつくし、旅寝の床の憂き思ひ。枕かたむくひま
もなく学びの道に身を任かせ、或時は舟に浮び風に漂ふ波の
上、又或時は夜もすがら雨の日雪の夜寒にも文の友垣へだてな
く、更け行く夜半の鐘の音も誰が枕にや通ふらん。頭梁に架け錐
腿に刺して学べる古事にますともいかで劣らんと勉め勵むも
一すじに国の学をいやましに尚ほ進み行く民草の栄ゆく御代
になすぞ楽しき。
此夜大勢折つどひて雷遊をなす。おのれも一二
度□に當りた
れば其餘興にと認めぬ。時既に子に近き頃、此日ひらめの
卵子のかへることを夜もすがら学ぶ為め春藤のうじ見守りありけるがやが
て頭が出来かかったと呼ぶ。宣なるかな、蛍雪三年漸くにし
て頭が出来かかったとは・・・・
63p
五月十九日
昨夜来此日魚の発生に逐はれて □□□微検の勉強夏の□□の
東京も忍ばれてなつかし。
以下、この頁判読できない部分が多く翻刻できない
64p
二行目の天候、五行目の午前、下から七行目の午後、いずれも黒枠で囲まれ、黒枠内斜線
五月二十一日
天候 數日來の強風漸く凪ぎ、海は鏡の如く平穏、朝霧深かりしも□時にて霽る。されども
終日細雨煙り遠山の新緑為めに一幅の墨繪の如く海と碧空は唯一色に時雨れて漁る舟は
其裡に黒く浮ぶを見る。
午前 六時頃皆寝醒の床に身も心も共に温き想ひにあるの時、夢を奪ひて響く聲あり。
「オイ!! ヒラメやみんな死んでしまったぞ、皆起きろ!!」川村氏泣いて止らず。偶々
□時を放れ黙々
西に向ふ鳥の一群あり「阿呆々々(アホーアホー)」、泣く者は阿呆の意か、將た共に哀悼の意を表する涙の叫びか?
知らんとする御人は鳥にお訊ね々々々 − 阿々
七時頃全生徒二艘の舟に分乗し、前日□電に接し帰郷の程に上る電信柱跣足の
高橋氏を保全丸に見送り、其儘返へすも本意なければ舟を進めて上陸す。用あるものは達しなきものは
無風流にも風雨を冒して散策すと洒落こみ二三十分間を移して帰船上島す。散歩中井戸端に
ある山の神に囁きて曰ふ「オヤ!! 講習所の生徒だ、白地の俗衣着てゐる人もあるし、綿入の
人もある。丸で夏と冬と一緒に来たやうじゃ。皆質素ですな。八銭の駒下駄許り、學生はあ
れでなければ・・・」。皆濡れ鼠となりて帰る中一人あり、命より二番目の袷を雨にさらし色□失ふ。
午後 二時より實験室に於てCopepodaの講義あり。ノート數頁を埋む。
三時頃阿曾氏飃然来嶋す。皆期せずして同氏の病気全快を祝し併せて豫期
よりも早く聲□に接するを得たるを嬉べり。某皮肉屋戯れて曰ふ「丸で地獄のお使いだね」
夕食後は□の如く心を寛げ休養す。環に連りて硬き或柔かき閑話に笑
び興ずるものあり。又片隅には頻りに鳥驚き闘はす輩もあり。八時の時計を聞かざるに
早や宵寝に楽しき貪るものもあり。何れも皆世の不景気の風を他處に天下泰平々々々々
ハ・・・・・・
65p
五月廿二日
連日の小雨も□□と云ふ、今日は晴れたらしいが風は中々止みそー
にもない。特にダシの風とて、城山□・・・□たまらない。一同は前
日の□□実験に大分疲れた勢か七時頃床を放れた連中が
多い□□、□□風は烈しくなって来た。□□感心に正服を着け食
堂へ来た。例によって飯が終ってすぐ実験室へ飛んでいった。
□□すると命あり。□□先日オストンに乗らなかった連中は今
日出よ。残りは黒鯛の採卵をせよとの事なり。
オストンにては既に出航準備にいそがしい。帆は直に巻き上げ
られた舟は滑る様に湾の見通しを向ふて進んだ。実験室の前
を過ぐるとき玉椿君曰くハンケチを振って□しいなーと□□
□数浬舟は丁度観音崎と富津とを右に見、遥かに伊豆の大島
を見るに乗った例によるとかにて水温比重は勿論、採水方位の
測定水色等を見ているとソロソロ舟がブランコを始めた。最初は
中々元気の方のみであったが帰路又帆を上げてプランクトンネット
を引き出る頃には、甲板、ジブステーによりかかって吐息□溜息
□の人が多かった。引返して投錨したのが十一時、北村将軍の変んな
腰付の□で陸地へ渡してもらった。
残った連中は黒鯛がないのでひらめの2コ採卵をやった。やが
て晝飯となった。眼鏡をかけた大きな人達が飯を沢山食ふた
とか呑んで□やらげ驚くなかれ御ハチ二つは一粒もなく後からい
った人達は大こぼしだ。今日のヒラメは自働□□孵化槽に入
れられてさぞ満足だろー。これで此間死んだ児供の□□ぎは出来た
しさらばさらばと云ふので二時からプランクトンのCopepoda御講義
が二時間許りあった。丁度終り頃になると先生黒鯛を絞りに行
きましょーと呼び来る声に一同立ち上がり、和船とボートで例の
□へ行ったが愛憎、皆卵を出した親のみで間に合はず其の侭帰っ
て来たはよいがボートの連中一生懸命和船と競争する心□
か漕ぎ出した乗手は□□椋鳥君と、リナウテ君、加ふるに勇肌
君力余りてか大さ□□4噸の帆船に縄をかけて引張り出した
66p
□□□クラッチが入らないと云ふので一方は海へ棄ててしまった
はよいが片足取られたボート可愛憎にも動かない、□□□□
和船に負けたのをくやんだ人があった。
午后は例の黒白やら、□隠しやらで終った。
67p
五月廿三日
蝶よ花よと睡い夜中も傍につききりで育てあげた比目魚にはニ三日前に死なれてしまい、
をまけに天候不順のため思ふ様に黒鯛も得られないで□□の孵化実習も後れ勝ちで
心は矢竹にはしれどもいたし方がなかった。昼前は採卵した比目魚をmagdonal式孵化器
中で養ヒ、これが経過を見て実習を續けんと□したが孵化器は本年初めて用ふる事なので
水の調節もいかがやと案じ□夜十時頃見廻りをしたがどうも心配でたまらなんだ。
起き出て先づ孵化器へ飛び行きて之れが安否を□づれた・・・幸なる哉卵は□常に
□□で水の調節は申分なかった・・・ そこで胸をなで、よーじを口に加へ海岸に立てば
荒れ続いたる海は今日は静まり空は晴れ渡り富士の眺めも一層よかった。
本日は材料の都合でZoplankton実習との事であったので例により春藤、鬼塚、小林、中沢
等をpl採集体として見送った。そして先づ之れが採収して来る材料を待って居った・・・
天候の都合で□・・□すら見失せてをった。オーストンの□□□も本日はと云ふので
午前八時予定を揚げて出帆したのを実験で見送った。十時頃材料が来たので
□にあつめた。
高の島共にしろしむ顕微鏡Copepodaも□・・□ 月ハ波上に浮んで□□あり。風は金波を動
かして□□たり。太平洋の波□うけて元氣□るのも国のため・・・
かと一層元氣ついて□□□研究に余念なかった。
三時頃其を終って黒鯛の採卵のために例によって、てんまとNaviculaに分乗して出掛けた。
昨日は二舟の競争でクラッチを落としたのでNaviculaが敗れた分、今日はと十三歳の御時
から高等學校時代まで撃剣にて磨き上げられたる妹尾先生、身の丈けは大きくないが
鉄骨の様な御からだ、両手にオールを持って勇んだが一回坐礁したのでニ三艇分の
とこで敗れた。舟洗□のそばに着けば、今日は材料があって呉れればよいなー
どちらからとなく云ふた。第一孵化実習も後れるし、□□許りでない官費肴も我食膳
に上がらないので残念だと待てるかひもなく、本日も雌一匹を得たるのみであった。
一同落膽した。妹尾先生も血気盛りの学生に栄養不足は宜しくないとよいところを
□□下されましてぶりを求め帰った。夕飯は夫れが刺身のもてなしで米びつを叩いて
心が満腹した。
68p
五月二十四日
朝から風気味にて波も相当あらかった。採集に出掛けたナビキラの帰るを待ちて
動物發生学の研究を始めた。昨日の□□珍しき[プランクトン]は多くなかった。十時半頃研究室
の所に英姿堂々たる一雄艦が顕はれた。何艦ならんと人々どよめきたるに□□
の人□□双眼鏡を取り来たり見たるに“くらま”と記されて居たり。□□せんかなど言
へらんあれかど波を越えて見に行く勇気ある人もなかった。十一時頃妹尾先生が
脚の腫物が痛むとかにて館山の病院に切開に行かれた。□□□□の宅が見えた。
材料も少なき為めか研究の気もゆるみ、クラスの者を館山町のお役人にあてはめ
たらどんな風になるだらふなどの □も出たが□にて主なるは春藤君の館山
理髪□□長(實習服の様子から)、吉田君の館山町長、笠村君の館山病院長、北
村君の海苔販売□□長、中沢君の警察署長、前田君の□□□□長、川村君の
菓子販売□□長、小林君の西洋料理□□長等々主なるものであった。
一時頃妹尾先生は帰られた。局部麻酔せしめて切開せしとの事、然し大□□して□
みしは□□の□□する例である。四時頃決死隊を四人許つのり黒鯛の人工孵
化に出かけた。□へ材料は山程ありて首尾よく帰った。夕食後研究室に炊
出を□□の□□照し卵の発生覗きおえるまでに三十二までの分裂を見
出して、明日徴兵検査に出発の村松君及河村君の□別会を開いた。
畜養□を出して□んた、何れも □□の耳には□□の松のみなるも島に居ては
それが唯一の□であった。十一時頃まで□□に独り寝につきぬ。
五月二十五日
一筆啓上仕り候。本日は若狭ぺい君と三河□□君、徴兵検査
とやらにて帰郷せられ、相の崎に見送り、我れ水産界のために寧
ろ不合格を祈り申候。
昨日午后四時五十分人工授精の黒鯛発生経過は氣温激降
のためか余りに進み申さざれば今朝は室内ニテ間接光源を浴
せ発生ノ経過を促し申候へ共□□ 度遅々たるものに候。
例に依ってPlanktonノ採集を終へ検鏡せしも硅藻多く
して肝心の目新しき動物性[プランクトン]は御座無く不本意乍らも
発生研究の餘暇を得て当実習中の調査報告の原稿を
69p
各分擔に依りて綴り申候。
正午頃那古水産講習所長堀技手外二三名高島実験場を訪
問せられ、続いて午后二時頃井田君来島、盛んに教授振りやら
教員の感想など質問致す者も有之、□は其の意中も解せられて
芽出度し。
昨日来狂ひ荒れたる海原も次第に静かに相成り、午后五時頃には
殆んど風も凪ぎ、突然富士見崎の沖合に鰡群ノ来襲、
漁夫共は何れも手に手に武器を獲って巾着網一枚計、敵の
本営を包囲し、逃ぐる者は追はず。意外の捕虜に雀躍たる
有様。実に一攫千金はこの事に候。
同窓生の四五名は眞塩君を舟長に □み地先漁業の税金
徴収に出張致し鰡の大なるものニ三尾挑発仕り候。この種
の徴発は漁夫間には珍しからぬ慣例に御座候。
午后七時頃卵の頭□漸く現はれたれば発生研究に忙はしく
翌午前三時頃まで其ノ経過を追及致し候も僅かに節節及び
Ruphersehe Bloseの出現する頃より以上
進まざり
しは氣温の関係に候。
四十五年六月二十四日
入梅の降りみ降らずみの天候も今日と云ふ今日は一天の雲もなく残る所なく
晴れて南風の和風、船は至極穏かで婦人さえ酔ふたものもなく十二時頃
着島。
此五月十七日と十八日とに試に入れ置きたる石花菜の成績を見ん為、明日
太海へ行く途中一寸来島したるにて直にバスの中の断片を見るに四分胞子
の分は一寸に足らぬ断片も小枝の腐りたる下より新芽を出し、此五月十七日より此
日迠恰も一月なるに其断片の死せずして新條を発する力あるを知り、竊に試
験の成功せんかを思はしめたり。
此五月此處に来たりし時大分いたづら書きをなしたれば、今日の記事も
此丈にては物足ぬ心地せるままに昨日日比谷公園に音楽を聞
70p
き、而も勧進帳を聞きたるにより、ふと心に浮みたる小唄一二を記す。
此頃越中滑川に蛍烏賊と蜃気楼との噂高ければ
蛍烏賊
胸に焚く火の思ひが洩れて波を照らすか蛍烏賊
蜃気楼
夢うつつ現(ウツツ)に通ふ恋人の姿は其か幻かアレじれったい蜃気楼
ホンニ意気な事じゃえー
漁翁
(蛍烏賊と蜃気楼の
唄の最初に唄であることを示す記号あり)
71p
<四拾五年夏期実習>
16回
四十五年 実習
六月廿六日 □□雨ノ午后二時頃、前田信隆君、浦田、松井、来場ス。
六月廿七日 午后二時頃、吉田、来場。午前中オーストン丸ニテ湾口ヘ行ク。
六月廿九日 午后二時頃、天野、来場。
各自、時々 Surface collectionやShore
collectionナドナス。又
碁ヲ囲ムモアリ。Surface collection 主ニ午前六時頃ナス。□一回ナセシコト
アリ。三十日ノ□ノplanktonニハNauplius甚ダ多カリキ。
養殖二年生夏期實習ヲ本年ヨリ開始スル事トナ
レリ、學生□
□に幸なる□・・・・□
中澤教官が実習項目トシテ定メタルコト下ノ如シ。
1)
魚類ノ解剖
高ノ嶋近海ノ魚類査定
2) 水産動物ノ食餌及ビ蕃殖ノ研究
重要魚介類及ビ同上ノ食餌タル動物ニ就テ之ヲ研
究シ魚類ノ移動蕃殖ノ状態ヲ研究ス
3) 浮游生物ノ採集及ビ研究
日々二回以上採集ヲナシ日、夜、晴、雨、比重ノ変化ト浮游
動物ノ関係ヲ調ブ
4) 漁業調査
館山湾沿岸漁民ノ生活状態。年中ノ漁獲収入等ヲ
各漁夫或ハ各組合村役場ニ就テ調査シ漁業ノ実際
ヲ學バントス
5)
水泳及ビ漕艇ノ練習
又実習生徒心得トシテ定メタルコト次ノ如シ。
教官ノ命ヲ厳守スベシ
各自観察ニ協力シテ研究ニ従事スベシ
共同ノ業務ハ當番を設ケ責任ヲ □□□務ムベシ
研究中ハ事物ニ細心注意シテ一見些細ノ事柄モ軽視スベカラズ
材料ヲ大切ニシテ出来得ル丈研究資料トナスベシ
當番ニテ担當スル実習日誌ノ外各自日誌ヲ書キ毎日研究事項ヲ
72p
詳細ニ記述シ置キ後日ノ参考トスベシ
夏期実習 〜 午前十二時迠トシ朝食後三十分以内ニ実験室ヘ出席シ
実験ニ用ユル材料採集以外ニ□ニ乗船、散歩等スベカラズ。午後 ―
水泳練習時間以外ハ各自ノ自由トスベシ。但シ上陸ノ際ハ上陸者
ノ姓名ヲ告ゲ帰宿セバ其旨申出ベシ
水泳練習ハ夏期実習ノ必修課目ト心得ベシ。一週一回体ノ検査ヲ受ケ体□発達ヲ計ルベシ
夜間実習ヲ終リタル後モ学生タルノ心掛ケ忘ルベカラズ
以上
上記実習項目及ビ心得ヲ心ニ留メテ実習ヲナスナリ。七日午後一時
着島シタルモノハ中澤教官、牧、平井、石井、関、大月、鈴木、ノ七名ニ
シテ先着者、吉田、天野、浦田、松井ノ四名ト合シテ十一ノ學生ト中澤
教官ニ□ナリ。
霊岸嶋発ノ幸洋丸ニ乗遅レシ富永君ハ同日午前八時隼丸ニテ漁撈
科生徒ト共ニ午後八時半館山着、降リシキル夜雨ヲ侵シテ同君ヲ出
迎ニ参リシ吉田君等ノ勞ヲ謝ス。
我等一同館山湾ニ安着セシ時、先着者、吉田、天野、浦田、松井四君
及神谷氏ガ態々出遇ニ参ラレシヲ深謝ス。十時臥床。 以上
六月八日 降りみ降らずみの五月雨
當番は四時起床雨を衝いてNavicula号にて高の島沖の島間中央より
船形に向ひて約三丁間netを曳く(S.G. 1.0254、22゜C)、同所を帰途
再曳。帰全間もなく食事の鈴の音を聞く。之此島開闢以来始めて呼鈴の用
ひ始めとか。正午迠実習室にて採集せしplanktonを観察す。動物性のもの
大部分を占め興味多かりき。殊に前日觀音崎の第二第三海堡
間にてとりし赤潮を見たるは面白く思はれたり。午后魚類の査定を行ふ。
此夕館山町に行きし者多かりき。夜蓄音機を聞き十時臥床す。
午后のplankton採集は定めの通り二時に行う。水温23゜C比重1.0262にて
午前の者と大差なし。
73p
六月九日 天候前日ト同様 風少シ強シ。
午前四時planktonノ採集ヲシタ。水温22゜C比重1.0230デアッタ。
場所ハ前日ト同ジデ前日ト変ジテ植物plankton多シ。
昨夜大房崎ニ赤潮發生ノ電報ガアッタノデ、午前八時ニ
中沢教官以下九名、オストンニテ出發シタガ残念ニモ發見
スル事ガ出来ナカッタ。但シ小間物□世ヲ開イタ者ハ多数アッタ。
午後一時全体ニテ漁撈ノ寄宿ニ体格検査ニ行ク。□人
多シ。驚キ入ッタ事デアル。
午後ノplankton採集ハ中止シタ。
午前十時頃、本所卒業生石田喜一郎氏来訪セラル。
孵化室其ノ他ノ設備ニ嘆賞?セラレタ。
July 10th, 1912 Fine but windy [Tempurature of Ocean 23゜, S.G. 1.0220]
待ちに待ちたる帰郷の日の □・・・・・・□と一日千秋の思ひならずの□一日の安かれと
数えるは蓋し吾れのみにはあらざるべし。洋々たる思ひを懐いて、□□の
島の人となりしより三日連日降りみ降らずみの空模様なりしも今日は晴れたり。日本晴が出づれ
ば御風肌に沁み、 □・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・□
□・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ □
身はさながら昔の人のいひけん仙境におるが如し。
四時の鐘は鳴りぬ。
そっと一隅に起るはそれプランクトン採集の面々、湾に出て見れば波浪高く飛沫□・・□
□□たるnavicula号ともすれば波の躍り入る□、さらにだに重きプランクトンネット、今日は重き□
以下の頁判読できない部分が多く翻刻できない
74p
この頁判読できない部分が多く翻刻できない
75p
July 11th, 1912. cloudy.
[□・・・・・・・・・・・・・□ of the water 24°, Specific gravity 1.0228]
(実験のことども)
前日と同様、仝場所に於てPlankton採集、昨日午後二時品川湾口を出帆せる
unyo-maruハ昨夜八時館山湾内に着す。漁撈三年
諸氏の壮途を祝し
且つは其健康を祈らん為めにとて一同ハboatニテ本船ニ至ル。學生諸氏ハ御元気ノ□
□□が□□共の職□を□・・□、漸時船内を参観し別れを告げて本島に帰
着す、時しも七時:−、午前十一時頃、plankton実験、本日は[プランクトン]は其の□□□
□□の観ありき。第2回の採集を行はんとは、したりしが、風波高かりし為め遺憾ながら
目的を達せざりき。たまたま十時半頃、沖合に巨鯨の汽船に引かるを見たり。一同是
れが内臓調査をなさんため館山町に向ふ。実に巨大なる鎚鯨とかやにて全長36尺に達す。
(日誌には鎚鯨と記されているが槌鯨が正しい)
一驚を博す。夜鯨肉□の比較的美味を□□□。五時頃所長、石川博士来島せ
られ一場の訓話をなさるるとか □・・□待ちに待ちゐたりき。されども何ならむとか生
ぜしや訓話は流れとぞなりにけり。所長は館山町に於て三年生諸氏の送別會に臨
み一場の訓話を與へ、其の壮途を祝さんやに聞く。翌朝早くunyo-maruは出発
するならんと。□・・□氏の壮途を□はんとする□多の學生諸氏に恵み□られ
よかし。―
(炊事に関することども)
吉田直道氏炊事に関する□□報告をなさる。氏は熱心□□事務をなさる。大
に仝氏の心勞を謝す。
July 12th, ‘12. cloud. Calm.
