[和]蘭新譯地球全図



書誌事項
蘭新譯地球全圖 / 赤水長閲 ; 橋本直政伯敏製 ; 錢希明子遠甫校
江戸 : 北澤伊八
大坂 : 淺野弥兵衛 : 岡田新次郎 , 寛政8 [1796]
地図1舗 ; 55.1×92.6cm (折りたたみ 27.2×17.1cm)
和漢古書につき記述対象資料毎に書誌レコード作成
題簽一部落剥あり
本図には、袋紙があり、「寛政丁巳新刊(寛政9[1797])」の標記があるとのことであるが、本資料には袋紙が存在しない。

所蔵
東京海洋大学百周年記念資料館寄託資料 (東京海洋大学附属図書館越中島分館所蔵資料)
(閲覧の申し込み:東京海洋大学附属図書館越中島分館分館情報サービス係)

解説
大坂で刊行された最初の東西両半球図。刊記には寛政8(1796)年とあるが、袋紙の記述から、寛政9(1797)年刊行と思われる。
なお、本資料は出版者等から後刷であろうと推定される。
本図は、刊行年代に比べてその内容は古めかしい。紙面の半分以上が地球説及び世界地誌関係の記事で埋められており、それらはほとんど従来の和漢の文献からの抜粋である。従ってこの図に序文を寄せ、かつ版下を書いた儒者の曽谷応聖の手になるものと考えてよいであろう。橋本直政が関与しているとすれば、原図の地名等を翻訳してやった程度と思われる。
原図については不明である。ただ、カラフト方面やカナリア諸島などは司馬江漢の地球図の踏襲となっている。
投影法に球状図法が用いられているのが特色で、我が国では北島見信の「和蘭新定地球図」に次ぐ作品である。

橋本直政:江戸後期の大坂における蘭学の創始者。幼名を直政、後に鄭、字は伯敏、曇斎と号した。
宝暦13(1763)年、阿波に生まれ、早くから大坂に出た。大坂の小石元俊・間重富の援助で寛政1(1789)年前半頃、江戸に出た。
大槻玄沢の門下生となる。約1年で帰坂。小石元俊・間重富のために解剖学等を翻訳してその恩に報いた。
寛政10(1798)年頃、安堂寺町に医院兼蘭学・医学の塾、絲漢堂を開いた。門下に伏屋素狄、大矢尚斎、各務文献、藤田顕藏、中川元吾、大高元恭、中川量平、斎藤方策らがいる。天保7(1836)年死去。

参考文献
日蘭学会 (1984) 洋学史事典 雄松堂出版