コラム『図書館の本を読もう!』   第1回目:大津皓平先生
  夏目漱石「三四郎」  ―ストレーシープ、ストレーシープ、美禰子さん−


大津皓平(東京海洋大学工学部教授)



  私の母はもう亡くなって13年になるが、とても本の好きな人であった。私が小学校の頃から漫画よりも三国志などを読み物として読むのが好きになったのも、近所の本屋の留守番の仕事をしながら、そこにある小説を片っ端から読んでいた母の姿を見て育ったためかもしれない。私の読書歴の中で文学といわれるものを初めて読んだのは、50年ほど前の中学生の頃であった。

  私の中学は大阪の郊外の池田という所にあり、中学と高校を併設した市立中学で、山のふもとにあった。池田という所は大阪のベッドタウンで落語の「池田の猪飼い」で有名な小さな田舎町である。最近「てるてる坊主の照子さん」という朝ドラがあり石田あゆみの母親の話がテーマであったが、あの町である。その頃でも授業中にだれかが「五月山さつきやまに猪がでたぞ」というとみんな裏山に目がけて飛び出して、授業にならなくなる程の田舎の中学だった。でも田舎とは言え「やすーて、速ようて、すいてる」阪急電車を作った小林一三いちぞうが住んでいたのだから、そう馬鹿にしたものでもない。

  中高が併設で、科目によっては高校の先生も教えに来ていたから割にレベルの高い教育を早くから受けた。その中に、山下幸子先生という志賀直哉の好きな美しくて若い国語の女先生がいた。その先生は、授業中に美しい声でみんなに志賀直哉の「清兵衛と瓢箪」などの短編を読んで下さった。また長編「暗夜行路」などは放課後に「先生何か呼んで下さい」とお願いして何回にも分けて朗読してもらった。聴いているのは、私以外はみんな女生徒だったけれど、私はいつも聴いていた。私がいまでも「暗夜行路」の主人公謙作が父から離れて住んだ尾道が好きなのは、そのためかも知れない。中学3年の頃、大好きなその山下先生が広島に転勤になるということになり、みんな悲しくて大阪駅まで見送りに行ったことがある。なんだか壺井栄の「24の瞳」の話のようだけれど。

  その頃、山下先生に本を読んで貰った読書友達に伊豆恵子さんという可愛い女生徒がいた。この子は本当に良くできる子でいつもダントツの1番だった。でも余りにも静かな大人っぽい子だったので人気があるというよりみんなから尊敬されていた。その子と私は競うように図書室で本を読んだ。今でも梅雨の時期になると、校門から坂を上がって行った所にあった図書室で、雨の日に伊豆さんと競うように読んだ本のことを思い出す。先日帰阪して久しぶりに中学へ行ったけれど、坂は残っていたが図書室は無くなっていた。寺田寅彦などの草色の全集も良く読んだ。その中に「海の波は水の粒子はこっちの方向に進むのではない。その場で円を描いているのだ」という話を大学時代に波のことを学んだ時に思い出してよく理解できた。

  しかしこの中学時代、何よりも読んだのは菊判の夏目漱石であった。多分全小説を読んだのではないか。その中でも「三四郎」が印象深い。漱石という小説家は骨太の構成力で圧倒する作家ではない。「三四郎」や「こころ」「それから」「門」などは「坊ちゃん」、「我が輩は猫である」に比べ文体が静かであり非論理的である分、結局何を言っているのか良くわからない。しかしとりわけ「三四郎」は何度読んでも、雰囲気が良く気品がある青春小説である。中学時代に初めて読み、大学に入った青春時代に読み、また数年前に読んだから計3回読んだ。読むたびに新たな本を読んでいる気になるから不思議な本である。これがこの本が青春小説と言われる由縁なのだろうか。

  物語は熊本から東大に入るために上京する汽車の中から始まる。その中で変な女に誘惑されそうになるが全くうぶで度胸の無い三四郎は全く気づかないふりをする。一夜を過ごす羽目になるが、結局何事も起こらない。女が別れ際に言う。
  「貴方は余つ程度胸がない方ですね。」

   この別れ際の女の言葉は三四郎に大きな衝撃を与える。熊本の田舎とこれから行く東京という所が全く別世界に入るように見えたのだろうが、今のようにストレートでない所がまず良い。

  以後の展開も池田という田舎から東京に出てきた私の気分にもぴったりの小説である。その後、都会の洗練された女性、美禰子に会うわけだが、この女性「ストレーシープ、ストレーシープ(stray sheep 聖書にある迷える子羊のこと)」となにやらわからないことをつぶやく謎の女である。田舎者の三四郎は恋に陥るが、美禰子さんは一体、野々宮さんという朝から晩まで東大の地下室で光の実験をしている男性が好きなのか、三四郎が好きなのか解らない。ストレーシープというのは、もしかして彼女が迷っているのではなく煙に巻いている三四郎の迷いぶりをからかっているのではないのかと思ったりする。この状態が私にはなんとも心地良い。なぜ良いのかわからないが、私のその後のいい加減な生き方にぴったりという気がしないでもない程好きである。

  でもこの美禰子さん、結局の所野々宮さんとも三四郎とも結婚せず、別の人と結婚する。結婚すると決めた時、三四郎にこういうのである。
   「我はわが咎を知る。わが罪は常にわが前にあり」
と。人を食った話だが、私は初めて読んだ時からこの美禰子がなんとなく好きではまってしまっている。こっちがストレーシープになってしまった感じである。あの時代に自律した女であるとも思えるし、いやそうでもない結局男性に頼るしかない女性とも言える。この辺りも全く謎で良い。

  ところで、この小説に野々宮さんという物理学徒(寺田寅彦がモデルと言われている)や広田先生という英語の先生が出てくる。この人たちのやっている‘学問の世界’もなかなか良いナーと大学時代に寮のボンクの中でこの本を読み返した時思った。それが、私が船乗りも良いけれど学問も良いかもと,我が恩師谷初蔵先生に大学に残れと言われた時に迷ったのが運のつきで、大学に残った理由かも知れない。思い返して見ると大学に残って以後の人生もストレーシープであった。

  小説というのは時に飛んでもないイタズラをする。しかし、その後読んだゴマンという小説の中でも漱石の「三四郎」は一番好きな小説である。でもその後「伊豆恵子」さんとは、どうなったんだろうか。これもストレーシープな気分ですな。


上のコラムに出てきた図書は全て越中島図書館にあります


『三国志』 吉川英治著. 請求記号:918.68/Y2/26, 918.68/Y2/27, 918.68/Y2/28
(『三国志演義』 羅貫中作/立間祥介訳.) 請求記号:928/C2/26, 928/C2/27
『清兵衛と瓢箪』 志賀直哉著. 請求記号:918.6/G4/34, 918.6/N1/22
『暗夜行路』 志賀直哉著. 請求記号:918.6/G4/34, 918.6/N1/21
『二十四の瞳』 壺井栄著. 請求記号:918.6/N1/49
『三四郎』 夏目漱石著. 請求記号:918.6/N1/13, 918.68/N2/4
『それから』 夏目漱石著. 請求記号:918.6/N1/13, 918.68/N2/4
『こころ』 夏目漱石著. 請求記号:918.6/N1/13, 918.68/N2/4
『門』 夏目漱石著. 請求記号:918.68/N2/4
『坊ちゃん』 夏目漱石著. 請求記号:918.6/G4/17, 918.6/N1/12, 918.68/N2/2
『吾輩は猫である』 夏目漱石著. 請求記号:918.6/G4/17, 918.6/N1/12, 918.68/N2/1

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