4.5 A. m.
10. A.m.
T. 24°
26°
S.G. 1.0216
1.0219
例によって黎明床を蹴って朝霧 □□磯辺に立つ。
近きは沖の島、大賀の鼻、小手を翳して追ふに望めば南冥朋鳥図のあと、薪繪を見るが
如し。柳もこの鷹の島を構成せるは第三紀の凝□岩、波浪のために□□□され、自然淘
汰に由て岩中に存在せる新銀、漏状をなして漂砂中に散在するを見ると地学雑誌□□
掲載しあり。□□□□の砂礫中に米一粒程の水銀ありと。
之を史的につらつら□□のされるにはあらねど、検索すれば、いとも面白き事なきにあらず。
頃は弘安二年、□見の兵船八十叟戻りつ。稲村の漁民□島より纜を解ひて七里の
76p
海上を押し渡り、相州三崎に着船して城ヶ島に於て戦ひ、里見方利□に見□□れば船□しく
引き上ぐ。翌朝また一戦と定めけるに□・・・・□して寄手の兵船波にゆられ、沖に吹き
もどされしほどに、今は詮方なし、また□を□いて戦はんとて安房上総の濱□へ向け寄せ、
是非なく帰帆したりける、と関八州古戦録にものしあり。
□□□人あり。□人兵を鳴らす。今日人あり。□□を思ふ。天と地と之を覆ひ、之を載せて□と
共に□□□。悠なる我と衆と胸襟打ち開き、netを引きて帰島。鏡検す。
今朝赤潮ノ根跡あり。午前十時、再び所定の辺を引くに、Cseuaphone多数あり。
午后久し振りの好□□に、名にし負ふ鏡が浦の清波に身を躍らす人もありき。
一部の人は薄暮、扁舟にて大□丸を訪ひ、雲鷹丸に告別の辞を交はす。□・・・・□
多幸なる航海を□・・・・・□抱負を□・・・・□を切望してやまざるなり。
今宵一坐團欒快つきずして夜の更くるも知らず。
13th 曇り午後雨降ル風ハゲシ
5 am 起床、netヲ曳ク。風ナク波平ラカナ
リ。水温 21℃ 比重 1.0238
気温 21.7°ナリ。午後ノnet曳キハ雨ノタメ中止セリ。
Planktonハ植物多ク動物ハ極ク少数ニスギズ。且
其ノ種類
モ前日ノモノト大差ナシ。二三日後ハnetヲ曳ク塲所ヲ変更
スル必要アリト思フ。
午後ハ餌料ヲ□□ 鰯ハ漁撈科生ノ漁セシモノナリ。長サ
7.5寸、乃至2.5寸位ナリ。餌料ハ全生徒ヨ
リ□□ザレバ
□ニ記スル事ヲ得ズ。
明日ハ遊泳ノ練習ヲ始ムル豫定ナリ。
77p
14th Sunday 風波荒シ (強風) 雨降る
昨日は雨、今日は風、かくてこそ島の景色も千変万化、單調□・・・□ならんも
今日其頃の眞面目な勉強に疲れ果てたる神経末は□□やかかる自然□
□は何等の反應をも見せず。
今風波凄まじくごとごとと戸・障子の鳴を聞きつつ、只つくねんとしているほど
無趣味なものはなかざるべし。
実習概況
午前四時十五分起床。風強く波高し。プランクトン採集には、如何と躊躇(ためらい)しも
教官の命により、休止しぬ。
プランクトン査定を止めて、魚類其の他につき□□の□するものを研究することをゆるさ
れ、各自□分を勉強したるものの如し。
昨日のヒシコの食餌は其の大部分Copepodaにしてdiatomae又は單細胞の □□
も□□□□。Veliger larvaの如きも稍採取す。然も吾等はプランクトンネットにより
採取せしものと異なる事なきにより、鷹島近傍のCopepodaは畧、同種類の
ものなる事を知る。(ヒシコは漁撈科生、那古方面より捕へしもの)
(いかりの卵 □? □□)を採取す。
其卵 (何物の卵なのか不明)孵化、他器に移して養う。僅かに2分位のもの。
其の他diatom、いかの幼兒其他□ に研究したり大袈裟になせるもあり。
風浪七時を告ぐるも止まず。心甚だ平かならず。
15th 風波強く昨日と異なる所なし。雨降らず。
今日も亦風、と□□ば、心晴れざれども、島より一寸と踏み出せねば
かくと諦めとつけてけり。されど □潮の今日□□、風浪なかりせば、
□・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ □
つ、楽まんと思へども□なし。午後風稍おさまりければ□□□□
□□□□して、随ひ漕ぎ出せても、□悪しさに絶えざればならん。
□・・・・・・・・・・・・・・・ □酔ひて前後も知らず、□・・・□
人々を見ては、天下泰平を叫びてけり。
78p
実習概況 今朝プランクトン採集中止
為メニ今日モ又各自ノ致スルモノハ研究スルコトノ□・・・・□材料既ニナケレバ、干潮ニ乗ジテ藻類、貝類、
ヲ採集シテ、其ノ □・・・・・・・・・・・□。中ニモ、烏賊ノ卵ト共ニ□新ラシク□□□□ナリキ。
海藻□□は五十余種モ採集シタルモアレバ、高ノ□・・・・・・・・・・・・□
各自ノ細カナ □・・・・・・・・・・・□
16th 晴、風浪高シ
天候前日ト異ナラズ。為メニ、プランク採集モ亦中止ノ止ムナキニ至リ、前日ト同ジ□ニ
取リケム。甚ダシキ遺憾事ナリキ。
研究事項ニ至リテハ前日ト異ナルコトナク各自□・・・・□勉強セシト雖モ果タシテ、□□□□□
□・・・・・・・・・・・・・・・・・・ □ニ採取セシCopepoda検鏡。
午後:□□ノ目的ヲ以ッテ、沖ノ島ニ至ル。風浪の為メニ□□近ツケドモ、上陸□ム。
□・・・・・・□ニ叫ビヌ。
17th 晴、風浪□高シ
午前五時、高ノ島前面ニ風浪□□ ニ舟ニ押シ寄セ危険ナルヲ以ツテ、□□ニnetヲ
守リ、岸ヨリ離ル。僅カニ一町−二町。然レドモnaviculaニモアレバ致シ方ナシ。
水温 22.5°、S. g. 1.0241、前日ニ1回曳キ□□□ノplankton□□モ動
物性□□ナシ。□□□ノcladeera類ハ見エナイハ □ナリキ。
午後、水泳教師来島セラル。早速練習ヲ始ム。□・・□
横泳ギノ練習ヲナス。今日泳ギ □□□2人トハ□・・・・・・□
一時間半計イノ練習ニテ今日ハ □・・・・・・□
79p
第一回 第一□ 明治四十三年七月 本島開會
第一回 第ニ□ 明治四十三年八月 尾道開會
第一回 第三□ 明治四十三年九月 平戸開會
第二回 □第四□ 大正元年七月 本島開會
漁業基本調査報告講習会
大正元年七月三十一日 晴
大正元年七月三十一日は今日が第一日だ。何となく気がフウンワリとした様に
感じられた。此日から漁業基本調査の講習会が初まると云ふので自
分等は午前六時と云ふのに霊岸島へ集ったのは岡村先生、久米二□君
(富山縣技手) 喜多川良吉君 (青森縣水試技手) 明山保次郎君 (樺太庁技手)
秋山□□君 (高知水試技手) 倉土□幹 (北海道水試技手) 香山□君 (福岡水試技手) 松野助吉君
(富山縣水講技手)、の八人、六時三十分の幸洋丸で出帆した。途中
海上頗る平凡先づまづ徒然なるままに半日船室にもぐり昼睡、9時
館山へ入った。島から迎への船が出る約束だったが未だ来て居
らない。一同は一先づ上陸した。スルト神谷君と
布田君がスタンボートで迎へに来た。この船の中には福島水試
技手の阿部圭君が同乗して居られた。聞けば前日の船で
島に来て居られたのだそうだ。
島へつくと大さわぎ、眞汐定夫を初め眞汐令夫人は一時に多勢がをしよ
せたので大まごつき、でもどうやらこうやら昼めしの用意も出来て腹
の虫を合点させた。午後からは皆思ひ思ひに上陸して僧ばが
きをかふもの、頭をかるもの、知人を訪問するものもあった。午後四時頃
北原先生、香川縣技手藤野一二生君来島され、いよいよ島も賑かにな
った。午後宮崎水試技手八幡光造君もこられた。夕めし後水産
局嘱託浅野彦太郎氏が来られた。吾人は初對面であるので吾
人感想をかいて置くのも面白かろうから書く。曰く「氏は馬来□流
にはあらざるか」と。
八月一日 快晴
朝六時起床、ドンヨリシタル天気モ次第ニ晴レ渡リ、赤熱ノ光
全島ヲ照セリ。吾等ハ講習會ノ第一日ニ於テ幸アレト祈リ又
午前八時実験室ニ入レリ。集マレルハ千葉の矢吹、中田両君、
岩手ノ村山君、青森ノ喜多川君、山口橋本君、和歌山ノ岡崎君、
80p
石川ノ清水君、福岡ノ香山君、富山ノ久米君、松野君、島根ノ
山田君、香川ノ藤野君、高地ノ秋山君、宮城ノ八幡君、北海
道ノ倉上君、福島ノ阿部君、樺太ノ明山君等デアル。
第一番ニ岡村博士ノ開會ノ辞アリ。終リテ北原技師ノ水理生
物学ノ講義アリ。午前十時半閉會セリ。
午后ハplanktonノ検鏡ノナリト云フヲ以テ用意シテ待チタルモ
其運ビニ至ラズ。復午后四時頃丸川講師来島ストノ事ニテ
四五名ハ小舸ニ乗ジ汽船マデ出迎ヒタルモ遂ニ来ラレズ。
各自ハ上陸スルモノ水泳スルモノ午睡スルモノ談話スルモノ
黒白相争フモノ等各自思ヒ思ヒニ暮セリ。
夜九時就寝、暑サニ眠ラレズ、轉々反覆ス。
八月二日 快晴
雨ふらむと□□日昇る。日影を仰げば嗚呼今日も亦□熱
に苦しめらるいちにちか。
午前八時より先づ第一に北原先生の水理生物學に次で
岡村先生のプランクトンの講義なり。風死し□□□居る
に漸く睡魔しきりに襲ひて、かかる□□れど□□□□海士の句
を□□□。拾二時近くに講義終る。
午后ハ阿部、明山両氏□□きて帰れる。プランクトン検鏡
の実習なりしも顕微鏡の数少なくしてままならず。岡村先生
の所謂ノゾクのみ。
晝飯の一休と云ふ頃、待ちこがれたる丸川先生及び三重縣の
河合氏来島。 □・・・・・・・・・・・・・・・・・・□
幾歳□・・・・□食に飽き給ふ。鷹の島の粗食に驚き□□□
むこと見るにやがて椅子に凭り頭を右方向にかたげて□をとられ
□□をあけられたるを見て□□しぬ。
夜は又珍客、新潟縣の戸井田氏の来島あり。環坐して新潟縣の
下□の有様を評し□□られぬ髭、そられたる顎をしきりに
撫でつつ。
81p
八月参日 快晴
連日の講習で皆疲労せられたものと見えて中々起き出さない。朝食の鈴
の音に夢破られて漸くはね起きたるものも二三人も見えた。
午前八時より前日の如く講義を始められ、北原技師の海流に就ての講義
あって、次で丸川氏は欧州直輸入ほやほやの最新頭脳で蕃殖保護法
の基礎的研究の必要並にそれについて魚類の年齢調査方法を詳説
せられた。
岡村教授は前日に續きてCeratiumの講義があった。日進月歩の學術界
とは云へ殊にCeratiumはE. Gorgensen氏によりて新記□を出された。
午後は一休みしてplanktonの実験□行ふべきの所、炎暑のため何れ
も□□やりして逐々お流れとなった。
八月四日
朝□曇天 − 時時雨降り午後一寸晴れたるも又曇る。
風向北強、波浪高し。
気象台よりの報告に依れば雨□日中□時化何らん云ふ。
比較的冷しく気持よし。明日も風強からんか。
例により八時より講話なり。北原技師の水理生物學の潮流
及び漁業との関係につき又丸川久俊氏の魚卵につき歐米最
新の學説を□・・・・□及研究の方法を説明せらる。両
氏共丁寧心切数時間に及ぶ。
中食には五目飯にて何れも腹を満たしめ日曜日□講
習会に中時のためか食休み後planktonの実見なり。
午後は主としてCopepodaノ実験なりき.
昨夕時より茶話会の話なりしか。今夕□を□□す。会費拾銭
(一人分)、一同寄宿舎二階に会す。会する者、岡村博士、
寺田博士 (今昼来島せられたり)、北原技師、丸川氏外
講習会員等にして雑談数時に亘り奇談相次出つ。
82p
戸井田氏の入歯ノ□、岡村博士白濱に於ける風呂屋に於ける失敗
談等何れも腹をかかえざるを得ず。八時散会す。
夜中冷しければ床に入りても安眠せられき。
八月五日
午前寺田博士ノ海洋観測ニ関スル注意。岡村博士ノ植物性[プランクトン]ニ付
講話アリ。
午后ヨリ漁業基本調査講打合會ヲ開催、決議事項ハ下ノ如シ。
1. 中層採水器ハシバシバ之ヲ検査シ必要ノ修繕ヲ
加フル事
1. 寒暖計ハ年一回氷点検定ヲ行ヒ器差ヲ検定スル
事
1. 鰊、鰛、鰹、烏賊、漁業状況ヲ該漁業終了后左
ノ各
項ニ付キ可成速ニ水産局ニ報告スベシ
イ. 漁塲ノ位置及其移動 但シナルベク図ヲ添付スル事
ロ. 漁期ノ遅速
ハ. 漁獲高(実際ニ近キ)
ニ. 漁業ノ方法概要
ホ. 其他参考ニナルベキ事項
時ニ午後四時ヲ示シタルヲ以テ残リハ明日ニ譲リ閉会ス。
コレヨリ先寺田博士ハ午后一時発ノ汽船ニテ帰京セラル。風強ク浪高シ
83p
16回
大正弐年五月二拾日
雨、本日より第十六回生の鹹水蕃殖実験を開始す。
雨中高之島着、中沢先生遅着。
五月二十一日
雨、動物プランクトンの観察をなす。比較的魚卵良し。
五月二十二日
晴、午后四時□鯛人工受精を行ひ徹夜にて発生を観察す。
五月二十三日
晴、発生観察續行、経過良好
同月二十四日
晴、発生観察續行、あんこう卵を沖之島近くに採集之が観察を
継續す。
同月二十五日
晴、鮃の人工授精を行ひたるも親魚不良なる為め経過良好ならず。
同月二十六日
晴、鮃の人工授精を再び行ひたるも失敗に帰す。
同月二十七日
雨、岡村先生来舎、鮃の発生経過不良なるを以て黒鯛発生を
専ら観察す。
同月二十八日
晴、黒鯛発生續行。
同月二十九日
晴、□□、中沢先生去島の為め夜茶話会を催す。
同月三十日
雨、中沢先生を送る。
植物プランクトン観察をなす。
同月三十一日
晴、植物プランクトン観察續行。
六月一日
晴、午前岡村先生に續いて先づ高ノ島の海藻等ノ名を教えられ
84p
后、沖ノ島に渡り□□先生に續いて島を一周、十時半帰島。Plankton実習を
續行ス。本日ハ最後ノ実習日ニテ明日ハ荷物ヲ纏メテ帰京ノ予定ナリ。
同二日
起床六時、真塩ガ立ッテ居ッタ。出シ抜ケニ□□ナ學ヲシテ最ラ今日キリデ帰ラレシ
アルカ。誰デモ来タ当座バッカリ高島ハ良イ処ト云ワラルケレドモ□ラ二日モ居ルト
厭テ来テ□ラ帰リタイト云フケレドモ、ソレヂャ勝手ガ過ルネー。住メバ都ト云フ
事モアルカラ住ンデ見レバ厭キハシナイヨ。君方ダッテ卒業スレバ東京ニハ居ラレ
マイシ、其時ハ何ナ□会テモ我慢セズバナルマイ。アハ・・・・・
成程云ハレテ見レバ一面ノ眞理ヲ穿ッテ居ル。卒業ト云フ字句ハ考ヘ付カ
ヌテモ□□□卒業シテ之レカラ何ウ暮ソウノ是シカタ。何レ□□タヅサワッテ□□□□
ヲ□□様ナトスハ □・・・・・・□。又況ンヤ早候来ベキ生活□□ト
ト知ルベシ。何スレゾ□此様ナ運命ハマルデ低気圧ノ来襲シタ様□□
寝耳ニ水ト来テ日陰ニ □・・・・・・・・・・・・・・・・・・・□
アルートハ矛盾シテ居ルガ何寸ノ防御策的ナ腹案モナイ。
□□事ヲ考ヘテ居ル内ニ朝飯ノ鐘ノヒビキニ連レテ食堂ヘ入ッタ。
今日ハ半日モ随意行動デ午後ハ荷作ム許リダ。何トナク気モ
終リ
ト
シテハ居ル□□先ヅハ宇宙天体ヲ比シテ東京ノ光景ヲ夢ニテ見ルノ
ハ是非ナイ事ダ。
夕景茶話会ヲ催ス。全員九人何トナク淋シ気□□覆フテ□フタ
終ニハ話モナニモ種ガナクナッタノデ就寝。時ニ九時半。
85p
<大正弐年夏期実習> 19回 (19回とあるが18回の名前もあり)
五日午後十時 中村三木到着
六日午後二時 日比谷高島来島
六日午後八時 坂本来場
七日午前五時 江熊佐藤着島
十時頃より船に乗じ石井教官其他諸君の出迎に行く。長田、小池、澤田、
磯野の諸君共に到着なされた。同勢拾弐名なり。太田、幸田、
岩井の三君は未だし。午後は全員共に沖の島に赴き動物採集を
なす。
七月八日 曇
早朝鷹島沖島にプランクトンネットを引きて表面採集をなす。
これ吾等の実験用に供せんがためなり。午前八時より採集したる[プランクトン]
の査定に着手す。これに先ちて石井教官ハ実習綱目を示す。
一. 午前五時ネットを引きて表面採集をなす
一. 午前中は[プランクトン]又は解剖実習をなすべし
一. 午後は水泳又は自由自習とす
一. 全員を三組に別ち二日間交代にて漁撈実習をなすべし
漁撈実習を正規に行ふに至りては本年を始とす。蓋し漁撈の基たる
や其基礎を生物学に於かざる不可。魚類の習性を知らずして出漁
せんは恰も太洋を航するに磁石を有せざるものの如し。方位を知らず
して船を進めんは独り老熟の水夫のみ、これを能くす。而も尚誤りなきを
保せざるべし。試みに世界の交通を一讀して航海の事に及べ。磁石ある
がために其航海業の発達したること□何ぞや。古来老練なる漁夫は
経験上魚族の去来を知れり。其慧敏なる到底吾人の□て及ぶ
所に非ず。然れ共若し吾人が遠洋に出漁□せんとする中は如何。多大の
資本を投じて船舶を作り巧妙なる漁具を備へ完全なる機関を設置
するも魚の如何に廻游するかを知らざれば何等の効果を挙ぐる
ことを得ざるべし。現今漁業の状態を思考するに其組織は漸
次完備して二十世紀式となりしもこれに一個の磁針なきを憾とす。
生物学の應用の甚だ薄きものこれなり。而るに吾人は幸にして生物学
86p
の知識、他科生に比して深きものありて、於茲漁労の方法を研究して此れ
に生物學を應用し無定見無方針の現今の漁業に對して□□□據る所を
示さんがために敢て他科の領分に侵入して苦み研究する所なり。
本日学生査定の活黒 Diatomae, Zoea of Crab、を
最も□しとす。其他 Oaeciopidae, eggノふぢつぼノ幼虫等なり。
七月九日(水曜日)曇り
起くれば曇り、灰色の空にさゆらぐ湾内の小波白く光る。島の寄宿生徒の
有難さには洋傘抱へて割引電車をmissすの事もなければ降るも曇るも
儘の儘なり。□田君のみは今日ハ来るも来場せられず。缼くべからざる
人の缼くるは一人にても心にかかる事なり。Planktonの採集當番、和泉、沢田、
中村の三君とそれに坂本、長田の二君と加はりて未□沖の島方面にsar-
face correctionを試む。
午後は鯖 (Scomber calias L.)の解剖をなす。學校の動物生にありて
なすが如く詳細を極むべく、あまりに時間の短て而して、なす事の多きを
うらむ。石井教官は大要次の條件にて研究観察すべく、けふの日
課を課せられたり。 (1) 外形体の各部の大さ (2) 各鰭rayの数等
(3) scaleの形、年輪 (4) Lateral lineのscaleの数 (5) 内臓
(6) 卵の形状、大さ (7) 餌料(stomachの内容物)など
内容物は已に魚のstomach中にありて消化せられゐるもの多く、相當の苦心
をなめをるにも係らず小鰮の外は □□□終るの止むなきに至れり。十一時
頃漁撈部より□□検査をなすべき旨、いひ来りたれば解剖を□□せし
むるに閑なく、況んやPlankton研究の暇もなかりしため、折角の好材料
をそのままに置きたるは遺憾□極なりき。正午少し前青森縣水産
講習所の練習船みさご丸、満帆に風を孕みて轟々たるengineの音と
共に□波を裂いて進み来る様、雄姿堂々見るからに心知る□かりき。
館山湾内にはかねて碇泊する、千葉縣水産講習所の小鷹丸及び我が
水産講習所の隼丸あり。これにて三講習所の三練習船が湾内に
集まりたるわけなり。
午後一時頃より和船とボートとにて対岸館山の漁撈實習所
87p
へおしかけ、麦湯と煎餅との馳走をうく。
一般に他の校に比して体格の優秀なるは我等のほこりなる事な□□。殊に
江熊氏は十七貫八百二十匁ありとて得意の鼻高し。然れども漁撈には
十八貫何百匁位は珍しからぬと聞きて、□高き鼻の低まりたるの
観なきにあらねど、“なあに悲観するない。漁撈は漁撈だい!!”とは
あきらめのいい男ぶり。此のほど養殖科のmain mastを以ってゆるされ
たる太田君は五尺八寸程ありとぞ、之には本職の漁撈mastも
三舎を避けずんば□は彼方にありといふべし。それ我がmain
mast君、自重せよと祈るも余が一片の誤□□にはあら
ずと知り
給ふべし。
船の都合にて漁撈の連中に送られて島の□□□に歸れば、すでに六時、
それより、下手なピンポンに球が闇に飛び込むも一向にお構ひなき
連中もあれば、五目ならべの白黒に夕暮、軒場にせまるも知らぬ手合ひ
もありき。夕飯には南瓜の煮付けに豆腐の汁、茄子と胡瓜と
大根の香の物なり。かくて島の人を魚にあかしめぬは賄の手柄か
懐の都合か、ともあれ、我が賄のおばさんは嘗つて一杯の茶のお
手柄に佐和山の城主を□ち得たる。何やら寺の茶坊主さんよりも偉し
とたたえおくべし。
夜は會費五銭の茶話會を開く。いや、聞くも語るも□なく、ただ菓子
のみ頬ばりおれば茶菓會とでもいふ方が適当なるやもしれず。(當番、岩井)
七月拾日 (木曜日) 曇雨
五時半プランクトンノ採集ヲナスモノ五名、館山湾ノ沖ニ出デnetヲ引ク事五回、夜
光虫ノ採集多シ。例ニ依リ八時ヨリScomberノ脊椎骨ノ数、鱗ノ年輪、歯ノ数、位置、
及Planktonノ研究ヲナス。
午后、石井教官ノ命ニヨリテ四組ニ分カレ館山、北条、那古、船形ニ付キ、次ノ調
査ヲナス。
1.
