嘉永舩便加羅物がたり
1
 |
2
 |
3
 |
4
 |
5
 |
6
 |
7
 |
8
 |
9
 |
10
 |
11
 |
12
 |
13
 |
14
 |
15
 |
16
 |
17
 |
18
 |
19
 |
20
 |
21
 |
22
 |
23
 |
24
 |
25
 |
26
 |
27
 |
28
 |
29
 |
30
 |
31
 |
32
 |
33
 |
34
 |
35
 |
36
 |
37
 |
38
 |
39
 |
40
 |
書誌事項
嘉永舩便加羅物がたり||カエイ フナダヨリ カラ モノガタリ
[書写地不明] : [書写者不明] , [書写年不明]
[37]丁 ; 22.4×15.9cm
和漢古書につき記述対象資料毎に書誌レコード作成
写本
書名は書き題簽による
表紙裏に「嘉永三戌年 十月放洋 十二月初漂着小島 同四亥年正月を小島で迎へ 十一月支那舩にて東港離島 十二月夜着東港
同五子年正月六日乍浦着 十二月四日發乍浦 二十六日長崎着 同六丑年七月藩吏引取」とあり
印記:「漂譚樓」 (石井研堂)
虫喰あり
所蔵
東京海洋大学百周年記念資料館寄託資料(東京海洋大学附属図書館越中島分館所蔵資料)
請求記号: 290.9/Ka15/B
資料番号: 2014506167
漂流事情
嘉永3(1850)年10月、長州廻船浮亀丸(ふきまる)は、江戸から奥州へ航行中、犬吠埼沖で漂流、同年11月に清国乍浦近辺の小島に漂着した。
嘉永5(1852)年12月に長崎へ帰還、嘉永6(1853)年7月に釈放された。
嘉永6(1853)年6月には、浦賀にペリーが来航したため、その騒動終結をまって釈放されたと思われる。