館山湾内目下ノ漁獲スル魚族及他
ノ水産物如何
2.
水産物及魚族ノ漁獲方法
3.
漁具ノ種類及現今ノ漁獲時間
4.
漁場ノ位置
88p
5.
漁獲高 (最高及最低價) 一艘ノ漁獲高
一艘及一人ノ一日ノ漁獲高
6.
一艘乗組人員、就業者ノ数
7.
各水産物ノ價格
8.
水産物ノ所理方法、需要地
9.
仲買人ノ有無、又水産物ノ運搬方
法及運送費如何
10.
過去数年間ノ年産額、漁獲地及需
要地如何
11.
一般漁業者ノ数、専業漁業者ノ数
及漁船ノ数
12.
漁業者ノ数ト他ノ就業者ノ数トノ
対比
13.
漁業者ノ生活程度
14.
漁業者ノ健康状態及病名如何
15.
漁業ノ生活程度
各組、精査アリテ知ル所多キ如シ。要スルニ□メテノ調査ナルヲ□ステ失敗モ
アルモ良キ経験トナリテ今後ノ為メトナリシ事多キガ如シ。
(七月十一日 金曜日)
数日の曇雲は遂り破裂して今朝より烈風を混じえ当島に襲い来る。大波小波は白波
を挙げて恰も「かもめ」の飛ぶが如し。数艘の漁船岸に避けるを見る。
昨日ノ漁場調査の為め疲労甚し。六時に起床す。其迄食事の鈴の鳴ること三度
なり。Plankton採集当番は江熊、佐藤、磁野君の諸子なりき。
実習はEngraulis及Clupeaノ解剖及Planktonの研究なり。
PlanktonはDiatonのMecosira, Phalossiothrix, Rhizosolenia,
Backriastrum, Chaetoceras, 及Radiolariaの
Acanthometra及MarinecladoceraのEvadne
及Daphniaの如きCladolera等最も多かりき。
波高き為めか今日は誰も一日□実習室に閉じこもりて研究に餘念なかりき。
之れを以て見るも人は或る程度□ は他より□□を受くるを宜しと見るべし。
誰も一日の課程を終り心置きなく夕食をすまして波浪を突き破りて館山
を□して走り行くも亦快ならずや。高島に至りて五日なるも今日程我等のなす
べき課程を完したることなかりき。
他□□の□□の少き為めか或は己よりの自□の為めか今日は平々凡々に暮したるが
89p
□如きも是れ外観上よりの観案のみ。世事は凡テ此の平々凡々の中に尊むべき偉大なる
眞理を発見するものなり。例へば此の日記帖に示されたる各先輩諸氏の日記を見るに
記事の面白味を増さしめんとして殊更な一少事故を捉へ来りて是れに有ること無きことを
附け加へるが如きは甚だしき誤解と知るべし。寧ろ此の平々凡々の中に或る眞理を発見
せんことを努むるは優れりとす。又談話に於ても然り。平々凡々たる話中に動す可らざ
る偉大なる眞理を発見するとの□ り(倶し其の能力なきものは別として)然るに殊更
に奇をてらい、或は所謂東洋的の英雄を気どり以て他より一時の観心
を講はんとするが如きは最も幼稚なる思想と云ぶべし。上述の論は少しく
他事に走れりと雖も今日の一日中の生活を平々凡々に終らんことを恐れて殊更な
(調子を破きて面白味をつけける意)
破れを起さしめんとするが如きは無智無能の者と知るべし。少くとも
修養の足らざる者と見るを得べし。慎しむべきは青年の者なり。血気に早りて平和の
一日を自ら破りて面白味を起さんと努むるが如きは既に失敗の域に趣
けるも□□なり。現代の世は斯の如き者は求めざるなり。恍々たる月を眺めて
満足し得ずして何ぞこれを捉へんとする愚を為さんや。天使の如き小児の顔に
殊更に泣かしむる必要なきにあらずや。敢て邪を正とし得々たるものは憐むべ
きものなる哉。□□は斯の如き者を納る程の雅景を有せざるなり。愚ならざるなり。
七月拾弐日 (土曜日) 快晴
本日のプランクトン採集者、日比谷、江熊、佐藤、中村、以上の諸氏である。
例により午前八時□、實習が初まった。前々日ノ体格試験ノ検査表が発表され、各自健康
上に注意が有った。次で石井教官よりPlanktonノ略□が述べられた。
本日ノPlankton中Pabiolum, Peridines (Peridiscia lis)
Ditylinese (Diaton), Cascinodiseus (Diaton)等があった。
Planktonノ外ニ鯵ノ解剖ヲなした。午后当番ト館山ノ間ニ於テ
コマセ網ヲ試みた。コマセノ外ニ楊子魚、柔賊ノ子、アイゴノ子を捕
獲した。本日以後、午后四時ヨリ水泳を開始スル□より実習ハ三時にて
切上げ、漁撈部ニ至るべき旨伝へられ、三時半出帆、水府流、基本型を
習って5時半帰島した。明日より漁撈實習の□あり。三木、太田、江熊、
澤田、佐藤以上五名ハ夕食后直に四日間の豫定(実ハ三日間)にて出島した。
90p
七月十三日 (日曜日)
空ハヨリ晴レ波イト静カナリ。
八時頃ヨリ石井先生、神谷君等ト一同ハ館山ニ鯨ヲ見ニ
行ク。
本日ヨリ養殖科ノ漁撈実習始マル。
午後三時漁撈部ニ行キテ体重ヲ計リタルニ前ヨリハ何レモ
減少セリ。雲鷹丸遠洋漁業ノ途□ 寄港ス。
四時ヨリ水泳ヲナシ五時頃帰島。
夜ハ全部打チ連レテ館山ニ上陸ス。
七月十四日 (月曜日) 快晴
例ニヨリテPlanktonヲ採取ス。当番ハ岩井、長田、和気ノ諸氏デアル。
午前中ノ実習ハプランクトン、コマセノ解剖デアッタ。昨日見タ鯨ニ関
連シテ哺乳動物ニ就キテノ大体ノ講義ト、コマセニ関スル講義ガアッタ。
午後ノ実習ハ水泳デアッタ。本日ハ新タニ平泳、飛込ミヲ教ハッタ。
七月十五日 (火曜日) 晴後曇
本朝例ノ如クPlankton採取ス。今日ハ此之嶋の周りを引いて見た。別に変った
ものも見付からなかった。主にCopepodaにて夜光虫も亦甚少くなかった。Diatom及
Centriceaeも二□見付けた。要するに何の変っ
たものなく毎日毎日Copepodaのみで
殆んどいやけがさし出した。其ノ後雲丹の人工授精を試みた。思ふより易すく受
精せしむることは出来た。此後雲丹の人工養殖をやったらどうだろーか知らん。
午後は水泳場に行き昨日教へられた型を練習す。帰りに今朝当湾で捕
獲したる「いるか」を見る。長さ一尺位で僕は初めて見たのであった。漁撈実習に
行って居た諸君は帰って色々漁撈の話を聞く。
七月十六日 (水曜日) 晴後曇
天候は昨日に益して波残りなく晴れた。暑さも加はって
夏らしい天候になった。午後からは少し曇って細雨等降り出した。
夜に入りても少し天候悪かりしが後には月写して、又明日の天候を約する
□になった。
91p
今日の実習は例により早朝小池、日比谷、坂本、諸君Plankton
を採取したのが初まりでZoea□□diatom、夜光虫等が多かった。
九時頃より石井教官明日上京に付き那古に調査に出発
された。□□も一部残り、鯛を解剖シ、一部は前ノ調査書の残部のしらべに出かけた。
午後四時頃歸った。例により大した調査もなかった。水泳をやり
少し早く歸った。水泳も前の練習のみであった。夜になって石井教
官の送別の為め茶話會を開いた。
七月十七日 木曜日 曇 (暑し)
本日休業
午前七時遥拝式ヲナス。
午前八時石井教官ヲ館山迠見送ル。
正午ニ丸川教官ヲ館山埠頭ニ迎フ。
午后五時中村、和気、高嶋、坂本諸君等館山漁撈実習
ニ行クナリ。色男行ッテ色ヲ黒クシテキタマヘ。君等ガ色! クロ
クナッテクルノヲ今カラ□□□居ル。シカシネー養殖科ノ
青草色ノ顔ガクロクナルニハ三日中四回ノ漁撈実
習ノアマリニ短キヲウラム。
七月十八日 金曜日 曇
早朝Planktonノsarface
collectionヲナス。最モ多イハ
Copepodaニシテ、メズラシキCope、二三ツ見ケテ、其他赤
潮ヲ
形成スルTrichodesnium, Radioralia, Diaxom□□現タリ。
深夜 Planktonノsarface
collectionヲナス予定□
午後、□□□□水泳ヲナス。Boatノ運用皆上達セリ。
島ヘ遊覧ニ来ル人多シ。
七月十九日 土曜日 晴天
巻舒する汀の浪の青に目醒た時に夜の幕はいつかな取り□られて□の声
いと□□にきこえたり。五時十分なりとか、佐藤君は單騎プランクトン□
採集と□□□んで汀□boatは見えざりき。鳴呼島の □よ眞帆片帆沖
92p
にかかりて蒼波満々噞喁する魚群(主として鰯なり)遠く遥に聳立する不二嶽の秀
姿皆一として精神の爽快を感ぜざるなし。漸時散策のまま舎に帰りしに六時なり
き。一同は大抵起きおりしもなほ床中名残おしげに見えしもありき。六時三十分
朝餐の鐘声と共に一同食卓につき味噌汁の菜に腹を作りてけり。時に佐
藤君採集より帰らる。
午前七時より一人又二人三十分頃には一同実験室に入り丸川教官指導のもとに
前朝十時頃より採集せるプランクトン並に本朝採集せるプランクトンにつき主
としてCopepodaの研究をなす。
前朝引きしプランクトンには夜光虫甚だ多く、他は矢張りCrustacea lauva類多か
りき。尚今朝未明採集のプランクトンニハ矢張リCyclopsノlarve,
eorysaus
Lappbiriva, Copolia, Dapliusldaeノ類多ク、十二時まで一同専心研
究をなしぬ。
午餐を終りて后一同或は午睡に或は海岸の散歩に三時三十分迠時はずんずん
過ぎぬ。四時十五分前一同集りてボートを下しsailにて館山漁撈実習
所下にまで舟を着け直に丸裸となりて鈴木先生の指導の元に水泳の二
日分を先般より習ひおりしが今日は一寸沖合まで舟を出して試験あり。遠泳に
必要なる平泳ぎとかの土手のものは養殖科漁撈科の中より出でて昨日午
後館山より北條桟橋下まで遠泳実習をなす由命令ありたり。適任者
三木、佐藤、中村、長田、和気の諸君なりき。終りて帰島せり。時に六時な
り。日は西山に傾くは未だし一同立替り入替り風呂に入り、六時三十分夕食
を終る。漁撈実習に行ける四名は未だ帰らず。在舎人員八名(生徒)、夜別
條なく十時就床す。
七月二拾日 日曜日 晴天
午前五時半「日比谷起きないか今日の(アプ)は君の番だぜ」「困ったや
つだねー、遅くなるよ」朝起きの □さんの□□□と□屋の周囲を歩
行き廻って朝寝坊を起して廻る。今日は少し風があるので可成りの
浪が音をたてて岸を洗って居る。三木、岩井、澤田、小池、シーラー
にて高の島と沖の島との間を曳く。水面の少し下を波のうねりに弄
ばれて小さな海月が盛んに流れて行くのを見る。
午前七時頃□つくと食堂が賑かになる。茄子の御汁に漬物、卵の
93p
□□が盛んにとぶ譯。
午前八時、午前の実習、今朝のプランクトンの朝査、動物性プランクトンとしては
殆どCopepoda、植物性のものはDiatomaceaを主とする。大抵は次の
通り、Melosira, Rhizolenia, Dreponepus,
Caprella, Labidocera,
Acsinomesra, Rosaria等。
□さんが先日来採集した介殻を今日の中に調べ上げるのだと云う。□
□□□解剖皿二枚へぶち壊れた介殻や其の他怪しげな介殻を
□□つんで納り返って居る。「是れは何ですかね!」「それはその君海菊の
一種さ。本当は刺があるんだが □□abnormalのもので刺が少ないのさ」
「ぢゃあ、之れは何かい」「それは君その岩牡蠣の一種さ」何処迠も何々
の一種で押し通す。これで一ぱしChoncologistのつもりだから驚く□
[Choncologist
はconchologistが正しい]
江熊氏が連日勉強の結果、脚気をひどくして例の通りの元気を出
さないので実習室は大分淋しい。兎に角午前中は皆一心になって
Copeの足を取ったり数へたり□□の暑さに殊勝な譯
さ。
正午晝飯、茄子の「しぎ焼」まかなひの御馳走である。是れから水泳
時間迄は自由の身体、勉強家は実習室へ入り込む。操艇術専の士
はボートを落して海の中を歩行き廻る。餘の者はピンポン、五目、蓄
音器やら無駄話しに話し疲れて、やがて晝寝の研究、其処其処に鼾
聲起こる島は涼しく晝寝には御誂へ向きだ。
午後三時半、「水泳だよ、水泳だよ」と三木氏が皆を起してまわる。暫くしたぼつ
ぼつと漕ぎ出す。今日は館山の漁撈部の前より北条の桟橋迄の遠
泳をやる。養殖からは長田、和気の二君が首尾よく泳ぎついた相
だ。自分は信州の山の中の心得に拾間の全然水族館の(あしか)の檻
の様な水練塲に居ってかく迄立派に成功したる彼の正君の水泳を□
□したいと思ふのである。
拾七日に第二回漁撈実習に行った中村、和気、高島、坂本の四君
ノ帰島せらる。漁撈実習の苦しさを盛んに吹聴する「何しろ奴等
はrannboでねえ。飯だって麥飯だ。今日の晝の魚なんか血がつきっ放し
で一寸も洗っちゃなんだ。洗はんのはよいとしても焼きが足
りなくてまるで
生さ。食はれたものぢゃないよ」等と云ふ。
94p
晩飯後は例によりて(ぬっぺら)として居る。今夜は□□□皆そろって居
るので賑かだ。
夜、プランクトンを引きにシーラーを出す。
七月廿一日 月曜日 晴天
今朝のplankton引きの連中は太田、中村、日比谷の諸士であった。
船を下したのは五時頃であったろーと思ふ。塲所ハ沖の島の西北の方向に
於てplankton netを引いたとの事であった。
又、この勉強□は食後直に実験室に行ったものもあった。各々のものは八時の
時計の鳴ると共に実験室に集まった。本日のplankton中の各々のものはCopepoda
LeiatomのRhigosolemiaであった。又、或るものは翼脚類を見た。
去る十五日前九時□受精せしめしウニの卵を見しに余程発達して居た。
今□に実見せし□の形状を記入して見る。次の様であった。
(以下の文章の左に「ウニの受精卵」の図あり)
晝飯のベルがなった。副食物は鰯のてんぷらだった。
東京出発後久し振りのてんぷらにて皆喜んで食った。
食後或はピンポンをなすもの、或は尺八を吹くもの、蓄音器
を鳴すもの、或は碁の遊びをなすもの、又三四名の
ものは食後直に実験室に入る等各自随意の行動を取っ
た。午前の実習を了へ、午後となって皆思ひ思ひの行動を取る
時は実に愉快だ。
二時三時頃になれば寄宿舎内の遊びの連中は晝寝をするものもあれば、水際を
□むるものもあり、又実験室に入り来るものもあれば、暑さに閉口して実験室内
を出で沖の島に採集に出ずるものもあった。
本日の水泳練習は休みとなった。又体格試験も□□に明日する事になったので4名
は落ち付きて入湯も出来た。
本日は漁撈実習も休であったが又明日からは行ふとの事にて長田、日比谷、小池
の三君は七時頃より漁撈部に行った。此の時四名の他の七名は見送った。
此は淋しいと思ひの外賄のババーより抱腹絶倒の□話の中に時間を送
り最早九時過ぎになるかと思ふ頃見送りの連中も帰って来た。それから蓄音器を
始め「坂ハテルテル」を数回繰り返した。
95p
やがて丸川教官、神谷□も戻られたとの事で蓄音器は止めた。
本日のplankton引きの当番は三木、和気、高嶋君の三名であった。
netを入れし場所は孵化室の方向に当れる沖合にて
引きしとの事だった。
例によって例の大□□□初まり居たが何時ともなく静まっ
てしまった。其の外はペンの音と柱時計のコチコチと□打つ際の音とのみ
であった。終りに強く我が耳に入りし音はペンを机上に取り落せし音で
あった。
七月廿弐日 火曜日
空はどんよりと曇って馬鹿に陰気だ。風は追々□□なって雨さへ伴っ
て来る。漁撈科の生徒が沖の島近辺で巾着網操業中、鰛は取ろ
うと思ふて取れず。思はぬ雑魚が取れて少し寄こした奴を査定
する事次の如し。
Apogon lineatus。ウミウシ。ガンゾウビ
ラメ。シタビラメ。
コチ。キス。甲イカ。オキエソ。ヒトデ。
廿一日夜、鷹の島沿岸にてsurface collectionをなせるものを
査定するとNortiluea最も多く、Radiolaria次に多し。其中
Colonyヲナセルモノアリ。又Auloapaerosモアリ
キ。其他
Sagitta, Acauthowetra, Diatom, Zoea等
廿二日朝採集のPlankton次の如し。
Copepoda (Colauus最も多し)、くらげ甚だ多し。
七月廿三日 水曜日 曇り、折々細雨そそぎ来
る。
夜フカしをするも、せざるも、みな、朝寝坊の連中のみなれば、何か用事ある時には
起すに容易の事で無し。漸くの思ひで起してあげれば、睡さうな眼を
こすりながら人に噛みつきさうな顔をなさるお方もなきにしもあらず。
今朝のプランクトン採取当番、和気、中村、岩井の三人なりしも和気、中村の両君
は余儀なき用事ありとて、坂本、澤田の両君之に代はる。遥かに沖合の
Correctionを試みむとして沖の島の北西の方向
に船首を向け、鯵釣
りの漁船の群をも遥かの岸に打ち捨てて出でたり。あまり出すぎにければ歸る
96p
に容易ならず。その中に皆、腹ペコペコとなりて口々に空腹のみ叫ぶのみにて、オール
に力入らず。ともすればplankton netに引かれて沖へ沖へと曳き出されそうなり。
漸く歸舎したるは七時半、打ち流されたるにはあらずや?など打ち案ぜし
めたるは気の毒なりき。急ぎ腹を造りて、とにかくも査定すれば
珍らしきものはPteropoda (翼足類)、シャコの子、Copepoda
(Calanus gisaarchicas)
等にしてNactulaca及びRadioralia
(Aulaspheras)は例の如く
最も多く其の他Sagitta, Acanthometha等も又尠からざりき。
午後細雨頻りに至る。遂に水泳に行かず。何れものんびりしたる気になりて
打ち暮したり。夕、海軍機関学校練習船由良川丸館山港へ入港
し、生徒連ボート数隻を漕いで □□の島の我が寄宿舎□□いて水泳を
なしてかへり行きぬ。
七月二十四日 木曜日 昨夜よりの烈風漸々強
し。然れども東南風なれば
波高からず。岩上の古松しきりに音声を放ちて唸なる。
例の如くsurface collectionの当番の者は中村、和気、佐藤の三氏にして
当島の辨天前より北條ハ沿岸方面ニnetヲ引ク。尚他ニ丸川教官、
岩井、高島、坂本、沢田の四氏は柏崎の端の沿岸の貝殻の
採集をなす。得たるものかなり多く、中には眞珠貝之はもみぢがひの如き
珍らしきものもあり。最も多きは帆立貝なり。其他、さざえ、ほねがくし、
つめたがひ、こしたかがひ、寸種々雑他のものあり。何□しも研究の
後は東京土産にするが如し。採集途中漁民の網を乾すあり。雑多
なる魚類中「いたち」の如きものあり。
帰途netヲ引キ帰ル。
Planktonは餘り前日のものと変らず。只Nactiluca miliaris
甚ダ多き為め、水は殆ど赤色を呈す。之れ或は赤潮の初期かとも
疑はる。中にはPteropodaもあり (但し採集場所ハ極沿岸なり)。
シャコの子、昨日のものより幼きStageの者なり。Radiolaria
Aulasphaera
を最も多く含む。例の通りCopepodaの種々雑多含む事無論なり。
午後、例の通り水泳に行く。
97p
七月廿五日 金曜日 今日は午前三時出島、外房州白浜遠足の豫定であった。
低気圧去ラんとして雨は再び房州を襲った。午前六時迄雨天僅かに晴れ上ったので
天気□□□□セリ。本日進行するの動かすべからざる眞理にセリ。一仝勇み立って出発した。時に七時
過ぎて居た。柏崎ヨリ豊津村ノ山間を経て神戸村に入り上下、藤原も過ぎ蒲生に至
る。二路あって左すれば、白浜に至る間道なりと吾々は路を右に取り、相浜の海岸
に出た。布良より根本に至る。海岸一帯奇岩多く大洋の波は大なる波長を以って
□□の勢で来襲し、たちまち大音立てて岩に当って泡と散る。人知らず快と呼ばしむるのである。海人の群
又多く其地を根據として砂原にテントを□□□、降って岩間に潜水、以って業をなす。
彼等の男子化セル体格、吾々をして異様の感興さしめた。根本の郷を離れんと
して野崎の燈台は遠望された。近く見えたものの未だ里余ありと云ふ。東西坊
田を経て本郷ノ東端を流る長尾川畔に晝食を試みた。握り飯に梅乾も
空腹の勢か流石にうまかった。午后一時、滝口、横渚を経て野嶋崎燈台下に着い
た。参觀の許可を得て、□塔した。縄、□形、階段を上る事百二十余にして、絶頂に
ランプを安置す。千五百燭光周圍に数多ノプリズム、□□に
小ルームあり。上述燭光をして二万六千燭光となりと云ふ。発光時間十五秒間
にして、其間五秒の消光時間ありと、燈台は明治二年建てしものにして、新装置
は五年前置かれたるなりと燈台守は語れり。光源は穴ノ低き為十七海
里外に送光能はずと。一時半辞して小戸に昔の養殖実験場を訪ねた。
藁小屋の内には天井もない。室内はすすで黒変している。床あれども畳なし。
それでも人が住めるかと思はる様なあばら屋、それでも窓はガラス窓であった
ので少しは気まぎれがした。一仝、床に腰かけて昔話を聴いた。昔先輩の寝床
であった所には、ワラやら、網の破レ腐ったのやら、綱やらが、だらしなく於かれ、其
ノ奥に眞黒な猫が眼ばかり輝らして吾等を見ては驚縮していた。一方
教官の寝床であった所には今でも人は住んでいる。昔先生共の寄って、以って豆を煮
た所ノいろりは今も猶依然として存して居る。ガラス窓の下は昔先輩の実
習せし所であるが、今は、何か、汚れたせと物やら、土ビンやら並んでなんか宝物拝觀
でもしている様な気がしたのである。近所の小共は吾々を見てポリスと間違って
(シバル人)キタと盛んに話したり、おどけ
たり。二時半小戸を発して、□途中ノ
□□、直に山間に入り直□館山に入らんとす。やや勞れた人も出来た□□やっと
三々、五々、見えつ、かくれつ。三里の路もまたたく間に踏み被り、相前后して館山
98p
に入ル。山中神餘の□□大戸に至ル。人□稀にして渓流ニテ閑静を極め
帰島せし時は日もどっぷり暮れて笠名ノ方ヨリ鐘声の暗を破って鏡
が浦に響き渡る。一日の勞を湯に流し、キスの□焼に腹を固めた。愈々今日は実習
最後日の夕方であると云ふので茶話会を開いた。実習中の感想やら
下らぬ□論戦わしたりして十一時閉会した。
七月廿六日 土曜日 此日荷造りス。
七月廿七日 帰京
當実験所開所以来年ヲ閲スルコト四年。其間當
所ノ
番頭ヲ代ハコト、初代青木赴雄ヲ始トシ、柳直勝、長棟輝友、布目
孜、川上宗治、野崎知之ノ六氏ヲ経テ當代神谷尚志ニ至ル。
局長ハ道家齋氏ノ時代ニシテ、松原新之助氏、水産講習所長トス。
養殖科学生ノ□□タル学士輩出シタルコト勿論ニシテ地方卒業先輩
ノ士ノ更ニ此處ニ新知識ヲ得タルモノ少ナカラズ。
水産ノ業ハ其開始時代ノママ今日ニ至ルモ敢テ甚シキ面目ヲ□□
ズト雖モ漁業ノ基本タル研究ハ此間新ニ生ジタルモノ、其生□□
ノ弥張リ益々発展改進センコトヲ期ス。
畏クモ明治聖帝登避アラセラレ、今上聖帝ヲ戴ク。
明治大政事家ニシテ好運児なりし伊藤博文逝キ等シク好運ノ
児タリシ桂公爵亦逝ク。此亦大政事家ナリシカ否ヤヲ知ラズ。一生ノ
毀誉未ダ定ラズ。
大正二年十月
十二日記ス
此日桂公爵ノ薨去ノ確報ニ接ス
公ノ薨ジタルハ実ニ十一日午後十一時ナリト云フ
99p
第三回第五次
全國漁業基本調査打合会・講習
七月九日 晴
六日から初まった打合せ会の講習も東京の方は一先づ済んだので一同高の島
の人となるべく午前六時四十分出帆の弘洋丸に乗込んで出発した。一行は
岡村先生を初めとし、中澤技師、青木赴雄(静岡)、小林尚次(岩手)、
河村加四郎(神奈川)、小林雄次(徳島)、三宅仙吉(熊本)、香山□
(福岡)、秋山紋弥(高地)、梅村眞龍
(大分)、一木治(長
崎)、徳江澄□(秋田)、鴨脚七郎(茨城)、辻志郎(青森)、村上□治郎(滋賀)、
金子政之助(岐阜)、吉田潔(千葉)、住道潔水(千葉県水講□)、松野助
吉(富山)の諸君であった。途中頗る平穏□寧ろ怠屈の感があった。横
濱沖には頗る濃厚な赤汐が事々に □□色をなして流れて居ったので
これを採集して渡島後ノ実験の材料とした。午後十二時半ヤット鏡
が浦に入った。北條に船泊して居ると高の島の方から神谷君が眞汐を率いて
Sagittaをプンプン言せながらCalamy, warekaraを
引ぱって一行の御迎顔に
やって来た。そこで一同はその三艘に分乗して島に上陸する事になった。
ここで一寸印して置くが、その三艘が島に近づいた時に波のために其の中の
一艘は横になったので神奈川の河村君、福岡の香山君などは洋服をビ
ショビショに塩水に湿らして一寸凹んで居った。其他ノ舟は一向平気で
皆上陸した。島は相も変らずであった。午めし後、有志は実験室で採
集して来た赤汐を検鏡した。岡本先生の御教授によるとこの赤汐を作る
生物はCochlodium catenatussi. Okam.と云ふいたずらものである
そうだ。其後は別にそれと云ふ可もなく所謂平凡に一日を送った。但
し十四回生は卒業以来の大集会(合計八名)であったのでクラス会を開く
事になって上陸した。
因に午後四時半頃雲鷹丸で浅野水産局嘱託、川上君、島村君、
汽船で柳技師、阿部圭(福島)、戸井田盛藏(新潟)の諸君が来られた。
100p
七月十日
本日着ノ會員 − 宮重修吉(対州)、加藤保(愛媛)、今野寅吉(香川)三氏。
今日本島ニ於ける講習の初日、午前八時より実験室ニ一人リ寄リ二人寄リして勢揃したのは
半時間の後だ。東京でやった時とは違って無人嶋の原人生活ニ□ったから田舎仕立の
晴姿をぬぎすてて胸襟を開いて、腹から、すっかり、講習を受ける気分になっていた。
第一着ニ丸川技手の「海洋状態ト陸上植物開花及収穫トノ関係」につきての講話が
有った。これは Djarn Helland-Mansen 及 Inidtyof
Nansen の Report of marine
Investigation and Norwegian Fisheries ノ中にあるものを
selectionした Internationale
Revue der gesamten Hydrobiologie und Hydrographie にあるものに就きて
述べんと滔々一時半に及んだ。
次で中沢教師のあみに就ての講話あり。懸河の辯、説き来り説き去り、筆記よりの辯流の
早ヤ過ぎたのは遺憾だった。次に対州の宮重君、同所のいかの調査につきての報告あり。
午後ハ南東の風強く、波荒くして沖合ニ出ずること能はず、午前の講話ありし、あみに就て
実験を試みた位のもので終る。
三時からは打合會全部の懇親會でわれから、からーなす、ぼにとーの三舟に分乗して海上
を進む。風波荒くして、潮をあびる事夥しく、多くの者のびよぬれとなった。開場は北條の
木村屋で開會は七時で直ぐ酒席となった。飲む、食ふ僅かに一時間、酔は大車輪
で廻り、歌ふ、騒ぐ、席□は乱脈を□て来た。徳島の小林(雄)君、福島の香山君など
が□□き活動した。若手がそろそろ滅入つころに、岡村先生得意の長唄を語り始じめ
た。九時頃となり一人去り二人去りて自然散會となった。今晩、滅って居流となったの
は島村、井田、小林(雄)、 の四君で途中館山まで来てとまったのは加藤、辻、松野、
君である。
101p
七月十一日 曇
昨日ノ暴風モ漸ク治マッテ鏡ヶ浦ニ荒レ狂ッタ波濤モ次第ニ其影ヲ潜メテ行ッタ
ケレドモ猶ホ空ハ□□曇ッテ、時々ニ梅雨期ヲ思ハセル細イ雨ガシトシトト降リ
注グノデアッタ。今日モ亦船出スルコトガ出来ナイ。
朝八時ト云フニ実験室ニ集ッテ思ヒ思ヒノ席ニ次ノ講話ヲ聴ク。
植物性プランクトン 岡村教授
毛顎類ノ分類 浅野嘱託
講話ガ終ッテカラ岡村教授ヲ座長ニ推シテ漁業基本調査打合會ガ開カレタ。
ナレドモ仝調査主任北原技師不在ノ為メニ協議事項モ前回打合會ニ於ケル
協議事項ニ對スル修正其他ニ関シテハ一指モ加フル事ガ出来ナクテ要スルニ
前年ノモノハ其ママ適用スルゴトシ。更ニ次ノ事項ガ議決セラレタ。
1.
水温比重等観測ノ結果ハ各縣ニ於
テ曲線ヲ作コト。而シテ此等ノ結果ハ
直チニ水産講習所ニ報告スルコト
2.
プランクトンノ消長及量ノ測定
3.
水温比重ノ垂直分布ヲ調査シ其断
面圖ヲ作ルコト
4.
プランクトン査定ノ範囲ヲ□迠ト
シ、一時ニ多量ニ現ハルルモノニ限リ、其
種名ヲ明ニスルコト。又稀ニ見ル種類等ハ標本トシテ水産講習所ニ送附スル事
5.
魚類ノ食餌ノ種類査定
午後ト成ッテモ未ダ船ノ出サレソウニモナイノデ又実験室ニ集マッテ養殖業ニ関スル相談會
トデモ云フベキモノガ開カレタ。之レハ各自ノ実験法デナク其事業乃至試験ニ関スル
改良方法ヲ講ジヨウト云フノデアル。而シテ再ビ岡村會長ニ戴イテ先ヅ□□ノ
□□者タル新潟水試ノ戸井田技師カラ□□セラレタ。
問題トシテ上ッタモノハ養魚上ノ餌料問題、独乙鯉移殖ノ價値、耕地□□ノ
結果ニ生ゼル溝渠ノ利用、等ガアッテ互ニ意見ヲ披陳シタ。□□シアッタガ其□ヘ
下水産講習所長、岸上理学博士ノ一行ガ来場セラレタノデ會ヲ中止シ所長ノ漁業基本調査
ニ対スル希望ノ辞ヲ拝聴シタ。
1.
各地海洋観測ノ採集ハ日々之シテ
纏メテ官報ニ掲載シ往来行ハシ□□気象観測
ノ如クスル事。故ニ各府縣ニ於テ一定ノ場所ヲ定メテ仝観測ヲナシ其報告ヲ
迅速ニ行フ
2.
漁業ノ状況ト海洋変化ノ状況トノ
関係ヲ知リ両者ヲ結合セシムコト
3.
かつを、いわし、さば、さんま等
重要魚類ノ漁獲高其時期等ニツキ
調査ヲナス事
102p
4.
浮游生物及魚卵等ノ査定ヲ可及的
各府縣水産試験場ニ於テナス事
5.
雲鷹丸、隼丸及七號艇ニテハ水温
比重垂直分布ヲ測定シ断面圖ヲ
作ル事
6.
内湾、□等ニ於ケル漁場ノ海底圖
ヲ作成スル事
等ハ其希望ノ重ナル事項デアッタ。
次デ岸上博士ガ浮游性ノ水母類(Scyphomedusae)ニ就テノ講話ヲ聴イテ
今日ノ課業ヲ終ッタ。
空ハ段々明ルク湾ハ漸ク静カデアッタ。所長及博士ヲ迎エ得タ此好機免スベカラズトテ
會員一同「松の濱」ニ坐ヲ占メテ記念撮影ヲシタ。
七月十二日 曇
外洋ニ近イ鏡ヶ浦ハ今日モ□□畔波ノ影響ヲ受ケテ風無キニ波ガ高カッタ。
又シテモ船出ヲ止メテ実験室ニ講話ヲ聴く。
1.
North seaニ於ケル海洋調査ノ結果ト気象、林業及漁業トノ関係ニ就テ
丸川技手
2.
魚類ノ稚魚ノ研究
神谷助手
午後カラ沖嶋高嶋間ヲ曳イテ来タPlanktonニ就イテ実地ノ検定ヲ試ミタ。
ソシテ約二時間モタッタ頃、再ビ岸上理学博士ガ来場セラレ、次ギノ如キ講話ヲセラレタ。
さはら類、まぐろ類、かつを類ノ査定
講話ノ後デハ未ダ夕食迠ニ時間ノ有ッタニモ係ハラズ、各自ノ自由行動ヲトル事ニ成ッタ。
更ニ顕微鏡ノ実験ヲ継續セラレルモノ、講話ヲ謄写版ノ原紙ニ筆記スルモノ、
又、戸外ニ黄昏レノ鏡ヶ浦ノ為ニ絶叫セルモノ、或ハ更ニ舟ヲ浮ベテ孤島ヲ後□ニ
陸ノ人トナルモノモ有ッタ。
七月十三日
打合會ノ最後ノ日デアルト云フ今日、漸ク船出スル事ノ出来ル天候ト成ッタ。空ニ貮分ノ
雲ハ漂ウテ居ッタトハイヘ暑イ日ノ□ハ容赦ナク照リツケタ。
午前八時□□□□高嶋ニ於ケル総テノボート、Sagittaヲ始メCalanus,
Naviculla,
われから等ニ海洋調査器具ヲ積込ンデ沖ノ嶋ノ北方バラ根附近海洋調査ノ実
地ヲ見聞シタ。
第一、
丸川技手ニヨッテ丸川式中層採水
器ノ使用法、次デエクマン氏潮流計ノ使用法并ニ
其ニヨル潮流ノ測定及中層プランクトンネット使用法ガ説明セラレタ。
丸川式中層採水器ハ今迄ノ水産 □□□ノ採水器ニ比シ便利ナルハ其□□□仝時ニ
103p
使用シ仝時ニ数層ノ水ヲ別々ニ採取シ得ルコトデアル。只惜ムラクハ仝器ノ
採水ハ□□□□□塩分検定法ニ使用ノ目的ナルガ為メニ其容量少ニシテ
目下各府縣ニ行ハルノ比重計ニアル比重測定ニハ其水量少ナキニ□ラルノ厭アル
コトデアル。然ルニ兎ニ角便利ナル器具ノ新製ニ開イタハ吾人ノ大ニ感謝セネバ
ナラナイト同時ニ各府縣ニ於テ、此等ノ新シイ器具ノ購入ガ容易デナイ、現在ハ
漁業基本調査ナルモノノ地方ニ於イテ位置ヲ□ハサルヲ得ナイ。
今日エクマン氏潮流計ニヨリ沖ノ嶋北方ニ於ケル潮流ノ速度ヲ測定セシ結果
SWノ方向ガ一分時約300□ノ速度ヲ以テ流レテオル
コトヲ知ッタ。
吾々ガ海洋調査ノ実習ヲシテ居ル間、附近ニ数隻ノ軍艦ガ停泊シテ居ッテ餘音
嫋々タル□□□驚カセテクレタノハ荒レタル吾々ノ心持チニ云ヒシレヌ□□ノ念ヲ與ヘタ。
沖カラ帰ッタ時ハモウ正午近クデアッタタメニ晝食ヲ済マシテ実験室ニ集マッタ。
午後丸川技手ノ“鰻ノ研究”ト題シ本邦産鰻ノ分布、成長度等生態学的研究ノ
結果ヲ公表セラレタ。
講話ガ終ッテ今回ノ打合會ノ最後ニモー一度相談會ガ開カレタ。ソレハ島根水試
ノ山田技手カラ提出セラレタル石花菜蓄殖法ニ関スル磯掃除ノ効果(経済上ノ見積モリ)
ニツイテ討論シ、次デ對州水産組合安重氏ノ提出セル□□ノ蓄殖法、及鯛ノ蓄殖法ニツキ
テノ意見ガアッタ。
午後2時近キ頃會長ノ発言ニテ討論ノ終局ヲ告ゲ、有耶無耶ノ中ニ第三回漁業基本
調査打合會モ閉會ト成ッタ。
開會ノ始メニ当ッテ下所長ノ熱心ナル挨拶ノ辞ガアッタノニ其閉會ノ今日、一言ノ断モ
無カッタノハ聊カ物足リナイ心地ガセラレタ。
然シ在場五日間ノ生活ハ如何ニ吾々ノ頭脳ニ新シイ事実、有益ナル事報ヲ注入
スル事ガ出来タロー。短カイ五日間ハ只々多忙ノ中ニ過シテシマッタ。謄写版ト成ッタ諸
先生ノ講話ヲ再ビ閲讀スルノ時、吾々ハ□暑中御疲労ノ色モナク熱心ニ指導
セラレタル先生方ノ努力ニ向ッテ新シイ感謝ノ□ヲ表示セズニハ居ラレナイ。
黄昏ハ□カク各□ニ離別ノ言葉ガ交ハサレ始メタ。三十有余人ノ賑々シキ生活ハカクシテ
次第ニ一種ノ哀調ヲ帯ビタル別レノ言葉ニ□□□□□ノ嶋ノ□□ニ帰□□□□ノデアッタ。
空ハ再ビ灰色ニ曇ッテ磯辺ニ寄スル浪ノ音モ印象トナク哀シサヲ□□。
104p
[このページ、原文は縦書き]
□・・・・・・・・□うん鷹まるにいとさ
ちある日を送るにけれと柳なき嶋
□□左ノ十首、(懐かしき島を去るの日 (七月十五日)
○ 諸先生と相語りて
何くれとあつき □・・・・・・・・・・・・・・・・□のいとうれしき
○ 島の生活
□そよぐ吹き来たる風もここちよくおくりし日をわれはしのばる
○ 鏡浦湾
客人に見せばや嶋のしづかなるなみしろきおきの四方のけしきを
○ 吾れ島を□・□
静かなる嶋の中にも□・・・ □動けとよする波のおもしろく
○ 実験談と□・・□
□・・・□語らばけさも玉手箱と□・・・・・・・・□
○ 御互の奮闘を祈りて
□・・・・・・・・・・・・ □ひとすぢに奮いたたなむつとめし鷹ノ島
○ 以後之決心
ひとすぢに □・・・・・・・・・・・□きわめつくさむ□うき里に
○ 別れを惜しみて
□・・・□海山 □・・・・・・・・・・・・・・・・□おとづれやせむ
○ 再會を祈りて
何くれと語りし事のしのばれてまたのあふ日をわれやまたなむ
(□□)
吉田潔
[吉田潔は養殖科第15回生で、この日誌の15回生の所にも短歌あり]
105p
七月十四日 晴
風邪強シ。例日ノ如クニplankton netヲ引ク。
沖高ノ中間ナリ。風浪稍高シ。
晝飯後、游泳ニ出ズ。
沖ノ島ニ至リ雑談ニ更ケテ歸航、休憩定
時ニ後ルル一時半、丸川先生ノ訓戒ニ
悔ス。夜三四人、館山ニ行ク。
雲千里風一陣ニ軒
近シ
106p
大正三年五月十二日
(養殖科第三學年生徒鹹水魚類発生及び
[プランクトン]研究の為め高ノ島に出張を命ぜらる)
昨夜来ノ大雨モ幸ニ晴レ渡ッタ。午后一時養殖科第三学年
生十三名ヲ運ンデ来タニ万噸内外ノ保全丸ハ波静カナ
名シオウ鏡が浦ニ着イタ。高ノ島カラ発動船ガ姿ヲ
見セタ。指導教官ヲ□メ十五名ハ神屋君ト共ニ島ニ上ガル。
弁当ノ用意ノナカッタ為□□、先ヅ第一ニ食□ニ走リ込ム。
一休ミシテ□・・・・・・・・・
五月十三日
一同七時頃ヨリ黒鯛買フ所□二隻ニ分乗シテ館山行キ。
不幸一尾ノ雄モ見ルヲ得ズ。午前中ハboat漕ギノ練
習ニ終ッタ。
午後ニナッテモ□□ノ黒鯛ハ持テ来ソーニナイ。詮方ナク又
帆船トboatヲ□□□カラノ風ヲ利用シテ館山町□□
高ノ島□□「こませ網」ヲ曳ク事二回、まぐろカ鰻カト
思ヒキヤ、アミ、ヨージダイ、カワハギノ稚魚・・・
□□浮ク。為メニAquarliumハ賑カニナッタ。
稚魚二三尾ヲ見ルノミニテ日モ暮レタ。
五月十四日
午前中ハ十一尾ノ黒鯛ニテ □□□、□□ノ餌料ヲ見ル。
晝飯ニ黒鯛ノ御馳走ハ□□□□
十時頃金鯛ナラヌ平目ノ雄雌完□ ノモノガ来タ。午前十一時
カラ受精サセタ。発達ハ顕微鏡ニ □・・・□、□・・・□
□、卵ハ遠慮ナク分裂スル。結果ハ極メテ良好。
徹夜ノ用意ニlampノ掃除モ出来タラシイ。砂ニケガカレタ廊下ニ
四ツマデ□□□ト列ベラレタアル。
天野君ガ徴兵受検ノ為メ□ノ□汽船デ東京ニ立ツ。
107p
実験室ノ中ハ賑ヤカダ。 □・・・・□発生ノ途中許リダカラ
十二時ニナッタ。起テ居ル。二時ニ起レタ。然シ、三時ニ・・・・・
四時ノ□□声ガスル。三四名ノ有志ハ力モ□レタル体
ニテ□□シタ。
五月十五日
二時モ過ギテ三時モ去ッタ。四時少シ前、魚体ガ□円ニナンカモ半
透明ノ卵中ニアラハレタ。コーナルト二三ノ眠ッテ居ル人モ
叩キ起コサレル。今日ハ特別ニ朝食ノ鐘ガ早イ。疲労ノ□ニ
シカモ力無ニ食堂ニ走リ込ム。魚ニ□・・・・・・・・・□
ダッタ。昨夜来ノ空腹ノ □・・・・・・・・□。各人ハ食フ為
メニ生キルカ、生キル為メニ食フカト問ハレタラ、生キル為メニ食フ
ト答ヘソーナ顔付キデ卓ヲ囲ンダ。
空腹カラ満腹、極端カラ極端、 □□□コレハ各人ノ踏
ムベキ道デナイ。中庸、中庸。 □□ノ人ガ出来タ。
午后東京カラ岡村先生着島。先生ハ□□□□□□実験室
□・・□。水産講習所ノ井田君来訪。
実験室ハ十時頃マデlampノ光リニ輝カサレタ。
五月十六日
一昨日ヨリノ曇天ハ本朝ニナッテ遂ニ雨トナッタ。
平目ノ発生ハ追々進ンデhatch out stageノモノスラ見ル
様ニナッタ。
岡村先生ハCodiumノMicro. Macro
opereunノ□□
及ビ形状ニツキ説明セラレタ。シカモ□・・・・・・・□
例ノ磯ノ掃除ノ実習モ一辺デ済ンダ。
一同各々十時頃マデ実験室ニテ顕微鏡ト首引キ、
明日ハ日曜日イ云フ声モ初夏ノ□ ノソレノ様ニ□□□。
確カニ二三度聞コエタガ未ダ□ノ云フニアラズト云フ
108p
様ニ白波ヲ□□ヲ渡リ来た風ハ □□質ニ硝子窓ヲ叩ク。
五月十七日
平目ハ大部分hatch outシタ。結果ハ良好ト云フベシダ。
本朝ハ既ニStomack inteodin, Naorl Skc見ル□
□□□。Zoek sacモ□・・・・・ □未ダ吸収マデ□□□
□□□□。□・・・・□曇天デ誰ノ顔ニモ晴レ晴
レシイ□ガナス。
午后ハ少々ノ講□□計リ□海岸ニ至リ、実物ニ付キ岡村先生
ノ教ヲ乞フ。実物ニ付キテノ各人ノ□□ハZeroダ。
時々ハ□ノ種ノ講習モ欲シイモノダ。
□□ニ日曜日ノ晩ダ。 □・・・・・・・・・・・・・・□
□・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ □
二階ニハピンポン玉ノ音ガ静カナ闇ヲ破ッテ□□シク聞コエル。
碁石ノ重々シイ音ト対称シタ □・・・・・□
九時頃突然三原山ノ噴火ト云フ □□ハ□□シタル空気
ヲワタハリテ□□ヲ打ツ。空ハ □・・・・・・・・・・□
□・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ □
□・・・□洲ノ嵜ノ□□タル山ハ真黒ニ見ユル。
其ノ後ニハ□千丈ノ火柱ニテ時ナラヌ□・・・・・・・□
五月十八日 (晴)
午前中生徒一同平目ノ発生ヲ見ル。特ニZolkガ□□
セントスル今日未ダ未ダ死ニソーニナイ。疑問ニ□シテ
居ル男ガ□・・□ 問題ハ今朝マデハ解決ノ運ビ
ニ至ラナカッタ。
岡村先生ハ今朝外房白濱ニ御出ニナル。明日
御帰リニナル□
生徒大月菊男ハ徴兵検査ノ為メ一時ノ汽船ニテ
109p
東京ニ向フ。一同ニ見送ラレテ、特ニ本船ニ乗ラントスル君ノ姿
ノ勇シ哉。
東京カラノ八時ノ汽船ハ徴兵検査ノ為メ帰省シテ居ッタ
天野京一君ヲ乗セテ居ッタ。検査如何ニト問フ間
モナク、元気ラシクシカモ、 □□□音聲□□□、甲種合格
問フタ人モ何ノ為メニ尋ネタカト問返サレル様、言葉ヲ発
シ様トモシナカッタ。□言フベキ事ヲ□□ナカッタノダ。
暫クシテ誰カガ言ッタ。君養殖科ヲ代表シテ行キ給ヘト。
十九日 快晴
昨夜コッソリト駆逐艦ガ四隻館山湾ニ入ッテ居ッタ。
ソレモ湾ノ全面ヲ濃ク濃ク被ッテ居タ朝霧ガ取リ除カ
レテ始メテ見ルヲ得タノデアッタ。
昨日マデ盛ンニ上下運動廻転ヲシテ居タ平目ノlarvae
ガ□□不可思議ト思フ程本朝死体ヲ見セタ。只
神屋サンノコップニ十尾程淋シソーニ浮イテ居ル。
黒鯛ノ稚魚ハ如何ニシテモ得ル事ハ出来ナイ。詮方ナク
平目ノ親ヲ買ヒニ行ッタケレドモ採卵スル様ナモノガ無イ。
二尾ヲ持チ帰リ解剖ス。雄親ノ生殖口ノ異ナル点等
ヲ詳細ニ見タ。
プランクトン中ニ一尾ノlarvaeヲ見出ス。査定シテコレガ黒
鯛ノlarvaeナル事ヲ知ル。
好天気ノ勢カ、島ニ来ル者多ク参觀者ニ安房中学校教諭
有リ。
岡村先生ハ日没後帰島サレ、御土産トシテ箱入上菓子
一個、六十五本ノ指ハ盛ンニ出没シテ立チ所ニ箱ノミ
ニシテシマッタ。
110p
廿日 雨
廿日、判読できない部分多く翻刻できない。
廿一日、午前雨 午後晴
廿一日、判読できない部分多く翻刻できない。
111p
廿二日 快晴
廿二日、判読できない部分多く翻刻できない。
大正三年七月七日及九日ヨリ
養殖二年生七名夏季実習、漁業基本調査打
合會三十名及講師五名着島
七月九日
本日ヨリ養殖二年実習初メ、朝プランクトンネットヲ沖ノ島附近ニ
曳ク。八時ヨリ十一時半マデ採集材料ニヨリ実習ヲナス。
かははぎノラーバモ入リヰタリ。漁撈生来島。
午後一時ヨリ三時マデ実習アリ。
漁業基本調査打合會員及講師来島セラル。
寄宿舎賑。
112p
七月十日
朝ヨリ風烈シク海ハ荒レ狂ヒ、雨サヘ加ハリ[プランクトン]ネット曳キモ
ナラズ。午前八時ヨリ午後四時□ デ講習会。岡村、
中澤、丸川、等ノ諸先生ノ講演アリ。
風ノ絶ヘ間ニ辨天下ニ釣リ垂レシモ特ニ一尾ナク唯
海賊ノ卵一束ヲ拾ヒテ帰ル。
此日風波ヲ避ケテ帝国軍艦、金剛、□洋、□波、石見、
薩摩、等六隻、無烟堂々湾内ニ入リ来リ停泊ス。
夜講習会ノ諸氏ハ館山町ニ宴ヲ張ルベク荒レスサム
波風ヲ犯シテ上陸ス。寄宿舎一時ニ□・・・□
生徒ノ食欲ハ無聊ト共ニ激発シ来レリ。茲ニ於テコンパ
ヲ開キ抽籤ヲ行ヒテ勇士三名ヲ抜キンズ。時ニ風浪
ノ猛烈極ニ達ス。然カモ三氏ガ勇ヲ越シ烈限ナ
戦ハ二時余、漸ク軍艦ノ探□燈ノ光ヲ浴ビテ
帰島ス。共ニ壮□、快哉ヲ叫ブ。 □ニ無□ナル
茶宴ヲ開ク。宴ハ夜ト共ニ更クレドモ快ハ盡キズ。
壮ハ□□□。共ニ胸襟ヲ廣ライテ臥シテ□□ス。
時正ニ十時、サレド講習会ノ諸氏ハ未ダ帰ラズ。
七月十一日
昨夜の名残未だ盡きず。午前大風に尚雨を交へて吹き
すさむ。正后より大風雨惜気なく晴れて天日を見る。
時正に三時、所長、岸上、木村教官来島す。諸先生の
講話あり。一同謹聴せる。後写真撮影の事あり
て所長□館山に帰らる。学生も無聊を慰さめんが為め
各々陸に赴き雲鷹丸を訪ふ。日落ちて海黒々、波
響漸々切なる時一同各々感あり。吐息を忍ぶものあるも
亦しほらし。談□□□□東京の事に及ぶ。誰か懐かしまざる・・・
「君子志を立てて高の島に至る。プランクトンを窮めざれど金盡
くるとも帰らず」。之れ時光閣下の名句なり。只見る今日の夕
食が数日のアヂ攻めを免れて固き牛肉にありつきたる為
め一同満腹をかかえて苦笑せるを。
113p
七月十二日
今朝は天気一轉し風和ぎ見渡す青海原は恰も鏡の如く
誠に鏡が浦なり。
八時より例により講習会あり。岡村、中沢、丸川、諸先生の
講演ありたり。午後も又三時迄planktonの実習、学生及
講習生共ニ仲々賑かなりき。夕食後三四名上陸
せり。九時半寝につく。
七月十三日
天澄み、風和ぎて海洋調査は絶好の日和である。
□□船、Sagitta, Warecala, Calanous, Navicula □□を
引き、調査会員及生徒は分乗し沖の島の少し沖合にて丸川先生より
器材の原理、使用方法につき綿密なる説明があって実施されたが
精密なる機械であるだけ、それだけ故障があった。エクマン式潮流計
を試験して居る時に撮影した方があった。
生徒ハ一行に引かれて帝国軍艦見物□・・□新式旧式
は勿論艦種によって大なる差ある事を認めた。
□□の軍艦金剛の遠望は□□何とも記録さる偉観
であるが何分□□河内の戦艦に比べて素人見には
構造に於て軟弱であるらし。 □・・・・・・□
しかし獨り十四時砲十二門を備ってゐる偉力には驚かざる
を得ない。
七月十四日
朝Plancton netヲ引キテPlanctonヲ取リ来リ。顕微鏡ニ
テ、ノゾキシノミ。他ニ何等記スベキ事ナシ。
七月十五日
前日同様、何等ノ記事ナシ。
114p
七月十六日 快晴
例ノ如ク、朝食後プランクトン採集ニ出ヅ。
波穏カナリ。午後第一艦隊司令官土屋少将来観。
夕、寄宿舎ニ於テ、小学校教員茶話会アリ。
七月十七日 快晴
僕等の島籠りの生活はもうかれこれ十日余りに
なる。島籠りに稍倦怠を覚える程になった。
東京に居て房州、房州とあこがれた其房州へ来て
僅か十日余りで東京が恋しい。二日三日と続けて島
に籠って居る事は出来ない様な、次第次第に気が
滅入って行く様な心理状態に陥って来た。
是は僕等の若い圧せば溢れ出る程のエナージイと
好気心とを満たすのは余りに島が狭い為めで
は無からうか。声を大にして云へば日本と云ふ
島国に住んで籠って居る日本人の国民性が
早熟、島国根性を有する理由も全々□□かれる。
そして僕等は狭小なる島国に籠って居ながら
□程の狭隘も感ぜずに満足して居る。大陸の壮
大な気分に應々ともしずに居る。僕等の所謂
島国根性の□□□□□をかけたまえい。
今日は丸川先生の実習最終日である。
午後石井先生着島あり。
又僕等の仲間の三人のものは夕方漁撈の
方へ實習に□□□て島は一層索漠
裏に沈み行く。
115p
七月十八日 晴
今日ヨリ丸川先生ト石井先生ト交
代シテ監督指揮ヲトル。
コノ日ヨリ午後ハ自由行動ヲ許サル。
殊ニ精神修養ヲ可トスト。
午後那古ハ觀世音詣デト
洒落レル。コノ日水泳ハ休ナリ。
七月十九日
本日ヨリハ午前五時半起床、早速net引キニ出掛タ。
海膽ノ受精ナスベキ筈ナリシガ材料ヲ得ズシテ止ム。
顕微鏡ヲノゾキシノミ。
午后ハ日ノ暮レル迄水泳ヲナス。
七月二十日 晴
五時三十分、おばさんに起されてプランクトンネットを曳ク。
八時実験室に□□顕微鏡下ニ調ブ。
晝前うにノ採収ヲナス。
明日受精セシメンガタメナリ。
夕漁撈実習ノタメ、漁撈ヘ餘リノ4人
行ク。
七月二十一日 晴
六時半起床、スグ、プランクトン採集ノタメ海ニ
漕ギ出シタリ。八時ヨリ実験始ム。
午後三人ニテボートニテ那古、船形ニ行ク。
午後七時帰ル。九時半床ニツク。
116p
七月二十二日 快晴
朝和ぎの為め海面極めて平穏で[プランクトン]採取に
出掛けて沖の島で暫し休息。湊で雲丹採取している内に
稍大きなたこがぬるぬると出て来て□驚した。捕へようとして
おったが遂に捕らえなかったのは残念であった。
そうしてもう一つの出来事として特筆すべきは[プランクトン]網を引いて
帰る途中時ならぬ波紋を立てて前を横切らふとしたものが
あると思ふめに鯨形の尾をひらひら出して□□立つ
ようなボウトノ右舷をかすめて過ぎ去った。鰛でも
追ひかけて□珍しかった。
実習雲丹の人工授精で受精後卵 □□□の分裂を見た。
等比級数的小分裂して遂に判然と見分け難きに至って止む。
午後は□帆演習をなす。畧々成功したが追ひ風を避けて
進むは未だなし得なかった。物見附近迄□□□□□
行って、夜は無為で暮らした。
七月二十三日 晴天
昨夜より南風吹き荒れ波高く、依て
プランクトン引は休み、鯵ノ解剖のみ。
午食後ハ水泳、或ハ釣、□□□午睡す。
五時頃目ヲ醒す。夜になって漁撈へ行った
連中帰る。十時床につく。
七月二十四日 快晴
六時起床、南風強シ。八時ヨリ実験場ヘ出ル。
ウニノ解剖ヲナス。
午後波浪ヲ冒シテ、石井先生外数名
軍艦くらま見物。
117p
七月廿五日 快晴
石井先生から実習は今日にて切りあげと
申渡しがあった。実習ももう終りと聞いては
流石に□□惜しい様な気がしないでもない。
唯僕等は被動的に顕微鏡覗きに三週
を費したばかりであった。
夜生徒七名島見物に宴を張り親睦慰
労の會と名□し胸襟を披きて騒ぐ。
七月廿六日 晴
もう實習も済んだ。島に恋々としてまた僕等も
近くに帰らねばならぬ。
僕等此三週の間にどれだけ房州の自然から
inspirationを感受したであらうか。
僕等の多くは房州の自然の懐深く □□入ら
ず。只其皮相の涼味を掬した位に過ぎない程
らしい。Wildが”The
profoundis”に云った。
“purification in elemental
for eas”は何処にあるだらう。何処
に受けただらう。
斯ふいふ無感受の裏に房州を去るのかと思ふと其
名惜しをば悲となく愁となく若い感傷的な
胸を圧する。
かう云ふ感傷的な心情を抱いて、より以上に房州の
自然と深く接したいと切望して僕等の三名は
烈日直下を白濱までtripを試みた。
tripと出掛くる迄は善かったが、其帰途のあはれな
事、実に
言語に絶し小港行きも何うやら、者に成りさうにも無
くなれり。
七月廿七日
今日はもう帰っても善いと云ふ許可が出た。小港行きの
連中は今日一日休養して明日出発する事にした。然るに
一行の一人本間は骨膜炎か何にかえたいの知れない
118p
病魔の犯す處となり、是れ東京に帰らざるべからざる
運命に立ち至った。其處で小港行きも遂に御流れ
となり、連中も明日は東京へ帰る事になった。
本日午后一時の船で石井教官、渋谷、越田の三人帰った。
續いて夜八時の船で藤本も帰って残るは唯四人中
笠井、本間の両名は明朝一番にて帰京すべく残るは
石森、丹治の両人のみ。
石森、皆の者と水杯を換はして曰く
死ぬ迄丈夫で居れ
之が送別の辞なり。
吾等今年の高の島の実習も之にて終局となり奉候。匆々
119p
大正四年五月実習日誌 (養殖科三年) (18回)
五月十七日、月曜、夜来ノ大風雨止ミテ快晴トナル。
昨夜ノ時化ニ苦悩セルモノニヤ、疲労シタ顔色ヲシテ今朝到着シタ
汽船カラ島ニ上ガッタ面々ハ三木、幸田、長田、高島、磯野、劉、
日比谷ノ諸君デアッタ。
午後一時ニハ妹尾技師一番船ニテ来島。
夜、名バカリノ茶話会デ島ニアル無料ノ音楽者、呂昇、奈良丸、
錦心、〆治等一流ノ肉聲ヲ聞ク。夜行ノ船ニテ睡眠不足ノ
為メニヤ、流石の音楽も耳に入らず。上下のまふたが中好しにな
りそうなのが二三人出来たので、程ヨヒ頃ニ切リ上グ。
十八日、 火曜、 晴、 北風微風
今朝ヨリ愈実習ニ着手、朝着ノ船ニテ沢田君来島。
午前八時総員カサナ村ニ赴キタルニ幸ヒナルカナ、浩篭ニひらめ
三尾アリ。直チニ採卵シタルニ上等ノ雌一尾ニ雄二尾アリ。八時半ニ
受精ヲ了リ、明日ノ親魚ヲ依頼シテ急ギ帰塲、直チニ鏡下ニテ
Cleavageノ進ミテかめらニテ写生ス。此developmentノ内
尤モ大切ナルheadノ出来ル所ガ丁度夜中ニナッタノデ午前ノ
二時近クマデ仕事ヲ續ケタ。養育ノ状態好良。
十九日 水曜 晴
朝一同昨日ト同ジ村ニひらめヲ見ニ行ク。ひらめ六尾アリ。
直チニ受精ヲ試ミタルニ卵ハアリタレドモ死卵多カリキ。
夕刻小池君来島。
二十日 木曜、 晴、 午後大雷雨 −
雷ぼっけ台ニ落つ
朝、第一回ニ受精セルひらめ孵化ヲ始ム。
Planktonハ頗ルpoorニテ動物性ノモノニ珍ラ
シキモノナシ。
殊ニ普通ノCalanusスラ居ナイト云フノハ寧ロ不思議ナ
位デアル。夕刻左田ノ生□ニ黒鯛ヲ見ニ行キシモ雄ノミデ雌ナカリキ。
120p
二十一日 金曜 晴
午前ハ孵化後二日目ノ稚魚ヲ寫生、午後ハPlankton中
ヨリ撰出セシ黒鯛ノ卵及Planktonヲ調ベタ。相変ラ
ズPlankton poorナリ。
午後五時半一同左田ノ生□ニ行ク。黒鯛ノ好ク熟シタル
雌二尾アリ。精又奔出スル位ニ上等ノ雄アリ。六時半ニ
受精ヲ了リ、大成功ヲ祝シテ島ニ帰リ、今夜ハ細胞ノ
数三十二ニナルマデ検鏡ス。
二十二日 土曜 曇天、 気温下ル
[晨]五時振鈴、諸君起床七時朝食八
時振鈴、諸生登試験室孵化黒
鯛魚子卵変化、□状態変形、顕微鏡観測竝製圖、正當桑椹期逐形揮
晝於圖此上朝□高島日比谷二君及予同乗西洋形船一艘赴沖島左
近浮游生物採取竝測量水温至七時半歸舎。
[午後]一時登試驗室妹尾先生之橈脚類
講義其次各生仍鯛卵觀
測製圖鯛卵之状態頭部伸長成半魚形至晩八時半課畢歸寝室各生互
相談笑小時就寝。
大正四年五月二十二日一日全班生徒所作事業
支那留學生劉彭誌
二十三日 日曜 雨天
夜来の雨霏々として降り續く。風浪又高し。何とはなく入梅の如き心地
す。雨と風とに恐れをなしてPlankton採集を見合はす。
八時頃より実習にとりかかる。黒鯛の卵及び鯳の稚魚気温のため発
生良好ならねども尚少し宛Developして行く。當番三木、磯野、
小池、採卵済の鯳二尾を解剖す。卵の重量、卵巣の重量、測
定、かくて午前を過ぐ。
正午岡村先生來島。風浪益々烈し。午後研究を續く。
夜岡村先生歡迎、妹尾先生送別をかねる茶話會を開く。
雨又止む。
黄昏辨天祠下に鯳の人口授精を行ふ。
二十四日 日曜日、 曇后晴
午前六時、幸田、長田、澤田ハ沖ノ島方面ニplankton採集ニ出帆ス。其採集量
少シト雖モ途中Noctilueaノ群游ニ出會ヒタレバ別ニ採集シ帰ル。其中ニ不明
121p
ノ一幼魚アリ。其色素ノ配列頗ル面白シ。一昨日受精ノくろだいノ卵ハ多ク変死セルヲ
見ル。是レ或ハ水質の為メニ依ルカ。受精当時一ツノ死卵無ク頗ル好成蹟ナリシ
者故遺憾ナリ。A.M.9’. 30”ニ発動機船ニ乗リテ湾口ニ出テ海洋基本調査ヲ
見学ス。波浪静ニシテ恰モ疊ノ上ヲ行クガ如シ。Engine甚ダ調子好ク三十分
ニシテ湾口ニ達ス。透明度ハ約八尋半アリヤ。200, 250mノ海底温度及ビ
Planktonヲ採集ス。及ビ表面ノPlanktonヲ採集ス。Rhazosalemiaノ多量
ナルコ
ト頗ル注意ニ價スベシ。□A.M.10’ 30”ニ湾内ノ中央ニ於テ同様ノ仕事ヲナス。
途中ほんだわらノ中ヨリ鯵ノ幼魚数尾獲ヘ黄色ヲ呈シタリシガ帰途既ニ
Adaptationニ依リテ黄色失ナテ青色トナリテ班
紋美シ。中食ニ又々
差身ナレドまぐろガ混ズ。午后三時ヨリ岡村先生及妹尾先生皆々沖ノ島ニ介殻及ビ
海藻採集ヲ行フ。先発ノ岡村先生ハ沖ノ島ヲ廻ル途中、彼ノトンネル
ヲ越ス時頗ル□□□□様子ヲ游バサレシ由ほのかにモレウケ給ハル。又
妹尾先生ハ□□帰途Sailingニテト強イテノ御勸タナレバ三木Sailing博士
かしこまりテ凡ソ二時間半餘リヲ要シテ帰ル。同船ノ中華民国人劉大人ハ腹ヲ
すき戸橋目ヲ白黒トカシテ漸ク渡リツキタル頃ハ燈火赤ク点サレ神谷助
手先生ハ御馳走おしるこヲ破レル程腹ニ積メ込ミタリ。月ハヨク松風
琴ヲカナデ、あわれフクロハ高ノ島ノ奥深ク鳴ケドモ最早ソンナ風流心ハ
何処ヘヤラ、床中遠クアラビアノ野原ヲ辿ル一青年トナリ。志ヲ立テ郷ヲ
出デシ我今如何デ之ノ荒原ニ倒レンヤ。母ハ我ノ詮無キコトヲ願ヒ給フゾ。
父ハ我志成ラン事ヲ望ミ給ヘシ。嗚呼我古里出デテ幾日ナルカ。努力
セヨ、忍ベヨ、嗚呼カナーンハ近ケリ!、カナーンハ近ケリ!
二拾五日 火曜日 快晴 気温下ル
例ニヨリ朝食前ニplanktonヲ沖ノ島附近ニ採取ス。今朝ハ風ナケレドモ
波高ク為メニ□□ノ困難ヲ感ジタリ。相変ラズ植物性plankton
多クシテ動物性plankton少ナシ。本日ヨリ岡村先生ノ海藻ノ実験
ヲ開始ス。材料トシテハEnteromorpha, Chaetomorpha
ふさのり、Ulva等ナリ。本日午後岡村先生ヨリ例年の通
リ僕等ノ卒業後ノ方針(卒業後ノ最理想)ノ尋問ヲ受
ク。同期生総計15名ナレド実習ニ来テ居ル10人ノ
モノ各々希望ヲ述ベタリ。實業家アリ、研究家アリ、或ハ官海
ニ游泳セントスルモノアリ。文筆ニ親シマントスルモノアリ
テ□希望区々タリ。嗚呼吾等同期生ノ前途や如何、
願クハ幸アレカシ。
122p
五月廿六日 水曜日 晴天
今日は朝から天気はよくて波もなく風もなく海面恰も油を流したるが如く
鏡ヶ浦の名に恥じざる好き凪であった。昨日から洲の崎の方へ
海藻の採取に行く事となって居たので早朝から起きて目をこすり
ながら機械船に乗り込んだのは六時半頃、機械船は無い時なれバ
てくてく三里の道を歩るくか、汗水だらけになって漕いで行くべきところ
を僅か一時間で然も續きの寝りに夢路を辿りながら行くことは出来
た。此處は沖の島と異って外海に面して居るだけに二三の知らない
海草もあった。が岡村先生に聞きたりして難なく其の名を知った。
岩を踏み、水に入り、芝生の上に横臥れる牛を眺めながら珍らし
い海草をバケツに□めて帰った。途中五兵衛の生洲を
見物、若者優りの老人ありて心よく□□して呉れた。此の爺中々精
力家で然も話が上手で吾々を興がらせる。お茶を御馳走に
なって、イナ
ダ一尾お土産に貰って辞去、又サジッタノお厄介になる。発動機の
單調な音と□□□位な日光とでよい心持で夢路に入る者も
ある。岡村先生のお菓子を頂戴する者もある。唯忙しいのは神谷氏
のプランクトン採集とエンヂニヤの眞塩氏とである。島に帰ったの
は晝近く減った腹を五目飯に舌鼓を打つ。
午后がらは採集した藻類、プランクトンの研究に時を惜しむ。
五月廿七日 木曜日 曇天 風波強し
朝西風、朝よりはげしく実習も今日一日と思ヘバさすがに名残惜しい
様な気もしてともすれバ眼は顕微鏡を離れて窓外の景に見入る。
大武岬、洲の崎に取囲れたる鏡が浦も今日だけは其の名に
叛いて風は白馬を飛ばせて波を吹きつける。さすがの海鳥も飛
ばず。漁舟の影もないと一艘二艘・・・五艘と揃って沖
へ出て行く。何者の大□ぞと眼を定めて見ると意外□・□の
娘子、黒髪を風になびかせ□の帽子を吹きさらわれじと沖の□・□
て漕ぎ行く。級中の名物男マクロ其の人を書きかけた写生圖を
はり出して「やあ来た来た」と実験室を無茶苦茶に駆け廻る勢
□るもあらず。時ならず。
何處にもいたずら者はありて船中より吾等に白きハンカチを振る。
123p
答礼をせないのは悪いと云って少しきまりの悪い顔をした。□兄は、
□れた晒を長い手の先で盛に振り廻して居る。
五分十分舟の影はだんだん遠くなる。嗚呼とうとう行ってしまった、
とがっかりした声は方々から起る。やがて「何處の学校だろう、
東京だ、いや安房女学校だろう、何處へ行くのだ、沖の島だ、
いや帰りはきっと此處へ寄る、さっきの合圖はそれなんだ」などと
盛に想像を運去る。それからと云ふものは実習の合間合間に皆
なの頭は沖の島の方へ向く。それでも感心にぼつぼつとや
って居る。今日のプランクトンは、波は高いのでネットを曳くのを
見合せて古いプランクトンを見る。
此朝、三木氏鈴木病院ノ診察ヲ受ケ盲腸炎トノコトニテ入院ノ手術
ヲナスコトトナリ神谷氏ト岡村先生ト同行して漁撈ノ実習場の一室
に臥すこととなり手續をすまして帰らる。
此日□□清一郎氏来所
五月廿八日(金)晴天 此朝、長
□氏ノ学生七名帰京ス。長田、日比
谷ト三木氏トハ残る。
此実験所開所以来、今日ニ到ル迠此島
ニ起ル処記事ヲ記
して今将ニ巻末ニ到リ帳ヲ換ヘントス。然レドモ
昨年□水産講習所教官ノ事起リ永ク母校ノ運命ヲ換ヘンカト
スル問題□アリタレバ或ハ當実験所モ亦永ク学生ノ実験所ト
シテ存スルカ或ハ他ノ運命ヲ見ルニ到ルヤモ期スベカラズ。
124p
大正七年五月廿日 月曜日 雨天 第22回生 西丑
昨夜カラノ雨ガマダ降ッテイタ。僕ト落合君ガ東京湾汽船発着所ニ着タ
ノハ明六ノ頃ダッタ。二等待合室ニ手組シテ控テイタ一諸生ガイタネー
浜名君ガ二号デ行ノカ。□ニ空室ダカラ失敬シトルトハ良顔ノ皮ダ。
愈々切符買フ段ニ向タガ住所、生名オマケニ年齢迠尋ネル始末、マルデ
関所ノ様ダナート笑タ。ガ仕方ナイ、一枚ノ名詞ヲリエテヤット買取タ
ガ発船迠ニハマダ間ガアッタ。折カラ建部ノ夜雨ガヒョロナガイbody
ヲ現シタ。オ早、七時デイクヨ。早ク切符ヲ買エトセキ立タ。浜名君ガ七時デ
立ツ旨ヲぼーるどニシタタメタノデ心オキナク本船ニ乗込ンダ。船ハ直
ガンタシヒチント音立テテ動キ初メタ。ヤレ金杉ダ、臺場ダトハシャイデイタ
頃ハ良イ心地デアッタガ観音崎ヲ出ルト大洋ノ荒波ガ横様ニブツイテ
来タ。雨ハヤットヤンダガ風ハ益々強リ浪モ次第次第ニ高サヲ□・・□
降参シタノガ元気ノナイヤツダト思フ程揺レ出シタ。弱連中ハ□□
リニ例ノ船風ニ当ラレテ青クナリ白クナリシテイタガトートーヤリ出シタ。ヤ□・□
氣持ガ悪クナッタ。甲板ニアガロー、ウム、ヨカロー、上リハ上ガッタガナカナカ
歩ケナイ。ピッチング、セーリングノアキシスタラ中実ニドッシリ□テイタガ□・□
□□館山湾ニ着スル迠風ハ強カッタノデ拾二時ニ着ベキ船ガ二時迠□・□
ナッタ。丁度原君ト眞潮君トガ迎ニ来テイテ下レタノデ三時ニハ高ノ島エ着タ。
折カラ御握ヲ二十個許リ作ッテ貰タノデ四人シテキレイニ平ゲテ尚、不足ノ顔□・□
□ス連中許リダモノ米ノ相場ガ上ルモ無理モナイ譯ダ。夕景近ク大島、
青木、秋谷、明石、斉藤、加藤ノ六名上陸シタ。僕ト浜名君ガ□□
妹尾先生ヲ迎ニ出カケタ。夕食後、□□、起床、食事ノ時間、其他Plankton
採集等ニ関スル事項ニ□□□ス。九時半頃素直ニ就寝、六時起床セシ時
21日ハPlankton採集当番ノ者ハ既ニ出カケテイタ。八時ヨリ実習ニ□・・・□ひら□
ノ□□受精ヲ行ヒ、其ノ経過ヲ検鏡ス。今日ハ昨日ノ天気ト打ッテ変ッテ日□・□
晴ノ青天井、一片ノ雲影オモ見当ラズ。風モナギテ波ノ音モ□・□
高ク低ク又高ク通ッタ島ノ磯近ク鳴音モスミテ心地良ク□・・・□
勇シク湾内ノ漁船ノ数多ク、アマノ潜リノ面白ヤ。沖ノ島□・・・□
如ク遠ク彼方ニ富士ノ峯、描ケル畫カトアヤマラル。夕陽西山ニ□・□
レバ沖ノ漁火チラチラ波ニウツリテ美シイ眺メニアカズ高ノ島ニテ□・□
125p
5月22日
小鳥のさんざめき遠く消えて行く。発動機の音を耳にうつらうつら
夢を追って居ると「ヤア後れた、失敗った」と今日のネットの連
中がどっとと梯子を下りて行った。
静かな朝だ。
例によって青い海を前に実験室にこもる。
ねづみごち、このしろの魚卵稚魚、Saphirina, doleolium, われ
からなどが認められる。
意想外のものは昨日受精のひらめであった。精子はよかったけれど
も覚束ない卵であったのが見事完全にdevelopしつつある。
小さい難異な生命の奔流。
鏡ヶ浦は其名に相應しい午後Sagittaにのった。活簀に
ひらめを求めたけど、其のすべてが雄、更に沖漁船に求めて
得られず、僕ハまだひの受精の出来たのを果敢な自慰とした
のであった。運命の神のアイロニカルな悪戯にほほえますには
居られない。
そうして茲に喜劇一件、或物の有する特異は同一なりて
ふ眞理は某君の歸納によった事、そこでその激しい笑が実
験室の窓を振はして軒の雀を驚かしたわけ。
沖に行く時吾人は沖の島に残って今年最初の水泳をする。
赤銅色の海女達、たき火にあたりつ潮に這入りつ、其口笛は
遊子の胸を刺す。sex離れた其肉體には何の美が
觀取し得られやう。今日鉄道も程近く通じ東京も□□
事近い此地にこれありとせば今後幾百年後斯かる事一片
の時代錯誤なりと主張する人なしと誰が断じ得られやう。
しかし尚我等は軽蔑をなすを□されぬ。
誰が人の幸不幸を判じ得るものぞ、一度人が静に主觀
する時如何に□□其生命を感ずるものぞ。
哲人詩人の心を以て人生を見ば其職業や其栄達や
名誉や、それ何を関するものぞ。假令1漁夫1海女た
126p
ちも限りなき□は萌え出づる若葉のそれの如くであらう。
受精せしめたる眞鯛は更に発生せず。
旅の未だ落付かざる心は人生を詠ずべからず。□柳を語る
べからず。藝術を賛美すべからず。弱き意志は空しく碁に
将棋に時間を空□□行く。廣い部屋は夜はくらい。
しかしランプの光は落付いてよいものだ。
ふるふ木の葉の旋律と絶えざる潮騒とが淡い
ハーモニーをなして居る。
森でふくろうが獨り時々鳴く。
硝子戸から青い光が寝顔を輝す。 忍冠者
5月23日 たけ
漸く静かな島に慣れたと見え、net曳きの連中の出掛たのは更に覚えぬ。
目醒めた時ニハ森の木々の間ハカーヌインニ染められてゐる。
かにノGaea、ふじつぼのnaupliun、及多くのCopepodaが我々の目を□
□せた。
昨日の折角のまだひの卵ハ如何な理か悉く死んだ。
午前中ハ実験室ニテ時を送り。午後ハ孵化の材料を取りに趨く。
Sagittaにて最初ごち網場にて黒鯛を求む。此も三
尾とも
雄のみで更に雌に御目にかからぬ。黒鯛ハ断念してばら根
に行き、てんてん釣船に個別訪問をなして多大の努力を
なした。此ハ徒労に帰した。僅かに小数のひらめノ卵ヲ得たの
みである。そこで路を陸にとったがここでも市場に持行
き後の祭り、此コニ機械に故障起り、島に帰った時ハ日ハ
西に落ちたのちであった。半日東奔西走して一卵を得ず、
失敗に終る。
晩餐後数人の者ハ月光を浴ひで輝く波を砕ひて館
山に向ふ。此中の一人北條に入って□□なくとある酒
屋の番頭に「此先に賑やかな処はありますか」と尋ねた。
「へえラン」と奇な笑に語りを濁した。同勢の間には笑で
127p
満ちた。
五月二十四日
朝雨が降ったのでPlancton採集に行った人も遅かったが
残った人々はなほ遅かった。例の如く午前中にPlanctonをつつく。
比良目の卵採集者ハ早晝食で出て行ったが他の者ハ午后も
実験室でPlanctonをつついた。
比良目の卵を採集に行った人は卵を取らずに口の大きな
あんこうとえひを取って来た。ヒラでもえひ、からかふ。
光
五月廿五日 土曜日 曇 阿歌志比呂津
具
Plankton採集の當番にあたった三人は四時半に起
床して直に出かけ
た。折り悪しく、天曇り風強く、従って波も高く聊か苦痛を感ぜざ
るを得なかった。漸く沖ノ島を過ぎてnetを張ること三回、かなり
のPlanktonを得たので帰途についた。所が風益々加はり益々困難
を感じたが六時過ぎ幸に帰舎した。
午前中は例によって、ひらめ幼児並にPlanktonを見た。実験室の
横の蓄養池は機関の動力を以て水換へをせられた。
午後も相変らず荒れてゐたが険を冒して二三の連中がひら
め卵を求めるため笠名へ向いた。
幸なる哉、幸なる哉、我等ノ熱□ 遂に天に達したるにや、ひらめ
の卵は得られた。一時四十分人工授精を行ったがその發生
は完全に行はれた。二分割、四分割、八分割、・・・・・・と
發生は次第に進んで七時頃には六十四分割と迄行った。
寄宿舎へ帰って囲碁将棋とはずむ中「コンパをやろう」と
誰かが云ひ出して満堂一致一決した。そして二人が館山へ
買ひに行くこととなった。
七時半出發したのであったが中々帰ってこない。若しや風波の
ために困っているのではなからうかと氣使ったが九時半頃
128p
漸く帰って来た。菓子も出た。茶も出た。そして盛んに口にほお
ばられた。話はそれへそれへと進んで早や十時を過ぎた。
妹尾先生の命令でそれから実験室へ今一度見にゆくこととなっ
た。ランプをさげて実験室に趨いた。そしてランプの下で卵
を見た。卵はもうMolular Stageへと進んでいた。眠ろうと
実験室を出たら、月は皓々と輝いていた。
五月廿六日 (日曜日) 曇 (秋谷)
下記文章の左に「ひらめの受精卵」の図(図中に「ひらめ」と記入)あ
り)
今日は頭の出来る日、然し目や王手も
出来る。いそがしい事、ステキだ。
午前中は実験室で暮す。
午後も実験室。
点燈後は碁と将棋と五目並べと悪口。
それから腹の太さを計って番附をこしらえる。
しるこ
代金負擔
大関 妹尾先生 270分 (曲尺) 100銭
関脇 原 信 268分 80
小結 浜名亀助 264 60
前頭 西岡丑三 250 20
同 大島信夫 250 20
同 斉藤光雄 245 20
同 秋谷 庸 241 20
同 青木三雄 241 20
同 明石博次 240 20
同 建部 豪 240 20
同 落合 清 236 20
小結 加藤喜八郎 256 40
但、腹の太さは臍まわりなり。
300分以上の士なく従って横綱の輩出せざりし
は甚だ遺憾なりと云べしだ。
以上ノ番附順により、明日のしるこを負擔する。
129p
さて臍まわり番附が定まってしるこがきまると御次は
Plankton見立てが始まる。
建部 Diatom (体細くして粘液を出す。)
青木 木槌ぼや (頭大にして体細くひょろひょろなり。)
落合 Megalopo (四角張って居てabdomon小なり)
斉藤 Zoea (前□部と額の生え際による)
秋谷 われから (体極メテ細ク粘□ノ如シ)
大島 あんどんくらげ (体フラフラにして長し)
浜名 Doleolum (ビール樽の如し)
五月廿七日 月曜日 日本晴
此日天気□朗にして水の面は引き張れる布の如し。
午前六時頃よりぼつぼつと頭をふとんより出す輩は鮃の頭の出だすを
見のがす連中なるべし。筆者は青木、加藤と共にボートに打
ち乗り、例によって例の通り沖ノ島附近にplankton採集、
帰り来るにすでに之の世のPlankton共は朝食をパクツク、意気盛なり。
当日は朝食ハ米飯、味噌汁、大根ノ塩漬。
晝食 米飯、豆腐、油アゲノ煮附、大根ノ塩漬
夜食 鮃ノサシミ、米飯、大根ノ塩漬
鮃ノ発生は前日ノ面白き御流にて注意すべきものなしに□□膜
を打破りて荒き太平洋の風波にもまるる第一歩、吾人今日の
境遇と比較して感なかるべけんや。
Planktonには建部あり、斉藤あり、落合、青木、
大島、浜名、はた、秋
谷、偉大なるかなPlanktonの勢力。
佐藤玄三郎氏午後四時半来島、船底附属試験の為めとか、
前日の臍まわり番附の順序により招集金として臍しるこを作る。各員の意
気、強大し地軸も破れん、鯨飲とは之の光景を指すべきか、
其の成績次ノ如し。
大関 加藤喜八郎 7杯 関脇 落合 清 5杯
小結 秋谷 庸 5杯 前頭 斉藤 光雄 5杯
130p
前頭 建部 豪 4杯 明石 博次 4杯
〃 西岡 丑三 4杯 浜名 亀助 4杯
〃 大島 信夫 3杯 原 信 3杯
〃 青木 三雄 2杯 佐藤玄三郎 2杯
〃 妹尾先生 1.5杯
以上の番附を得たれども之は常態にあらざるなり。
即ち明石君の4杯はあまりに少きに失したり。之は人目から
□□□に大いに馬力を引止めたるものにして、さぞかし夢にうなさ
れしならん。青木君は今朝Plankton採集の時□我慢して□・・・□
せしため、ざーざーを引き起せし為めなり。妹尾先生の1.5杯
も大いに理由あり。先生には晝飯を四時頃四五杯?も食は□・□
たるならんとは知る人ぞ知らん。
之の時□□□午後五時、しるこ一杯の量約一合半、
午後七時再び夕飯を食す。
之の夜大食家の投票を行ふ。衆目の指す所ほぼ明石なり。
横綱 明石博次 大関 加藤喜八郎
関脇 妹尾先生 小結 浜名亀助
前頭 建部 豪 前頭 落合 清
〃 斉藤光雄 〃 西岡丑三
〃 秋谷 庸 〃 青木三雄
〃 原 信 〃 大島信夫
以上の成績を吾輩通觀するに食事に時間を長く消費する
事を以て、其の量を見ずして成績如何を決定す。悲しき事かな。
嗚呼現在の□□、皆之の輩なり。
月は中天にかかり、波にくだかる。雑談しばし止ます。
「ごんごんごん」と十回たたく。「さあ寝やうー」
青き光窓より、すうーと挿込む。 K. Ochiai
五月廿八日 曇り 午后雨ノ降ル。 青木
昨夜蒸シ暑カッタ為メニ縦横無盡ニ床ノ中デ体操ヲ行ッテ居ル
者ガ多カッタ。
131p
朝薄黒イ雲ガぽいしんヲ着タ様ニ島ヲ包ンデ居タ。Plankton
採集ノ連中ハドヤドヤ支度シテ出カケタ。他ノモノハ今久ラクト穴籠リ
シヤッタ。鐘ガナッテ起キ出シタノハ六時スギテ居タ。折リシモ夜雨
―雨ノ来タルアリテシーズヲ濡セルヲ見タリ。
今朝ハ昨日編成セラレタ貪食蕃附ニヨリ東西ニ分レテ花々シク土表
入リヲシタ。而シテ混戦稍々久シキニ及ビ東方ノ加藤関大ヘビー
ヲ出シテ奮戦セシガ終ニ西方ノ雄ニ帰セリ。
東方 西方
加藤喜八郎 明石博次
浜名亀助 妹尾秀実
落合 清 建部 豪
西岡丑三 斉藤光雄
青木三雄 秋谷 庸
大島信夫 原 信
八時四五六分過ギテ実験室ニ入リ例ニヨリ例ノ事ヲナセリ。
本日比良目ハ全部完全ニ孵化セリ。午后鮑ニ片假各
ノ種ヲ附シ五十個禁漁区ニ放養ス。
二時頃種々雜多ノ客数各来島シタリ。
昨日ノ残リノ汁粉ヲ食ウト競ッテ食堂ニ来タ時玄関ヤ廊下ニ物
珍シイ褐色ノ四合瓶ガ大分列シテ居タ。何タルベシ?
メートルヲ上ゲタ連中ハ鐘ヲ振リ廻シテ大動乱シヤッテ無邪気
ニ眠ッテ居ル子供ヲ驚カシテ失敬。
一杯半ノ汁粉ハ特別ノ味デアッタ。ソレカラ二階ニ昇ッテ目星ヲ付ケ
テ居イタサイダー、苺、麦湯等ヲ入レ込ンダ、褐色ノ瓶ハ分時ノ間ニ
一本二本ト四散シテ姿ヲ隠シタ。客ハ退島シ雨ハ大分景気ヨク
降ッテ来タ。萬事止シタ。
孵化室デ妹尾先生カラマグナルドノ孵化槽ノ説明ガ有
ッタ。
夕方ニナッテカラ黒鯛ノ親魚ガ来タノデ受精ヲサセタ。今晩ハ徹夜ダ
トノ振レ込ミデ驚キ入ッタ。
132p
顕微鏡ヲノゾイテ精虫ノ多カルベシト感心シタ。□□モアッタ。
夕食後実験室ニランプヲ列ベテ分割ノ顴察ニカカッタ。分裂ノ
早イ事目ヲ廻ス様デアッタ。三十二分裂マデニ何時間モカカラナカッタ。
今日ハ実験ヲコレデ止メニシテ湯ニ入ッタ。雨イマダ止マズ風ノ
吹□□アッテ烈シイ波ノ音ト共ニ淋シク森ニ反響シテ居ル。
五月廿九日 水曜日 小雨後晴 Kato
朝起キレバ春雨ガシトシトト降ッテ居ル。Planktonノ当番ハズルケテ
net引キニ出ナイ。九時頃トナルト空ハ拭ッタ様ニ晴レ
渡ッタカラ
三人程下手ナ帆ヲ張ッテ出カケテ行ッタ。タチマチ一陣ノ
早手ガ来テ舟ハ見ル見ル沖ノ島ノ陰ニ隠レタ。暫クシテ舟ハ又
現レタ。帆ハ上ゲテイナイ。漕イデ居ルラシイ。風ハ西北、此ノ分ナラ
バ□・・・・□陸ニ吹キ着ケラレルダロウト思ッテイルト又モヤ帆
ヲ上ゲ出シタ。レンズデ見テモサイブガ見エヌ。白波ハ三四枚打
チ入ッタ様子、妹尾先生大御心配デサヂタヲ出ス用意マデセラ
レタトハ有難イ。ヤガテ舟底ニハ三四寸水ヲタメテ、ヤウヤウ辨天下ニ
投錨シタ。後デ聞ケバ島ノ陰ニ隠レタノハ実験室カラ見エナイ
様ニ島陰ニ廻リ上陸シタノダトハ何處迠モ虫ノヨイ連中カナ!!
正午頃岡村大先生(身体大)、丸川小先生(身体小)御来島、眞潮、原
両君出向と申ス。雲鷹丸ハ都合ニヨリ明三十日ニ出帆延期ヲ申。
佐藤君ノ御骨折の信号杭モ其ノ役ヲナサズシテ停ル。
夕方一同ヲ代表シテ川村久次郎氏ヲ見舞フ。
夕食ヘ前記両先生ヲ向ヒテ楽シク之ヲトル。妹尾先生ノ
御好意ニヨリスシノ御馳走ニアヅカル(ソウデハナイ自分等ノ腹ガ痛ンデ居ル)。
夜□・・・・・□。“ダイアトム”朝早ク起キテサワイデハ困ル。他人ノ迷惑
ナルト盛ンニブウブウヲ始ムル。ゾイヤ奮然トシテ曰ク。
僕ハ朝早ク起キテサハガナイト、ダイアトム又曰ク。今朝ハサハガナイデモ
昨日サハイダト云フ。ゾイヤ又曰ク。
トニカク今朝ハ少シモサハガナイト、此所ニ愈花ガ咲イテ聴衆
觀□ノ花一方ナラズ。
133p
五月三十日 晴
例ノ通リ五時前ニ起キ出デテ島ヲ散策シタ。鏡ガ浦ハ恰モ油ヲ
流セル如クデアル。来島以来十日ニナルケド別ニ飽キモセズニ
居ルノモ感心ダ。コレハ吾輩ハ入所シテ初メテ三年ニナッテ来島セル
モノナレバ斯ク飽キザルカ。各思フ所ヲ異ニスルナランモ要スルニ
黄塵万丈ノ都ヲ離レタル佳境ニ来タルガタメナランカ。
午前中ニ黒鯛Hatch outスル。ソノ中ニ丸川先生ヨリCopepoda
ノ講義アッタ。ソシテ検鏡シテオル折ニ軍艦三隻
威風堂々ト入港シ島ノ北方ニ碇泊シタ。ソレヲ見タ一人
ガ望遠鏡ヲトリ盛ニ見トレテオル。曰ク、「偉ソーナ者ダナア」
□・□Copeヲ処ヨリ軍艦ヲ見タ方ガヨイト、吾モソノ一人デ
□・□又入港ト共ニ一昨日ヨリ雲鷹丸入港ノ折ニ揚グ
□・□万国信号ヲ見テ持ッテオッタノガ二日モオクレテ待チアキテ
□・□モノナレバ早速軍艦ニ信号ヲ揚ゲヨートノ事デ俄
作リノ旗等ニD.Z.A.ノ信号旗ヲ揚ゲタ。D.Z.A.ハ「汝ヲ
祝スト」云フ事ダトハ字引ヲクッテ見ルモノダ。ソシテ軍艦ヲ見テ
イルト直チニ中央ノ旗艦ラシキモノ□マコトニ回答旗掲ゲ
□・□而ルニソレガ敏速ニシテ、ソレヲ讀ミ得ザル中ニオロシテシマッタ
□・□丸川先生曰ク「thank you グッド」ナルホド然ルカナ
□・□一同満足シテ□□□、ソノ中ニ三時半頃大房崎ノ
西方ニ黒煙ヲ揚ゲタ帆船見エタ。スルト、ヤア雲鷹丸
ガ来ルトノ事デ早速実習ヲソッチノケニシテ室外ノ岩ノ上ニ出テ
入港ヲ祝シタ。ソレデ又D.Z.A.ヲ出シタ所□雲鷹丸ニテハ面喰ッタカ
旗ハ揚ゲズニ汽笛デ回答シテ島ノ東方ニ碇泊シタ。早速スタン
ボートハオロサレテ雲鷹丸ヲ訪問シタ。夜ハ漁養連合デトキワ
ニテ大會ヲ開ク。相変ラズ底抜ケ騒ギデ九時ニゴーヘー
ゴーヘーデ終リヲ告ゲタ。西岡、落合両君ハ脚気ノタメ出席セザルハ残念ナラン。
雲鷹丸ノ入港スル少シ前、明日妹尾先生帰京ニ付キ一同ハ実
験室デ寫真ヲ撮ッタ。卒業アルバムニ収ムルタメダ。夜ハ妹尾先生
ノ送別、岡村、丸川両先生ノ歡迎ヲ兼ネテ、コンバヲヤルタメニ菓子ヲ買フテ来タガ
漁撈トノ會ノタメオ流レトナッタ。 (浜名呑天)
134p
五月三十一日 (金曜日) 一昨廿九日丸川氏と帰島した時妹尾君から明三十日
は活洲を見せに学生を連れて白浜布良へ行くとの事ゆへ、自分も丁度採
集の為め同行しようと約した所が雲鷹丸が三十日に入港すると云ふこ
とが知れて殊によると局長と所長殿とが御巡見になるかも知
れぬが第一御巡見の際は皆居らんでも見た□□□から明朝の白
浜行は見合せにしようと云ふ事になった。其話の決まる前に草鞋
の人と靴の人と夫々部分けが出来て草鞋を注文したものが三人許り、
其一人は妹尾氏であったが妹尾氏は三十日に白浜に行く積りで
買ったのが御止めになって見ると三十一日にハ東京へ帰る予定なので結局
草鞋を買ふたまま置去りにした事になった。草鞋若し霊あらば何
の為めに島まで来たかを嘆ぜるならん。
三十日午後四時半頃雲鷹丸威風堂々と入港、折から軍艦
三艘演習の為め来港中の脇を威風あたりを拂って豫定の錨地に
着す。我等五六名も所長殿の御来島を確めん為め訪問し六時頃帰
島。此夜漁撈三年生と養殖三年生との送別會とがありて
生徒一同上陸、會果てて帰来の上妹尾氏の送別を□□□にて
菓子など用意し一同早く帰る積りにて上陸したり。自らは八時
就寝、前後も知らず寝入たれば其時の事ハ少しも知らざりしが
翌日聞けば、妹尾氏、丸川氏も生徒の帰島前寝に就きて何か
もなかりし由。自分は床に入る前竊かに思ひしは学生は上
陸し、帰島の上は送別とかにて □□故、明朝は定めし朝も遅
からんと高を括って寝付きたるに、翌朝は四時そこそこに起き
出るものの二三名あり。自分は □□□に早く床に就きしことゆえ四時前に
醒め居たれ□、ヤレヤレ思ひしよりも早く起る事と起き出で、女に
問へば、五時の朝飯との事なりしとの話に、やがて丸川氏と妹尾氏
も起き出でて、五時過、朝飯を認め辨当を各自に持って妹尾氏
に分れ出発す。
朝は早し、日は未だ暑からず。白浜迠三里、何の雜作もないと腹の底
には高を括って居たが、さて歩いて見るとかなり路のりもあり。漁業組
合に辿り着いた頃は自分は少しくたびれた。昔は荷車と前後して
白浜の納屋から館山迠二時間で走ったものが三里を三時間で而も
135p
疲労を覚えるなど残念なとは思へど年にはかなわぬとの孔子も老いては
駑馬に劣るととんだ所へ孔子を引合に出したもので孔子さまも□□御迷
惑の事。組合に着いて来意を述べ、其支度をして居る中に御茶を
振まわれ、御茶受の御菓子を風呂敷より出して、御盆を提供までは
上出来だが御盆に盛って御持なしの御菓子を御自分様方が御茶
請けとは虫のよい御客様で組合の役員も内々腹の中ではオヤ
オヤ新式の遣り方とあきたるなるべし。然し御客様が御茶請、御
□□などとは開けたもの漁業組合開けて以来初めてなるべし。
否□□白浜の漁業組合のみに限らず、天下□□多く其例を見ざる
ことなるべし。
とかうする中案内する亀さんと云ふ人来りて原より川間と所々方々の
活洲を案内され、活洲見学の目的は充分に達したり。再び組合に帰り
高木氏に面會す。高木氏は過日自らの此處へ来りし時、依頼し置き
たる往来物を數冊持参して見せて呉れたれども、一ツも面白きものな
く、只、林道春の丙辰紀行(元和二年版)は珍らしかりしが餘り貴重の
ものゆへ供覧せずして其まま返したり。時計は十時、正午迠に
は間もあるけど腹部今は改に午時との事で此處で各々持参の
握り飯を開いて腹を据えて、やがて十一時出発。
荷物は片付き、天気はよし、足は軽しと長尾の橋迠三十町は
思はず知らず話の間に過ぎてやがて根本□□所に来れば
昨日から□□のくづれ初めたる由にて沿岸一面にカヂメを取
擴げたり。やがて海藻を其處此處に取りて軽く採集に
餘念なし。此際に於て見過すべからざる一大事件の
起りたるは是ぞ、明治三十何年からが白浜の納屋研究所
開けて以来高の島実験所の今日迠未曾て有らざるの一
大事件にて特殊大□、將に号外を発すべき天下の一大事
なり。其は同行の一人が地球を引上げたる事にして、其地球
の引上げられたる距離は殆ど計算さる□ばざる程に小さな數
字なり。何となれば水面上二足許りの岩石より水面以下一足
許の距離迠其人の躰を着衣のまま急に上より下に運動せしめて
以て其反動として地球を引上げたるなればなり。幸に何
136p
物も失はず、唯衣類の濡れたるのみにて傍に焚火をして居たる海
女が「あたっていかッシェーヨー」と情ある言葉に感謝の意を表し
たるのみ。
自分は浜より本道路に出でて学生は浜傳ひに布良漁業組
合に行く。路は一筋注意せずとも先に行って待って居れば
路行く先は一ツ所と自分は先に漁業組合に行き、人を浜の方へ
見せにやってもちかくに来る様子もなし。ハテ間違ふ筈はない
にと思ふて居る中に見せにやった人は帰って来て本道の方へ
行った相ですと云ふ。夫れではと更に別人を本道へ向け
れば一部分の同行に出會ひ、其分を同行して組合へ案
内したるに大島其他の六名は先に行きたいと云ふ。夫れなれば
此道を先に廻って間道から少しも早くと青木氏を差向けた
るに大島其他の一行は向ふより組合さして来りたり。気遣
等なしと思ふた事がガラリ外れて一行三手に分れ分れ人を
三人まで手分けして漸く全を得たるなど、人事は定□斯
ふしたものと、とんだ處で人事の違等あることを覚えたり。
布良の組合では小谷為吾郎氏の□□にて□□休み此
處でも白浜の□□に依て御餘りの御持参の御煎餅を出して
御茶請とし御茶と羊羹の御馳走にて一休みしたり。
サア此からは二里半で館山、サラバ太神宮へ参拝して
行かんと、太神宮へ額きて左の方へ歩を運べば此處に清□
なる新宮あり。周囲の様子より考ふるに本殿大破の為め此
處に遷宮したるものなり。 □□□□先に賽物して額づき
たるは御宮守の寄物2m許ををした□□と更に此假の宮に
参拝す。但し賽物は再びせず。神は□□へ投じた賽物
は心から神前に投じたものゆへ何故又更に此處に賽せ
ずとも充分納受せらるべけれむなりと理屈を付けて、
其実御茶代なしに二ヶ所で御茶と御□□を使ふた虫の
よい腹勘定を、今又氏神前の賽物に迠應用した。
疲れた児には二里半の道はなかなかに永く、漸く爺さんの
漁場迠辿り着いて約束により赤い旗を揚げれば眞潮と眞潮夫人
137p
とが二艘のボートに一同を迎へられて島に着きたるは六時、
雲鷹丸が入港すれば雨が降るか風が吹くと□まって居る。
と眞潮の話に洩れ□夕頃から雨がポツポツと昨日まで
と今朝までもソヨとも波の響のせなかった波がザワザワと波を
立てて、明日の海洋調査も如何かと気遣はれた。
飯を喰って先づ一休みと□□て居る處へ学生が此
noteを持って来て先達てから順番に日々の日記を一順
終
りましたから今日の日記はドーカそちらでとうまくこちらへ押
付けられた。学生もなかなか□□ が上手なり。 Okam.
六月一日 (土曜日) 雨後晴 丸川
昨日岡村先生に導かれて学生一同は朝七時頃から白濱、布良へ活洲見学
やら海藻採集に出懸けたので行歸七里が□したのか、今朝は起床が甚
だ晩かった。□□に加へて夜来の風雨、豫定の海洋調査はお流れと高
を括って居る様子。□・・□朝来細雨蘭々たり。今日調査が出来ぬとな
らば明日でもよい。明後日でもよい。が四日には一同引揚の豫定なので
日が経てば経つほど、皆は遠足の気分に及んで来ると云ふ有様に陥居易い。
出来れば祈ってなりとも晴らしたい事、朝八時は九時と時計の針が進む
に連れ段々空模様が絶くなった。が下層雲の運動はSEからNWに向
って行はれ、其運動も弱くない。今に□・・□が吹いて来る様子ありとは、
眞汐の豫報、中央気象臺の豫報でも「當るが八卦、當らぬが」と云ふ。□・・□
□□眞汐の豫報の當らぬは何の不思議の有るものか。發動機附□□Sagitta
の用意を命じたのは岡村先生の豫報も手傳ったが俺の熟慮断行が當っ
たらしい。船の準備と都合が能くてLucus Sounding Machine;
Kita-
hara’s Insulateer Works Bottle; Ekwau’s Caneut
Wetes; Akanuma’s Araeometer; Reversing Auwometer
Net & Closing Plankton net, designed by we;
Snap Lead, also designed by we; comuun thermometer
等を積込で一行十三名館山湾へと乗り出した。測深器は新らしく
て未だ馴染まないので廻轉に力が入るし、採水器は出来立てのほや
138p
ほやだがmesseugeの工合が悪い。そしてInsulationも決して完全では
ない。Reverisy thermometerと比べれば同一水深で□□に0°.1―
0°.9の差があった。湾口の観測を
了へてバラ根に来る迠の間で一ヶ所と
バラ根と此所から実験場に帰る途中一ヶ所都合四ヶ所の観測
を了へて帰ったのが一時半、此観測航海□て四時間そして湾口との□□約
四海里、雲量八、風力一、波浪甚だ好かりしも流石は養殖科の学生
十名の中で二名は□・・□顔の色が青く変ったことが無いでもなかった。
大凡此現象は或は正午を過ぐる一時迠にも及んだので空腹貧血の結果
かとも知れないと哀心から敬意を表して置くこととしよう。食後は採集せし
Planktonの研究と観測せし比重の換算など了へ五
時実験室の仕事は一先
終を告げた。明日の□□と今日観測したDataに□□20°, 18°, 15°,
及2,565, 2,575, 2,580等の日□□線及日比重線を表す断面圖の作勢
を約束して置いた。
六月二日 (1) 儂の不安
1.
悩ましげ。 小さい魂(たま)は泣きぬるる。
夜となく晝となく。 限りなき潮騒([しお]ざい)。
小さく絶えずひたひたと。
1. ポーポー
今日も鈍色の船一つ。不安な汽笛。
島のおびえ。暗い雰圍気の中に。
(2) 町の女
1. 赤いシグナル 鋭い汽笛
宵暗こめて 潮さわぐ
2 私しあ磯邊の捨てられ□ 草
浪にきざまれ さいなまれ
3 明日の命もつゆ計られぬ
どうせ果敢ない 身の運命(さだめ)
4 せめて暴風雨(あらし)の未だ来ぬひまに
飲んで騒いで泣きませうよ
139p
1. 海藻(くさ)も活洲も私しあ白浜の
海女の姿がなつかしい
1. 程がよいとさ 地引の娘
濱に浮気の袖も引く
1. 島を抜け出たセールが一つ
はらむ朝風 立つ男浪
不思議なもんだ。人の心には厭怠が満ちた。
ポロリポロリと4日に歸る。其路條の話が出る。それも
長くは續かない。浮かぬ顔ばかり。座談にも厭いた。
実験にも厭いた。遊戯にも厭いた。
Current meterの実験が不備を□し、不結果
に終っても
人の表情は変らぬ。黙って伏目で居る。
此実験期間が尚1ヶ月もあらうならば人の心はまだ潑剌
たるものであらうに。
今日も終日降りみ降らずみ。
今生徒の大半は上陸してあらず。残る2人も別々に寝
ころんだ儘、本を讀むともなし、讀まぬともなし。
先生方も奥へ引込まれた儘しはぶき1つしない。
まだ燈火もつかぬ。総てが静かである。
斯うして人の世も逝くのである。 忍冠者
六月三日 (月曜日) 雨 阿歌志生
今日は愈実習の最終日である。朝早くから雨が降っていたので少々朝寝
をしたが六時過には皆起床した。
落合君は脚氣で少し具合がわるいと云ふので眞潮さんと館山へ向った。
残りは皆実験室へ行って今朝採集して来たPlanktonを見た。先づ
之れ迠のものと変りない様だった。
正午晝食して寄宿舎二階でしばらく休んでいたら眞潮さんが帰って来
て落合君が脚気衡進の気味であまりよくないことを報ぜられた。一
同は大いに驚いた。それでそれならすぐ落合君の荷物を作って
140p
原さんと西岡君とが館山へ行った。そしてどこか宿所を定めてしばらく
ここで静養することとなった。落合君は始めここへ来る時から少
しは脚もはれていたが二三日前から急に様子が変ったので
あった。昨夜なども苦しい苦しいなど云って居たそうだ。しかしこう
ならうとは思はなかった。まあ何分にも静養して一日も早くなほして
ほしいものである。
残りの者は実験室へ行って岡村先生、丸川先生と共に顕微鏡
着物其の他種々のものを荷造りした。三時過漸く終った。
夕食後三四の連中館山へ行った。落合君は漁撈寄宿舎へいって
養生することとなったそうだ。
ああ愈々僕等の高ノ島実習も漸く終った。しかし我等はこれで充
分にその実習を習得したのであらうか、まあ大抵習得したことであらう。思
い来れば実習中は中々愉快だった。ある時は臍圍りの番附を作
って汁粉を食ったこともあった。又ある時は貪食の番附、汁粉番附
を作ったこともあった。又ある時は雲鷹丸の漁撈連中と館山に
送別會を開いて大いに騒いだこともあった。実際思ひ出せぬ程で
ある。
我等は此の如く愉快に実習を終へて明日は帰ると云ふ今日落合君が病
気のために帰られぬと云ふのは実に残念である。しかし
これもまあ止むを得ないことであらう。それにしても明日の天気が気
つかはれる。一行は陸路勝山迠行って汽車で帰ると、直接
館山から汽船で帰るものとの二つに分れて居る。何れにしても
天気となってほしいものである。
此ノ夜会計ス。
妹尾先生 1円・・・・・12日分謝礼
岡村先生 1円・・・・・ 6日分謝礼
丸川先生 五十銭・・・・ 6日分謝礼
生徒一同 15日5人(回十五銭)
此レニヨレバ妹尾先生ノ12日ニ對スル1円ハ生徒ノ15日ニ對スル
141p
□十五銭ニ對シテ少キニ失スベシ。此レ過ル日臍圍ニヨリテ一円
□□□タル讐討ニハアラザルカ。物価騰貴ノ折柄甚ダ安シト云フベシ。
多謝多謝 以上 第廿二回生
縦書きの「一同」はマルで囲われている。
一 濱名亀助
同 明石博次
加藤喜八郎
斉藤光雄
建部 豪
西岡丑三
青木三雄
秋谷 庸
落合 清
大島信夫
六月四日 (火曜日) 晴
一同二組に分れ一は陸路勝山迠歩き、それより汽車にて、他は館山より汽船にて
各帰京の途につく。西岡君は落合君病気看□のため
居残る。
142p
大正七年八月 実習日誌
養殖科第二學年生 九名
江島静夫、浦津幣太郎、永坂勝次、巌谷那珂彦、永井正、海老名謙一、
牧 健三、上野惇五、小林忠太
八月九日 晴
□□□、豊橋の養魚実習を六日に終へた我々は九日朝八時□・□
霊岸島□帆にて館山に向ふ。予定より二時間おくれた。高嶋に
宿す。時に午後六時。実習時間割が、原助手より、□・・□
た。時間表次の如し。
起床時 午前六時
就床時 午後十時
食時 午前七時、正午、午後五時
実験 自午前八時―至正午、自二時―至四時
但し、Plankton採集当番 四時半起床して沖ノ島辺に
採集する事
八月十日 晴
午前六時より原助手に従ひ、館山湾に於けるPlankton採集、
予定の如く八時よりCopepodaについて研究す。
八月十一日 晴
青海原の一孤島に過ぎないとはいへ夏眞盛りの事なれば
□□□事は勿論なり。それに、顕微鏡的動物の研究これは
吾等の仕事は細密を要する。毛一本見逃さないとする更に
可成りの努力も要する。四時間の実習、つらいと□・・□に空腹を
感ずる。其の時□□にリンが響いた。食堂に吾等はすぐ
馳せた。そして□□の□飯となった時、□人のホン□・・□
だ顔□も見られた。
Plankton採集当番、永坂、浦津両君
原助手午後から,、Saggitaにて海洋調査に趣き、江島、
永井、浦津、小林これに従ふ。網が古かったので丸川式□・□
Plankton netを海中に失う。
143p
八月十二日 晴
巌谷、海老名、両君、早朝Plankton採集に行きたれど
思ふほどの材料も得なかった。それを先生が吾等に対
する日頃の熱心とを□□して下さったのか、午後の休暇を
得たのは一同喜ばしき事だった。
午後、水泳□海藻採集。
八月十三日 晴
まだ明けやらざる午前四時、永井、牧は起き出てってPlankton
採集した。未だ□てなき早朝のrecordなり。
引かれども思うふほどの材料を得なかったので午後の実習
はFormalin漬を用ふ。
八月十四日 風
Plankton採集者、江島、小林、上野、三名□、Sailing
にて引きたる為か、多量の材料を獲得して帰った。
□□□□午後も熱心に研究し□ た。
八月十五日 風
昨日より可成風が吹いた。順番に当りし巌谷、浦津、海老名
はSailingにて採集に趣く。正午に出るも帰らなかったので
吾等一同は可成の心配をした。午後実習の時、雙眼鏡に
彼等が北條の海辺に係りてboatを引いてをるのを見て
ホウト安心した。□□□風の為Sailが白波に□・・□遂に
北条まで吹き流された事をしった。□人のSailingは実に
考へものだ。大いに熟考してSailingはよさねばならぬ事
を特に□・・・・・□とする。
八月十六日
Plankton採集者、永井、牧、可成沖までいたので
相当の
材料を獲得して帰る。其の沖合も吾等が研究してをる
Copepodaが最も多かった。
丸川先生の口より「三日に一度は休みませう」と言ふ一句
を聞いた覚へがあるので、本日は四日目だから当然休ん
144p
でんもよいと思って例の通り寝ころんで雑誌に□ってをる。
急に先生より大目玉頂戴してスゴスゴと実験室に趣く。
Ceratromの分類法を教授さる。
何は兎もあれ本日午後吾等がズベッタのは一同悪い
事を自覺した。
八月十七日
風は常になく吹いた。波はそれにつれて荒々しかった。それでも海洋
調査の日だったから、それに又残る日数もあまり多くはなかったか
ら、やむを得ず出帆する事にした。時に午前七時、風は□□
吹いて、荒狂ふ波は我々に取っては凄くないでもなかった。
それは船酔を催すおそれがあったからである。予定の□□□
□□をすぎざるに永井君をのぞく八名は枕をならべて
たほれた。先生はこれには定めし苦笑された事だらう。なすべ
き本分を有する生徒はたほれて先生のみ実習を任せたの
は一同面目次第もなかった。この風、この波は到底静
まりそうにはなかったから、午前九時高嶋に歸帆す。
午後一時、海洋調査にてなし来りし比重、水温等を測定した。
八月十八日
実習に高之島湾内の海流、水温、比重分布状態を圖にて
表す。
午後休み。
八月十九日
高之島禁魚区域の成績調査のため、妹尾技師の出張あり。
そして所員七人が町に見へるというので心だけの掃除を
した。
八月廿日
鶴見局長、伊谷所長をはじめとして水産界の□星が高之島
禁魚区域調査のため、出張せらるを吾々は見迎へた。
午後妹尾技師の漁業者に対する成績報告があった。それが
終る四時水産局長は一場の訓話の後帰京。
145p
八月廿一日 晴
海洋調査の実習になりしが、小笠原諸島の低気圧が今日館山湾に
襲ふとの□□の為、海洋調査を中止して休暇となった。これが
高之島実習の休暇の第一回にして又、最後である。吾々は館
山に上陸して市内の見物□□なした。
午後に至るも風らしい風も吹かず日頃に比し以上の静穏で
あった。
八月廿二日 晴
午前八時より海洋調査の為出帆、隼丸は静な波上を蹴って
湾口に向った。調査箇所は二ツ、十一時歸帆。
漁撈科二年(□□実習より歸りたるもの)は実習を終へて隼丸にて
帰校するをそれに依頼してp.m.八時に帰校する事となった。
名残惜しい高之島実習も残すこと二時間□に帰校の用事もあ
るので、これにてなつかしい日誌に別れる事とする。いざさらば、又
来□を待て。 end
146p
大正八年八月実習日誌
浮游生物、海洋学実習ノ目的ニテ十日午前七時五十分両国駅發、
同十時五十五分北条駅着。先着の高島、五十嵐、八尋ノ「クラスメート」ト神谷
技手、島の主真汐トガ御出迎ト云フ頗ル鄭重ナ取扱ヒデ直グニ駅カラ桟橋ヘ
導カレ其處カラ「エビンルート」ト云フ至極軽便ナ取附ケ取除ケ自在ナ發動機ヲ
附ケタ端艇「カラーナス」ト今一隻トガ来テ居ル。陳椿壽君ハ両國發ノ時満員デ同
列車ニハ乗込謝絶ヲ喰ラッタト云フノデ学生ハ全部デ七名、其外ニ中野宗治君
一行四名モ加ッテ居タ。端艇ヘ乗移ル頃カラ生憎ノモノダ。細雨降リシ切ッテ為メ
ニ島ヘ行ク間ニビショヌレ、十一時半実験場ヘ着イタ。中野農商務技手一行ハ
日帰リノ見物ト云フノデ午後四時頃島ヲ□去セラレタ。陳椿壽君ハ午後二時遣ッテ来タ。
八月十一日 晴
昨日ト打ッテ変ッタ好日寄。午後四時半、森本、川村、陳(謀)、梶田、
山田ハ浮游生物採集ヘト出掛けタ。獲物ハ頗ル多種多量、
初日カラ大々漁。
八月十二日 晴
午前三時半、五十嵐、高島、陳(椿)、田中、川村ハ浮游生物採集ニ出掛タ。
此ノ日ノPlanktonハCopepoda,
Awphipadaノ最モ多ク、コレニ次イデ
Nadiararia, Pteropoda 又少ナカ
ラザリキ。
又 Heliagoa, Sajitta等モ見ヘタリ。
八月十三日 晴 午後曇一時雨後晴
午前四時半、石川、山田、八尋、浮游生物採集に出掛ケタリ。非常ニ遠キ沖合
ニ出タル為獲物頗ル多ク且ツ種類頗ル多シ。此ノ日ノPlanktonハceratium,
diatom, copepoda、種々ノ魚類ノLarva, sajitta, cisiata,
copepoda中Setela最モ多シ。clio, radiorario, 水母類。
八月十四日 雨
午前四時起床。昨夜よりの雨止み想にもない。海洋觀測も一時ハ
中止せんとしたが生徒の意気当る可かずして雨沛然として到るを
冒して出帆した。隼丸には漁撈二年甲組と一緒に出たのである。
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舟は沖へ沖へと向た。雨益々降る。さすがの健児も寒さに□□を禁ずる
事が出来た。見渡せば一隻ノ漁船も視界に入らない。只□茫たる
□波、長い長いあのうねりのみだ。那古沖合にて觀測ノ第一回
を開始した。他四ヶ所にて同じ觀測を繰して十時半鷹の島に
到着したが雨は未だ未だ止む所ではない。雲行き益々あやしく
なった。寄宿舎ニ帰るや否や風呂に入た□の心地、実に都会生活
の我等には何んで想像(川村君考□)する所であらうよ。
只憾たらむは天気晴朗ならざる事だった。寄宿舎に帰るや床へ潜るもの
数名ありたるは風邪予防の為か、可々。三時頃丸川先生の御馳走なり
とて西瓜ノ血の滴る様なの持て来た時に眠ぼけ眼にも忘る事の
出来な鮮な色であった。突然に此様な襲来は大に歡迎
事との声、間に起た。夜丸川先生の洋行前後の趣□□ある
事実談面白かた。雨の降る音に目的ない夢路の駅に急いだ。
八月十五日 曇後晴
午前八時より昨日採集したる海水の比重及び
水温を測定す。実習中(十一時頃)微震あり。其の外鰛
群の如きもの実験室前方葯一浬の地点に来游ありたれど
我に漁具なく遺憾ながら之を取逃がせり。比重及び水温
の測定後、之を圖上に表はし等比重線、等温度線を
描けり。当地方の漁夫の云ふ館山湾の水は洲の崎
辺より大房鼻に突きあたり茲に二方向に分かれ、一は勝山の
方へ行き、一は船形、那古、北條、館山の方に向って流るる
と云ふ事も眞実らしい。午后二時頃より森本、高島
の両名は丸川先生に從ひ漁撈科二年乙組の海洋
調査実習に加はったり。本日の観測は葯三回にて
終りたれど昨日より少しく遠洋に出でたり。水深は
七十五尋位の所もあり、亦二十二尋位の所もありたり。水温
は概して昨日に比して低く、水色も3−4なりき。
其の他Planktonも5尋、10尋、15尋、20尋・・・・・の各々の
水深にて採集せり。観測の終りたるは3時頃にして
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帰舎したるは三時十分頃なりき。丸川先生ハ本日採集したる海水ノ比重及び水温を
測定せられたり。(隼丸に於て)午后八時コンパを開く。便に為したるは森本、田中、高嶋
にして帰舎して会ヲ開きたるは10時頃なりき。丸川先生を召待して先生の
洋行のホラ話しを聞いた。曰くllitt;e pitoh(先生)の露西亜人をなぐりし□
□打つ□に遣られて夢所に急いだのは午后十一時半頃。
八月十六日 曇後雨
四時十五分起身侑日者森本、川村、石川、梶田、陳(琅)往大房附近採
Plankton梶田及陳(琅)同船小即返舎八時森本、石川、
川村返所
採者保□□十五尋内外之Plankton八時十五分開始実習今将□□
同□所検査各種類列挙如下。
Gucalanus, attematus, Hydromedarsae obelia, Leplemedusesae
candaeva, Raduoraria chaetaoerae ; Leptomedusae
Gucampia Zadiotus Chaetacerasbreue, Rotatonia, Zaua
slugs of Shrunh, Amphilocuehe sp. Oncea Venusih,
nucro Setella Voraguca ; Lanva of Verais, Juhopleus
sp. Rizosalenia dcunuinsta Limacia sp. (plerupvele)
Cypridinasf (astracoda) Polychaela snceiea sp.
Pemonb diseandala
□・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ □
□・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ □
山田七杯、五十嵐六杯、石川六杯、川村六杯、高嶋五杯、
八尋四杯、梶田四杯、田中四杯、森本三杯、陳(琅)三杯、
陳(椿)二杯、驚畢丸川技師
□・・・・・・・・・・・・・・・・・□
□・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ □
□・・・・・・・□
侑日者 五十嵐、陳(琅) □誌
八月十七日 朝小雨後曇
午前三時半五十嵐君
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大正九年四月実習
四月一日 暴風、川名、南波、福田、井上、小見山、以外の八名は
十二時七分北條駅着。前記五名は眞汐と共に駅に迎へ
に行く。夜八時寺尾教官着房。
四月二日 小雨、風、実習所の席を定め実習の
要旨を授け
らる。卒業生等にして堂々たる職に在りながら些々たる動物の
名を知らずに獨り恥を被るもの、其の例少なからず。此の実習□・・□
かの事□に鑑み成るべく広く浅く動物(海岸、砂中)
を觀察し、その種類、分類上ノ位置の大体に通ずるを主眼
とするものなり。直ちに海岸(島の四辺)に出でて各自動物
を採集し、その説明を聞き、一部分外部觀察及び鏡
検を行へり。午後は續きを行ふ。尚ムラサキウニの
人工授精を行はんとせしも未だ生殖素の成熟を見ざるため
中止せり。觀察せる種類は大体次の如し。
1. コケムシ 10. 陣傘貝
2. 複合ホヤ 11.
3. thelapus 12.
4. ヤドカリ 13.
5. 磯アクモチ 14.
6. aplysia
15.
7. Hydraetiuia Sodalia 16.
8. ヂイガヒ
17.
9. フビガヒ
海老名謙一氏着島。
四月三日 小雨、風、午前中、川名、福田、南
波、比留間、熊田、
真鍋は柏崎海岸にて砂中動物採集せり。残□は
島海岸にて動物を採集し觀察せり。
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ワレカラ、ウニ仲間のpholazoe等、その主なるもの。
午後は午前中柏崎に行きしものはその採集等につき
觀察し、残□の人人は□・・□
四月四日 小雨、風強し
ムラサキウニとバフンウニは生殖素の成熟時期を異に
す(種の混交を防ぐため)。二日にはムラサキウニにつきて失敗
したるを以て、本日はバフンウニにつき人工授精を行ひ、
その受精卵の発生を觀察せり。
温度の□□□Fertilizator means lraueを生ずる。
Flusterlaの形成迠觀察せり。其の□・・□して
は
明日にゆづり実験を終れり。 A. K.
四月五日 雨天
降り續いた雨も朝起て見れば止んで居るので今日は思ひ切って
柏崎に砂中生棲の動物を採集に行く。
二隻のボートに乗り組んだ我々は風は少しは強かったけれど
直ぐ近くなので午前中は採集の心算で行ったのだけれど、一隻
はセールを張て走り出したけれど、コースを館山桟橋の方に
向けて行って終ったのだ。
一隻は直ぐに柏崎に着いたけれど、他の一隻はセーリングの
面白さに沖の方を漂ふて居た。
しばらくすると□雨がふりだした。セーリングをして居た連中は
直ぐに島に帰て終った。
我々は五名は降る雨の中にあってBalanoglassa
Schizaeter Doflacisia等を採って
帰った。
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午后は午前中採集せるものの名称や性質も習ひスケッチをした。
其の時鷗の岸近くにあるを見た向山君、眞鍋君、土井君等の
連中眞面目に顕微鏡を見て居られず、舎にある□□□を
假りて来て之れを打つ。命中せりとてボートに乗りて出たけれども
其の鳥の行方を分らず、其處彼處に漕ぎ周りて探す。
終に獲物を得ずして帰った。彼等の此類は□・・・□
せり。
此度の実習は全日に渡りて雨ふり、残る二日も亦雨ふらん。
天は我々の実習に笑ふに雨を以てせり。我々の実習に多大
の不愉快と不便を懸た。
岸打つ浪の音! 磯吹く風! 其れは何時来て見ても変らない
ものだ! 唯変り行くものは人のみだ!
人は変り行く。自然は其の偉大なる姿を永久に保って行く
ものだ!
高ノ島の実習所の美景は何□もながら其の美はしき姿に
保ち行く。変り行く人々よ! 其の自然の眞理は我々
は何物かを授けるものだ。
海の子等よ、我々は之の偉大な自然に拒□されようぢゃないか。
四月六日 曇天
午前中ウニの発生を見る。まだ完全に至らざれども
昨日より其の変化あるを見る。
明日は帰京の事とて、今日の実習は餘りに熱中せず。
顕微鏡の手入れをして午后は休みとせり。
雨に降りこめられし我をば今日の雨止りを好機会として
皆んなボートハ□□結んで行った。
随分ボート気□□□□□居るのだ。昨日、一昨日ノ雨天でさえ
セールを張って其處彼處を走って居る。
小見山、南波、熊田、川名、福田、向山・・・・・・
食後此度の実習の最後の夜とて茶話会を開く。
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大正九年八月十六日
一ヶ月に餘る休暇にゆるみきった身を擁して九名は□□迠に着島した。
井上良治、比留間崔の二人は尼港へ行った。眞鍋君は病気だそうだ。
熊田朝男は本月始めからこちらへ来ていた。眞黒だった。
丸川教官は九日に二息と□の次郎さんと連れ立って島へ来たとの事。
その外□□室には岡村先生の奥さん、御子さん達が来ていた。
八月十七日 午前七時頃から七号艇に乗り込み
バラ根へ行って海洋
調査実習をやった。十時に寄宿舎にかへって十二時迠塩分の定量
をやった。比重も測った。午后は残りをさまし、二時頃より各自の意
のままに日をつぶした。
八月十九日
一昨日觀測した比重、午後につき圖示した。曲線で比重
□度を表すのであった。
八月十八日
午前六時大島へ行く豫定で七号に乗り込んだ。小見山□□カツオ
釣をやった。ソーダが一匹かかったきり、尚望みあるうちに鈎が破れた。
洲の崎へ出ると波がやや大洋式になって来て気持よく感じた人も
わるく感じた人もあった。所が大島の入港は不可能だろうとの七号
の船長の意見によって急に船首を三崎に向けた。やがて丈ヶ島
が見え出して来た。先づ大学臨海実験場に着いた。あまり見
る程のものもなく、唯水産出の岡田彌一郎氏に逢ふた。
三浦道寸、同荒次郎の墓を見て十時半頃三崎町に向ふた。
三崎出帆二時との事で町を端から端迠見物した。
船中に海老名助手の□□岡村一郎君の友人二名があった。
二人はすいくわ、なしを船の中に持ち込んで二時歸航
についた。午前ソーダをつり上げた連中は式号を買ひ入れて
またやったが一匹も、館山湾に入って襲雨一過した。一
同キャビンに逃げこんだ。千疊敷につく頃には雨の気□□□
やうさ。
153p
今日は油壷湾の奇麗な事だけ頭にのこった。
八月廿日 クラスを甲乙に分けた。次の様に
甲 小見山、土井、酒井、南波、福田
乙 向山、 川名、野田、高槻、熊田
今日は甲が午前四時から沖之島の沖でPlankton netを引い
て来た。午前中それを鏡検した。午后は休み。
今日も相変らずボート狂は食事もそっちのけで□□のを走って
いる。今が花だ。卒業でもしたら、そんな呑気な事もやってい
られまい。
八月廿壱日 乙組が引いて来たPlanktonを午前中見て、
午后は館山で和船を一隻おろして七号艇に繋いだ。
校友会のボートを島へ御借して来た。奇麗なものだ。
高嶋に奇麗なボートに乗りたがる人があるがセーリング、プーリ
ング、ローイングの意味がその人達にききたいね。
それから七号艇で写眞しやうとして写眞師をたのんで来たが
運わるく空の淡墨色が半になって雨がやみ、さらにもなくなってし
まった。結局明日にする事にして島に引き揚げた。
八月廿二日 甲午前中Planktonの鏡検。
午后は七号で写眞した。何の出さ □□何のための写眞だ。
夕食事頃岡村先生が来た。夕食事はあづきが出た。
大□健啖家も見出せなかった。